【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十九話 宣戦 ②自己紹介兼通告

真翼人ハイプテラントロープコルウス……」

 光の大森林での戦いから間を置かず、再び六大英雄の一人と対峙していることに戸惑いを抱きながらも、アイリスを庇うように彼女の前に出て相手を見据える。
 真翼人ハイプテラントロープ。その孔雀のような特徴を持った姿は、翼人と言うよりも鳥人と言った方がイメージが湧くかもしれない。
 属性は種族で明らかだが、見た目的にも風以外あり得ない。
 そして、その中でも頂点とでも言うべき存在がこの敵という訳だ。
 となれば、土属性のアイリスは相性的に戦闘を避けた方がいい。
 一撃貰えば、即座に致命傷となりかねないのだから。

(そうじゃなくても病み上がりだしな)

 しばらく寝込んでいたこともあり、間違いなく戦いの勘は鈍っている。
 いくら体調が回復したと言っても、いきなり前線に立たせるべきではない。
 そう判断して、アイリスを庇うように背中に隠す。

「まあ、そう警戒なさらないで下さい」

 突然の事態に体に無駄な力が入ってしまった雄也。
 それを前に、まだ戦意はないとでも言うようにコルウスは開いた両手を軽く上げる。
 だが――。

「どの口が言う? 自分で隠れてついてきていたなんて抜かす奴が」

 ストーカー行為を堂々と宣言され、快く応対などできる訳がない。
 だから、雄也は半ば威圧するように強い口調で言葉をぶつけた。
 勿論、いつ戦闘に移行してもいいように、決して警戒は怠らない。

「しかし、それがワタクシめの仕事でありますれば」

 対するコルウスは全く悪びれずに、余裕を見せるように胸に右手を当てながら言う。
 演技染みた隙だらけの無造作な様だが、隙があり過ぎるが故に逆に身動きができない。
 あくまでも相手は六大英雄の一人。
 罠と考えるのが妥当だし、そうでなくともこちらが行動を起こしてから対応可能という自信の表れとも考えられる。
 いずれにせよ、一先ず彼の意図を探るのが先決だろうと雄也は口を開いた。

「仕事、だと?」
「ええ。六大英雄などという大それたものに名を連ねてはいますが、ワタクシは本来、かつての翼星プテラステリ王国における諜報部の長を務めていた人間でして」
「諜報……」

 フィクションではお目にかかっても、現実には出会う機会などそうない(出会ったとしても気づかない可能性が高い)存在を前に少し戸惑う。
 しかし、魔法によるものか魔動器によるものかは分からないものの、先程のように姿も気配も完璧に消すことができるとすれば、確かにそうした活動にも有用だ。
 あくまでも信用ならない敵の自分語りに過ぎないが、彼が千年前の戦争期に諜報活動を担っていたのは事実に違いない。

(けど――)

 だからと言って、本職に比べて戦闘能力では劣ると見るのは危険だ。
 六大英雄という肩書きは、飾りでつけられるものであるはずがないのだから。
 少なくとも他の五人はいずれも、そう呼ばれるに足る強者だった。
 それと同等以上の存在でなければ、その称号を与えられる訳がない。
 そもそも諜報だけをしていた者が、捕まってその全ての活動内容が明らかになった訳でもないにもかかわらず、後世に名を残すなど不自然極まりない。

(姿も気配も消せる力。やりようによっては諜報だけじゃなく暗殺。それどころか普通に一対一の戦闘でも集団戦でも有効だろうし)

 いくらでも使いようがある能力だと思う。
 間違いなく諜報以外の部分で名を残していると見るべきだ。
 どれだけ警戒してもし過ぎるということはない。
 そうして次の行動を思案していると――。

「……用件は?」

 アイリスが雄也の後ろから、不満がありありと分かる声色で問いかけた。

「……私とユウヤの時間を消費するに足るものでなければ許さない」

 どうやら彼女は、二人きりを邪魔されたことに相当ご立腹のようだ。
 六大英雄を前にしても全くもの怖じしないのは、ある意味頼もしい。
 おかげでこちらもある程度落ち着いて対峙することができる。
 前回のリュカの時とは大違いだ。
 そうこう考えていると、アイリスの問いに答えてコルウスが嘴を開く。

「ワタクシめが貴方方ぐらいの年齢だった頃は、家業を継ぐために修行に明け暮れていましてね。異性とは全く関わらない、それはそれは寂しい日々でした」
「……何を言って――」
「ですので、まあ、正直嫌がらせの意味もない訳ではありません」

 アイリスの疑問を遮って告げられた理由は、随分と俗なもの。

(お邪魔虫のために態々姿を現したってのか?)

 それに対して雄也は半ば呆れ気味の感想を抱き、少しだけ気勢をそがれてしまった。

(って、ん?)

 そんな中、ふと背後から威圧されるような魔力が急激に高まるのを感じ、ハッとして黙り込んでしまっていたアイリスを振り返る。
 すると、どうやら彼女は挑発と受け取っていたようで、普段はやや乏しい表情にハッキリとした怒りを滲ませて佇んでいた。

「……アサルト――!」

 挙句、変身してコルウスに襲いかからんと構えを取る。
 恐らく、長く床に伏せっていた鬱憤もあってのことだろう。
 普段よりも酷く気が短い。

「ああ、お待ちを。勿論、それだけではありません。主要な理由は別にあります」

 そんな彼女を前に、彼は掌を前に突き出して制止する。
 雄也もまた、さすがに怒りに任せて突っ込むのは危険だと視線と手で示してアイリスを抑え、それによって彼女は渋々といった様子ながら踏み止まった。

「いや、失礼。仕事柄、常に口を開かず、存在感を消すよう強いられていましてね。一度口を開くと余計なことを話してしまうのですよ。これでも気をつけているのですが」

 自分で言う通り、更に余計なことをつけ加えるコルウス。
 そのつもりは恐らくないのだろうが、煽っているようにしか見えない。

「やはり軍使のような役目は向きませんねえ」

 しかし、スパイならば敵国の社会に溶け込んで信頼を得て、情報を引き出さなければならないはずで、積極的にコミュニケーションを取らなければならないように思うが……。
 それは魔法なき元の世界の理屈なのだろう。
 完全に気配を消すことができるというのなら、窃盗、盗聴、盗撮、何でもござれだ。
 一々人間を相手にして諜報活動を行う必要など全くなく、それを前提とすれば常に気配を消して行動するのが正しい。
 諜報から離れて戦場に出るにしてもそうだ。一人でも多くの敵を倒すことを目的とするなら、無駄口を叩いて目立つ意味はほとんどない。
 鼓舞して士気を高める指揮官のタイプでもないだろうし。

(とは言え……)

 正直そこまで敵のバックグラウンドに興味はない。
 相手がどのような過去を持っていようと、見るべきは今の悪逆。
 たとえ、かつて英雄と謳われていたり聖人と崇められていたりしていたとしても、今正に誰かの自由を奪う企みに手を貸しているのなら、それは紛うことなき敵だ。
 過去に惑わされ、目を逸らすことなどあってはならない。

「……いいから、用件」

 当然と言うべきか、既に相当苛立っているアイリスも似た考えのようで、無駄な情報はいらないとばかりに厳しい口調で急かす。

「おっと、言った傍から余計なことを」

 対照的にコルウスは「失敬失敬」と呑気に返してきた。
 これもまた挑発染みていて少しイラつく。
 こうも続くと、そういう性格なのではなく意図的なのではないかとも思う。
 そう雄也が感じるぐらいだからアイリスもまた同じように受け取っていて、彼女の堪忍袋は今にも緒が切れてしまいそうだ。
 背後から感じるその気配に雄也は彼女の手に触れ、無言で落ち着くように促した。

(何かしら言葉を口にすれば、それを拾って変な脱線を始めかねないしな)

 黙って聞きに徹することが、本来の要件に辿り着くための最短ルートだろう。

「……では、勤めを果たすことにしましょうか」

 案の定と言うべきか、そうしてコルウスはようやく本題を切り出した。
 多弁な時の軽薄な感じの口調を抑え、やや真面目な声色で。

「もっとも、これはワイルドから既に大まかには聞いていたことかもしれませんが……」

 彼はそう前置きしながら一度そこで区切ると、更に言葉を続ける。

「最後の闘争ゲームが始まります。二週間以内に」
「二週間、以内……?」

 時期の指定は新しい情報だ。
 もっとも少々範囲が広く、参考程度のものに過ぎないが。

「はい。その闘争ゲームの後、アテウスの塔が再起動し、この世界にかけられた女神の呪いは全て解かれることとなるでしょう」
「アテウスの塔……」

 それは確か千年前の伝説的な魔法技師ウェーラによって作られた、世界の法則に干渉できると謳われる巨大魔動器だったか。
 そんなものがドクター・ワイルドの手によって復活させられた日には、碌なことにならないのが目に見え過ぎている。

「つまり、その塔の再起動を阻止するのが次の闘争ゲームの目的か?」
「いえいえ。そこは既定路線です。アテウスの塔は必ず再起動されます。貴方達がなすべきことは唯一つ。生き残ることだけです」

 雄也の問いを否定したコルウスは随分と単純でありながら、だからこそ、まず間違いなくシビアになることが予想できる条件を提示してきた。
 と言うか、いつもの闘争ゲームと同じだ。

「だったら尚のこと、アテウスの塔をお前達の好きにはさせる訳にはいかない」

 コルウスの言葉を聞く限り、アテウスの塔は彼らの目的に不可欠なもの。
 防ぐことができれば、全てを覆すことができるかもしれない。

「そう思うのは貴方の勝手です。が、闘争ゲームの内容は変わりません。余り欲張ると自分で自分の首を絞めることになりますよ?」

 二兎を追う者は一兎をも得ず。それは分かる。
 しかし、くどいようだが、次が最後の闘争ゲームだというのなら挽回のチャンスは僅かしか残されていないということになる。

闘争ゲームが終われば、収穫の時間です。精々美味しく熟れて下さい」

 しかも、コルウスの言葉からも分かる通り、そこから先はこれまでのように生き延びる解答が必ず一つはあることが保証された茶番ではなくなる訳だ。
 油断や慢心を誘うことも難しくなるかもしれない。

「……話は終わり?」

 そうやって雄也が事態を深刻に捉えていると、アイリスがコルウスに問いかける。

「ええ。今日のところは挨拶まで、ということで帰らせて頂きます」

 すると彼は一つ頷き、慇懃に礼をしてから体の向きを変えた。無造作に。

「……そのまま帰すつもりはない」

 そんな敵を前に、アイリスはそう告げると――。

《Evolve High-Therionthrope》《Twindagger Assault》《Convergence》

 琥珀色の装甲を纏うと共に両手に携えた短剣に魔力を収束させながら、そのまま地面を蹴って一直線に相手との間合いを詰めた。
 彼女の突然の行動を前に、しかし、驚きはない。
 散々焦れていたし、何より今この場こそ限られた機会の一つなのだ。
 敵をただ見送るなどという選択肢は最初からない。

《Armor On》《Convergence》
「〈六重セクステット強襲アサルト強化ブースト〉!」

 だから雄也もまた純白の装甲を身に着け、アイリスとは逆の方向から突っ込んだ。
 六属性全ての魔力を身体強化に用いたことによって、大きく回り込みながらも彼女とほぼ同時にコルウスへと攻撃を仕かける。
 対する彼は、アイリスの斬撃と雄也の殴打が繰り出された瞬間まで、攻撃に応じた動作を全く見せていなかった。
 故に、雄也は直撃すると確信した。

「なっ!?」

 しかし、突如としてコルウスは視界から消え、攻撃は空を切る。
 アイリスと交錯しそうになり、雄也は咄嗟に急制動をかけながら彼女を抱き止めた。

「後ろ!」

 直後、間髪容れず焦ったようにアイリスが叫び、後方を確認するより先に彼女を抱えたまま駆け出してその場から離れる。
 そうしながら振り返るが……。

「……消えた」

 そこにコルウスの姿はなく、アイリスも呆然とした言葉を口にする。
 と、次の瞬間、視界の端に突然彼の顔が現れ、雄也はハッとして振り向いた。

《Final Arts Assault》
「レゾナント――」
「おっと、この場で戦うつもりはありません」

 即座に並走するコルウスに全力の一撃を叩き込もうとするが、彼はそう余裕を持って告げると再び姿を消してしまう。

「そう焦らずとも、時が来れば殺して差し上げますよ。では今度こそ、失礼」

 そして、その言葉を最後に、場に沈黙が下りる。
 コルウスの気配は出現の瞬間から今に至るまで徹頭徹尾感じられず、本当にこの場を去ったのかも分からない。
 地面に降りたアイリスと共にしばらくの間、周囲を警戒して見回さざるを得ない。

「……いなくなったみたい。多分」

 確証を得られない。が、恐らく大分時間が経過したことを証拠に、彼女はそう結論した。
 魔力の気配もなく、僅かな音も立てず。
 ほんの少しの攻防だけだが、今までの六大英雄とはまた違った脅威を感じる。
 やはり一筋縄ではいかない。

(何か、からくりがあるはずだけど……)

「……ユウヤ」

 思考に埋没しかかったところにアイリスに呼びかけられ、意識を彼女に向ける。

「……一先ず皆に知らせるべき」

 確かにアイリスの言う通り、ここで無駄に考え込むよりもそうした方がいい。
 もはや訓練できるような精神状態でもないし。

「そう、だな。……じゃあ、転移するから――」
「……ん」

 雄也の言葉にアイリスは頷いて少しだけ体の向きを変える。抱きかかえ易いように。
 そんな彼女を再び抱き上げ、そうして雄也は〈テレポート〉でその場を去ったのだった。

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