【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第三十三話 現実 ④仕組まれた進化への呼び水
「な……み、皆、は……」
目の前に広がる光景が示す意味。
それを信じることなどできる訳もなく、半端な言葉しか口から出てこない。
(嘘だ)
状況証拠は揃ってしまっている。
現に視界には六大英雄の姿があるのだから。
装甲も纏っていないので間違いない。
しかし、確たる物証がない以上、断言することはできず、断言したい訳もなく、雄也には現実逃避気味に彼らを眺めていることしかできなかった。
立ち並ぶ六大英雄。
右から真龍人ラケルトゥス、真水棲人パラエナ、真翼人コルウス、真妖精人ビブロス、真魔人スケレトス。五人。
彼らの元に歩み寄ったドクター・ワイルドを加えて六人。
数えてみると、真獣人リュカの姿がない。
最悪の想像からの逃げ道を作るように、それに対する疑問で思考が埋まる。
「リュカはどうした?」
そうした一目で分かる事態に気づかないのは、突然の状況の変化もそれどころではないとへたり込んだまま完全に俯いているツナギぐらいのものだ。
当然、他の六大英雄達がそれを不審に思わない訳もなく、代表するようにスケレトスがドクター・ワイルドに問うた。
「どうやら大番狂わせがあったようだ」
すると、どういう訳か愉快そうにドクター・ワイルドは答えた。
僅かとは言え、己の計画に不備が生じた証だろうに。
まるで、それすらも想定の内だとでも言うかのようだ。
何度も彼の干渉を受けてきた雄也はそういった考えで恐れを抱いたが、どうやら六大英雄達は理解しがたい態度と感じたらしい。
表情からそれが分かり、それを示すように再びスケレトスが口を開こうとするが――。
「では、六大英雄に打ち勝った勇者を招待するとしようか」
ドクター・ワイルドは彼の発言を制止するように称賛を含む言葉を、しかし、馬鹿にしているとしか思えない楽しげな声の調子を変えないまま続けた。
正にその直後、転移魔法の発動を示す魔力の気配が発生する。
かと思えば、雄也の傍に琥珀色の鎧が姿を現した。
女性的な意匠の見覚えある装甲。
それを纏った存在が誰かはすぐに分かる。
しかし、いつもの彼女の姿とは明らかに様子が違っていた。
(こんな、ボロボロに……)
装甲の端々は欠け、ハッキリとしたヒビが入っている部分もところどころある。
正に過酷な戦いを経てきたことを証明するように。
そして、その破損は現在進行形で大きくなっていっていき……。
「あ……」
やがて鎧としての形も保てなくなって、装甲は琥珀色の粒子と化して崩れ去った。
それと共に消耗し切った彼女の姿が顕になる。
「アイリス!」
「…………ユウ、ヤ」
アイリスは呼びかけに弱々しく答えると、その場で倒れ込みそうになってしまった。
咄嗟に体が反応し、傍に寄って抱き締めるようにしながら支える。
腕の中の彼女は正に満身創痍という様相で、息は荒く表情には苦痛が滲んでいた。
「〈ハイヒーリング〉」
だから雄也は、その様子に狼狽えながらも即座に治癒魔法をかけた。
が、生命力が大きく乱れているため、どうしても気休めにしかならない。
「……ありがとう、ユウヤ」
それでも彼女はそう小さく口にしながら、雄也の肩を借りつつも自分の足で立ってドクター・ワイルドや六大英雄を睨みつけた。
意思だけは負けまいと虚勢を張るように。
だが、敵はまるで気にしていないかのようにサラリと受け流す。
何の反応も示さない。
「間抜けめ。情を捨てられなかったか」
そして、あくまでもリュカの過ちだとラケルトゥスが吐き捨てる。
「折角の戦いに余計なものを持ち込むなんて、本当に馬鹿ねえ」
「元々堅い奴ではあったが、あれも全て同族のためだからな。散々指揮官には従うと言っていたが、本音では嫌々だったのだろうさ」
同調して嘲るパラエナとは対照的に、スケレトスは同情気味に呟く。
「気持ちは分からなくありません。私もこの男を今すぐ殺してやりたくてたまりませんから。しかし、彼女は覚悟が足りなかったのでしょう。同族のために罪に塗れる覚悟が」
「はあ。貴方も同じねえ。覚悟なんてそんなものに囚われていたら、逆に戦いを純粋に楽しめないわあ」
淡々としたビブロスの言葉に、呆れるように首を横に振るパラエナ。
全く意思の統一がなされていないが、彼らはそれで構わないと思っているのだろう。
「いずれにせよ、あの子は自業自得ねえ」
それから彼女は更に続けると「けれど」と前置き、顔をドクター・ワイルドに向ける。
「女神アリュシーダを殺すには、私達全員の力が必要だったんじゃないのかしらあ?」
同様のことを、パラエナ以外の六大英雄達もまた聞いていたようだ。
ドクター・ワイルドへと全員の疑問に満ちた視線が集中する。
「勿論その通りだ。が、問題ない。魔力吸石は奪われたが、肉体が崩壊する前に脳だけは転移してある。肉体を再生し、魔力吸石を移植すれば復活できる」
「……ふうん」
サラリと答えた彼に、しかし、パラエナは警戒心の色濃い声を出した。
彼女達の反応を見る限り、そうした救済措置があることを事前に伝えてはいないはず。
魔法による干渉がし易いようにしておいたということはない。
即ちドクター・ワイルドならば、たとえ六大英雄程の実力者が相手だろうとも、相手の意思などお構いなしに直接魔法を作用させられるということだ。
(そんなことが可能なら……)
脳だけの強制転移すら罷り通るのなら、生殺与奪を握られているも同じだ。
彼女ら六大英雄にとってもドクター・ワイルドは最終的に倒すべき存在のようだが、万に一つの勝ち目もないと断言していい。
危機感を抱かずにはいられないだろう。
(こいつと六大英雄には、それだけの力の差があるのか)
属性の優位により、今の雄也ならば六大英雄を圧倒することも不可能ではないはずだ。
しかし、そんな無茶苦茶が通る程ではない。
(俺とこいつの間には、そこまでのものはないと信じたいが……)
真実がどうあれ、今は盲目的になっておくしかない。
全てを諦め、絶望しないためにも。
「…………そんな。やっとの思いで倒したのに」
と、そうした敵の問答を前に、アイリスが愕然とした呟きを漏らす。
途中で映像が切れてしまったため、彼女がどのような過程を経ることでリュカに勝利できたかは分からない。
だが、紙一重の戦いだったのは間違いない。
それだけに、容易く彼女を復活させることができるが如きドクター・ワイルドの言葉の衝撃は余りにも大き過ぎたようだ。
「……もう一度、なんて」
それに打ちのめされたように、彼女は俯いてしまう。
ボロボロになりつつも戦意が残っていた心は、膝と共に折れてしまったようだ。
彼女は再びよろめくと、背中から倒れかかってきた。
当然の行動として再びアイリスを抱き止める。
「アイリス……」
様々な情報を前に混乱の極みにあるのは雄也も同じではある。
しかし、腕の中の弱々しい重さを強く意識すれば、今は気持ちを強く持ち続けなければならないということだけは分かる。
どのような状況に陥っても、それでも守るべきものが全てなくなるということは決してないのだから。
そう心の内で自分自身を叱咤しながら――。
「皆は……ティアやイーナ、プルトナにメル、クリア、ラディアさんはどうした?」
目を逸らし続けていた事実に触れる。
「この期に及んで分かり切ったことを聞くな。その頭は飾りか?」
すると、ドクター・ワイルドは呆れ果てたと言わんばかりの口調で答えた。
「だが、まあ、いいだろう。最期の時だからな。大目に見てやる」
それから彼はそう言うと、酷く冷淡な表情を浮かべる。
これまでなら嘲笑の一つでも見せていたところだが……。
「そこの小娘以外は死んだ。魔力吸石を各々に奪われてな」
ストレートな断言に言葉を失う。
それは想定できた答えではあった。
しかし、どうしても現実のことと思えない。
「……皆、が」
対照的にアイリスは、実際に六大英雄と戦って苦戦を強いられたからか、実感を伴ってドクター・ワイルドの発言を真実と認識したようだ。
追い討ちをかけられたように、胸の辺りで彼女は愕然と呟く。
雄也はそんな彼女を無意識に強く抱き締めた。
「では、最後の仕上げをするとしようか」
「最後の、仕上げ?」
「その通り。リュカに代わって土属性の魔力吸石を得なければならない」
「何?」
非現実にしか思えない言葉の数々を懸命に処理しようとしていたせいでドクター・ワイルドの言葉の意味を理解できず、一瞬反応が遅れてしまう。そして……。
「っ! アイリ――」
「さあ、ありがたく俺達の糧となれ」
その意図に気づいて彼女に注意を促そうとした時には、すぐ間近に彼の姿があった。
かと思えば、刹那の内にドクター・ワイルドは六大英雄達の傍に戻っていた。
掌を上に向けた手の上には、濃い琥珀色の魔力吸石が置かれている。
「……あ、ぐ」
次いで呻き声が胸の辺りから聞こえ、雄也は目線を下げた。
「……ユウ、ヤ」
すると…………胸の辺りに大きな穴を開けたアイリスの姿があった。
「え、あ?」
そこからは大量の血が流れ出し、誰がどう見ても致命傷と分かる。
元の世界なら間違いなく即死だ。
しかし、魔法があり、生命力次第では素の肉体の強さも桁違いなのがこの世界だ。
まだ間に合うかもしれない。
そう理屈をつけて、とにかく彼女に回復魔法をかけようと手をかざす。
「あ……」
そして魔法を発動しようとして、その前に気づいた。
既に彼女の命が失われたことを。いとも容易く、余りにも唐突に。
急速に熱が失われていくのが、触れた部分から伝わってくる。
「アイリス……」
いくらこの世界でも、やはり心臓を失ってはどうしようもない。
雄也の名を最後に呼ぶことができたのは、むしろ生命力の奇跡と言っていい。
「いつまでその肉塊を抱いている?」
と、ドクター・ワイルドは心底侮蔑するように問いかけてきた。
「何、だと?」
「死んだものなど単なるものに過ぎない。貴様の仲間達もそうだ」
続けられた彼の言葉に雄也は奥歯を噛み締めながら、アイリスの亡骸に視線を落とした。
(皆も、こうやって……)
その瞬間を見ていなかったから、今の今まで現実味が乏しかった。
だから、逃避もできた。
だが、アイリスが正に目の前で殺された今、仲間達の死も間違いなく現実であることを突きつけられ、逃避も許されず認識させられた。
「く、ぐう」
その事実が絶望を生む前に、虚無感が心を埋め尽くす前に。
今はただ眼前の敵に憎しみを向ける。
「う、あ、あああ……」
ただでさえ誰かの命を奪う行為は、人の自由を奪う最たるもの。最も厭うべきもの。
そんな真似を身内である彼女達にされては、当然その怒りは並々ならぬものとなる。
そもそも、これ程までに親交を結んだ人間を失った経験など、何の変哲もない大学生をやっていた雄也にはなかった。
だから、身近な人間の死に対する正しい悲しみ方もよく分からない。
「ああああああっ」
分からないから、その全てを怒りに変換して力を求めるしかなかった。
「貴様は本当に変わったな。既に計画は最終段階。その小娘と一緒に殺しても構わないだろうに。無用に痛めつけてなんになる」
激情を声にして吐き出す雄也を余所に、ラケルトゥスがドクター・ワイルドの所業に対して苦言を呈する。
「確かに。これは余りに非効率的だ。嗜虐趣味でも芽生えたか?」
それにスケレトスも同調するが――。
「無用ではない。嗜虐趣味でもない。こいつにはまだ役割があるだけだ」
ドクター・ワイルドは平坦な声でそう返した。
そんな彼らの会話は、雄也の耳に届いてはいた。
が、そんなことに意識を割く余裕などあるはずもない。
(力が、あれば……力を、こいつらを殺すための)
「おお、おおおおああああ!」
ひたすら生命力、魔力を解放させんと全身に力を込める。
己の存在全てから捻り出すように絶叫しながら。
「見苦しい。今更、これに何の役割があると……むっ!?」
と、そうした雄也の行動を前に不快そうに吐き捨て、ドクター・ワイルドに問いを投げかけようとしていたラケルトゥスが何かに気づいたような声を出した。
「ぐ、これはっ」「まさか」「き、貴様!」
続いて他の六大英雄達にも異変が生じ始める。
「ま、魔力が、生命力が、流れ出ていく」
愕然と呟いたラケルトゥスを筆頭に、力を失ったように次々と膝を突く六大英雄達。
「い、一体、何が――」
戸惑いを口にしたスケレトスを見て分かる通り、彼らにも心当たりはないらしい。
その間も謎の現象、症状は着実に進行していく。
それに伴っているかのように、どこからともなく本来の雄也ではあり得ない量の魔力が供給され、雄也の体内に溢れていった。
その由来は分からない。
…………いや、微かに覚えのある、しかし、あり得ない繋がりが感じられた。
既に消失したはずの、LSデバイスを介した彼女達のMPリングとの繋がりが。
(これは…………いや、何でもいい。とにかく奴らを殺す力になってくれ!)
そして、己の中で混ざり合った魔力が一際大きくなった次の瞬間――。
《Evolve High-Anthrope》
そう電子音が響き渡ったのだった。
目の前に広がる光景が示す意味。
それを信じることなどできる訳もなく、半端な言葉しか口から出てこない。
(嘘だ)
状況証拠は揃ってしまっている。
現に視界には六大英雄の姿があるのだから。
装甲も纏っていないので間違いない。
しかし、確たる物証がない以上、断言することはできず、断言したい訳もなく、雄也には現実逃避気味に彼らを眺めていることしかできなかった。
立ち並ぶ六大英雄。
右から真龍人ラケルトゥス、真水棲人パラエナ、真翼人コルウス、真妖精人ビブロス、真魔人スケレトス。五人。
彼らの元に歩み寄ったドクター・ワイルドを加えて六人。
数えてみると、真獣人リュカの姿がない。
最悪の想像からの逃げ道を作るように、それに対する疑問で思考が埋まる。
「リュカはどうした?」
そうした一目で分かる事態に気づかないのは、突然の状況の変化もそれどころではないとへたり込んだまま完全に俯いているツナギぐらいのものだ。
当然、他の六大英雄達がそれを不審に思わない訳もなく、代表するようにスケレトスがドクター・ワイルドに問うた。
「どうやら大番狂わせがあったようだ」
すると、どういう訳か愉快そうにドクター・ワイルドは答えた。
僅かとは言え、己の計画に不備が生じた証だろうに。
まるで、それすらも想定の内だとでも言うかのようだ。
何度も彼の干渉を受けてきた雄也はそういった考えで恐れを抱いたが、どうやら六大英雄達は理解しがたい態度と感じたらしい。
表情からそれが分かり、それを示すように再びスケレトスが口を開こうとするが――。
「では、六大英雄に打ち勝った勇者を招待するとしようか」
ドクター・ワイルドは彼の発言を制止するように称賛を含む言葉を、しかし、馬鹿にしているとしか思えない楽しげな声の調子を変えないまま続けた。
正にその直後、転移魔法の発動を示す魔力の気配が発生する。
かと思えば、雄也の傍に琥珀色の鎧が姿を現した。
女性的な意匠の見覚えある装甲。
それを纏った存在が誰かはすぐに分かる。
しかし、いつもの彼女の姿とは明らかに様子が違っていた。
(こんな、ボロボロに……)
装甲の端々は欠け、ハッキリとしたヒビが入っている部分もところどころある。
正に過酷な戦いを経てきたことを証明するように。
そして、その破損は現在進行形で大きくなっていっていき……。
「あ……」
やがて鎧としての形も保てなくなって、装甲は琥珀色の粒子と化して崩れ去った。
それと共に消耗し切った彼女の姿が顕になる。
「アイリス!」
「…………ユウ、ヤ」
アイリスは呼びかけに弱々しく答えると、その場で倒れ込みそうになってしまった。
咄嗟に体が反応し、傍に寄って抱き締めるようにしながら支える。
腕の中の彼女は正に満身創痍という様相で、息は荒く表情には苦痛が滲んでいた。
「〈ハイヒーリング〉」
だから雄也は、その様子に狼狽えながらも即座に治癒魔法をかけた。
が、生命力が大きく乱れているため、どうしても気休めにしかならない。
「……ありがとう、ユウヤ」
それでも彼女はそう小さく口にしながら、雄也の肩を借りつつも自分の足で立ってドクター・ワイルドや六大英雄を睨みつけた。
意思だけは負けまいと虚勢を張るように。
だが、敵はまるで気にしていないかのようにサラリと受け流す。
何の反応も示さない。
「間抜けめ。情を捨てられなかったか」
そして、あくまでもリュカの過ちだとラケルトゥスが吐き捨てる。
「折角の戦いに余計なものを持ち込むなんて、本当に馬鹿ねえ」
「元々堅い奴ではあったが、あれも全て同族のためだからな。散々指揮官には従うと言っていたが、本音では嫌々だったのだろうさ」
同調して嘲るパラエナとは対照的に、スケレトスは同情気味に呟く。
「気持ちは分からなくありません。私もこの男を今すぐ殺してやりたくてたまりませんから。しかし、彼女は覚悟が足りなかったのでしょう。同族のために罪に塗れる覚悟が」
「はあ。貴方も同じねえ。覚悟なんてそんなものに囚われていたら、逆に戦いを純粋に楽しめないわあ」
淡々としたビブロスの言葉に、呆れるように首を横に振るパラエナ。
全く意思の統一がなされていないが、彼らはそれで構わないと思っているのだろう。
「いずれにせよ、あの子は自業自得ねえ」
それから彼女は更に続けると「けれど」と前置き、顔をドクター・ワイルドに向ける。
「女神アリュシーダを殺すには、私達全員の力が必要だったんじゃないのかしらあ?」
同様のことを、パラエナ以外の六大英雄達もまた聞いていたようだ。
ドクター・ワイルドへと全員の疑問に満ちた視線が集中する。
「勿論その通りだ。が、問題ない。魔力吸石は奪われたが、肉体が崩壊する前に脳だけは転移してある。肉体を再生し、魔力吸石を移植すれば復活できる」
「……ふうん」
サラリと答えた彼に、しかし、パラエナは警戒心の色濃い声を出した。
彼女達の反応を見る限り、そうした救済措置があることを事前に伝えてはいないはず。
魔法による干渉がし易いようにしておいたということはない。
即ちドクター・ワイルドならば、たとえ六大英雄程の実力者が相手だろうとも、相手の意思などお構いなしに直接魔法を作用させられるということだ。
(そんなことが可能なら……)
脳だけの強制転移すら罷り通るのなら、生殺与奪を握られているも同じだ。
彼女ら六大英雄にとってもドクター・ワイルドは最終的に倒すべき存在のようだが、万に一つの勝ち目もないと断言していい。
危機感を抱かずにはいられないだろう。
(こいつと六大英雄には、それだけの力の差があるのか)
属性の優位により、今の雄也ならば六大英雄を圧倒することも不可能ではないはずだ。
しかし、そんな無茶苦茶が通る程ではない。
(俺とこいつの間には、そこまでのものはないと信じたいが……)
真実がどうあれ、今は盲目的になっておくしかない。
全てを諦め、絶望しないためにも。
「…………そんな。やっとの思いで倒したのに」
と、そうした敵の問答を前に、アイリスが愕然とした呟きを漏らす。
途中で映像が切れてしまったため、彼女がどのような過程を経ることでリュカに勝利できたかは分からない。
だが、紙一重の戦いだったのは間違いない。
それだけに、容易く彼女を復活させることができるが如きドクター・ワイルドの言葉の衝撃は余りにも大き過ぎたようだ。
「……もう一度、なんて」
それに打ちのめされたように、彼女は俯いてしまう。
ボロボロになりつつも戦意が残っていた心は、膝と共に折れてしまったようだ。
彼女は再びよろめくと、背中から倒れかかってきた。
当然の行動として再びアイリスを抱き止める。
「アイリス……」
様々な情報を前に混乱の極みにあるのは雄也も同じではある。
しかし、腕の中の弱々しい重さを強く意識すれば、今は気持ちを強く持ち続けなければならないということだけは分かる。
どのような状況に陥っても、それでも守るべきものが全てなくなるということは決してないのだから。
そう心の内で自分自身を叱咤しながら――。
「皆は……ティアやイーナ、プルトナにメル、クリア、ラディアさんはどうした?」
目を逸らし続けていた事実に触れる。
「この期に及んで分かり切ったことを聞くな。その頭は飾りか?」
すると、ドクター・ワイルドは呆れ果てたと言わんばかりの口調で答えた。
「だが、まあ、いいだろう。最期の時だからな。大目に見てやる」
それから彼はそう言うと、酷く冷淡な表情を浮かべる。
これまでなら嘲笑の一つでも見せていたところだが……。
「そこの小娘以外は死んだ。魔力吸石を各々に奪われてな」
ストレートな断言に言葉を失う。
それは想定できた答えではあった。
しかし、どうしても現実のことと思えない。
「……皆、が」
対照的にアイリスは、実際に六大英雄と戦って苦戦を強いられたからか、実感を伴ってドクター・ワイルドの発言を真実と認識したようだ。
追い討ちをかけられたように、胸の辺りで彼女は愕然と呟く。
雄也はそんな彼女を無意識に強く抱き締めた。
「では、最後の仕上げをするとしようか」
「最後の、仕上げ?」
「その通り。リュカに代わって土属性の魔力吸石を得なければならない」
「何?」
非現実にしか思えない言葉の数々を懸命に処理しようとしていたせいでドクター・ワイルドの言葉の意味を理解できず、一瞬反応が遅れてしまう。そして……。
「っ! アイリ――」
「さあ、ありがたく俺達の糧となれ」
その意図に気づいて彼女に注意を促そうとした時には、すぐ間近に彼の姿があった。
かと思えば、刹那の内にドクター・ワイルドは六大英雄達の傍に戻っていた。
掌を上に向けた手の上には、濃い琥珀色の魔力吸石が置かれている。
「……あ、ぐ」
次いで呻き声が胸の辺りから聞こえ、雄也は目線を下げた。
「……ユウ、ヤ」
すると…………胸の辺りに大きな穴を開けたアイリスの姿があった。
「え、あ?」
そこからは大量の血が流れ出し、誰がどう見ても致命傷と分かる。
元の世界なら間違いなく即死だ。
しかし、魔法があり、生命力次第では素の肉体の強さも桁違いなのがこの世界だ。
まだ間に合うかもしれない。
そう理屈をつけて、とにかく彼女に回復魔法をかけようと手をかざす。
「あ……」
そして魔法を発動しようとして、その前に気づいた。
既に彼女の命が失われたことを。いとも容易く、余りにも唐突に。
急速に熱が失われていくのが、触れた部分から伝わってくる。
「アイリス……」
いくらこの世界でも、やはり心臓を失ってはどうしようもない。
雄也の名を最後に呼ぶことができたのは、むしろ生命力の奇跡と言っていい。
「いつまでその肉塊を抱いている?」
と、ドクター・ワイルドは心底侮蔑するように問いかけてきた。
「何、だと?」
「死んだものなど単なるものに過ぎない。貴様の仲間達もそうだ」
続けられた彼の言葉に雄也は奥歯を噛み締めながら、アイリスの亡骸に視線を落とした。
(皆も、こうやって……)
その瞬間を見ていなかったから、今の今まで現実味が乏しかった。
だから、逃避もできた。
だが、アイリスが正に目の前で殺された今、仲間達の死も間違いなく現実であることを突きつけられ、逃避も許されず認識させられた。
「く、ぐう」
その事実が絶望を生む前に、虚無感が心を埋め尽くす前に。
今はただ眼前の敵に憎しみを向ける。
「う、あ、あああ……」
ただでさえ誰かの命を奪う行為は、人の自由を奪う最たるもの。最も厭うべきもの。
そんな真似を身内である彼女達にされては、当然その怒りは並々ならぬものとなる。
そもそも、これ程までに親交を結んだ人間を失った経験など、何の変哲もない大学生をやっていた雄也にはなかった。
だから、身近な人間の死に対する正しい悲しみ方もよく分からない。
「ああああああっ」
分からないから、その全てを怒りに変換して力を求めるしかなかった。
「貴様は本当に変わったな。既に計画は最終段階。その小娘と一緒に殺しても構わないだろうに。無用に痛めつけてなんになる」
激情を声にして吐き出す雄也を余所に、ラケルトゥスがドクター・ワイルドの所業に対して苦言を呈する。
「確かに。これは余りに非効率的だ。嗜虐趣味でも芽生えたか?」
それにスケレトスも同調するが――。
「無用ではない。嗜虐趣味でもない。こいつにはまだ役割があるだけだ」
ドクター・ワイルドは平坦な声でそう返した。
そんな彼らの会話は、雄也の耳に届いてはいた。
が、そんなことに意識を割く余裕などあるはずもない。
(力が、あれば……力を、こいつらを殺すための)
「おお、おおおおああああ!」
ひたすら生命力、魔力を解放させんと全身に力を込める。
己の存在全てから捻り出すように絶叫しながら。
「見苦しい。今更、これに何の役割があると……むっ!?」
と、そうした雄也の行動を前に不快そうに吐き捨て、ドクター・ワイルドに問いを投げかけようとしていたラケルトゥスが何かに気づいたような声を出した。
「ぐ、これはっ」「まさか」「き、貴様!」
続いて他の六大英雄達にも異変が生じ始める。
「ま、魔力が、生命力が、流れ出ていく」
愕然と呟いたラケルトゥスを筆頭に、力を失ったように次々と膝を突く六大英雄達。
「い、一体、何が――」
戸惑いを口にしたスケレトスを見て分かる通り、彼らにも心当たりはないらしい。
その間も謎の現象、症状は着実に進行していく。
それに伴っているかのように、どこからともなく本来の雄也ではあり得ない量の魔力が供給され、雄也の体内に溢れていった。
その由来は分からない。
…………いや、微かに覚えのある、しかし、あり得ない繋がりが感じられた。
既に消失したはずの、LSデバイスを介した彼女達のMPリングとの繋がりが。
(これは…………いや、何でもいい。とにかく奴らを殺す力になってくれ!)
そして、己の中で混ざり合った魔力が一際大きくなった次の瞬間――。
《Evolve High-Anthrope》
そう電子音が響き渡ったのだった。
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