【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第八章 始まりと新たな始まり 第三十六話 元始 ①運命の出会い(ヒロイン兼マッドサイエンティスト)
それは大学からの帰り道。
国民的特撮ヒーロー番組、ブレイブアサルトのエンディングテーマ(処刑ソング)を口ずさみながら、とある曲がり角を曲がった瞬間のことだった。
突然、視界が光に包まれ、気づいた時には見知らぬ場所にいた。
「は?」
茜色だった空は青空に変わり、細い路地ではなくグラウンドのような広場が目の前に広がっている。そして、そこには…………。
(何だ。こいつらは)
そこにはコスプレ会場かと思うような、プレートアーマーの騎士や黒いローブを纏った魔術師の如き格好をした人間が『雄也』を囲むように立っていた。
「何だ。こいつは」
と、その中でも一際異彩を放つ格好をしている男が、『雄也』の心の声とほぼ同じ言葉を厳つく訝しげな声と共に投げつけてくる。
煌びやかで重そうな王冠に金刺繍のマント。
彼はそんな動きにくそうな中世ヨーロッパの王様のようなコスプレ(?)をしていて、演じる役職の権威を示すかのように少し後方の一段高い位置にいる。
(うーん、随分と気合の入ったコスプレだな)
それを目にして『雄也』は、思わず馬鹿みたいな感想を抱いてしまった。
本来ならば、そんな益体もないことを考えるよりもまず、テレポートしたかのような異常現象について考えなければならない状況だ。
しかし、余りにも常識外過ぎて、一先ず目の前の多少は理解し易い事態の方に現実逃避気味に意識が向いてしまったのだろう。
とは言え、いつまでも事実から目を逸らしてはいられない。
眼前の彼らの集まりをコスプレイベントと考えるのも、一種の逃げに他ならない。
だから、とにかく状況を確認しようと周囲を見回す。
すると、すぐ近くに『雄也』と同じような普通の服(恐らく近所の高校のものと思われる制服)を来た少女が立っていた。
恐らく同じような立場に陥って混乱しているだろう彼女に親近感を勝手に抱き、その顔に目の焦点を合わせる。が――。
(なっ!?)
そうして視界に映った少女の不自然過ぎる表情に、『雄也』は愕然としてしまった。
能面と呼ぶことすらおこがましい。
幽鬼の如く感情の一片たりとも感じられない顔。
その口元はだらしなく開き、折角の可愛らしい顔を全て台なしにしている。
まるでゾンビ映画のゾンビのようだ。
生身の人間でありながら、完全に不気味の谷に落ちてしまっている。
「まさか、失敗したのか?」
そんな少女の異様な姿に意識を取られている間にも、厳つい王様風の男は騎士風の男へと問いを投げかける。『雄也』を視線で示しながら。
「い、いえ。どうやら傀儡勇者召喚に紛れて召喚されてしまったようです」
対して騎士風の男の一人は焦り気味に答え、更に続ける。
「これまでも異世界の動物や植物等が一緒に転移してきたことがありましたが…………恐らくは、これもまたその一種かと」
異世界。そう彼が口にしたことについては、正直驚きはない。
自身が持つオタク知識と照らし合わせてみれば、現状を言い表す最も適当な言葉が異世界召喚であることぐらいはすぐに分かる。
実のところ、ほぼ最初の方で薄々感づいてはいた。
常識が邪魔をして素直に信じられなかっただけで。
(傀儡勇者召喚?)
ともかく今、気になったのはその単語。
勇者召喚は何となく想像がつくが、頭についている言葉が余りにも不穏過ぎる。
傍にいる少女の姿を思えば尚のことだ。
「いずれにせよ、成功したということでいいのだな?」
「は。〈アナライズ〉によれば、本命の生命力と魔力は共に一等級。かつ六属性持ちと間違いなく成功です。異物が紛れ込んだ影響はありません。陛下」
横柄な男の問いかけに対し、今度は魔術師風の女性が答える。
ローブに隠れて顔が見えないが、声色的に年増だろう。
「そうか」
と、王様風と言うか、正に国王だったらしい男は、僅かに安堵したように深く息を吐いた。それから、どこか困ったように『雄也』を見る。
「さて、この男の扱いをどうするか。それが問題だな」
対して『雄也』は何か発言すべきかとも思ったが、一先ず沈黙した。
正確な状況把握ができていない以上、迂闊に言葉を発するべきではない。
「この男の力はどれ程のものだ?」
「は。生命力、魔力共に六等級未満。測定可能な属性は土のみです」
「何だそれは。幼児にも劣るではないか」
呆れ果てたように、心底失望したような目を『雄也』に向けながら国王は告げる。
(何だこいつ偉そうに…………あ、偉いのか)
不愉快にも程があるが、もし絶対君主制の国王なら少し不満を口にしただけで罪に問われる可能性もある。今は抑えて成り行きを見守るしかない。
正直、権威による自由の抑圧も嫌悪するところではあるが……。
それで拘束されたり、果ては殺されたりしてはたまったものではない。
自由を押し通すには力が必要なのも事実だ。
「傀儡勇者召喚によって召喚された者は、一等級以上の力を得るのではなかったのか?」
そう『雄也』が葛藤する間も彼らの会話は続く。
「はい。ですが、その強化はアテウスの塔が収集した魔力で行われていますので、複数を対象にすると魔力が分配されます。そうなると勇者一体一体の力が低下してしまいます」
魔術師風の女性は淡々と答えを返し、更に彼女は「質より量であれば、それもよろしいでしょうが」と続けた。
「ううむ……今優先的に必要なのは、敵国の将を抑え込める存在だ。量よりも質を考えなければならん。一方が無能であることを咎めはすまい」
国王はまたもや、何様のつもりだと言いたくなるような発言をする。
(……今は、我慢だ)
そろそろ苛立ちも相当大きくなってきたが、内心でそう自分に言い聞かせる。
むかついたからと無闇に暴れても、即座に鎮圧されるのが関の山だ。
彼らの言い方は一先ず置いておいて、これまでの会話を総合すると『雄也』が驚く程弱いことは間違いようのない事実であると思われる。
いや、勿論それは当然のことだが。
特オタなだけの普通の大学生が、いきなり(恐らく)剣と魔法のファンタジー的な異世界に放り込まれても戦力になどなるはずがない。
特別な補正を貰っている訳でもないのだから。
「まあ、腐っても異世界人だ。何かの役には立つかもしれん」
それから、最後に国王はそう結論した。
「はい。では、騎士の教練に参加させましょう。この程度の生命力と魔力では、耐えられずに死んでしまうかもしれませんが」
と、魔術師風の女性が同意しつつ、物騒なことを口にし出す。
「構うまい。それで命を落とす程度の存在は、我が国に必要ない」
それを受けて、国王は『雄也』に視線を落としながら冷たく言い放った。
(いくら、何でも……)
さすがに当事者不在で話を進め過ぎだ。
これでは堪忍袋の緒も切れようというものだ。だから――。
「何を勝手に決めてるんだ!?」
思わず『雄也』は険のある声で問いを投げつけた。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと俺を元の世界に戻してくれ!」
もう少し潤いのある展開ならまだしも、厳ついオッサンやら顔も見えないオバサンに囲まれ、不穏な感じしかしない言葉が飛び交うような場所にはいられない。
せめて美少女の一人でもいれば、状況を楽しむ余裕も出るかもしれないが。
「不敬な! 陛下の御前で――」
「よい。もの知らぬ異人の戯言だ。この場は許す」
更に自分勝手な物言いをする女と、一々癇に障る言い方をする国王を順に睨む。
そんな『雄也』の行動に魔術師風の女性の方は尚のこと苛立ちを覚えた素振りを見せたが、対照的に国王は臣下達に器の大きさを見せつけるかのように反応を示さなかった。
「残念だが、送還の術はない。お前はこの世界で生きていくしかないのだ」
それから彼は一拍置いてそう続ける。
女の方もそうした国王の冷静な対応に一応は頭を冷やしたのか、一つ深く息を吐いて自分を落ち着かせるようにしてから再び口を開いた。
「大人しく我々の指示に従った方がいい。低レベルとは言え、貴重な異世界人だ。教練に耐え得る限り、生活は保証しよう」
それでも彼女の口調は、最大限の譲歩と言わんばかりのものだったが。
「……本当に帰れないのか?」
正直言って初対面の相手を信用し切ることはできないが、確認のために問いかける。
「さて。少なくとも我らは知らんな。だが、十分に力を得れば、あるいは可能性もあるかもしれん。いずれにせよ、魔力が必要になることだけは確かだからな」
それは、事実そうなのだろう。
剣と魔法のファンタジー的な世界なら、何をなすにもまず魔法、魔力だ。
彼らには彼らの思惑がある以上、元の世界に帰る術があるにせよないにせよ、素直にそうしてくれるとは思えない。
是が非でも元の世界に戻らんとするのなら、自分自身の力で道を切り開かなければならないのかもしれない。
(ブレイブアサルトの最新シリーズの続きも見たいしな)
言いなりになるのは納得がいかないが、最終的に自分の望みを叶えるには少し己の自由を諦めなければならないこともある。
それが社会というものだし、とりあえず自分のことなら妥協もある程度可能ではある。
ただ、どう見ても自我を失っている様子の少女のことは気がかりだが。
傀儡勇者召喚とやらの詳細は分からないが、もし誰かの手によって自由を奪われているのであれば許すことはできない。できないが……。
(それを糾弾するのも力が必要か)
歯痒いが、一般人Aには手を出せる問題ではない。
猪突猛進に突っ込んで何とかなるのはフィクションだけの話だ。
それも主人公でなければ、ご都合主義も何も起こせはしない。
無力な人間が下手を手を出して状況が悪化しては、目も当てられない。
「……分かった」
だから、『雄也』は彼らの提案を渋々了承した。
今は何にしても生活の土台が必要だし、力を得る必要がある。
そして状況によっては、この少女のことも救わなければならないのだから。
「よろしい。では――」
「お待ち下さい」
と、『雄也』の返答に満足そうに頷いた国王の言葉を遮って、魔術師の女でもない別の若々しい女の子の声がどこからともなく聞こえてくる。
咄嗟にその方向を向くと、一人の少女が空から緩やかに降りてくるところだった。
肩にかかるぐらいのやや短めの黒髪はボサボサ。
見えているのかいないのか分からない程に細められた目のせいで、少しだるそう。
それでも尚、美しさと愛らしさを感じるようなバランスの取れた顔立ち。
しかし、それをその上から全て台なしにするように、地味な作業着風の服の上にヨレヨレで汚れのついた白衣を着ている。
残念美少女としか言いようのない風貌だ。
「ウェーラか」
そんな彼女に、国王は複雑な感情を滲ませたような口調で名を呼んだ。
どうにも扱いに困ると言うか、疎ましくて仕方がないが容認せざるを得ない存在とでも言うような感じだ。
「はい」
対する彼女もまた国王を好ましく思っていないようだ。
言葉遣いと所作は一先ず慇懃ながら、何となく反感のようなものを開いていない目の辺りに滲んでいる気がする。
「何の用だ」
「六等級にも満たない人間を、騎士の教練に参加させるのはいくら何でも無謀かと思いまして。どう楽観的に見積もっても、半身不随で済めば運がいいというところでしょう」
「なっ!?」
ウェーラと呼ばれた少女の言葉を耳にして、『雄也』は絶句してしまった。
魔術師風の女が耐え切れずに死んでしまう可能性があると言っていたが、一種の比喩的な表現だと思っていた。いわゆる地獄の特訓に近いような。
(何が、貴重な異世界人だ)
そんなことを言っていたが、所詮その教練に耐え切った者しか価値はないということなのだろう。丁度、精錬しなければ単なる泥に過ぎないレアメタルのように。
「では、どうしようというのだ?」
「私に預けては頂けないでしょうか」
「貴様に?」
「はい。私の研究素材にしたく存じます」
救いの手かと思えば、こちらはこちらで物騒なことを言う。
『安心して。貴方の意思を尊重するわ。教練よりは余程安全だし』
そんな『雄也』の心を読んだように脳内に直接語りかけてくるウェーラ。
恐らく、魔法か何かで念話のようなことをしているのだろう。
しかし、比較対象が命の危険が極めて高い教練では、実際のところどの程度安全なのか分からない。相対評価ではなく、絶対評価で教えて欲しいところだが……。
(それでも、周りの奴らよりはまだ信頼できそうか)
色々と残念な身なりを除けば美少女だし。
いや、完璧な美少女より何となく信頼度が高い気がする。
「相変わらず勝手な女め」
「貴方には聞いてないわ」
ウェーラは、鬱陶しそうな声色と共に横から話に入ってきた魔術師風の女にピシャリと言った。それから再び国王へと顔を向けて口を開く。
「陛下、いかがでしょう」
「……………………いいだろう」
国王は少しの間、苦虫を噛み潰したように沈黙してから了承を示した。
弱みを握られていると言うか、借りがあるが故に仕方なく、とでも言うように。
「ありがとうございます」
ウェーラは彼に一つ頭を下げてから、『雄也』の傍に来て目の前に立った。
「私はウェーラ・サガ・エウォルティオ。貴方の名前は?」
そして彼女は手を差し伸べてきながら、そう問いかけてくる。
「俺は――」
対して『雄也』は、自然と促されるようにその手を取った。
「うん。ようこそ、異世界へ。ユウヤ」
ここが本当の起点。
千年後まで続き、千年以上の年月を重ねる物語の始まりだった。
国民的特撮ヒーロー番組、ブレイブアサルトのエンディングテーマ(処刑ソング)を口ずさみながら、とある曲がり角を曲がった瞬間のことだった。
突然、視界が光に包まれ、気づいた時には見知らぬ場所にいた。
「は?」
茜色だった空は青空に変わり、細い路地ではなくグラウンドのような広場が目の前に広がっている。そして、そこには…………。
(何だ。こいつらは)
そこにはコスプレ会場かと思うような、プレートアーマーの騎士や黒いローブを纏った魔術師の如き格好をした人間が『雄也』を囲むように立っていた。
「何だ。こいつは」
と、その中でも一際異彩を放つ格好をしている男が、『雄也』の心の声とほぼ同じ言葉を厳つく訝しげな声と共に投げつけてくる。
煌びやかで重そうな王冠に金刺繍のマント。
彼はそんな動きにくそうな中世ヨーロッパの王様のようなコスプレ(?)をしていて、演じる役職の権威を示すかのように少し後方の一段高い位置にいる。
(うーん、随分と気合の入ったコスプレだな)
それを目にして『雄也』は、思わず馬鹿みたいな感想を抱いてしまった。
本来ならば、そんな益体もないことを考えるよりもまず、テレポートしたかのような異常現象について考えなければならない状況だ。
しかし、余りにも常識外過ぎて、一先ず目の前の多少は理解し易い事態の方に現実逃避気味に意識が向いてしまったのだろう。
とは言え、いつまでも事実から目を逸らしてはいられない。
眼前の彼らの集まりをコスプレイベントと考えるのも、一種の逃げに他ならない。
だから、とにかく状況を確認しようと周囲を見回す。
すると、すぐ近くに『雄也』と同じような普通の服(恐らく近所の高校のものと思われる制服)を来た少女が立っていた。
恐らく同じような立場に陥って混乱しているだろう彼女に親近感を勝手に抱き、その顔に目の焦点を合わせる。が――。
(なっ!?)
そうして視界に映った少女の不自然過ぎる表情に、『雄也』は愕然としてしまった。
能面と呼ぶことすらおこがましい。
幽鬼の如く感情の一片たりとも感じられない顔。
その口元はだらしなく開き、折角の可愛らしい顔を全て台なしにしている。
まるでゾンビ映画のゾンビのようだ。
生身の人間でありながら、完全に不気味の谷に落ちてしまっている。
「まさか、失敗したのか?」
そんな少女の異様な姿に意識を取られている間にも、厳つい王様風の男は騎士風の男へと問いを投げかける。『雄也』を視線で示しながら。
「い、いえ。どうやら傀儡勇者召喚に紛れて召喚されてしまったようです」
対して騎士風の男の一人は焦り気味に答え、更に続ける。
「これまでも異世界の動物や植物等が一緒に転移してきたことがありましたが…………恐らくは、これもまたその一種かと」
異世界。そう彼が口にしたことについては、正直驚きはない。
自身が持つオタク知識と照らし合わせてみれば、現状を言い表す最も適当な言葉が異世界召喚であることぐらいはすぐに分かる。
実のところ、ほぼ最初の方で薄々感づいてはいた。
常識が邪魔をして素直に信じられなかっただけで。
(傀儡勇者召喚?)
ともかく今、気になったのはその単語。
勇者召喚は何となく想像がつくが、頭についている言葉が余りにも不穏過ぎる。
傍にいる少女の姿を思えば尚のことだ。
「いずれにせよ、成功したということでいいのだな?」
「は。〈アナライズ〉によれば、本命の生命力と魔力は共に一等級。かつ六属性持ちと間違いなく成功です。異物が紛れ込んだ影響はありません。陛下」
横柄な男の問いかけに対し、今度は魔術師風の女性が答える。
ローブに隠れて顔が見えないが、声色的に年増だろう。
「そうか」
と、王様風と言うか、正に国王だったらしい男は、僅かに安堵したように深く息を吐いた。それから、どこか困ったように『雄也』を見る。
「さて、この男の扱いをどうするか。それが問題だな」
対して『雄也』は何か発言すべきかとも思ったが、一先ず沈黙した。
正確な状況把握ができていない以上、迂闊に言葉を発するべきではない。
「この男の力はどれ程のものだ?」
「は。生命力、魔力共に六等級未満。測定可能な属性は土のみです」
「何だそれは。幼児にも劣るではないか」
呆れ果てたように、心底失望したような目を『雄也』に向けながら国王は告げる。
(何だこいつ偉そうに…………あ、偉いのか)
不愉快にも程があるが、もし絶対君主制の国王なら少し不満を口にしただけで罪に問われる可能性もある。今は抑えて成り行きを見守るしかない。
正直、権威による自由の抑圧も嫌悪するところではあるが……。
それで拘束されたり、果ては殺されたりしてはたまったものではない。
自由を押し通すには力が必要なのも事実だ。
「傀儡勇者召喚によって召喚された者は、一等級以上の力を得るのではなかったのか?」
そう『雄也』が葛藤する間も彼らの会話は続く。
「はい。ですが、その強化はアテウスの塔が収集した魔力で行われていますので、複数を対象にすると魔力が分配されます。そうなると勇者一体一体の力が低下してしまいます」
魔術師風の女性は淡々と答えを返し、更に彼女は「質より量であれば、それもよろしいでしょうが」と続けた。
「ううむ……今優先的に必要なのは、敵国の将を抑え込める存在だ。量よりも質を考えなければならん。一方が無能であることを咎めはすまい」
国王はまたもや、何様のつもりだと言いたくなるような発言をする。
(……今は、我慢だ)
そろそろ苛立ちも相当大きくなってきたが、内心でそう自分に言い聞かせる。
むかついたからと無闇に暴れても、即座に鎮圧されるのが関の山だ。
彼らの言い方は一先ず置いておいて、これまでの会話を総合すると『雄也』が驚く程弱いことは間違いようのない事実であると思われる。
いや、勿論それは当然のことだが。
特オタなだけの普通の大学生が、いきなり(恐らく)剣と魔法のファンタジー的な異世界に放り込まれても戦力になどなるはずがない。
特別な補正を貰っている訳でもないのだから。
「まあ、腐っても異世界人だ。何かの役には立つかもしれん」
それから、最後に国王はそう結論した。
「はい。では、騎士の教練に参加させましょう。この程度の生命力と魔力では、耐えられずに死んでしまうかもしれませんが」
と、魔術師風の女性が同意しつつ、物騒なことを口にし出す。
「構うまい。それで命を落とす程度の存在は、我が国に必要ない」
それを受けて、国王は『雄也』に視線を落としながら冷たく言い放った。
(いくら、何でも……)
さすがに当事者不在で話を進め過ぎだ。
これでは堪忍袋の緒も切れようというものだ。だから――。
「何を勝手に決めてるんだ!?」
思わず『雄也』は険のある声で問いを投げつけた。
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと俺を元の世界に戻してくれ!」
もう少し潤いのある展開ならまだしも、厳ついオッサンやら顔も見えないオバサンに囲まれ、不穏な感じしかしない言葉が飛び交うような場所にはいられない。
せめて美少女の一人でもいれば、状況を楽しむ余裕も出るかもしれないが。
「不敬な! 陛下の御前で――」
「よい。もの知らぬ異人の戯言だ。この場は許す」
更に自分勝手な物言いをする女と、一々癇に障る言い方をする国王を順に睨む。
そんな『雄也』の行動に魔術師風の女性の方は尚のこと苛立ちを覚えた素振りを見せたが、対照的に国王は臣下達に器の大きさを見せつけるかのように反応を示さなかった。
「残念だが、送還の術はない。お前はこの世界で生きていくしかないのだ」
それから彼は一拍置いてそう続ける。
女の方もそうした国王の冷静な対応に一応は頭を冷やしたのか、一つ深く息を吐いて自分を落ち着かせるようにしてから再び口を開いた。
「大人しく我々の指示に従った方がいい。低レベルとは言え、貴重な異世界人だ。教練に耐え得る限り、生活は保証しよう」
それでも彼女の口調は、最大限の譲歩と言わんばかりのものだったが。
「……本当に帰れないのか?」
正直言って初対面の相手を信用し切ることはできないが、確認のために問いかける。
「さて。少なくとも我らは知らんな。だが、十分に力を得れば、あるいは可能性もあるかもしれん。いずれにせよ、魔力が必要になることだけは確かだからな」
それは、事実そうなのだろう。
剣と魔法のファンタジー的な世界なら、何をなすにもまず魔法、魔力だ。
彼らには彼らの思惑がある以上、元の世界に帰る術があるにせよないにせよ、素直にそうしてくれるとは思えない。
是が非でも元の世界に戻らんとするのなら、自分自身の力で道を切り開かなければならないのかもしれない。
(ブレイブアサルトの最新シリーズの続きも見たいしな)
言いなりになるのは納得がいかないが、最終的に自分の望みを叶えるには少し己の自由を諦めなければならないこともある。
それが社会というものだし、とりあえず自分のことなら妥協もある程度可能ではある。
ただ、どう見ても自我を失っている様子の少女のことは気がかりだが。
傀儡勇者召喚とやらの詳細は分からないが、もし誰かの手によって自由を奪われているのであれば許すことはできない。できないが……。
(それを糾弾するのも力が必要か)
歯痒いが、一般人Aには手を出せる問題ではない。
猪突猛進に突っ込んで何とかなるのはフィクションだけの話だ。
それも主人公でなければ、ご都合主義も何も起こせはしない。
無力な人間が下手を手を出して状況が悪化しては、目も当てられない。
「……分かった」
だから、『雄也』は彼らの提案を渋々了承した。
今は何にしても生活の土台が必要だし、力を得る必要がある。
そして状況によっては、この少女のことも救わなければならないのだから。
「よろしい。では――」
「お待ち下さい」
と、『雄也』の返答に満足そうに頷いた国王の言葉を遮って、魔術師の女でもない別の若々しい女の子の声がどこからともなく聞こえてくる。
咄嗟にその方向を向くと、一人の少女が空から緩やかに降りてくるところだった。
肩にかかるぐらいのやや短めの黒髪はボサボサ。
見えているのかいないのか分からない程に細められた目のせいで、少しだるそう。
それでも尚、美しさと愛らしさを感じるようなバランスの取れた顔立ち。
しかし、それをその上から全て台なしにするように、地味な作業着風の服の上にヨレヨレで汚れのついた白衣を着ている。
残念美少女としか言いようのない風貌だ。
「ウェーラか」
そんな彼女に、国王は複雑な感情を滲ませたような口調で名を呼んだ。
どうにも扱いに困ると言うか、疎ましくて仕方がないが容認せざるを得ない存在とでも言うような感じだ。
「はい」
対する彼女もまた国王を好ましく思っていないようだ。
言葉遣いと所作は一先ず慇懃ながら、何となく反感のようなものを開いていない目の辺りに滲んでいる気がする。
「何の用だ」
「六等級にも満たない人間を、騎士の教練に参加させるのはいくら何でも無謀かと思いまして。どう楽観的に見積もっても、半身不随で済めば運がいいというところでしょう」
「なっ!?」
ウェーラと呼ばれた少女の言葉を耳にして、『雄也』は絶句してしまった。
魔術師風の女が耐え切れずに死んでしまう可能性があると言っていたが、一種の比喩的な表現だと思っていた。いわゆる地獄の特訓に近いような。
(何が、貴重な異世界人だ)
そんなことを言っていたが、所詮その教練に耐え切った者しか価値はないということなのだろう。丁度、精錬しなければ単なる泥に過ぎないレアメタルのように。
「では、どうしようというのだ?」
「私に預けては頂けないでしょうか」
「貴様に?」
「はい。私の研究素材にしたく存じます」
救いの手かと思えば、こちらはこちらで物騒なことを言う。
『安心して。貴方の意思を尊重するわ。教練よりは余程安全だし』
そんな『雄也』の心を読んだように脳内に直接語りかけてくるウェーラ。
恐らく、魔法か何かで念話のようなことをしているのだろう。
しかし、比較対象が命の危険が極めて高い教練では、実際のところどの程度安全なのか分からない。相対評価ではなく、絶対評価で教えて欲しいところだが……。
(それでも、周りの奴らよりはまだ信頼できそうか)
色々と残念な身なりを除けば美少女だし。
いや、完璧な美少女より何となく信頼度が高い気がする。
「相変わらず勝手な女め」
「貴方には聞いてないわ」
ウェーラは、鬱陶しそうな声色と共に横から話に入ってきた魔術師風の女にピシャリと言った。それから再び国王へと顔を向けて口を開く。
「陛下、いかがでしょう」
「……………………いいだろう」
国王は少しの間、苦虫を噛み潰したように沈黙してから了承を示した。
弱みを握られていると言うか、借りがあるが故に仕方なく、とでも言うように。
「ありがとうございます」
ウェーラは彼に一つ頭を下げてから、『雄也』の傍に来て目の前に立った。
「私はウェーラ・サガ・エウォルティオ。貴方の名前は?」
そして彼女は手を差し伸べてきながら、そう問いかけてくる。
「俺は――」
対して『雄也』は、自然と促されるようにその手を取った。
「うん。ようこそ、異世界へ。ユウヤ」
ここが本当の起点。
千年後まで続き、千年以上の年月を重ねる物語の始まりだった。
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