【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二十一話 焦燥 ④心の隙間に悪魔は入りこむ

 反応する間もなくフォーティアに顔面を殴られ、床に転がるキニス。
 その鈍い音の後、一瞬場に静寂が満ちる。

「な、何てことをするの!?」

 ワンテンポ以上遅れて、彼の母親たる王妃が息子のその姿を前に悲鳴の如き声を上げた。
 そして彼女はフォーティアへと詰め寄ろうとしてくるが――。

「何てこと? こんなのも避けられない体たらくを怒りなよ」

 対してフォーティアは酷く冷たい声でそう返しながら、迫る相手を威圧するように鋭く睨み、彼女を怯ませて押し戻した。
 それから、よろよろと立ち上がろうとしているキニスへと視線を移して見下す。

(ちょっと情けない)

 先程までの言動からすれば無様としか言いようがない姿にそう思う。

(いや、さすがにその評価は酷かな)

 彼女の一撃が雄也でも目で容易に捉えられる速度だったが故に相手を弱く見てしまうが、そもそも雄也の目自体も既に常識から逸脱しているのだ。
 傲慢な考えだとしても、一般人と一緒にしてはいけないだろう。
 とは言え、ドクター・ワイルドや六大英雄の前に立てば、そのような言い訳は通用しない。それは変えようのない現実だ。

「これで分かっただろ? アンタ達の論は全く以て的外れだってことが。今のアタシはもうそこらの龍人ドラクトロープなんかじゃ見合わないんだ。こんな雑魚を宛がわれても困るんだよ」

 言いながら彼女は国王を厳しく見据え、更に言葉を続ける。

「王族の務めを果たせってんなら、それは構わない。けど、相手はアタシが自分の意思で決める。だから、もうこんなことに関わらせないで欲しいね」
「だ、だが、これは民のためでも――」
「そんなに武闘大会を開きたいなら、このキニスの嫁でも探してやればいいさ。同レベルの本当に相応しい相手を見繕ってね」

 食い下がる国王に、フォーティアは尚のこと冷たく吐き捨てる。
 そうした態度を十分に見せつけてから、彼女は彼ら全員に背中を向けた。

「フォーティア!」

 すると、ようやく立ち上がったキニスが、恥辱と怒りに塗れた声色で彼女の名を叫びながら掴みかからんとするように駆け寄ってきた。
 そして彼の手がフォーティアの肩にかかろうとした正にその瞬間――。

「いい加減に、身の程を弁えなよ!」

 彼女はその場でクルリと身を翻し、回し蹴りをキニスの首筋に叩き込んだ。

(うわ)

 綺麗に入った一撃を目の当たりにして、思わず首元に手が行く。

「がっ、ぐ……」

 彼はその威力によって床を滑るように倒れ込み、止まった先で苦しげに呻いた。
 それでも気を失っていない辺り、これも相当手加減をした攻撃なのだろう。
 クリーンヒットしたようにしか見えなかったが、それだけに彼女の優れた技量が窺える。
 これで互いの実力の差も分からないようなら、それこそ彼はどうしようもない愚か者だ。

「……ま、そんなこと、アタシが言えた義理じゃないかもだけどね。でも、自分が今いる位置すら分からないなんて、みっともないに程があるよ。本当に」

 心底軽蔑するように言い捨て、フォーティアは今度こそ広間の出口へと歩き始めた。
 その後に雄也達も続く。

『自分がいる場所も分からなければ、どこに向かえばいいかも分からないのにさ。上を目指すことだってできないし』

 城の外へと戻る途中も、彼女は雄也達へと〈テレパス〉を使用しながらも独白しているかのような口調で呟き続けていた。

『……まあ、改めて自分を客観的に見てみたら、ただ上を見ていることしかできないような身動きが取れない場所だったってこともあるだろうけどね』

 それから僅かに俯いて苦々しげに言いながら城門を抜けると、フォーティアはしばらく歩いたところで立ち止まった。
 そして顔を上げて振り返り、幾分か表情を和らげながら口を開く。

「皆、今日はありがとう」

 彼女はそう〈テレパス〉ではなく声に出して言いながら頭を下げた。
 当然ながら城から離れた段階で精神干渉の魔法はプルトナが解除しているので、傍から見て不審な動きにはなっていない。

「一緒に来てくれたおかげで大分冷静でいられたよ」

 フォーティアは更に続けると、笑顔にきまりの悪さを滲ませる。

(……あれでか)

 雄也はその言葉に内心呆れながら頬を引きつらせた。
 もし同行していなかったら、あのキニスとかいう彼を半殺しぐらいにはしていたかもしれない。いや、あるいはもっと酷いことに……。

(うん。やっぱり人の目は大切だな)

 誰かに見られていると思えば、自分本位が過ぎる行動には抑制がかかるものだ。
 そもそもはフォーティアの自由を侵害するような今回の話。だが、相手が余りに小物だったので、やり過ぎてはこちらがより悪辣な存在に見えてしまう。
 その辺を考慮すると、本当に同行してよかったと思う。

「さて、と。折角龍星ドラカステリ王国に来たんだ。御飯でも食べに行こうか」

 と、フォーティアがパンパンと手を叩きながら気分を変えるように明るく言う。

「気候的に、勇者ユスティアが好んだって言う粘り気が強めのサギグが多く収穫できるからね。それを主食に据えた料理が多いんだよ。きっとユウヤも気に入るはずさ」
「へえ」

 これまで耳にした限り、勇者ユスティアとやらは現代日本人である可能性が高い。
 その彼が好んだサギグ(米もどき)とすれば、日本の米に似たものに違いない。
 それ自体は世界中に流通していて、喫茶モセモセでのカレーにも使われたりしているのだろうが、七星ヘプタステリ王国の店ではいわゆる白飯単品は見かけない。
 以前アイリスにお願いして作って貰ったぐらいだ。
 もしかしたら、丼ものではない普通の定食を普通に店で食べられるのかもしれない。

【ティア。御飯を食べたら、食材とか調味料を売ってる店に連れてってくれる?】

 と、そうした期待が表情に出ていたのか、こちらを見詰めていたアイリスがフォーティアに顔を向けてそう文字を作った。

「食料品の店に?」
【ん。龍星ドラカステリ王国に来ないと買えないものもあるって聞いてる】

 問い返すフォーティアに頷いて、アイリスは切実な顔つきで字を改める。

「ああ。確かに観光資源として輸出してないものもあるっぽいね。特にソースの類はユスティアの時代から受け継がれてる秘伝のレシピがあるって話だし」

 日本っぽい調味料とすると醤油やら味噌辺りか。
 いや、以前アイリスに味噌汁や焼き魚を作って貰ったこともあるし、別のものだろう。
 海外規格ではない、日本規格のマヨネーズやウスターソースとかかもしれない。
 いずれにせよ、アイリスのレパートリーに和食、と言うか、現代日本的な料理が更に追加されるのは喜ばしいことだ。

【で、駄目?】
「いや、勿論構わないさ。…………にしても、甲斐甲斐しいねえ」

 真剣な表情で問いかけたアイリスに、若干からかい気味にフォーティアが言う。

【私には正妻の矜持があるから。それに声に出さない分、想いは行動で示さないと】
「そこは、サクッと文字にすればいいのに」
【それは駄目。そういう約束だから】

 アイリスの返答を見て、フォーティアは呆れたように肩を竦めた。

「難儀な性格だねえ。アイリスも。頑固と言うか何と言うか」

 それから彼女は意味ありげな視線をこちらに向ける。雄也もまた同類だと言いたげだ。

「まあ、アイリスですからね」
【プルトナ。それ、どういう意味?】
「昔から変わってないと言う意味ですわ」

 そう言って生温かい目を向けてくる幼馴染に、アイリスはやや不満げな顔をする。

「あ、はは」

 そんな二人のじゃれ合いを前に、イクティナが反応に困ったように曖昧に笑った。
 まだ少し慣れないようだ。

『御飯にするんなら早く行きましょ』
「お兄ちゃん、お腹空いたよ」

 と、クリアと交代で表に出ていたメルに、服の裾を軽く引かれる。
 雄也はそんな彼女の頭に手を置き、その幼気な言動に微笑みながら促すようにフォーティアに視線を向けた。

「おっと、そうだね。じゃあ、行こうか」

 双子の様子にフォーティアもまた表情を和らげつつ、一つ頷いて歩き出す。
 先程の国王達との会談でのあれこれは完全に吹っ切ったようだ。

(……俺も忘れよう)

 己の考えとは余りにも相容れない存在と出会ってしまった場合は、犬に噛まれたとでも思ってそうするのが一番だ。
 そんな相手のために、一々心を煩わせる必要性は全くない。

「ほらほら、皆。こっちだよ」
「分かった分かった。今行くよ」

 そうして雄也もまた気持ちを切り替えて、急かすフォーティアの後に続いたのだった。

    ***

「くそ、くそっ」

 龍星ドラカステリ王国の新たな王都ダーロスにそびえる王城。その内部にある自身の部屋にて。
 キニスは頬と首の痛みを意識する度に苛立ちを抱き、何度も悪態をついていた。

「くそっ!!」

 さらに一際大きく声を荒げ、机の天板を殴りつける。
 当然、生命力Sクラスの彼が加減もせずにそうすれば、木製の板は厚みがあろうとも容易く割れ、机は無惨な姿を晒すことになった。
 破片が床に散らばり、何らかの災害に見舞われた後のようだ。
 それを前にして尚、キニスは冷静さを取り戻すことなく――。

「フォーティアアアァッ!」

 人生で最も大きな屈辱を与えた存在の名を、怨嗟に塗れた声で口にする。

「あの糞女、この俺が選んでやったのに…………絶対に許さん!!」

 感情のままに叫び続けるものの、ここまで叩きのめされたことは彼にとって初めてのことで、そうやって暴言を吐くぐらいのことしかできなかった。
 許さないと思っても、具体的に何をすればいいか全く思いつけないのだ。

「くそっ!」

 そして結局は振り出しに戻るだけ。
 その言動から分かる通り、彼は本来的に単なる小物に過ぎない。
 勿論、曲がりなりにもSクラスではあるので、比較的という言葉が頭につくが。
 何にせよ、いくら彼が従姉たるフォーティアに怨嗟を抱こうとも、纏わりつく羽虫の如く煩わしく思わせるぐらいのことしかできはしないのだ。しかし――。

「フゥウーハハハハハッ!!」

 どのような因果の結果であれ、力を得てしまえば話は別だ。

「誰だっ!? 俺を笑うのは!!」

 突然の高笑いを耳にして、キニスは嘲笑と受け取って激昂した。
 泡立った心では、不審者が侵入した事実よりも自身のプライドの方が大事のようだ。

「吾輩は世界に混沌をもたらす悪の組織エクセリクシスの長、ワイルド・エクステンド。即ち! ドクタアアアアアーッ・ワアアアアイルドであーる!!」

 と、演技染みた大声と共に、部屋の片隅で視界の中に滲み出るように白衣の男が現れる。

「エクセリクシス……ドクター・ワイルド、だと?」

 如何に怨嗟に曇った思考の中でも、あれだけ大仰に自己紹介をされては耳にも入る。

「霊峰オロステュモスを噴火させ、王都ダーロスを破壊したのは貴様か!?」
「おおとも。あの程度の炎を防げぬ弱者など、この世界には必要ないのである」

 全く以て悪びれもせずに己の行動を認め、持論を展開するドクター・ワイルド。
 その狂信的とも言える姿には、さしものキニスも圧倒されて言葉を失った。

「弱き者に存在する価値はない。そうであろう? キニスよ」

 更にドクター・ワイルドは歪な笑みを浮かべながら問う。

「今日正にそれを実感したであろう。弱者は強者の目には留まらぬ。路傍の石の如く蹴飛ばされ、その者に関わる権利を失うのである」
「それ、は……」

 フォーティアに攻撃された頬と首を手で押さえ、キニスは口ごもった。

「だが、それを覆す方法がない訳ではない。ただ、強者となればよいのだ」

 ドクター・ワイルドの言葉は妙な魔力を帯び、抵抗なく心の奥底に入り込んでくる。

「貴様は弱者のままでいる己に満足できるのか?」
「っ! そんな訳があるか!!」
「そうであろう、そうであろう。ならば、吾輩が貴様に力を授けてやろうではないか」
「だ……誰が、貴様などにっ」
「民を殺した者の施しは受けられんとでも言いたいのか? だが、僅かに躊躇いを見せた時点で貴様の本心は明らかである」

 いつの間にかキニスの顎を持ち上げる距離まで近づいてきていたドクター・ワイルドはそう告げると、彼の胸元に何かを突き立てた。

「がっ!?」
「貴様のような心の弱い存在は、如何に理屈で吾輩達を否定しようとも、実際に力を与えられればそれに酔い、狂うが必定。さあ、盛大に、心のままに力を振るうがいい」
「う、ぐ、あああああああああっ!!」

 そして、異物が入り込むと共に強大な魔力が打ち込まれ、キニスの全身に身を焦がし焼き尽くすような熱が駆け巡っていく。その果てに――。

「ち、から……ああ、力が、溢れて、くる」

 マグマの如きそれはやがて全てが体に馴染み、キニスは己の変質を実感した。

「これ、が、これこそが……そう、だ。俺の求めてイた、もの。あア……素晴ラしい……実に、素晴らシイぞ!!」

 かつてない強大な生命力と魔力。
 それを前にして彼は狂喜しながら、しかし、今も尚自身の肉体が変質を続けていることを認識できなかった。
 いみじくもドクター・ワイルドが告げた通り、その身に突如として宿ってしまった大き過ぎる力に溺れて盲目になってしまっているのだ。
 故に、強靭な爪が生え、揺らぐ炎が体の至るところから噴き出し、骨格すら歪に変化していることも全く見えていない。

「待ッテイロ。フォーティア!! 俺ノ力、見セテクレルッ!!」

 結果、もはや完全に人間の姿を失ったことにも気づかないままに、キニスは化物の如く乱雑に窓を破壊してその場を去っていってしまった。
 そこにいた悪魔の如き男の存在すらも忘れて。

「ク、ククク、ハハハハハッ!」

 そして、主がいなくなった部屋に嘲笑が響く。

「愚かだ。実に愚かだ。もはや喜劇だな」

 それからドクター・ワイルドはキニスの姿を評して侮蔑の滲んだ声で言うと、破壊された窓の残骸に背を向け――。

「進化の因子なき木偶よ。精々道化として、俺の目的の礎となるがいい」

 そう言葉を残して、風景に溶け込むように姿を消したのだった。

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