【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十六話 元始 ②ウェーラ

 異世界アリュシーダに召喚されてから早一ヶ月。
 その間にウェーラからこの世界に関する知識を教わり、そのおかげもあって『雄也』はこちらでの生活にも随分と慣れてきていた。
 住居はここ、唯星モノアステリ王国王都モノコスモスにある彼女の家。
 区分的には王都ではあるが、王都らしくない緑の配分が多過ぎる郊外にある一軒家だ。
 少々不便な立地だが、王国の名誉魔法技師たる彼女の工房も兼ね備えているため、このような人気の少ない場所に住居を構えているらしい。
 時々魔動器の実験で酷い騒音が出るからね、とはウェーラの談だ。
 実際、一ヶ月ここで過ごした中だけでも何度か耳をつんざくような爆発音、と言うか、爆発そのものが生じたことがある。
 被害についてはウェーラの魔法で最小限に留めているので問題ないが、もし彼女がそれに失敗していたら二度、三度は確実に死んでいただろう。

「さて、今日も始めよっか」

 とは言え、ウェーラはそんな大惨事一歩手前の事態にも怯むことはない。
 彼女は実験をするのが楽しくてたまらないという感じにウキウキと言う。

(やっぱり残念美少女だな)

 素材は間違いなくいいはずなのに、格好と言動で色々と損をしている。
 細目どころか、精密な魔動器を作る際には視覚に頼らない方がいいからと普段から目を閉じていて、黒く美しい瞳を見せなかったり。
 今正に髪が、それこそ爆発したようにモッサリしていたり。
 初めて会った時もそうだったが、白衣はヨレヨレで汚れが目立っていたりと完全に身嗜みに興味がないという感じだ。
 そんな彼女の家への居候であるため、本来なら年頃の(いや、実のところ年下に見えて彼女の方が年上なのだが外見的には)女の子と一つ屋根の下で二人暮らしということで感じるはずの甘酸っぱい雰囲気は欠片も存在していない。
 いや、勿論最初は(家に一歩踏み入れるまでは)それなりに緊張していたが、今となってはもう配慮も何もなくなってきている。
 脱ぎ散らかした服に散乱した魔動器のパーツを見れば、夢から醒めようというものだ。

「ほらほら。まずはユウヤの能力測定から。早く検査台に行って」
「はいはい」

 結果、彼女に対する口調や態度も大分ぞんざいになり、名前も気安く呼び捨てにしている程だ。
 彼女も特に気にしていないようなので、今後もこのままだろう。

「さーて、どれぐらい変化してるかな?」

 そうして指示に従って『雄也』が検査台に横になると、ウェーラは軽く舌なめずりしてから腕捲りをして言った。
 実際にはただ単に生命力と魔力の現在値を測定して分析するだけのことなのだが、声色と仕草に一々マッドな気配が滲み出てしまっている。
 とは言え、いわゆるイメージ通りのマッドサイエンティストかと言うと少し違う。
 この世界に来た日に彼女が言っていた通り、最大限『雄也』の意思は尊重してくれる。
 ただ、同意があれば人体実験も厭わない感じだし、己の信条を貫かんとする意思は狂気と形容して差し支えない程だ。
 ライトなマッドサイエンティストとでも言うべきか。
 中々に矛盾して聞こえる気がする表現だが。

「うん。生命力は六等級。魔力も六等級。今日も等級には変化がないけど、細かい数値では昨日に比べて確実に成長してる。想定以上に」

 と、一通り『雄也』の体を調べたウェーラが満足そうに頷く。

「この調子なら、一年後には両方一等級になれそうね」

 この一ヶ月。
 常識を教わるだけでなく、不測の事態に備えて(ウェーラ的には、恐らく人体実験に耐え得る生命力と魔力を『雄也』が得るために)トレーニングを行ってきた。
 当然、国王やこの国の魔術師達が行おうとしていた危険極まりない方法ではなく、彼女が発案した極めて合理的なやり方で。
 そして『雄也』自身、僅かずつではあるが確かな成長を実感していたが……。

「成長曲線的には、一年じゃ無理じゃないか?」

 検査台から降りながら問いかける。
 生命力と魔力を測定する魔動器が出した細かな数値をグラフにして単純な比例式で予測してみると、彼女の言う一等級の範囲には届かない。
 それに、等級そのものは同じだが、数値で見ると魔力に偏ってしまっている。
 魔力だけならこのままでも一年で三等級ぐらいまではいきそうだが、生命力の方は五等級半ばというところだ。一番上をSとするとD程度にしかならない。

「問題ないわ。トレーニングの強度を上げてけば、指数関数的に成長するはずだから。魔力が五等級になれば、色々できることが増えるし。生活の中で筋肉に負荷をかけたりね」

 ウェーラは『雄也』の問いに簡潔に答える。
 これまで実際に行ってきた鍛錬の内容としては、魔力の方はまず魔法を使う感覚を掴むため、体の中に魔力の流れを作る魔動器を身に着けて瞑想するというようなもの。
 生命力の方は単純に軽いランニング程度しかしていない。
 所詮はオタクな大学生。それだけ体ができていないということでもあるが……。

「そう都合よくいくのか?」

 現時点での身体能力に合わせてトレーニングの負荷を強くしていくというのは、元の世界でも変わらない当然のやり方ではある。
 だが、それでも尚、成長速度は下がっていくのが普通だ。
 指数関数的な成長などあり得ない。

「心配ないわ。ユウヤは異世界人だもの」
「それ、何か関係あるのか?」

 よく分からない理屈を口にする彼女に、『雄也』は首を傾げながら問いを重ねた。
 同じ人間だろうに。

「感覚的に、異世界人の方がどうも成長率がいいのよ」

 対してウェーラはそう笑顔で答え、それから一転して顔を曇らせる。

「傀儡勇者召喚なんて真似をしてるのもそれが理由」

 それから忌々しげに続ける様子を見る限り、彼女も傀儡勇者召喚には否定的らしい。

「……ふう」

 ウェーラは一先ず今はそうした感情を抑えて説明に専念しようと自分を落ち着かせようとするように一つ息を吐き、再び口を開いた。

「傀儡勇者召喚はアテウスの塔で集積した国中の魔力を強制的に定着させることで、強大な力を得た人間を作り出す術式だけど、この世界の人間ではあそこまで強くならないの」
「それは、何故?」
「世界を超える際に何かしらの力場が発生し、その力によって補正値が大きくなってるって説もあったわ。けど、私はそうは思わない」

 まず一般論を口にしてから首を横に振ってそれを否定するウェーラ。
 そんな彼女に黙って頷いて続きを促す。

「もしそうだったら、ユウヤだってもう少し強いはずだわ。この世界の魔力を一人に集中させることはできたとしても、世界と世界の間にある力場なんて操作できないもの」

 暗に弱過ぎると言われたことはともかく、それは確かにそうだろう。
 実際、『雄也』とて世界を超えてきたのだから何かしら影響があって然るべきだ。
 にもかかわらず、元の世界よりも体が強くなったという実感はまるでなかった。
 少なくとも世界間の移動は、生命力や魔力の強化には関係ないと考えて間違いない。

「そもそも召喚された後でも成長率が違うはずがないしね。だから、恐らく成長に作用する因子の強度みたいのが違うんだと思う」

 もう一つ否定の理由を挙げ、最後にウェーラはそう推論を口にした。

「成長に作用する因子の強度……」
「うん。私は仮にそれを進化の因子って呼んでるわ」

 繰り返した『雄也』に何故か得意顔で彼女は言う。
 自説を発表する機会がなかったのかもしれない。

「ユウヤを引き取ったのは、その仮説を検証するためでもあるわ。貴重な異世界人を騎士の教練なんかに突っ込んで無駄に潰されちゃ、たまったものじゃないもの」

 それから上層部の浅慮を批判するようにつけ足すウェーラ。
 自分勝手な理屈はマッドサイエンティストっぽいが、それが全てでないことは分かっている。何をするにしても『雄也』の意思を尊重してくれているのだから。

「まあ、それはそれとして、実際にユウヤの成長具合を見て確信が持てたわ。個人差を考慮しても異世界人の成長率は、やっぱり高い」

 己の説に対する自信を深めたようで、ウェーラは満足げにうんうんと頷く。

「けど、元の世界じゃ生命力が一等級の奴らみたいな身体能力を持ってる人なんていなかったぞ? 魔法なんてものもなかったし。それが何で突然この世界で……」

 それに対して色々と疑問が生じ、『雄也』がそう問いかけると――。

「さあ、そこはよく分からないわ。余り興味もないし」

 彼女は打って変わって淡泊に返した。

「それこそ世界の間に発生する力場が、移動先の世界に合わせて体を変質させてるのかもしれないし、単純に貴方の世界だと因子が眠ってるのかもしれない。あるいは、余程縛りが厳しい世界なのか」

 一応いくつか仮説は提示してくれはしたものの、どうでもよさそうな口調だ。

「急にどうしたんだ?」

 同じような理屈に関する話なのに、進化の因子について自説を語っていた時とは態度が大きく異なることを不思議に思って尋ねる。

「だって、そこまで探るのは私の役目じゃないもの。私は学者じゃなく、あくまでも魔法技師だから。魔動器に転用できる目が出てこない限り、手を出す気はないわ」
「………………成程」

 ウェーラのやや投げやりな返答に納得する。
 彼女は己のやりたいこと、すべきことを固く心に定め、割り切っているのだ。
 実際、余所の世界のことをここから観測することはできないし、たとえ元の世界に行く術を見つけ出せたとしてもリスクが大き過ぎる。
 あちらに行った途端、魔法が使えなくなってしまう可能性も十分あるのだ。
 行ったはいいが帰れないでは話にならない。
 ただ帰ることができればいい『雄也』とは違うのだ。

「ってことは、逆に言えば進化の因子は何かしら魔動器に転用できるってことか?」
「うん。そういうこと。……とは言っても、それを用いた技術が旧来の魔動器の枠組みに入るかどうかは分からないけどね」

 ウェーラは『雄也』の質問に、今度は嬉しそうに答えた。
 我が意を得たり、という感じか。

「そこにちゃんと気づける辺り、ユウヤは私の助手になる資格があるわ。研究対象ってだけでなくね。何となく考え方も似てる気がするし」

 そして彼女は、そう言いながら笑顔を見せる。
 それは強い意思と狂気を含んだ笑みではなく、実に女の子らしいものだった。
 残念な身嗜みを差し引いても、ドキッとさせられるような。

「助手、かあ」

 そんな胸の高鳴りを隠すように、『雄也』は視線を少し逸らしながら繰り返した。

「うん。それもいいな」

 それから改めて目線を(彼女の目は今日もしっかり閉じられているので大体のところで)合わせ直し、そう続ける。
 たとえ『雄也』を引き取った理由が、本当に彼女が口にした言葉そのままだったとしても『雄也』は恩を感じている。
 あのまま国王達の指示に従っていたら、今頃どうなっていたか分からないのだから。
 できる限り、彼女の手助けはしたい。
 少なくとも元の世界に帰る術を見つけるまでは。

「まあ、相応の知識と魔力、それに生命力は勿論必須だけどね」
「生命力もか?」
「当然。技術者も結構体力勝負よ」

 と、言いながら力こぶを作るウェーラ。
 大学でも徹夜でレポートなんてザラだし、体力が必要という理屈は分かる。
 だが、彼女の意図はまた別のところにもあったようだ。

「自分の体も重要な実験材料だもの。生命力があれば、結構無茶も効くし」

 ウェーラは、折角の可愛らしい仕草も全て台なしになる言葉を最後につけ加える。
 全く何も躊躇いがないどころか楽しげなところが恐ろしい。

(うん。やっぱり残念美少女だ)

 そんな一連の言動に、『雄也』は頭の中で呆れながら苦笑した。
 正直、その辺りの考え方は少し好ましくもある。
 他人の自由意思を蔑ろにし、人体実験を行うよりは余程マシだ。
 特撮ヒーロー番組においても、自分自身を人体実験に利用するような敵のマッドサイエンティストは一目置かざるを得ない気持ちもあったし。
 もっとも彼らは普通に一般人をも強制的に人体実験に用いるのが常であるため、あくまでも敵の中では比較的嫌いではないというだけの話だが。
 ウェーラのように相手の意思を尊重しない限りは、所詮は人類の自由の敵でしかない。

「さて、じゃあ、ユウヤを一人前の助手にするためにも本格的にお勉強始めるわよ」
「ああ、うん。……えっと、ありがたいけど、いいのか? ここ一ヶ月、結構俺の鍛錬と体の分析に時間取ってる気がするけど」

 その上で更に修学に力を入れるとなると、彼女の好きな実験や魔動器製作に支障を来たしてしまいそうだが……。

「構わないわ。今はそれが最善だろうから」
「最善?」
「うん。実は最近、実験の結果が芳しくなくて。今一いいアイデアも浮かばないし」

 ウェーラはそう言うと小さく嘆息し、一拍置いてから更に続ける。

「だから、ちょっと目先を変えてみようかと思って。進化の因子の詳細な分析も、もう少しユウヤの生命力や魔力が強くならないとできない部分もあるし」
「そっか」
「そうそう。だから、もう一回検査台に横になって貰える?」
「分かった。……ん? 何でそうなる?」

 話の流れで頷いたが、繋がりがおかしいと思い直して首を傾げる。
 元の世界的に勉強と言えば机に向かう感じだが。

「この世界の常識ぐらいならともかく、魔動器作製に関わる知識とかは一から教え込んだら時間がかかるから。私が考案した新魔法で知識を頭に詰め込んであげるわ」
「そ、それ、大丈夫なのか?」
「身体には害はないはずよ。何回か治験もしたし。勿論、十分説明して了承を貰って、お金も払ってね。まあ、急に入ってきた知識で思考が混乱したりはしてたけど」

 ウェーラはそこまで説明すると「どう?」と意思を確認してきた。
 とりあえず頭がパンクして廃人になる、というようなことはなさそうだ。
 だから『雄也』は「分かった」と了承の意を示し、再び検査台に横になったが――。

「この世界の常識もその魔法で教えてくれればよかったんじゃないか?」

 少し気になって問いかける。

「あくまでも知識だからね。常識は情緒的な部分も体感しないと。勿論、魔動器作りの方だって実際に数をこなして感覚を身につけないといけないけどね」

 たとえるなら、プラモデルを作る時に設計図とか塗装の仕方だけが頭に入っているようなものか。
 それで綺麗に作ることができるかはまた別の話、と。
 いずれにせよ、ウェーラはその辺り機械的で単純な考え方はしないようだ。

「じゃあ、とりあえず初級編からいくわよ?」

 そして彼女はそう言うと、手をワキワキさせながら近づいてきて『雄也』の頭を両側から鷲掴みにした。
 軽く唇をなめ、一握りの狂気を孕んだ楽しげな表情を浮かべながら。
 ちょっと恐怖を感じる。

「〈インカルケイション〉」

 と、その表情に突っ込みを入れる間もなく、ウェーラは魔法を発動させてしまった。

「う、お」

 瞬間、頭の中に知識が急激に流れ込んでくる。
 感覚としては、特撮ヒーロー番組を一タイトルどころかシリーズ全てぶっ通し、かつ数百倍の早回しで見せつけられたような感じだ。
 しかも、一つ一つの情報が強制的に記憶に刻み込まれていく。
 認識能力の個人差を完全に無視しているかのように。

「う、く」

 さすがに意識が乱れに乱れ、それに体が引きずられて酷く気持ち悪い。

「あっと……えーっと、もう少し分割した方がよかったかな」

 最終的には耐え切れず、そんな失敗したという感じのウェーラの言葉を聞いたのを最後に『雄也』は気を失ってしまった。



 この後、何度か知識の注入を繰り返し、彼女の指導の下でトレーニングもまた継続しながら『雄也』は異世界での日々を過ごしていった。
 魔法技師としての彼女の助手として暮らす日常。
 戦火が広がりつつあった異世界にあって特権とも言えるような平穏を。
 だが、少しずつ。
 世界は少しずつ、『雄也』の知らないところで歪みを蓄積し、虎視眈々と『雄也』を波乱に満ちた人生に陥れようとしていた。
 故に、この今にどれ程の価値があったのかを知るのは、そう遠くない先の話だった。

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