【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十九話 宣戦 ③ターニングポイントに向けて

 アイリスと共に家に戻り、〈テレパス〉で大まかな状況を伝えてからしばらく。

「そうか。またもや六大英雄の一人が……」

 事態を重く見て仕事の途中で戻ってきたラディアが、談話室にて改めて雄也達が伝えた詳細を耳にして深刻な表情と口調で呟く。
 鍛錬のために魔力淀みに行っていた面々も踵を返して今はそれぞれソファに座り、難しい顔でラディアの声に耳を傾けていた。

「どうやら敵は、いよいよ以って本格的に動き出すつもりらしいな」

 一呼吸置いて続けられた言葉に、緊張感が皆の間に漂う。
 これまでとは全く違った形に戦いが変化する。一筋の希望を命懸けで手繰り寄せるものから、一欠片の勝機の有無すらも定かではないものへと。
 そんな予兆を彼女達もまたヒシヒシと感じ取っているのだろう。

「このことは王や相談役にも伝えねばなるまい。そして騎士や賞金稼ぎバウンティハンターに注意を促して貰わなければならん。……どれだけ役に立つかは分からないがな」

 ラディアは心苦しそうにつけ加えた。
 ある意味傲慢なもの言いだが、事実は事実。
 六大英雄を前にしては、この場にいないところではアレスぐらいしか対抗することはできない。まず間違いなく。
 初期の超越人イヴォルヴァー程度であれば、一部の進化の因子を得た人間は圧倒できるはずだが……。
 インフレ甚だしい現状では、精々避難誘導を担うぐらいのものだろう。
 勿論それはそれで重要な役割ではあるが。

「それにしても、真翼人ハイプテラントロープコルウスか。ユウヤとアイリスでも捉えられないなんてね」

 と、一旦話が途切れたのを見計らうようにフォーティアが切り出す。
 敵のスタンスの変化を警戒することも重要だが、それと同等に新たな敵の力を分析することもまた必要不可欠だと言うように。
 いや、むしろ精神論に終始しそうな具体性の乏しい前者よりも、後者を議論して対策を立てる方が建設的かもしれない。

「と言うか、その、もしかして今も監視されてるんじゃ……」

 フォーティアの言葉を受けて、怯え気味に周りを見回すイクティナ。

「まあ、あり得ないことじゃないけど、その可能性は多分コルウスが復活する前からあったと思うぞ。それこそドクター・ワイルドに目をつけられた瞬間から」

 嫌らしいタイミングで超越人イヴォルヴァーが現れたり、大きな事件が起きたり。
 その推測を裏づける状況証拠はいくらでもある。
 そうした事実を前提とした結論だったのだが――。

「エ、〈エアリアルサーチ〉!」

 どうもイクティナには脅かしの効果が出てしまったようだ。
 彼女は尚のこと薄気味悪そうにしながら探知の魔法を使用する。
 とは言え、その反応も当然だ。
 男女問わず、私生活を監視されるなど気持ち悪くて仕方がない。
 実際、雄也も家に戻ってすぐ同じ行動を取ったぐらいだ。

「何か違和感はあるか?」

 既に実行済みなので答えは分かっているが、数秒待ってイクティナに問いかける。

「…………いえ。何も」

 と、彼女は訝しげに首を傾げながら答えた。
 何一つとして異変を感じ取れなかったのだろう。
 雄也が魔力を収束させた翼人プテラントロープ形態で探知を行っても結果は同じだった。
 範囲を王都ガラクシアス全体に広げても、ラディア宅周辺や談話室のみに集中しても。
 何度繰り返しても変化はなかった。
 範囲を限定すれば小蝿一匹、街全体ならネズミ一匹見逃さないレベルにもかかわらず。

「……あるいは、今この瞬間もこの部屋に潜んでいる可能性がある訳ですわね」

 そうした状況を受けて、プルトナが緊張感を漂わせながら呟く。
 そんな彼女に同調するように、一部から息を呑む音が聞こえてくるが――。

「いや、さすがにそれはないと思う」

 雄也は、少しゾッとしたらしい面々を見回しながら否定した。

「どうしてそう思うんだい?」

 と、その根拠をフォーティアに尋ねられる。

「それは――」
『コルウスが真翼人ハイプテラントロープだから、でしょ? 兄さん』

 疑問に答えようとした雄也の言葉に被せるように、クリアが代わりに〈テレパス〉を用いて言う。そんな彼女の言葉に、表に出ているメルとラディアは小さく頷いた。
 この三人は雄也と同じ考えのようだ。

「……ああ、成程ね」
「そう言われれば、そうですわ」
「えっと、どういうことですか?」

 クリアの言葉で納得した様子を見せたフォーティアやプルトナとは対照的に、ピンと来ないのかイクティナは首を傾げて問う。

「イーナは風属性の魔法で、ユウヤに気づかれずにこの部屋に潜めると思う?」

 その彼女の質問にフォーティアは問いで返した。

「それは……無理、だと思います。けど、六大英雄ならもしかすると……」

 対して自信なさげに答えるイクティナ。

「肩書きで過大評価するのは悪い癖だよ。イーナの」

 そんな彼女に苦笑気味の言葉を投げかけたフォーティアは、そうしながら答えを促すようにプルトナに視線を向けた。

「この部屋にいながらにして、相手に気取られない。それを可能とするのは精神干渉をおいて他にはありませんわ。つまり闇属性の魔法でなければ不可能です」
「風属性の魔法でできることと言えば、自分の気配を極限まで小さくすることだけのはずさ。例えば空気の振動を抑制して自分が立てた音を消したりね」

 もっと言えば、自身の動きで生じる僅かな気流の乱れもなくすことすらも可能だろう。
 つまり、死角に入られたら魔力以外では気配を探ることができないということだ。
 そして、その魔力すらも感じ取れなかったとすれば……。

「後は多分周囲にある風属性の魔力に自分の魔力を紛れさせることで、近くにいても死角にいれば相手に全く気づかせずにいることができる」
「風属性の魔力はどこにでも必ず一定量あるからね。空気がある限り」

 雄也の言葉を補足するようにメルがつけ加える。
 勿論それも、的確に相手の死角に入り込むことができるという間諜として有用な技術を有していることが前提にあってこそだが。
 身体的なスペックでは恐らくコルウスとは相違ない雄也だが、さすがに相手の目線、視界を常に把握し続けることは無理だ。
 それこそ、そういう家系故の幼い頃から体に染み込まされた技術の賜物なのだろう。

「もし魔動器で精神干渉してたとしても、闇属性の魔力が必要な訳で、風属性の人にはその魔力を隠すことができないからね。そもそも、闇属性の魔力は紛れさせられる程そこらにある訳じゃないし」

 更に補足を続けるメル。
 精神干渉で魔力の探知能力をも抑制すれば可能性はあるが、いくら何でも魔動器で雄也達に干渉できるとは思えない。

「そういう訳で、魔力の気配で捕捉できなくとも、死角にさえ入られなければコルウスの姿は目に映るはずで――」
「開けた場所ならともかくとして、この限られた空間に十四の瞳。しかも警戒を厳にしたオルタネイトレベルの目ならば十分捉えられますわ」

 引き継いで結論したプルトナに、イクティナは吟味するように目を閉じる。

「……ですけど、ここでの会話の内容を知ってたのは?」

 彼女は色々考えてそこに思い至ったようで、再び不安そうに問いかけてきた。

「まあ、この近辺に来れば会話ぐらい聞こえるんじゃないか? 風属性の魔法を使えば」

 単純に生命力が高ければ聴力も強化されるし、〈テレパス〉ではなく声を出しているのなら、振動する空気を魔法で増幅することで遠くからでも盗み聞くことは十分可能だろう。
 それこそ、やろうと思えば雄也やイクティナでも不可能ではない。

「そこはもう、気にした方の負け、だな。もし本当に嫌なら〈テレパス〉だけで会話するという手もなくはないが」
「まあ、一応、重要な話は気をつけた方がいいかもしれませんね」

 イクティナの言葉に対するラディアの答えに、雄也はそうつけ加えた。
 あるいは秘匿性が高いはずの〈テレパス〉すら盗聴する術があるのかもしれないが、そこまで考えてしまうともはや何もできない。
 勝手に想像して勝手に恐れ、その余り、そんな意図はないはずの相手の行動を自ら高度な精神攻撃に変えてしまうのは避けるべきだ。

「うぅ、気にしないように気をつけます……」

 と、イクティナは一言で矛盾するような発言をする。
 割と豪胆なところのある他の面々とは違って(あくまでも比較の問題ではあるが)、割と普通の性格な彼女だ。これでは精神をやられかねない。
 ちょっと何か考えた方がいいかもしれない。
 そう思案していると、メルもまた不憫に思ったのだろう。

「わたし達が何とかするよ。家全体は難しいかもしれないけど、部屋単位で声が漏れないようにするぐらいは魔動器で何とかなると思う」

 彼女はとりあえずの解決策を提示してくれた。

「本当ですか!?」

 それを聞いて、イクティナは救い主を前にしたように表情を明るくする。

『風属性の魔力だけを遮断するような機能でいけるわ。単純な魔動器だから、すぐ作れるはず。ただ、翼人プテラントロープのイクティナさんにはちょっと違和感があるかもしれないけど』
「それでも助かります~」

 そしてクリアの捕捉に彼女は、大分情けない声を出しながら安堵を示した。
 根本的な解決ではないが、応急処置の目処は立ったと見ていいか。

「一先ずコルウス単体についてはそんなところでいいだろう。最後の闘争ゲームとやらについては、とにかく警戒しておくように上に伝えておく。後は――」

 まとめに入ったラディアは一度そこで区切ると、一同を見回してから再び口を開いた。

「私達自身の鍛錬だが、これはもう予定通りに行うしかないな。今日のようなことがあっては、やりにくいかもしれないが」
「多分、その時が来るまでこれ以上の干渉はないでしょうからね」

 闘争ゲームの流れから逆算してそう判断するのは、正直気持ちが悪い話ではあるが。

「そういうことだ。いずれにせよ、備えは万全にしなければならんからな」

 警戒する余り家に閉じこもり、不十分な状態で戦いに挑んでは命に関わる。
 敵に怯えるような素振りを少しでも見せれば、茶番ではない本当の戦いを待つまでもなく、最後の闘争ゲームで殺されてしまうだろうから。

「では、私は報告のために王城へと向かうが……まだまだ日は高い。各々鍛錬に戻るべきだろう。私も報告が終わったら魔力淀みに向かう」

 そしてラディアの結論にそれぞれ頷き、この場は解散することとなった。
 それから十日。
 コルウスの件以上に特筆すべき出来事はなく、鍛錬を繰り返す日々を過ごした。
 二週間と期限を切られていることもあり、内心の焦燥と戦いながら。

「……今に始まったことじゃないですけど、やっぱり敵に主導権を握られたままってのは辛いものがありますね」

 実際この世界アリュシーダに来てから徹頭徹尾そうであるため、長年の蓄積によって思わず朝食の場で愚痴を口にしてしまう。

「そうだな。しかし、それも間もなく終わる。今は耐える時だ」

 それに対し、ラディアは自分にも言い聞かせるように告げた。
 敵の言う本番が迫っている。決着の時は恐らく近い。
 そのこともまた焦りを生む原因だ。
 しかし、何を言おうとも全てを放り出す訳にはいかないのだ。
 結局のところは今やるべきことをやるしかない。

「さて、と。愚痴をこぼしていても始まらん。今日も今日とて鍛錬に向かうとしようか」

 そうしてラディアの言葉を合図にして、今日もまた淡々と己の力を磨かんと全員が席を立った正にその瞬間――。

「っ!? 何だ、この魔力は!?」

 唐突に。何の前触れもなく。
 突然、全方位から強大な魔力が発生した。
 その余りの大きさに全身を押し潰されるような錯覚を抱く。

「と、とにかく外に出るぞ」

 慌てた様子のラディアに促され、状況確認のために全員で家を出る。

「なっ!?」

 すると、遠く城壁のある辺りで、この王都ガラクシアス全てを包囲するように、空を貫かんばかりに眩い六色の光が立ち上っていた。

「け、結界、でしょうか」

 ポツリとイクティナが呟くが、ヒシヒシと肌に感じる檻の中に囚われたかのような圧迫感とこの光景だけでは判断できない。

「あの魔力。触れたら一溜まりもないかも……」
『結界と言うには、ちょっと攻撃的過ぎる意識を感じるわね』

 結論は出せないものの、そこは理論派のさがと言うべきか。
 双子は筒状の光を睨みつけるようにしながら推測を口に出し、そのまま考え込む。

「先生」
「うむ。状況を確認する」

 その横でフォーティアに呼びかけられたラディアは、ある程度冷静さを取り戻したようで、そう頷きながら言うと目を閉じた。
 情報を収集するために〈テレパス〉を使用しているのだろう。
 そう思ったが、少しするとラディアは眉をひそめながら目を開け、懐から通信機を取り出して操作を始めた。それから小さく嘆息する。

「駄目だ。〈テレパス〉も通信も繋がらない」

 強大な魔力にものを言わせた長距離の〈テレパス〉も、インフラを利用した通信機も。
 そうなると、街全体を包囲している光のカーテンという目に見えて分かる区切りよりも小さく、細かく魔力を断絶させる結界が存在していると見なければならない。

「状況確認のために王城へ向かうべきか。襲撃を警戒し、全員でこの場に留まるべきか」

 一先ず手元にある情報を基に、ラディアは顎に手を当てながら思案する。

「……いっそ、全員で王城に行けばいい」
「む……ああ、そうだな。その通りだ。そうしよう」

 アイリスの指摘に決まりが悪そうに同意するラディア。
 どうやら上辺は冷静を装っていたが、内心の混乱は静まっていなかったようだ。
 いや、通信不全が明らかになったことでぶり返したとでも言うべきか。

「なら、早く動きましょう。時間が勿体ないですわ」

 いずれにせよ、プルトナの言う通り、行動を起こさずにいても始まらない。
 今のところ光のカーテンと通信不良以外の変化は見られないが、それでも十分過ぎる程に最後の闘争ゲームが幕を開けたことは分かるのだから。
 そうして雄也達は少しでも情報を得るために、その場を後にしたのだった。

「【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く