【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第三十一話 突入 ②誰かの面影ある少女

 アテウスの塔の外壁を這うようにしながら螺旋状に上昇していく。
 左手には狙撃銃型の武装をそのまま備え、常に壁面に向けて六属性を束ねた魔力をレーザー状に射出し続けながら。
 その意図は魔力無効化の空隙を探すためだ。が、結果は地上と変わらず、漆黒の壁面に触れたかと思った瞬間に魔力は雲散霧消してしまう。
 やはりメルとクリアの言う通り、攻撃に反応して自動で着弾点に魔力無効化を施すようなシステムが存在していると見た方がよさそうだ。

『……ユウヤ、異常はない?』

 と、〈テレパス〉を介してアイリスの声が脳裏に響いてくる。
 いざという時のために常に魔力的な繋がりを残しているので、ほぼ普通に会話できる。

『ああ。大丈夫だ』

 既に何度目かの問いかけだが、雄也は彼女に異常が発生したと誤認させないように即座に答えた。緊密な連絡は戦闘に限らず大切だ。

『ユウヤ、慎重にな』

 次に届いたラディアの戒めも繰り返しだが、心配性と呆れることはできない。
 ここは敵の領域。
 いつ敵が攻撃を仕かけてくるか分かったものではない。
 何より、ここから先は生存ルートが確実に存在する保証のない戦いなのだ。

(そんな状況で油断していい訳がない)

 そう自戒し、緊張感を保ち続ける必要がある。
 本来戦場では、一瞬の油断が命取りになりかねないのだから。
 今までのような、どこか敵に甘えた考えは許されない。

(しかし……)

 そうして周囲を警戒しながら、雄也は視界の左側を埋める塔の壁面を睨んだ。

(本当に何もないな)

 肉眼で僅かな差異を探し、同時に絶え間なく攻撃を加えながら螺旋状に塔の周囲を翔け上がる中、更に〈ワイドエアリアルサーチ〉で探知も行っている。
 にもかかわらず、異常はやはり見られない。
 余りにも何もなさ過ぎて、この塔はドクター・ワイルドの計画から目を逸らすための囮なのではないか、という思考が浮かぶ程だ。

(もうすぐ頂上か)

 そんな状態のまま、遂には天辺に辿り着いてしまう。
 後はもう塔の頂きに直接降り立って調べるしかない。
 そうして雄也が塔の直上に入ろうとした正にその瞬間――。

(ん?)

 背筋を違和感が貫き、塔の真上の領域との境界で急制動をかけて空中に留まった。

『……ユウ……異…………』

 丁度そのタイミングでアイリスが何度目かの〈テレパス〉で言葉を届けようとしてくるが、電波の悪いラジオのように途切れ途切れで聞こえてくる。
 もしやと思い、体一つ分塔の真上に入ると完全に〈テレパス〉が届かなくなった。
 そこで一旦引き返し、領域から出る。

『……ユウヤ、何かあったの!?』

 すると、今度はアイリスの声がハッキリと伝わってきた。

『どうも塔の頂上付近に通信妨害が施されてるみたいだ』

 やや慌てた様子の彼女にそう返すと、頭の中に安堵の息遣いが響く。

『とすると、頂上に何かあると見るのが妥当だな』

 そんなアイリスに代わり聞こえてきたラディアの言葉に、距離的に見えないだろうが一つ頷いてから雄也は口を開いた。

『ですね。少しわざとらしい感じがないでもないですけど』
『…………私達もそちらに行くか?』
『いえ。とりあえず一人で調べてみます』
『……そうか。そう、だな。万が一にも高高度で戦闘になれば、高い飛行能力を持つ者以外は足手纏いになりかねんしな』

 少なくともラディアとプルトナは危険だ。アイリスやメルとクリア、フォーティアは無理をすれば戦うことができるが、リスクが大きい。
 同族性の六大英雄も同じ条件かもしれないが、アテウスの塔そのものにどんな仕かけが存在しているとも知れない。
 ある程度、目星をつけてから来て貰った方がいいだろう。

『一層、気をつけるのだぞ。〈テレパス〉が使えなくなるということは、LinkageSystemデバイスも使えない可能性が高い。私達の魔力や生命力をユウヤに加算できなくなるのだからな』

 それを考えると常に傍にいた方が都合がいいようにも思ってしまうが、魔力を一人に集めるということは、他の仲間が戦うための魔力が目減りするということでもある。
 その状態の彼女達が襲われたら、かえって不利になりかねない。
 この場はやはり雄也一人で通信不良の領域に入るべきだ。

『分かってます』

 そして雄也はラディアにそう答えると、再び塔の直上へと進み出した。

『……ユウヤ、もし何か危険があったらすぐ逃げて』

 と、通信妨害の影響を受ける直前、アイリスが念を押すように言う。

『ああ。下でも言ったけど、その時は盛大に爆発でもさせながら塔から飛び降りるよ』
『……ん』

 返答に彼女が頷く声の気配を出すのを確認し、それから雄也は今度こそ塔の頂上に降り立った。言われた通り、慎重を期して緩やかに。
 完全に〈テレパス〉が届かなくなり、高高度に一人立つその静けさを意識させられる。
 即座に事態が急変するということもなかったため、尚更だ。

(何も、起きないな)

 周囲を見回し、数歩足を進めてから一旦立ち止まる。

(……足の裏。何か妙な感触だな)

 摩擦のなさそうな黒一色の見た目とは裏腹に、陸上競技場のトラックのように滑らない。
 経験のある感触ではあるが、視覚で判断したものとの齟齬のせいで違和感が強かった。
 とは言え、とりあえず戦闘になった際には足場の不安はなさそうだ。

「〈エアリアルライド〉」

 そう考えつつ、徒歩では調査の効率が悪いと判断して、ほんの少しだけ浮かび上がる。
 さすがに、単純な面積にして東京ドーム数個分はあるこの塔の頂上部分を、地に足をつけて移動しては効率が悪過ぎる。
 そうして、改めてホバリングするようにしながら縁の方から反時計回りに移動しつつ調査していく。が、やはり視覚的、魔力的な異変は見られない。
 結局そのような状態のまま、中心部に至るまで手がかりは何一つ得られなかった。
 ひたすらに平面が広がっているだけだ。
 中心に立って見回すとそれが際立つ。

(真っ平らだ)

 凹凸の一つもない様は明らかに自然物ではなく、かと言ってこれ程広大な平面など人工物でもあり得ない。
 その上に立つ己を改めて認識すると心がざわつく。
 異世界にあって更なる異世界にいるような気分だ。

(本当に、何もない。これじゃ――)

 メルの考えが正しいのではないかという思いが大きくなっていく。
 既に詰んでいるのではないかという危機感が強くなっていく。

(戦うことすらないまま、終わるってのか?)

 嫌な焦燥感が、全身を蝕んでいく。

「くっ」

 雄也は思わず、そうした鬱屈した感情を追い出さんと足元の平面を殴りつけた。
 衝動的なその一撃は、しかし、衝撃を全て吸収されてしまう。
 腕に対する反発力もほとんど感じない。
 魔力だけでなく、力任せの攻撃も無効化されるようだ。

(…………今は、アイリス達のところに戻るべきか)

 この場でやれることは限られている。
 こうなれば、王都ガラクシアスを焼き尽くさんとしたあの空の光を消し去った力を期待して、再び命を燃やした最大威力を塔にぶつけるぐらいしか選択肢はないかもしれない。
 勿論、三人寄れば文殊の知恵と言うし、一人では考えつかない案が出てくる可能性もあるが。いずれにせよ、ここに留まる選択肢はない。
 そう考えて、雄也は塔頂上の中心部に背を向けて縁へと移動を始めた。
 正にその直後――。

「帰っちゃうの?」

 真後ろから女の子の声が聞こえ、ハッとして振り返る。
 すると、いつの間にかこの平面の中心に一人の幼い少女の姿があった。
 まず目についたのは白銀に輝く美しく長い髪。
 十二歳ぐらいの背丈と相まって妖精人テオトロープかと一瞬思うが、瞳は血のような真紅に染まっていて、その判断は間違いだとすぐに気づく。
 加えて、病的に白い肌はこの世のものとは思えず、神秘的な印象を強く抱く。
 その特徴は、ファンタジーでよく見られるアルビノそのもの。
 それを実際に目の当たりにし、雄也は一瞬言葉を失ってしまった。
 しかし、場所が場所だ。
 愛らしさも美しさも、敵地で相対しては反転して警戒すべきものになる。

「君は、誰だ?」

 だから雄也は強い意思と共に口を開き、そう問いかけた。

「わたし? わたしはツナギ」
「ツナギ? それが君の名前なのか?」

 日本語のようなイントネーションで言われ、少し戸惑い気味に尋ねる。
 対してアルビノの少女は、小さく首を縦に振って肯定した。
 言葉も動作も、何となく見た目以上に幼さを感じる。
 それが一層雄也に違和感を与えていた。
 だからと言って、まだ何も実際には敵対行動に出ていない相手を即座に敵と認定し、襲いかかる訳にもいかない。それは信条に反する。
 何より、警戒心を強く持ち続けることが何故か雄也にはできなかった。
 勿論、愛らしい外見に絆されているつもりはない。

(状況に反した全てに警戒すべきだと頭では考えてる。なのに――)

 ツナギの顔を見れば見る程、誰かの面影を感じて敵愾心が湧き上がってこない。

(何で……)

 間違いなく初対面の少女なのだ。
 その上、アルビノの人間の女の子とも顔を合わせたことなど一度もない。
 だと言うのに、酷く見慣れた気分になる。

(デジャブ? いや、そういうんじゃない)

 突発的なものではなく、見れば見る程という感覚。
 正直、気持ちが悪い。
 それだけに、その理由を今すぐにでも解明して嫌な感覚を解消したいところだが、黙って彼女の顔を眺めていて答えが得られるはずもない。
 それに今は、優先すべき役目もある。塔への侵入方法を探らなければならない。
 これについても、眼前の少女が何かを知っている可能性を否定できないのだ。

「こ、こんなところで何をやってるんだ?」

 だから、雄也はまずコミュニケーションを取ろうと会話の継続を試みた。

「わたしは、遊んでくれる人を待ってたの」

 それに対し、ツナギは無邪気な風にそう答える。

「遊んでくれる人?」

 敵地を調査しに来て戦闘が発生する可能性までは想定していた頭の中にはなかった言葉を耳にして、雄也は戸惑いを抱きながら再び問い返した。

「そう。お父様が、ここに来た人と遊びなさいって」
「お父様? 一体誰のことだ?」

 一つでも情報を、という意識以上に分からないことだらけで質問を続けてしまう。


「お父様はお父様。わたしのお父様」
「何を言って……」

 どことなくちぐはぐな回答は、酷く幼い子供と対話しているかのようだ。
 その幼い外見とすら更に乖離しているように感じられる。
 どうにも精神年齢が低いようだ。

(ドクター・ワイルドのこと、なのか?)

 封印されていた六大英雄には、子供を作る時間などないはず。
 だから、まさかあの男がと信じられない心持ちながら予測する。

(顔を見せればハッキリするか)

 雄也はそう考え、光属性の魔法で顔の像を投影してみることにした。

「えっとツナギ、ちゃん。そのお父様って…………ん?」

 そう試みたのだが、その途中で違和感を抱く。

(あいつの顔、どんなだっけ?)

 どうしても、ドクター・ワイルドの姿を頭の中に思い描けない。
 既に何度となく顔を合わせているはずなのに。

(白衣……黒髪……)

 特徴の端々は文字に起こせる。
 だが、それらを組み合わせて顔を思い出すことができない。

(何故……)

 まさか精神干渉を受けているのか。
 そんな疑念が脳裏に渦巻き、心の内に動揺が生じてしまう。

「それより、ねえ、遊ぼう?」

 と、そんな雄也の内心などお構いなしにツナギはそうせがんでくる。

「な、何をして遊ぶんだ?」

 未だざわつきの残る心のまま、それでも今は彼女との対話を続けなければならない。
 そう考えて問いを口にするが、心の状態が口調の乱れとして表れてしまう。

「遊びは遊びだよ」

 それに対し、ツナギは再びちぐはぐな答えを返してくる。
 ドクター・ワイルドの件と相まって一層不気味だ。

「じゃあ、わたしから行くね」

 それからツナギは一方的に言うと突如として地面を蹴った。

「え?」

 そして、そのまま間合いを詰めてきた彼女は、外見とは余りにも不釣り合いな鋭い殴打を繰り出してきたのだった。

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