【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十五話 流転 ④何度でも

 落ちていく。地上に背を向け、天に手を伸ばしながら。
 顕現を始めた女神アリュシーダを討ち滅ぼすため、過剰な身体強化を使用した上にアテウスの塔で収集した魔力までをも利用した。
 正に全身全霊以上の力を湛えた一撃を『雄也』は放った。

「く、そ」

 にもかかわらず、視線の先にいる女神アリュシーダは健在だ。
 彼女はこれまで『雄也』が撃った中で最強最大の攻撃を無防備に受けた上、無限色の光を束ねた帯を巨人の掌の形に変え、羽虫を払うかのように『雄也』を叩き落とした。
 その攻撃自体のダメージは小さくないながらも致命的ではない。
 が、限界を超えた身体強化の反動で体が言うことを聞いてくれない。
 僅かに動くのは右手だけだ。
 顔の向きを変えることもできない。
 もっとも、仇敵から目を逸らすつもりなど毛頭ないが。

「く……そ」

『雄也』は女神アリュシーダを睨みつけながら悪態を繰り返した。
 もはや彼女は完全なる顕現を果たし、その双眸はこちらを向けている。
 口元は何かを告げるように動いているが、その言葉が『雄也』に届くことはない。
 ただし、それは距離や言語の問題ではなく、今更聞く耳など持たないだけだ。
 幾多の周回で言い分は分かり切っている。
 こちらからすれば壊れたレコードのように繰り返される言葉。
 そんなものに意味はない。何より――。

「まだ、だ。まだ……」

 未だ敗者として勝者の弁を聞く段階にはない。
 たとえ最大の攻撃が全く効果なく防がれたとしても、この心はまだ折れてはいない。
 そんな程度のことでは決して折れてはいけない。
 かつて憧れていた特撮番組のヒーロー達がそうだったからというだけでなく、そうあることが彼女との約束だからだ。

(ウェーラ!)

 心の奥で彼女の名を呼び、それを心の支えにまだ動かせる右手に力を込める。
 女神アリュシーダは慈悲深いと謳われるだけあって、脅威と認めて自らを顕現させても尚、問答無用で排除するということはない。
 ネメシスと同様に、何度かは言葉での説得を試みようとするのだ。
 今さっき女神アリュシーダからの反撃が直撃していながらも、まだ『雄也』が生き永らえているのは、それが理由だ。
 正に絶対強者としての傲慢。しかし、そうするだけの力が確かにそれにはある。
 ……とは言え、全知全能ではないのは確かだ。
 何故なら、いくら女神でも、精神干渉を用いることなく言葉だけで『雄也』達の意思を捻じ曲げることは決してできないのだから。
 その一つの証拠であるように、そうした人間を前にした際の彼女の最終的な対処方法はネメシスが取る手段と同じになる。
 日本のことわざで言えば、仏の顔も三度まで。
 最後には力づくで排除しようとしてくる。だが……。

(後一撃、その猶予はある)

『雄也』の耳を素通りしてはいるものの、まだ彼女は己が理想とする世界の正当性を語っている。未だ排除の段階には入っていない。

《Cannon Assault》《Over Convergence》

 だから、『雄也』はこの時間軸での最後の足掻きを行うため、魔力を再度収束させた。
 同時に、両手のミトンガントレットを分解し、右手に巨大な砲筒を作り出す。
 この身はもはや、その重みにすら耐えられない程に消耗しているが、落下中であれば構えるぐらいは不可能ではない。
 残る力を振り絞り、照準を定める。

(どうにか次に繋がる一撃になってくれ)

 万全の状態からの過去最大威力の攻撃は通用しなかった。
 当然ながら、その時点で満身創痍の今からどのような攻撃を放とうとも、女神アリュシーダを倒すことなどできはしないと分かり切っている。
 傷をつけられると思うことすら楽観が過ぎるだろう。
 それでも例えば怯んだり、回避しようとしたり。
 僅かなりとも特殊な挙動が見えれば。弱点となる部位や苦手な攻撃などが分かる可能性はある。そうなれば、多少なり次の戦いで優位に立つことができるかもしれない。
 都合のいい期待に過ぎなくとも、足掻かずにはいられない。

《Final Cannon Assault》

 十秒の落下の後、電子音を合図に最後の力で砲口を固定する。

「レゾナント……アサルト、バスター!」

 そうしながら『雄也』はか細い声で縋るように叫び、蓄えた全ての魔力を一直線の輝きへと変えて解き放った。
 六色の光が混ざり合うようにして、一筋の光は天へと駆け上っていく。
 これもまた初撃には及ばずとも、星を抉る程の威力を秘めているのは紛うことない事実ではあった。

(く……)

 そして、空に描いた線は確かに女神アリュシーダへと届き、威力に相応しい巨大な爆発と魔力の光の放射はあった。しかし――。

(やはり……)

 その結果は全くの同じ。
 都合よく予想を超えた展開になどなることなく、彼女は欠片もダメージを負った様子も見せずに天空に悠然と佇んでいた。
 爆風によって後退したり、全身を覆う光の帯が揺らいだりといったこともない。
 ただ一つ。散々頑なに続けていた説得を止め、口を噤んでしまったのを除いて。
 勿論それは攻撃が通用したとか恐れさせたとか、そういう類の理由によるものではない。
 まだ悪足掻きをするのかと驚き呆れた訳でもない。
 恭順を求める段階は過ぎ去り、彼女がよしとするこの世の秩序を乱す異物を、有無を言わせず消し去る段階へと移行してしまったのだ。
 その証拠であるように、女神アリュシーダは光の帯を束ね始め、やがて明確な敵意と共に『雄也』を遥かな高みから見下ろしてきた。
 彼女が頭上に集めた巨大な光の帯は、六色の光と認識可能な領域を遥かに超えた強大な魔力を湛えた刃となる。
 その矛先が誰に向けられているかは言うまでもない。

(引き際、か)

 属性自体は『雄也』と同じ六属性だが、威力は比較することもおこがましいレベルだ。
 はっきり言って想像することすらできない。
 今回の周回でまた、随分と力を伸ばしたつもりだったが……。

(未だ、どれ程の差があるかすら見えないとは)

 強くなればなる程に、遠ざかっているように錯覚してしまう。
 底の知れない敵の実力に戦慄せざるを得ない。
 こんな状態ではまともに戦うことすらままならない。
 魔力の大きさが読めなければ攻撃の強さも分からないというのに。
 だが、それでも経験として今振るわれようとしている一撃が、僅かに掠るだけで命の危険があることは重々承知している。
 実際にそれによってこの世界から消滅した人を、知っているのだから。

(…………今はとにかく)

 感傷に浸る暇はない。
 これ以上ここに留まっていては、本当に自分の命すら落としてしまう。
 第一優先は生き延びることだ。
 自分が死んでしまえば、これまでの周回全てが無意味になってしまうのだから。
 しかし、今回の周回でもまた彼女に届く気配すらなく、心が軋みを上げる。

「女神アリュシーダ」

 それでも幾度とない経験が、いつかの誓いが堅固にした心が折れることは決してない。

「いずれ必ず。必ずだ。貴様を倒し、人類の自由を取り戻す!」

 だから『雄也』はもう一度だけ仇敵に宣言するように、己を鼓舞するように叫んだ。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Over Convergence》

 そして、この時間軸最後の魔法を使用するために、RapidConvergenceリングを併用しながらアテウスの塔からも魔力を一気に収束させる。
 その間に女神アリュシーダが作り出した無限光を束ねた刃は、星を両断することができそうな程に巨大な剣となっていた。
 彼女がそれを大きく振りかざし、正に超絶なる一撃を放とうとした瞬間――。

「〈トランセンドタイムフロー〉」

 それが自身に届く前に、『雄也』は時間に干渉して転移する、言わば時空転移の魔法を使用し、から姿を消した。
 それと共に視界が揺らぎ、ついさっきまでいた世界から遠ざかっていく。
 その世界の中で女神アリュシーダの剣が恐るべき威力を伴って振るわれるが、既に完全に位相の異なる『雄也』には届くことはない。

「俺は必ず再び貴様の前に現れる。待っていろ。女神アリュシーダ」

 こちら側からのいかなる干渉ももはや届くことはないが、『雄也』はそう告げると戦闘態勢を解き、そのまま移り変わっていく世界に意識を向けた。
 時空転移は当然ながら時間移動のみの魔法ではない。
 全く同じ空間地点で時間だけが変化するとなれば、自転やら公転やらの影響によって宇宙のどこかに放り出されてしまう可能性が高い。
 だから『雄也』は強く場所を思い描き、そこに出現するように己を誘導した。
 目指す時間は、雄也が王立魔法学院に異世界召喚される前日の夜。
 向かうべき場所は、ドクター・ワイルドを名乗る男がいる王立魔法研究所の研究室。
 やがて最初に時間軸が固定され、それと共に時間帯もまた同時に決定される。
 続いて、その新たな世界の中で目的の場所へと空間転移をした。

「お前は――」

 そうして目的地に至ると、その世界で次なる戦いを始めようとしていた『雄也』、言わば過去の『雄也』が即座に異変に気づく。

「そうか。俺は最も新しい俺ではなかったようだな」

 彼は納得したように呟くと、目を閉じて体から力を抜いた。

「全ては人類に自由を取り戻すために」

 最後にそう告げた過去の『雄也』の言葉に頷き、彼に手を伸ばす。

「〈オーバーアブソーブ〉」

 そのままMPドライバーのある腹部に触れると共に、『雄也』はを発動させた。
 相手の存在を吸収し、己がものとする魔法だ。
 通常は相手の魔力吸石を奪うのみで、その上精神干渉と同様に相当の実力差がなければ成功することはない。
 だが、同一人物であり、かつ互いの同意がある場合はその限りではなく、『雄也』程の力があれば相手の肉体、生命力をも吸収することが可能。
 つまり過去の『雄也』と未来の『雄也』が一つになるということだ。
 もっとも彼は周回を始めた頃の『雄也』でしかないため、吸収すると言っても強化の程は高が知れているが。
 しかし、その僅かな部分も幾度となく周回すれば馬鹿にならない。
 塵も積もれば何とやらだ。
 加えて、弱い味方などいても仕方がないし、しばらくの間ドクター・ワイルドとして暗躍するのにも邪魔になってしまう。

「後は、任せた」

 それは彼自身、自分自身重々承知しているため、素直にそう最後の言葉を告げると過去の『雄也』は姿を消した。

「ああ。任せろ」

 彼の意識は己の中に溶け、この目を通して世界を認識し続けることだろう。
 互いに己自身であるため、全ての行動は自分が選んでいるように思うはずだ。
 いずれにせよ、今ここに残る『雄也』は全ての『雄也』の中で最も先を行く者として突き進まなければならない。
 勿論、より先の位置にいる未来の『雄也』が現れたのなら、この力の全てを移譲する心積もりだ。そこまで戦い抜ける未来があるという安堵と共に。
 もっとも、これまではそういう事態には陥っていないが。

「さあ……次の世界を始めようか」

 そして、今回の周回までに譲り受けてきた力、この身の内にいる無数の自分自身に告げるように言い、『雄也』は王立魔法研究所の研究室を出たのだった。



 ここから再び始まる。
 王立魔法学院の一生徒によって異世界召喚されたという勘違いと共に歩み始める雄也。
 そんな彼に『雄也』は、いずれ奪うために力を与え、その力を高めるために六種族の少女と絆を結ぶように仕向けた。
 全ては女神アリュシーダを討ち果たし、己がかつて交わした約束を果たすために。
 真なる契機はそこにある。その約束こそに。
 雄也ではなく『雄也』が異世界召喚された時代。千年前の戦乱期。
 そこで出会った彼女、ウェーラと過ごした日々の記憶。
 それらを紐解かなければ、雄也には自分自身のことながら『雄也』のことを全て理解することなどできはしないだろう。
 そう。悲しい別れに繋がる彼女との物語を知らなければ。

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