【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十二話 契約 ②八方塞

「弱イナ」

 嘲弄がありありと分かる声で、雄也の一撃を受け止めたキニスが告げる。
 直撃したはずの部分には傷一つなく、僅かたりとも痛みを感じていないようだ。
 実際、彼は欠片もダメージを受けた素振りも見せないまま、雄也の攻撃を軽々と防いだ方とは逆の手を振りかざし――。

「食ラエ」

 己の周りを煩く飛ぶ虫を叩き落とさんとするように、掌を振り下ろしてきた。

「ぐあっ!?」

 本来ならば回避も不可能ではない速度の攻撃。
 しかし、渾身の一撃を放った直後であることに加え、あれで決まると心のどこかで驕っていた部分もあったかもしれない。
 体勢に回避の余地を残していなかったがためにキニスの攻撃を避け切れず、雄也は地面にはたき落とされてしまった。

「が、ぐう……」

 まだ〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉が微かに効力を残していたからダメージはほぼ負わなかったものの、魔力による強化なしの基人アントロープ形態だったなら危うかっただろう。
「潰レテ、死ネ」

 更にキニスは、地に這う虫ケラを潰すが如く雄也を踏みつけんとしてきた。

「く、おおっ!!」

 だが、そこは何とか体勢を立て直し、後方へと跳んで回避する。

《Change Drakthrope》

 それから雄也は相手との相性を考え、着地と同時に龍人ドラクトロープ形態へと戻った。

「ク、ククク、クハ、ハハハハッ!! 音ニ聞コエタ、オルタネイトガ、逃ゲ惑ウバカリデナス術モナイデハナイカ! 俺ハ、強イ! 強イ!! ハハハハハハッ!!」
「……馬鹿笑いしやがって」

 どうやらキニスは強大な力を得て、完全に有頂天になってしまっているようだ。
 過剰なまでに調子づかせてしまった一因は、雄也が彼の力を見誤ったことにもあるが。

『ユウヤ、大丈夫ですの!?』

 と、遅れてその場に駆けつけてきたプルトナが、心配げに〈テレパス〉で問うてくる。

『俺は大丈夫だ! それより、三人は離れてろ!!』

 対して雄也は少し焦り気味にそう返した。

『ですけど、ユウヤさん!』
『攻撃が本来の威力じゃなかった。恐らくゼフュレクスの時と同じだ。特定の属性の攻撃じゃないと効果がない可能性が高い。そして、まず間違いなく火属性がそれだ』

 反論しようとするイクティナに一気に捲し立てる。
 予測通りなら、少なくともこの場においては火属性ならぬ彼女達は不利にも程がある。
 この状況で無理に前に出るべきではない。

『……分かりました』

 前回の戦いを思い返してか、神妙に了承を口にするイクティナ。

『では、ワタクシ達はユウヤが心置きなく戦えるように、流れ弾などから周りへの被害を防ぐことに集中しますわ』

 彼女に続いて、プルトナの声が脳裏に響く。
 状況が状況だけに聞き分けがよくて助かる。
 彼女もその辺りは弁えた強者ということだろう。

『それと、アサルトレイダーと予備の魔力結石を転移しておきます』

 更にプルトナはそうつけ足した。
 言われずとも、次に雄也が取る一手は予想できているようだ。

『ああ。頼む』
『お安い御用ですわ』

 雄也がそう応えると、フォーティアは〈テレパス〉を打ち切った。
 察しがいいと話も早い。
 一つの属性しか通用しないのであれば、対処方法は一つだ。
 ゼフュレクスの時と同様に、単一の属性で限界まで威力を高めるしかない。だから――。

「クハハハハッ!! モハヤ、オルタネイトスラ俺ノ敵デハナイ」
「ちっ…………来い、アサルトレイダー」

 未だに悦に入って笑い続けているキニスに一つ舌打ちをしてから、雄也は抑揚を抑えた声で静かにそれを呼んだ。
 プルトナが近くまで転移しておいてくれたため、馬の形をしながらも実に機械的な外見を持つその魔動器は即座に傍に参じる。

「逃ゲルツモリカ? フッ、虫ケラニハ似合イダナ」

 それを見たキニスは、どうやら形状から単なる乗り物と判断したらしい。
 侮蔑を顕にして鼻を鳴らしている。

「逃ゲタクバ好キニスルガイイ。雑魚ニハモハヤ用ハナイ」

 彼はそうとだけ告げると、雄也から視線を外した。
 こちらから完全に興味をなくしてしまったようだ。
 その様には少し苛立ちを覚えるが、それならそれで構わない。
 アサルトレイダーを使用できるチャンスを容易く得られたと考えることもできる。
 さすがに魔力の収束を開始してしまえば気づかれるだろうが、それでも多少なり隙は少なくなるだろう。
 だから、雄也はキニスの視線の外でアサルトレイダーに括りつけてあった魔力結石を左手の黄金の腕輪、RCリングに装填した。
 そうしながら静かに口を開く。

「アサルトレイダー」

 その魔動器は、再びの呼びかけに応じて姿形を変え始めた。
 ライフル状の大型の銃を備えつつも四足歩行を維持した形状は、移動砲台という言葉が相応しい。多脚のせいで大分SF染みた外見ではあるが。
 足回りはどうあれ、その機能は砲身を見れば分かる通り。
 変形完了と同時に、一撃を放つべく魔動器に強大な魔力が充填されていく。
 更に雄也はRCリングを構え――。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Change Therionthrope》《Convergence》
《Change Drakthrope》《Convergence》
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
《Change Ichthrope》《Convergence》
《Change Satananthrope》《Convergence》
《Change Anthrope》《Maximize Potential》

 二度目の魔力収束を行うと共に、砲台と化したアサルトレイダーに乗ってライフルの銃口を紅蓮の鎧を纏う巨大な竜へと向けた。

「悪足掻キヲ」

 さすがに、そこまですれば如何に彼とて攻撃の意思に気づこうというもの。

「ソンナニモ死ニタイノナラ殺シテヤル」

 キニスはそれを受けて、嘲りを声に滲ませながら再び目の焦点をこちらに合わせてくる。
 しかし、即座に攻撃をして妨害しようとしてこない辺り、分不相応な力を与えられて慢心していると言うべきか、それとも生死を懸けた戦いの経験が不足しているのか。
 後者は雄也が声を大にして言えることではないかもしれないが。
 いずれにせよ、こちらは相手の出方を待っている必要はない。

「レゾナント……イリデセントアサルトシューティング!」

 ターン制のゲームな訳でもなし、雄也は己の準備が整うや否やその一撃を解き放った。
 六色と五色の輝きが混ざり合って圧縮された魔力の弾丸は超高速で射出され、そのまま何に遮られることなく目標に着弾する。
 余りの速さに、銃口から対象までの軌跡が視界に光の線として残る程だった。
 狙ったのは首のつけ根。
 異形となった上に肥大化した体では心臓の位置も正確に把握できないし、脳天は衝撃で頭が揺れて同じ位置に命中しない可能性もある。
 何より、それぞれ頑強そうな紅蓮の装甲に覆われているため、間違いなく威力は減衰してしまうだろう。
 だが、首のつけ根には装甲の繋ぎ目があり、鱗に覆われた素肌が見て取れる。
 そこならば攻撃が十全に通るはずだ。
 それこそ敵が雄也達並の強さならば、肉体を貫く程度は容易い。
 急所の一つたる首が千切れ飛び、致命傷となって然るべき強大な一撃だ。しかし――。

「グ、ヌウ」

 それは彼の肉体を突き抜けることなく、首元で押し留められていた。

「ヌ、グ、ガアアアアアアアッ!!」

 そしてキニスの絶叫と共に魔力の弾丸は弾け飛び、そのまま呆気なく霧散してしまう。

「ば……馬鹿な」

 その結果を前にして、思わず愕然と呟く。
 威力としてはイクティナがゼフュレクスを屠った攻撃と遜色ない。
 いや、収束した魔力全てを一撃に込めたのだから、それ以上と言っていいはずだ。
 事実、キニスも万全無事という訳ではないようではある。
 だが、影響は余りにも小さい。行動を鈍らせるにも至らないレベルだ。

(こいつ、ゼフュレクスの比じゃない)

 この程度のダメージしか与えられないようでは、たとえ〈五重クインテット強襲アサルト過剰エクセス強化ブースト〉を使用しても決め手にはならないだろう。
 それどころか、負荷によって体が動かなくなって詰みかねない。

「サスガハ、オルタネイト、ト言ウベキカ。マサカ、コノ体ガ傷ツケラレルトハ」
「くっ」

 ここまで来て、ようやく心に焦燥が浮かび始めた。
 相手のことを慢心しているだのと散々思ってきたが、完全にブーメランとなって自分に突き刺さってきている。
 ドクター・ワイルドや六大英雄以外は、もはや敵ではないと調子に乗っていたようだ。
 だが、今はそれを悔やんでいる場合ではない。

《Change Drakthrope》

五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉が時間切れになり、龍人ドラクトロープ形態へと戻らざるを得なくなってしまった。
 そうした状況の中で、目の前の存在をどうにかしなければならない。

(どうする?)

 しかし、そうやって自身に問いかけても答えは得られない。
 そうこうしている間にもキニスは再びこちらを倒すべき存在と見なしたようで、戦意を滾らせつつ攻撃の構えを取り始めている。

「今度コソ、貴様ヨリ俺ノ方ガ強イトイウコトヲ認メ、ソノ事実ニ打チヒシガレルガイイ」

 キニスはそう告げると、紅蓮の装甲に覆われた巨大な腕を振り上げた。

「くっ」

 それに応じ、考えが纏まらないままに迎撃の態勢を作る。

(今はとにかく目の前の攻撃を凌ぐしかない)

 そして心の内でそう結論し、雄也は敵の挙動に意識を集中させた。

    ***

「だから! アンタ達じゃ、あそこに突っ込んでも足手纏いになるだけだっての! 大人しくあの区域を封鎖することに努めなよ!!」

 メルクリアと別れ、手分けして避難誘導をしている途中。
 当然と言うべきか、騒ぎを聞きつけて龍星ドラカステリ王国の騎士が駆けつけてきたのだが、無知とは恐ろしいもので彼らは何が待ち受けているかも気にせず突撃しようとしていた。
 さすがにそれを見過ごす訳にはいかず、フォーティアは彼らをその場に押し留めようと必死に説得していたのだが……。

「邪魔をするな! これ以上、私達の行く手を阻むなら貴様も捕らえるぞ!」

 結果は返ってきた言葉に集約されている。

「ああ、もう! 話にならないね! そんなことをすれば、かえって被害が増えるだけだって言ってるんだよ!」

 対してフォーティアは、そんな騎士団の連中に苛立ちを覚えながら声を荒げた。
 もし彼らが行って戦況が変わるレベルの相手なら、こうしている間もなく雄也が既に倒してしまっているはずだ。
 しかし、そうではないということは即ち、並の人間にどうこうできる状況ではないことを示していると言える。
 つまり、彼らが戦場にしゃしゃり出ることによって雄也の負担が増え、下手をすれば致命的な隙が生まれてしまうかもしれないのだ。
 何が何でも、この場に留まって貰わなければ困る。のだが、分かってくれない。
 余計なプライドが耳を塞いでしまっているのだろう。

(こうなったら多少手荒でもっ!)

 口で言って分からないのなら、もはや実力行使で身動きできなくするしかない。
 そう考えて身構えた正にその瞬間――。

「フゥウーハハハハハッ!!」

 上空から癇に障るような高笑いが降ってきた。

「身の程を弁えず行動しようとする愚か者程、邪魔な者はいないな。フォーティアよ」
「アンタは……ドクター・ワイルド!! 何をしに来た!?」
「何をしに来たとは、随分ご挨拶であるな。折角、この吾輩が貴様の手助けをしてやろうと態々参上してやったというのに」

 ドクター・ワイルドはフォーティアの問いにどこが嘲りを含んだ声で答えながら、突然の首魁の登場に動揺する騎士達へと右手を向けた。

「眠れ。愚者共」

 そして、彼がそう告げた直後、屈強な騎士達は糸の切れた人形の如く地面に崩れ落ちてしまった。一部、未熟な騎士が身に着けた鎧が派手に音を鳴らす。
 彼の言葉通り、単純に眠っているだけのようだ。

「どういう、つもりだよ」
「なあに、少し貴様と話をしようと思ってな」

 ドクター・ワイルドの声色には、どこまでも嘲笑が滲んでいる。

「はん、ふざけんな!」

 その様子に嫌悪を感じて吐き捨てるように言い、そうしながらフォーティアは彼に意識を残しつつも周囲に視線を向けて退路を探した。
 もっとも、実力差的にドクター・ワイルドから逃亡などできようはずがない。
 所詮は悪足掻きにもならないかもしれないが、何もせずにいても何も変わらない。

「悪いけど、アタシにはアンタと話すことなんてないよ!」
「いいや。あるはずである」

 声を荒げたフォーティアを前に、彼は尚一層愉快げに淡々と告げる。

「周りの者は皆、次々と腕輪の力を解放していく中、自分は足手纏いのまま。さぞ、悔しかったであろう。心苦しかったであろう」

 労わるような言葉ながらも、声は半笑いで完全に煽るような口調だ。

「吾輩はそれを解消してやることができるのである」

 更にドクター・ワイルドは大仰な身振りを交えながらそう続けると、白衣の懐から真紅に輝く鉱石を取り出した。

「そ、それ、は――」
「そう。貴様の属性に対応した、超高純度の魔力結石である。これだけあれば、今この場で腕輪の力を解放することができるであろうよ」

 馬鹿にしたような声色の言葉に苛立ちを抱くことも忘れ、彼の手にあるそれに目を縫いつけられる。

「これを、貴様に授けてやろうか?」
「なっ」

 そして告げられた悪魔の誘惑染みた内容に、フォーティアは言葉を失ってしまった。

    ***

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