【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十三話 代償 ③卑劣なゲーム

「ぐ、ああああああっ!!」

 蓄えた魔力が十二分に乗った薙刀の一撃を受け、雄也は左腕を起点に全身の神経を駆け巡った激しい痛みに絶叫した。
 互いに火属性でなかったら、間違いなく命を奪われていたことだろう。
 減衰して尚この威力。左手は動かないし、まともに動けるかも怪しい。
 そこへフォーティアは更に追撃を放とうとしてくるが――。

「させませんわ!!」

 プルトナが雄也を担いで彼女から離れようとし、体勢を立て直したアイリスが魔法で地面を隆起させて足止めをする。
 そうしながら彼女もまた雄也を支え、共に間合いを取った。

【ユウヤ、ごめんなさい】

 一定の距離が開き、フォーティアが追ってこないことを確認してから、アイリスが文字を作って酷く申し訳なさそうな顔をする。
 その手を労わるように雄也の手に重ねながら。

「そこは……謝るとこじゃ、ないだろ?」

 痛みに少しつっかえつつも、冗談めかすように言う。
 ダメージは大きいが、彼女にそんな顔をされては強がらない訳にはいかない。
 男の詰まらない矜持だ。
 とは言え、虚勢はバレバレだろう。

【ん。ありがとう、ユウヤ】

 それでもアイリスは、少し表情を和らげて感謝を口にした。
 雄也の気遣いを無にしないように、というところだろう。

【プルトナも、ユウヤを助けてくれてありがとう】
「ワタクシがユウヤを助けるのは当たり前ですわ。まあ、感謝は受け取っておきますが」

 幼馴染であるアイリスからそうされるのは珍しいのか、少し照れ臭そうに答えるプルトナ。しかし、彼女はすぐに軽く咳払いをして空気を引き締め直した。

「それよりも……」

 そして、プルトナは遠くに佇むフォーティアへと視線を向ける。

【攻撃の威力が出なかった。あれは……】

 そんな彼女の様子を見て、表情を引き締め直したアイリスがそう文字を作った。

「間違いありませんわ。守護聖獣ゼフュレクスやあのキニスとかいう男と同じです」

 今回もキニスと同じく、火属性以外の魔力が消されてしまうと見て間違いない。
 無効化できるにもかかわらず二人の最初の攻撃を避けていたのは、雄也達に隙を作らせるためのポーズだったのだろう。
 それにまんまと騙されてしまった形だ。

(どうやら……今後はこういう属性耐性がデフォになるみたいだな)

 ドクター・ワイルドの闘争ゲームが、また新たな段階に進んでしまったと言うべきか。
 全く以て厄介なシステムが加わってしまったものだ。

「フゥウーハハハハハッ!!」

 直後、そうした雄也達の鬱屈を察したように、もはや聞き慣れた高笑いが場に響いた。
 そして案の定、ほぼ黒幕と見て間違いないドクター・ワイルドがその姿を現す。

「どうであるかな? 今回の趣向は」
「やはり貴様の仕業か! ドクター・ワイルド!!」

 ニヤニヤと嘲笑う彼に対し、雄也は痛みの残る体を押して強く叫んだ。

「ふっ。当然であろう。この世界の存在は傀儡ばかり。我等エクセリクシス以外に、正しく人間として力を行使できる者などいないのだからな!」

 大袈裟な身振りと狂気に彩られた顔と共に、高らかに答えるドクター・ワイルド。

「ご託はいい! ティアに何をした!?」
「なあに。力を与える代わりにゲームの駒として使わせて貰おうというだけの話である」
「力、だと?」

 その言葉に真紅の装甲を纏ったままのフォーティアへと視線を移す。

「……そういう、ことか」

 突然腕輪の力を解放させたフォーティア。
 一体どこから魔力吸石を得たのか疑問だった。
 それもこれも全てこの男の仕業だった訳だ。

「ティア。何故、こんな奴の手を……」

 借りてしまったのか。
 表面上は抑えていても、それだけ焦りが大きかったのだろうか。

「ふ。貴様の危機を前にしては、後先など考えていられないようであったぞ? 契約内容も確認せずに判を押してはいかんなあ。フゥウーハハハハハッ!!」

 と、雄也の自問に近い呟きに対してドクター・ワイルドが答えを口にし、それから愉悦の張りついた顔で高笑いをする。

「そう、か」

 その内容を前に思わず歯噛みしてしまう。余りにも口惜しい。
 完全に雄也達の力不足のせいだ。

「つまりキニスはそのためだけに」

 たとえ相手が闘争ゲームのために用意され、雄也達の力を上回るように設定された存在だったとしても。それを凌駕できなかった責任はある。

「あの男は実によい道化であっただろう?」

 ドクター・ワイルドは雄也の言葉にわざとらしく一つ頷くと、歪な笑みを深めて言った。
 どこまで行ってもキニスは脇役として、単なる使い捨ての道具として弄ばれた訳だ。
 その末路はもはや喜劇的と言っていい程で逆に少々憐れだが、この男に目をつけられてしまったのは彼の性質故のことだろうから同情はできない。

「相変わらず、人を人とも思わない奴だな。貴様は……!」

 いずれにせよ、根源は目の前の存在。誰よりも糾弾すべきはこの男だ。
 それでも冷静さを保たんと声を低く抑えて言い放つ。
 しかし、どうあっても怒気は隠せない。

「当然であろう。人でないものを人と思い込める訳がなかろうに。今現在、この世界で人と呼ぶことができるのは僅かである」

 対して、全く悪びれることもなく当たり前のことのようにドクター・ワイルドは言う。
 雄也の感情は察していようが、欠片も堪えていない。届いていない。
 この男がその程度で揺らぐということは全くないようだ。

「進化の因子、か?」
「その通り。それを持たぬ者は所詮世界の奴隷なれば、吾輩が使ってやった方が余程価値を持つというものである」

 いつか聞いた通り。これもまた何も変わっていない。
 気を違えたような理屈だ。しかし――。

「今のティアは進化の因子を持っているはずだろうが!!」

 言動の矛盾となるだろう部分を怒りと共に突く。
 常に揺るがない素振りを見せているだけに、微かな違和があれば追及すべきだ。

「それは吾輩が与えたものであろう。そこな小娘共とて同じだ」

 しかし、ドクター・ワイルドは欠片も動揺した様子を見せずにサラリと返してきた。

「施しを受けた者に人たる資格はない」

 そして、当たり前のことのように淡々と彼は続ける。
 であれば、彼にとっての人間はそれこそ両手で数えられる程しかいないことになる。
 その中に雄也だけは入っているのだろうが……。

「だったら、俺はどうなんだ? 異世界人として元から進化の因子を持つ俺をも貴様は駒の如く、単なる道具の如く扱っている。それは貴様の言い分に合致してるのか!?」
「それは……」

 雄也の強い問いかけに対し、ドクター・ワイルドは初めて言い淀んだ。
 こればかりは論理に若干なりとも瑕疵を含む疑いを、彼自身の中からも完全に消し切れていない、というところか。

「答えろ!」

 ならばと雄也は更に厳しく問い詰めんとした。が――。

「貴様は、例外である。たとえ進化の因子を持っていようとも、真っ当な人間であろうとも、我輩には、我輩にだけは貴様を自由に扱う資格がある」
「何を、言って」

 ふざけた口調を残しながらも声色は一段と冷たかった。恐ろしいぐらいに。
 己に対する多少の疑いなど踏み潰す程の信念、あるいは強迫観念とでも言うべき重い何かを彼の背後に感じて気圧されてしまう。

「……ふ。今重要なことはそれではない」

 と、一転して再び歪んだ笑みを浮かべるドクター・ワイルド。
 僅かな心の乱れはもはや見られない。

「それとも、この娘がこのままでも構わないと言うのであるかな?」

 口元を一層吊り上げて言う様に思わず内心で舌打ちしつつ、彼との対話の間ずっと生気のない人形の如く佇んでいたフォーティアに目を移す。
 今正に彼女の命はドクター・ワイルドの手の中にあるのだ。
 しかし、殊更彼の口からそれを言わせたことは一種の勝利と見てもいいかもしれない。
 いずれにせよ、これ以上は本当に彼女の命に関わりかねない。何より――。

「それはつまり、元に戻せる可能性がある、ということか?」

 ドクター・ワイルドの言葉は裏を返せば、そういうことになるはずだ。
 であれば、その情報を優先して引き出さなければならない。

「当然であろう。そうでなくば闘争ゲームとは言えん。吾輩は公正明大な男であるからな」
(抜かせ)

 ルールも目的も話さずに、同意もなく、身勝手にそのゲームとやらに巻き込むことのどこが公正明大だと言うのか。
 文句をぶちまけたい気持ちになるが、フォーティアのためにも今はその闘争ゲームとやらに乗らざるを得ない。

「で、何をすればティアを元に戻せる?」

 雄也は苛立ちと焦燥を抑え込むように問うた。

「その術を見つけることもまた闘争ゲームの一端である。精々頭を働かせることだ」

 対してニヤニヤと嘲るように笑いながらそう返してくるドクター・ワイルド。

(こいつは……)

 その馬鹿にした態度に奥歯をギリッと噛み締める。

「さて、と。話は終わった訳だが、このまま闘争ゲームを続行するのであるかな? 満身創痍のようだが。何であれば、仕切り直しても構わんぞ?」

 挑発染みた問いかけに、余計なお世話だと言いたくなる。
 が、現状を冷静に鑑みれば、このまま闇雲に戦っても彼女を救うことはできない。
 火属性以外の攻撃は弱体化させられ、唯一普通にダメージを与えることができる雄也もフォーティアの一撃によって万全には程遠い状態にある。
 今のままでは彼女を拘束して検査するなど夢のまた夢だ。

『ユウヤ。悔しいですが、今は撤退しましょう!』

 プルトナもまたそう判断したようで、〈クローズテレパス〉で促してくる。

『状況は不利ですわ!』
『ああ。分かってる』

 頭に響く彼女の声に同意を示しながら、雄也はドクター・ワイルドを睨みつけた。

「……仕切り直すとして、ティアはどうなる」

 撤退すべきなのは間違いないが、彼女のことがネックだ。

「何、闘争ゲーム以外で折角の駒を傷つけるような真似はせんよ。特に今回は闘争ゲームの中であろうと吾輩達はこれ以上この娘に手を出さん」

 彼はそう淡々と告げ、更に最後に「口は出すがな」と続けた。
 やはり信用できない存在を信じなければならないのは辛いが、ここは信じるしかない。

「……ここは引かせて貰う」
「それがよかろう。この場で続けても面白みがない」

 煽るようにニヤつくドクター・ワイルドに、感情を乱さないように無言を貫く。

「では、改めて条件を定めよう。この闘争ゲームにおける貴様達の勝利条件はこの娘を助けること。敗北条件は貴様達自身の手でこの娘を処分すること、というところかな?」

 後者の可能性は考えたくない。
 だが、もしフォーティアを解放する術が見出せなければ、もし彼女がドクター・ワイルドに操られるがまま多くの人々を殺傷するようなことがあれば、その選択肢も視野に入れなければならない。

「ふ。精々そうならないように足掻くがよいのである」

 そう告げるとドクター・ワイルドはフォーティアの肩に触れた。

「では、さらばである。フゥウーハハハハハッ!!」

 そして彼は高笑いを響かせながらフォーティア共々転移していった。

「くっ」

 その様を、唇を噛み締めながら見送る。見送らざるを得ない。

「……ユウヤ、一旦七星ヘプタステリ王国に戻りましょう」

 少しの静寂の後、プルトナが口を開いた。

【これ以上ここにいても仕方がない】

 続いてアイリスがそう文字を目の前に示す。

「ああ。…………メル、クリア」

 そんな二人に頷きながら、雄也はイクティナと共に傍に戻ってくる双子に目を向けた。

「二人が頼りだ。何よりもまず属性耐性を突破しないとどうしようもない」
「うん。分かってる。絶対に何とかするよ、わたし達で」
『ティア姉さんのためにも。任せて、兄さん』

 状況が状況だけに、彼女達もいつになく真剣な口調だ。
 その姿に頼もしさを感じつつも、二人も切羽詰まってしまっていることがよく分かる。
 追い詰めたい訳ではないが、それでも彼女達が鍵なのは変えようのない事実だ。
 どうにかして共に打開策を見つけ出して貰わなければならない。

「わ、私もできることがあれば手伝います! ティアさんにはお世話になってるので!」

 と、若干影が薄くなっていたイクティナが意気込むように大きな声で言った。
 それで過剰に張りつめていた空気がほんの僅かながら緩む。

「はい。お願いしますね。イクティナさん」

 ともすればガチガチになって視野狭窄に陥りかねないところだったかもしれない。
 が、少しばかり柔らかくなったメルの声色を聞く限り大丈夫そうだ。

【ユウヤ。龍星ドラカステリ王国の騎士が来そう】
「分かった。ともかく今は帰ろう。次こそティアをちゃんと救うためにも」

 再び促してきたアイリスに頷き、プルトナ、メルクリアと順に視線を向ける。
 そうして雄也達は、後ろ髪を引かれる思いを一先ず断ち切るように、すぐさま七星ヘプタステリ王国へと転移したのだった。

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