【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十七話 苦悶 ①直ちに影響はない?

 ドクター・ワイルドが去った後、雄也達は襲撃の事後処理は全て超越人イヴォルヴァー対策班に任せてラディア宅に戻っていた。
 報告のために王城に向かったラディアを除いて。
 現状の最善を尽くして、それでも尚届かなかった事実を重く受け止めながら。
 しかし、そこはまだいい。
 疑似〈六重セクステット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉によって、僅かなりともドクター・ワイルドを焦らせることができたのだから。希望はある。多少なり溜飲も下がった。
 問題は別にある。
 彼の言うペナルティ。それが一体何なのかだ。

「アイリス、大丈夫か?」

 一先ず全員談話室に集まって、まず彼女に問いかける。
 アイリスにかけられた呪いに関連してのものなのだから、最初に心配するのは当然彼女自身の体だ。結果として間違った方法を実行してしまった手前、何かしら痛みや苦しみがあっては申し訳が立たない。

【多分、問題ない】

 対してアイリスは、軽く自分の体を確かめてから怪訝な顔をしながら文字を作った。
 その表情の理由は、ペナルティを受けた実感が特にないからだろう。
 少なくとも苦痛はないようだ。そこは一安心する。

「皆は大丈夫か?」

 さすがにその可能性は低いはずだとは思いつつも、一応は他の面々にも確認する。
 これまでの彼の闘争ゲームとやらの傾向からして、その時の主役としてピックアップされた人間以外には余計なイベントは用意しないはずだ。
 そして案の定と言うべきか、誰も異常を訴えたりはしなかった。

「やはりアイリスの身に何か起きているのではないでしょうか」
【何かって何?】

 プルトナの言葉に、どことなく不機嫌そうに文字で問いかけるアイリス。

【私自身が気づかないなんておかしい】

 自分の体のことだけに、知らず蝕まれている可能性を思うと不快感があるのだろう。
 表情には苛立ちと僅かに不安もまた見て取れる。

「アイリスは意外と鈍いところもありますからね」

 と、彼女の気持ちを和らげようとしてか、わざとらしく茶化すようにプルトナが言う。

【そんなことはない。私は敏感】

 アイリスは幼馴染の言葉に若干ムッとしたように返した。
 とは言え、まあ、マイペースという意味ではプルトナの言い分も間違ってはいないが。

(それにしても……)

 少々アイリスの様子がおかしい気がする。
 いつもに比べ、プルトナのからかいへの反応に余裕がない。
 もしかしたら己の体に違和感があり、それを誤魔化そうとしているのかもしれない。
 雄也に心配をかけないように。

「アイ――」
「お兄ちゃんこそ大丈夫なの!?」

 そんなアイリスを問い質そうとした雄也の呼びかけを遮って、メルが心配そうに問いかけてくる。タイミングが悪く少し困る。
 しかし、真剣な彼女の様子を見ると文句は言えない。
 自分を案じる気持ちが強く伝わってくるから。

『ドクター・ワイルドが何かを仕かけてくるなら、矛先になるのは姉さんよりも兄さんの方が可能性が高いんじゃない?』

 姉に続いてクリアもまた真面目な口調で尋ねてくる。
 確かに可能性自体は、高低はともかくとしてあるだろう。
 しかし、恐らく雄也に干渉する場合は、直接的なものではなく間接的なものになるはずだ。例えば特殊な超越人イヴォルヴァーを送り込んでくるといったような。
 だから、少なくともペナルティに関して雄也の体を心配する必要はないはずだ。

「それもあるけど……今はまだ戦いの後で気が張ってるから大丈夫かもだけど、もしかしたら無茶な魔動器の使い方した負荷の影響が出てくるかもだし」

 メルとしてはそちらを懸念していたようだ。
 あの場の空気に流されて了承したものの、冷静になって振り返ってみて早計だったと後悔している様子が見られる。

「ラディアさんの魔力のおかげで基本的な身体能力が底上げされてたから、実質的に前に使った〈五重クインテット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉の反動と同じぐらい、かな。大丈夫だよ」

 少々だるいが、それだけだ。痛みもないし、体も動く。
 大分生命力を消費したらしく、かなり空腹を感じているが。
 とにもかくにも問題ないことを示すために軽く腕を回し、それからメルの傍に寄って彼女を安心させようと微笑みながら頭を優しく撫でる。
 そうすると彼女はくすぐったそうに一瞬気持ちよさそうに目を細めたが――。

「って、駄目駄目!」

 ブンブンと首を横に振ると雄也の手を両手で掴んだ。

「お兄ちゃんは大丈夫でも、MPドライバーとLinkageSystemデバイスが大丈夫かは分からないんだから! ちゃんと検査しないと!」

 そしてメルはそう言うと、雄也を引っ張って部屋の外へと連れていこうとした。
 そんな妹分の姿を見て、抵抗してその場に留まることなどできるはずもない。
 体格の差で歩幅が合わず、少々よたよたしながら彼女の後に続く。
 そうしながら振り返ると、どこかにやついているフォーティアと目が合った。

「メルもクリアもお兄ちゃん大好きだねえ」
『当たり前でしょ。大事な私の兄さんなんだから』
「…………違いないね」

 即座に答えたクリアに、からかう気が削がれたように彼女は苦笑しながら言う。
 双子の家族関係を思えば、ネタにしにくい気持ちは分かる。

「ま、そういうことなら雄也は体を調べて貰いなよ。アタシ達はアタシ達で何か異変がないか調べとくからさ。ね?」

 それからフォーティアは周りを見回しながら同意を求めた。
 対してプルトナ、イクティナと頷く中――。

【私は晩御飯を作る】

 そう文字を浮かべたアイリスは、雄也達よりも先に談話室を出て行ってしまった。

「アイリスは相変わらずだねえ」

 そんな彼女の様子にフォーティアは呆れ気味に嘆息する。
 いつものマイペースだと思っているようだ。

(やっぱり、どこかおかしい)

 しかし、雄也はそんな彼女の様子に違和感を抱いた。
 料理を優先させるところまではいつも通りかもしれないが、そそくさと部屋を出る姿に焦りのような感情が感じ取れたからだ。

「お兄ちゃん、早く!」

 とは言え、既に台所に行ってしまった彼女に言葉をかけることもできず、雄也はメルに急かされるままに彼女達の部屋に向かった。

『じゃあ、検査するから、ベッドに横になってMPドライバーを出してね』

 そのまま中に入ると早速クリアにそう促され、言われた通りに彼女達のベッドに寝そべりながらMPドライバーを露出させる。
 双子用のベッドとは言っても、彼女達は夜寝る時には雄也の部屋に来て寝ている訳だから新品同様のものだ。特別な趣も何もあったものではない。
 特に、今の状態では単なる作業台だ。

「兄さん、動かないでね」

 そうしている間に人格を交代したようで、クリアの口調と表情で言われる。

「分かった」

 対して雄也は、彼女の指示に従って頷きではなく言葉で答えた。
 クリアの方はそれに頷きで応じ、それから作業を開始する。
 ほとんどすぐに没頭状態に入ったことが顔つきで分かる。

『お兄ちゃん、ごめんなさい』

 と、それとほぼ同時にメルが〈テレパス〉で謝ってきた。
 集中しているクリアが反応を見せないので、雄也に限定して伝えてきているのかどうか分からないが、『どうして謝るんだ?』とメルにだけ尋ねる。
 勿論、クリアの手元が狂わないように、体を動かさないことを意識しながら。

『今日の戦い、お兄ちゃんだけに戦わせて、わたし達は全然役に立てなかった』

 対してメルは雄也の問いに悔しそうにそう答えた。

超越人イヴォルヴァーの方は何だかんだ言って手助けが必要な程じゃなかったし、ドクター・ワイルドは魔法で妨害されてたんだから仕方がないさ』

 そんな彼女に柔らかい声でフォローを入れる。慰めではなく本心から。
 たとえ〈グラヴィティプリズン〉に耐えることができていたとしても、あの男はいずれにせよ雄也以外が戦いの場に立つことを許しはしなかっただろう。
 何らかの方法を用いて。
 何より、個人的には彼女達には戦って欲しくない気持ちもある。
 そういう意味では、魔力を借りて自分自身が矢面に立つスタイルは望むところだ。
 ただし、彼女達が安全圏にいるのをよしとするかどうかは別の話だが。
 そして目の前のメルがどう判断するかは分かり切ったことだ。

『でも……やっぱり嫌だよ。わたし達はお兄ちゃんの魔力吸石じゃないんだから』

 悪く言えば電池のような状態。
 確かにそれは、当の本人からするともどかしいに違いない。
 人の自由を守るという己の信条に従って彼女達のそういった気持ちを尊重したいと思う反面、感情の部分では傷つく場所に立って欲しくないとも思う。
 そうしたジレンマは、それこそ終わることはないのだろう。
 後はもう論理的に納得できる理由がある方を選ぶしかない。

『敵はドクター・ワイルド一人じゃなくて六大英雄もいるんだよ? お兄ちゃん一人だけじゃ絶対に勝てないよ』

 そして続いたメルの言葉は、反論できないだけの理屈を有していた。
 結局のところ、自分に力が足りないから彼女達まで戦わせなければならないのだ。

『けど、今のわたし達のままじゃ足手纏いだから、もっと強くならないと』

 更に、強く決意するようにメルは意思を示す。

「まずは皆の分のRapidConvergenceリングとLinkageSystemデバイスを作るところから、かしらね。これぐらいのレベルになると地力を上げるのは時間がかかるから」

 と、いつの間にか作業を終えていたらしく、クリアが話に加わってきた。

LinkageSystemデバイスは大丈夫だったのか?」

 その話を続ける前に、検査の結果について尋ねておく。

「特に問題はなかったわ。あれぐらいなら十分耐えられるみたい。けど、兄さんの体の方に影響が出てるんだから自重してよね」
「そうしたいのは山々だけどな。ドクター・ワイルドの奴が次の闘争ゲームで最後になるかもしれないと言ってたし、万が一のこともある」

 心配してくれる彼女の手前少々心苦しいが、暗に自重しない、できないことを伝える。
 それこそ次の戦いが即座に大一番になる可能性だってあるのだから。

「もっと出力を上げられるようにしておいてくれるか?」

 クリアの注意には反するが、切り札は持っておかなければ勝ち目が見えない。

「…………まあ、今見た感じだと魔動器自体にはまだまだ余裕がありそうだけどね。そもそも魔力を転移させてるだけで、正面から受け止めてる訳でもないし」

 雄也の要請にクリアは渋々という様子ながら答える。
 聞いた限り、水を流すホースのようなものと考えればいいだろう。
 ホースが壁面の摩擦と流体の圧力に耐えられれば力による破損はないように、あくまでも通り道に過ぎないそれにかかる負荷はそれ程でもない訳だ。
 とは言え、ものが耐えられるかどうかは根本的な出力の大小には直接関わらない。

『出力を上げようとするなら、供給を増やさないとだね』

 妹に続いたメルの言葉の通り、雄也自身の力、何より彼女達の力が大きくならないと意味がない。が、短期間で鍛えて即座にどうにかなる話でもない。
 無駄ではないが、目に見えた効果が出るとは思えない。
 そうなると魔動器でどうにかするしかないが……。

(つまり)

 足手纏いにならないためにとクリアが口にした結論と同じになる。
 口では何と言っていても、そして自身の感情がどうであれ、彼女は最初から雄也の要求を想定して提案していたのだろう。

「とにかく、やれるだけのことはやるわ。次が最後だってんなら、さっさと終わらせて兄さんと変な憂いなく過ごしたいし」
『本当だよ。あの事件があったからこそ、お兄ちゃんがお兄ちゃんになってくれたのはあるけど、その後のあれやこれはいらないもん!』

 小さく嘆息するクリアと、頬を膨らませていそうな口調で言うメル。
 何にせよ、平穏が一番なのは間違いない。
 ヒーローに憧れていたからと言って、戦うに足る忌むべき敵が欲しい訳ではない。
 身も蓋もない話、ヒーローなど生まれない世界の方がいいのは確かなのだから。

「そのためにも魔動器作りに励まないとね、姉さん」
『勿論!』
「…………俺も自主トレぐらいしないといけないな」

 作業を始める二人の邪魔をしないように。
 いざという時の足しになるように。
 双子の部屋を出て、庭で魔法の訓練をすることにする。
 そんなこんなで、六属性全てを駆使して戦うことを想定し、異なる属性の魔法の組み合わせを考えたりしながら過ごすことしばらく。
 今日の襲撃の処理が終わったのかラディアが帰ってきて、夕食の時間となった。
 全員揃って食堂の自分の席につき、いつも通りにアイリスが作ってくれた料理を食べる。

(……ん?)

 そんな中、雄也は違和感を抱いてアイリスを見た。

【どうしたの?】

 対して彼女は早過ぎるくらいの反応で文字を浮かべてくる。
 談話室を出る時もそうだったが、何となく焦っているように感じられる。

「いや、何か、ちょっといつもと味が違うと言うか……いや、おいしいんだけど」

 致命的な失敗をしている訳ではない。
 恐らく手順のミスもないだろうし、料理としては全く問題ないはず。
 なのに、何故か味に僅かなズレがある気がする。系統?としては同じなのだが。

【少し手元が狂った。ちゃんと気づけるなんて、さすがユウヤは私の味を熟知してる】

 意味深な顔をしながら文字を作って答えるアイリスだが、これは明らかに誤魔化しだ。
 料理に関しては一家言ある彼女が、手元が狂ったものをそのまま出す訳がない。
 そこでようやく、料理の変化には全く気づいていなかった様子の他の面々も、何となく彼女の様子が変だと感じたようだ。不審そうにアイリスに視線を向けている。
 そうすると、もう一つ最も大きな違和感が視界に入り込んでくる。

「それはいいとして。全く食が進んでいないではないか。体調が悪いのか?」

 それを目の当たりにして、皆を代表するようにラディアが問いかけた。
 彼女に言う通り、アイリスの前にある料理はほとんど手がつけられていなかった。
 元の世界ならそういうこともあると思うかもしれないが、この世界アリュシーダではハッキリ言って異常だ。少なくとも彼女や雄也達に関しては。
 何故なら、この世界アリュシーダでは生命力に比例して食事の量も増えていくからだ。

「……アイリス。ユウヤに心配をかけたくないのは分かるが、半端に隠すような真似は逆効果だぞ。完全に気取られないようにできないのであれば相談することだ」

 そうラディアに諭され、アイリスは弁明できないと諦めたのか少しの間項垂れた。
 それから視線を下げ気味に、新たに文字を作り始める。

【味と匂いが分からない】
「なっ!?」

 示された内容に思わず絶句する。
 彼女にかけられた呪いは元々、一年ごとに感覚が失われていくというものだった。
 味覚と嗅覚が利かなくなってしまったということは、つまりドクター・ワイルドの言うペナルティによって呪いの進行が早まってしまった訳だ。

【そんなに深刻な顔しないで。別に痛いとか苦しいとかじゃないから】

 余程難しい顔をしてしまっていたのか、逆にアイリスから気遣うような笑みを向けられてしまう。当人のショックが一番大きいはずなのに気丈にも。

【料理だって、味見ができないからバランスが少しずれてるかもしれないけれど、レシピ通りにしっかりと計量して作ればできなくはないし。味が悪ければ、やめるけれど】
「そんなことは、ないけどさ……」

 必死な様子のアイリスを見るに、彼女にとって料理は趣味以上に大切なことに違いない。
 いずれにせよ、それを今すぐ取り上げるのはやめた方がいいだろう。
 味が酷いことに訳でもないのだから。

「けど、本当に大丈夫なのか?」

 料理は一先ずいいとして、それ以前にやはり体調が心配だ。
 だから雄也はそう尋ねたが、アイリスは首を縦に振って【問題ない】と綴った。
 実際、彼女の顔色は悪くない。健康そのものだ。
 見た目では二つの感覚が失われたことに気づけない。
 とは言え、生きていく上で不要な感覚を人間が持っている訳がない。
 必要だから備わっているのだ。
 だから、雄也がその影響がどこに生じるか考えていると――。

【体の調子は全く悪くないけれど、味も匂いもしないと食欲が湧かないから席を外させて貰う。私の分はユウヤが食べて】

 アイリスはそう文字を残すと食堂を出ていってしまった。
 考えが纏まらず、その背中を見送ることしかできない。

「……ユウヤ」

 と、彼女の姿が見えなくなった直後、ラディアが酷く深刻な声で呼びかけてきた。
 その声色に不吉な予感が心の中に渦巻く。

「アイリスはああ言っていたが、これはまずいぞ」

 硬い口調。祖国で目上の人間に合った時とも違う、余裕のない表情。

「どう、まずいんですか?」

 そんな彼女に、胸の奥の重苦しい感覚を大きくしながら問いかける。

「アイリスの命に関わる。悠長なことは言っていられん」

 そして返ってきた答えの内容に、雄也は言葉を失ってしまった。

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