【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

閑話 最後のピースについて

    ***

「久し振りだな。ビブロス」

 悪の組織を標榜するエクセリクシス。その隠れ家において。
 妖星テアステリ王国の封印の楔、大樹アルプマテルより解放された最後の六大英雄。真妖精人ハイテオトロープビブロスに対し、ワイルドは友好的な笑みを作って呼びかけた。
 しかし、ビブロスは無視するように沈黙する。
 何を考えているのか、何を以ってその反応なのか、顔からは全く分からない。

「相変わらず、表情が分からない奴だ」

 と、それを揶揄するように、同じ六大英雄たる真魔人ハイサタナントロープスケレトスが話しかけた。
 彼の言葉通り、ビブロスは表情が全く読めない。
 ただし、それはポーカーフェイスだからという訳ではない。
 物理的に見えないだけだ。

「貴方にだけは言われたくありませんね」

 そんなスケレトスに対してビブロスは、返答をしなければいつまでも終わらなさそうだからとでも言いたげな鬱陶しそうな口調で返した。
 丁寧な物言いが逆に一層その冷たく不機嫌そうな声色を引き立たせるが、表情と同じくその口の動きは全く見て取れない。
 何故ならば、真妖精人ハイテオトロープたる彼は光が人型に寄り集まってできたかのような姿だからだ。
 闇が凝縮してできたかのような真魔人ハイサタナントロープとは、身も蓋もない言い方をすれば、単なる色違いのようなものでしかない。
 なので、スケレトスの言葉に対するビブロスの返しは正しいように思えるが――。

「失礼な。俺は表情を出すことぐらいできるぞ」

 スケレトスは心外だと表現するように顔の辺りの闇を揺らめかせる。
 実際、感情の一つや二つ簡単に表すことができそうだ。
 一々そうするのは面倒臭そうでもあるが。

「そんなことよりも、余り馴れ馴れしくしないで頂けますか?」

 スケレトスの反論をそんなこと呼ばわりし、ビブロスは突き放すように言う。
 一応、体の角度的にワイルドに対しての言葉のようで、スケレトスについてはスルーを決め込むつもりらしい。

「私達はいずれ殺し合うべき敵同士。今は一時的に手を組んだに過ぎないのですから」

 続けて、彼は顔の辺りにある白銀の光の中から、その輝きを歪めるかのような明確な敵意を宿した声を発した。
 それにしても、顔があるのは分かるのに表情も口の動きも見えないのは、どうにも違和感が強い。あるいは、そうだからこそ、声に乗せられた彼の意思が強く伝わってくるとも言えるかもしれない。

「まあ、それはそうだが、奴を倒すまでは仲間だ。昨日の敵だからと言って、我らがむやみやたらといがみ合っていても益はないだろう。奴が嘲笑うだけだ」

 ビブロスが湛えるそうした憤怒に近い気配を受け流し、ワイルドは肩を竦めて言う。

「そおそお。私達は仲間なんだからあ。仲よくしないとねえ」

 更に真水棲人ハイイクトロープパラエナが、間延びした口調で宥めるように続けた。
 が、言っては悪いが、彼女が口を利くと途端に胡散臭くなる。
 真剣な場には余りにも話し方がそぐわない。
 それ以前に、仲間だの仲よくだの戦闘狂の彼女の口から出るものとはとても思えない。
 出たとしても、彼女を知る者ならば確実に別の意味が含まれていると推測するだろう。
 万万が一、そうでないと言うのなら――。

「……どうやら、何か裏があるようですね」

 それを疑わざるを得ない。
 かつての戦いで同じ六大英雄たるパラエナの性格を熟知しているビブロスは、当然と言うべきか、不審そうな声色の言葉と共に、その場にいる面々を見回した。
 対してパラエナはあからさまに目を逸らし、そんな彼女の反応にスケレトスとワイルドは呆れ気味に嘆息する。近くでは、真龍人ハイドラクトロープラケルトゥスが腕を組んで瞑目して無言を貫き、真獣人ハイテリオントロープリュカは明後日の方向を見ていた。
 真翼人ハイプテラントロープコルウスに至っては空気と同化するように完全に気配を消している。
 普段から寡黙過ぎて、性格や声質がどうだったかも忘れてしまいそうだ。

「この場にあるもう一つの気配が理由ですか?」

 そうした周りの反応を意に介さず、ビブロスは淡々と問いかける。
 目線の分からない顔を、その部屋の入口付近へと向けながら。

「……まあ、そういうことだ」

 ワイルドは彼の洞察力に観念したように、それ以上誤魔化そうとはせずに頷いた。
 もっとも、六大英雄たるもの、その程度の感知能力は当然ある。
 何も細工をしなければ気配を感じ取られるのは当たり前だ。
 隠蔽工作をしていない段階で、ビブロスが気づくことは織り込み済みの話ではある。

「協力者……ではないでしょうね。あの時代以後の世界である現在に、使える人材などいようはずがありません。一体何者ですか?」
「俺達の計画を完成させる最後のピースだ」

 ワイルドはビブロスの問いかけにそう答えると、彼が見ているだろう部屋の扉に視線を移した。続けて口を開く。

「ツナギ。出てこい」

 その言葉を合図に扉が開かれ、そこから一人の少女がおずおずと中に入ってきた。

「なっ!?」

 その彼女を目にして、ビブロスが動揺したような声を出す。
 少女の年の頃は十二歳程度。白銀の長い髪は妖精人テオトロープを思わせるが、瞳は血の赤に染まっていることから髪の色は種族によるものではないことが分かる。
 いわゆるアルビノ。それを示すように肌も病的に白い。

「ツナギ、です。よろしくお願いします」

 小さく頭を下げ、自己紹介をする少女ツナギ。

「これは、まさか……」

 彼女の言動を目の当たりにするにつれ、ビブロスの声色に怒りが宿り始める。

「貴方の子ですか?」

 それでも一先ずは感情を押し殺すように、彼は低く問うた。

「生物学的には、そういうことになるな」
「…………では、母親は一体どこの誰ですか?」

 ワイルドの返答に、ビブロスは臨界に達しつつある憤怒を滲ませて問いを重ねる。
 一触即発という雰囲気に、二人の近くにいるツナギが身を縮める。

「それは必要な情報か?」

 その彼女の反応を意に介さず、火に油を注ぐように鬱陶しげにワイルドは問い返した。

「当たり前です。母親は妖精人テオトロープでしょう?」

 一段とドスの利いた声は堪忍袋の緒が切れた証。
 彼は激昂して喚き散らすタイプではなく、静かに怒りを表すタイプなのだ。

「さて、どうだったか」
「惚けないで下さい。この私が気づかないとでも思いましたか? この光属性の魔力の質、間違えようがありません」

 視線を逸らしてシラを切ろうとするワイルドに、ビブロスはぶつかりそうな程に顔を近づけた。不良がメンチを切るように。

「そうだったらどうすると言うんだ? 俺が誰と子をなそうが関係あるまい」
「ええ。それが真っ当に愛のあるものであれば。ですがっ!」

 鋭く言葉を切り、少し間を置いてビブロスは更に続ける。

「貴方にはウェーラがいます。にもかかわらず、妖精人テオトロープと子をなすということは、間違いなくその妖精人テオトロープを食いものにしたということです」
「食いものにしたとはまた人聞きの悪いことを言う。俺はただ、目的達成に必要だったからこそ、やむにやまれず行ったに過ぎない」

 ビブロスの追及に、ワイルドは何ら悪びれることなく告げた。

「認めましたね」

 遂に堪忍袋の緒が切れたのか、ビブロスはワイルドの胸倉を掴んで言った。
 特に、やむにやまれずという言葉が確実に嘘だと感じ取ったことが最後の決め手か。

「母親はどこにいるのですか?」
「あんなもの、とっくに廃棄しているさ。用済みとなった木偶人形を、後生大事に抱え込んでおく趣味はないからな」
「あ……貴方という人はっ!」

 ワイルドの物言いに、さしものビブロスも拳を振り上げたが、彼はギリギリのところで留めた。
 いくら相手が容認できないような存在であれ、パラエナが言った通り、今は目的を同じくする者。特に計画の要であるワイルドを一時の感情で害することはできない。
 それが分かっているからこそ煽っている部分もワイルドにはあった。

「……私は妖精人テオトロープを代表する者として、貴方を許す訳にはいきません」

 それでも当然と言うべきか怒気は隠せず、ビブロスは胸倉を掴む手の力を強める。

「ふん」

 対してワイルドは馬鹿にするように鼻を鳴らし、言葉を続けた。

「今現在の妖精人テオトロープなどお前が愛した同族ではないだろう。進化の因子なき生命など人形同然。道具として使う以外に価値などない」
「それでも、納得できるものではありません。いずれは救われるべき人々なのですから」

 今にも相手を絞め殺そうとせんばかりの己を抑えて(恐らく)睨みつけているビブロスと、されるがままになりつつも冷徹な目で見据え続けるワイルド。
 互いに睨み合ったまま硬直したそんな状況は――。

「お父様を苛めないで下さい」

 横から制止してきたツナギによって破られた。

「しかし……」
「お父様を、苛めないで下さい」

 彼女は、有無を言わせぬように一音ずつハッキリと繰り返す。
 そうしながらも上目遣いで体を強張らせている辺り、正に子供が大人に勇気を振り絞って意見しているかのようで、対峙している者は罪悪感を募らせること請け合いだ。

「くっ……」

 それはビブロスとて例外ではなく、否、その性格故に特別効果的で、渋々といった様子でワイルドから手を離した。

「……この子に罪は、ありません。この子に免じて今は引き下がります。ですが、女神アリュシーダを討ち果たした暁には、真っ先に貴方を殺します」
「できるものなら、やってみろ」
「ええ。命に代えても成し遂げますとも」

 そうと告げるとビブロスは部屋から出て行こうとした。
 しかし、封印から解放されてすぐここに来たため、まだ彼はエクセリクシスが拠点におけて自分に宛がわれたパーソナルなスペースがどこか分からない。
 だからと言って、このタイミングから振り返って尋ねることはできないのか、彼は一瞬出口のところで固まってしまった。
 融通が利かなさ過ぎて、時折視野が狭くなるのが彼の欠点の一つだ。

「私が案内して上げましょうかあ?」
「結構です。特別な理由もなく、己が快楽のために嬉々として殺し合いを行う戦闘狂の手など借りません」

 加えて割と頑固なものだから少々タチが悪い。

『リュカ。案内してやってくれ』

 だから助け舟を悟られないように、ワイルドは彼女に〈テレパス〉で頼んだ。

『了解』「……では、私が案内しよう」

 リュカはその要請に〈テレパス〉で応え、それからビブロスに一歩近づいて言った。
 忠実な下士官風のリュカであれば、ビブロスと無用の対立は生じない。
 彼もその実直さに多少なり好感を持っているはずだ。
 あくまでも、他の面々に比べれば、の話だが。

「……頼みます」

 そしてビブロスはリュカの提案を受け入れ、彼女と共に部屋を出て行った。
 堅苦しい彼がいなくなったことによって、僅かに場の空気が緩む。

「それにしてもビブロスは相変わらずねえ」
「若く甘く頑なだ。実力は十二分だが」

 呆れたように嘆息するパラエナに、ラケルトゥスもまた小さく息を吐く。
 とは言え、頑なさについてはビブロスも彼らに言われたくはないだろうが。

「いずれにせよ、これで遂に揃った訳だな」

 と、感慨深げにスケレトスが呟く。

「そういうことになる。が、まだだ」
「あちらにも十分強くなって貰わないとねえ」
「その通り。青い果実など刈り取っても味はよくない」

 パラエナの言葉を肯定し、深く頷くワイルド。

「後少しというところだろう。だが、油断して敗北するなよ」

 続いて、つい先程彼らとの戦闘を経てきたラケルトゥスが残る面々を戒める。だが――。

「誰にものを言っている」
「折角の殺し合いに、油断なんてもったいなくてできる訳ないじゃないのお」

 六大英雄たる者に、その心配は無用。
 だから、ワイルドは殊更そこへ口出しせずに、傍で佇むツナギへと視線を移した。

「役者は全て揃った。後は役割に見合った力を満たせば、演目を始めることができる。その時、最後の要となるのはお前だ。頼んだぞ」
「はい。お父様」

 父と呼ぶ存在から頼られ、ツナギはそれまで硬かった表情を綻ばせ、花が咲いたような笑みを見せた。そこには確かな親愛の情が感じ取れる、ように思える。
 しかし、ワイルドはそんな彼女の反応に満足して優しげな表情を浮かべながらも――。

(お前にはユウヤと相討ちになって貰わなければならないのだからな。植えつけられた偽りの感情と共に全身全霊をかけるがいい)

 その裏側で邪悪な考えを巡らしていた。

    ***

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