【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第二十話 束縛 ④糸の切れた人形
「っ!?」
イクティナがゼフュレクスを討った正にその瞬間、巨大な爆発と共に地鳴りの如き音が鳴り響き、雄也はその音源を振り向いた。
すると、ゼフュレクスの座たるこの山のすぐ傍に双子のように聳える山から煙が巻き上がると共に、大規模な崩落が始まった。
(真翼人コルウス。復活したか)
未だ〈五重強襲過剰強化〉を使用した反動の影響が色濃い中、そのハッキリとした気配を感じる。いや、感じ取らされた、と言うべきか。
ドクター・ワイルドにその気があれば、それを隠すことなど造作もないことのはずだ。
間違いなく、雄也達に封印が解かれたことを知らしめようとしているのだろう。
しかし、この場ではそのことに気を回す余裕はなかった。
そもそも、その結果は最初から織り込み済みだ。六大英雄の一人を倒せなかったことについては無念極まりないが、終わってしまったことを悔やみ続けても仕方がない。
今この瞬間は目の前の後処理の方が大事だ。
「お父さん、お母さん」
徐々に砂の如き粒子と化して崩れゆくゼフュレクスの亡骸を背に、イクティナがそう呼びかけながら両親たるコラクスとペリステラの元へと近づく。
二人は既にクリアの魔法による拘束からは解放されていたが――。
「あ、ああ、ゼフュレクス様が……」
「守り人としての責務が……」
地面に両手と両膝を突き、呆然と呟くばかりで正常な様子ではない。
ゼフュレクスが息絶えたことで、その精神干渉からは解き放たれたはずなのだが。
「お父さん! お母さん!」
声を大きくして再度両親に呼びかけるイクティナ。
そんな彼女に、ようやく二人は顔を上げた。
「もう守り人であることに縛られなくていいんです。解放されたんですよ」
静かに言い聞かせるように言うと、コラクスとペリステラは表情を一変させた。
「ふざけるなっ!」
「……え?」
そして返ってきたのは罵倒の言葉で、イクティナは想定外の反応に頭が追いつかないという感じに呆けたような声を上げた。
「誇りある守り人の伝統が潰えたのだぞ!!」
「私達はこれからどうすればいいと言うの!?」
更に糾弾するように言う父親と、頭を抱えて悲嘆に暮れる母親。
「あ、う……」
その両親の反応に、イクティナは尚のこと戸惑った様子を見せて口を噤んでしまった。
「どうすればって、自由に生きればいいだけでしょ? 何言ってるの?」
そんな姉に代わり、アエタが呆れ気味に問いかける。
彼女もまた両親の態度が理解できないと言いたげな表情だ。
「自由に、だと? 簡単に言うな!」
対して、コラクスは急にアエタを振り返って睨み、そう一喝した。
「ひうっ」
と、刺々しい言葉をぶつけられ、彼女は驚いたように身を竦める。
いつもそういった言い方をされるのは姉ばかりで、自身には経験がなかったのだろう。
曲がりなりにも親である彼の険のある声色は、幼いアエタには厳し過ぎたようだ。
ジワリとその目に涙が浮かぶ。
「アエタ……」
そんな妹の姿を見て我に返ったようで、イクティナはすぐさま彼女の傍に寄った。
「うぅ、お姉ちゃん」
アエタはアエタで姉に縋るように、その背中に隠れる。
そうした反応は年相応と言うべきか。
どれ程、能力的に優れていても中身はやはり子供なのだ。
「守り人でなくなった私には、何の価値もない!!」
「挙句、国の守護者たるゼフュレクスを守ることもできなかった汚名を背負わされ、一生蔑まれていくのだぞ!? それどころか、自ら守護聖獣に仇なした者の親だと後ろ指をさされかねない! 好き勝手に生きられるものか!」
己の娘達のそうした反応を余所にペリステラは嘆きを繰り返し、コラクスは恐れを隠すようにそう声を荒げる。
その余りにも酷い理屈に、思わず絶句してしまうのも無理もないことだろう。
【何なの。この人達】
眉を軽くひそめながら作られたアイリスの文字やプルトナとメルクリアの表情を見る限り、彼女達もまた雄也と似た気持ちのようだ。
「いずれにせよ、もはや国王の沙汰を待つしか他にない」
「そうね。粛々と指示を受け入れれば……」
力なく諦めたように言う二人だが、どことなくそれに縋っているようにも見える。
(……いわゆる指示待ち人間って奴か)
特にイクティナ達の母親たるペリステラについては、生まれた時から己の意思を捻じ曲げられ続けてきたのだから、そういう精神に作り上げられてしまってもおかしくはない。
守り人の家系でないコラクスについて、恐らく生来の性格がそちら寄りなのだろう。
自由を尊ぶ傾向にあるのが一般的な翼人ではあるが、何ごとにも例外はある。
あるいは、そういう類の人間だからこそ、ペリステラの伴侶として選ばれたのかもしれない。他ならぬゼフュレクスによって。
いずれにせよ、こういう人間に自由は重い。たとえ自由を与えられても、休みを無理矢理取らされたワーカホリックの如く、身動きが取れなくなるだけだ。
そして、そんなコラクスは、妹に寄り添うイクティナを睨みつけながら口を開く。
「だが、それはそれとしても守護聖獣を殺した存在を身内に置いておく訳にはいかん。そうしなければ最低限の対面も保てなくなる」
彼はそこで一旦区切ると、わざとらしく強調するように一段低い声で更に続けた。
「勘当だ。二度と私達に顔を見せるな」
「お、お父さん」
「もはや父ではない!」
突き放すように言われ、イクティナは唇を噛んで俯いてしまう。
遠回しに言われるのではなく、直接的な言葉をぶつけられた衝撃は大きかったようだ。
「アエタ、帰るぞ」
「で、でも……」
消沈して口を噤んでしまったイクティナを全く無視して告げるコラクスを前に、アエタは逡巡するように姉を見上げ、それからペリステラに目を向けた。
どうやら母親に父親を止めて欲しかったようだ。しかし――。
「……先に戻っているから、別れを済ませておきなさい」
視線に応えて返ってきた言葉は暗に彼に同意の意を示すもの。
その上、それに対してアエタが何かしら文句を言う前に、二人は〈テレポート〉を使用してその場から去っていってしまった。
余りの対応に残された誰もが絶句し、少しの間沈黙が元守護聖獣の座を包む。
「……意外と堪えるものですね」
その静寂を破ったのは、イクティナの溜息交じりの声だった。
「しばらく前にユウヤさんに言われて以来、ちゃんと実力をつけたら自分から家を捨ててやるって思ってたはずなのに」
そう口にして再度嘆息する彼女の姿に、居た堪れない気持ちになる。
こればかりは人の心の話だ。そう何もかも理屈通りにはいかないだろう。
「何だかんだ言って血の繋がりは大きいし、何よりここは生まれ育った場所だろ? 簡単に割り切れるものじゃないさ」
むしろ容易く切り替えられるような者は人間味がなさ過ぎる。
「でも、勘当、かあ……」
「き、きっと、長年精神干渉を受けてたせいで混乱してるだけです。少しすれば、お父さんもお母さんも思い直してくれるはずですよ!」
ポツリと呟かれたイクティナの言葉に、アエタが必死な様子でフォローをする。
少々必死過ぎる感があるが……。
「確かに、ある程度は時間を置くべきかもしれないな。時間だけが解決してくれるものも世の中には結構あるもんだし」
実際、彼らは精神干渉によって守り人であり続けることだけを考え、それ以外何も考えずに生きてきたのだ。時が経てば自身の考えを取り戻すことができるはずだ。
しかし、そうは言いながらも雄也は、内心ではその場凌ぎの気休めにしかならないフォローだとも感じていた。
彼らの本質がどこまで行っても指示待ち人間に過ぎないのであれば、精神干渉から解放されたとしても結局のところは同じ判断を下しかねないからだ。
(この予想は外れて欲しいけど)
そうなる可能性は高いだろう。
アエタの先程の切羽詰まったような様子は、内心雄也と同じ考えだったが故の、それを否定しようとしてのものだったのかもしれない。
「……帰りましょうか。七星王国に」
今生活している場所はそちらなのでこれについては恐らく他意はないのだろうが、故郷にあって「帰る」という言葉を使ったことに少々痛ましく感じてしまう。
「イーナ……」
いずれにしても気落ちしているのは声色からして確かで、そんな彼女を気遣うようにプルトナが名前を呼んだ。
【こういう時は食べるに限る。私がイーナの好物を作って上げるから、学院長の家でご飯を食べていくといい。デザートにガムムスの実のパイもつける】
続いてアイリスが大真面目な顔で若干ずれた提案をする。
「あ、はは。ありがとうございます。けど、体は大丈夫なんですか?」
【料理を作るぐらいなら問題ない】
「ですか。じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
アイリスとの会話のおかげか、少し和らいだ表情を見せるイクティナ。
「じゃあ、帰りましょう」
声色も心なしか軽くなっている。持つべきものは友人と言うべきか。
そうして七星王国へ戻ろうと〈テレポート〉を使えるプルトナやメルクリアの傍にそれぞれ集まると――。
「お、お姉ちゃん!」
尚のこと焦ったようにアエタがイクティナを呼び止めた。
「アエタ、どうしました?」
「その、私は……私は、感謝してますからね! お姉ちゃんがゼフュレクスを倒してくれたこと! あれの世話なんかで一生を終えたくなんてなかったですから!」
「アエタ……」
「元々大人になったら出て行くつもりでしたけど、態々そうする必要もなくなって本当によかったって思ってます!」
「……貴女がそう言ってくれると、幾らか慰めになります。ありがとう」
声に熱を帯びさせるアエタに微笑むイクティナ。
この妹の存在は正に彼女にとっての救いだろう。
あの両親にしても真っ当な翼人らしいアエタが傍にいれば、あるいはまともになるかもしれない。
そんな仄かな希望をこのスッキリしない結末の中に垣間見ながら、雄也達は七星王国に帰ったのだった。
そして聖都テューエラでの戦いの翌日。
「と言う訳で、今日からイクティナも我が家に住むことになった」
隣に少し居心地悪そうに立つ彼女を背丈の関係で見上げながら、ラディアが告げた。
今までのことを思えば、ある意味恒例の展開ではある。
なので、それ自体はもう驚かないが……。
「えっと、寮を出るってことですか?」
「うむ。実はな……」
言いにくそうにラディアが言い淀む。と、イクティナが代わりに口を開いた。
「両親から魔法学院の授業料も寮費も払わないって言われちゃいまして。一応まだ猶予はあるんですけど、ラディアさんに相談したらこちらに、と」
その顔に浮かぶ表情は苦笑。
だが、言葉にされた内容は彼女にとっては追い打ちそのものだ。
口調からして内心の落ち込みが感じ取れる。
いよいよ以って後味が悪い。
「学院も辞めるんですの?」
「ええと、どうしようかと思って。今の力があれば賞金稼ぎをしながら通うことは可能でしょうけど、これだけの力があって通い続けるのも意味があるか……」
プルトナの問いかけに、迷ったように言葉を濁すイクティナ。
元々魔力制御を何とかすることが彼女の学院に通う主目的だったのだから、それを果たした今となっては確かに余り意義が感じられない。
「それを言うならワタクシ達もそうですわ」
【ん。私にしても、もう伴侶を見つけたし】
こちらを見上げながら文字を作り、腕を取ってピタリとくっついてくるアイリス。
マイペースな彼女なので素の行動なのか、イクティナの暗い気持ちを慰めるための道化染みた真似なのか判断がつかない。が、イクティナは後者と受け取ったようだ。
それを見て苦笑する彼女の表情は、先程までと少し質が違っていた。
どうにも、微妙に嫉妬や羨望も入り混じっている気がするが。
「ま、まあ、俺も大分この世界に慣れたしなあ」
そうしたイクティナの反応を前に、雄也は少し誤魔化し気味に他の面々に続いた。
「なら、もういっそのこと皆で辞めたらいいんじゃないかい?」
そこへフォーティアがそんな提案をする。
「……ふむ。まあ、実際もう魔法の扱いにおいては、お前達が学ぶべきことは少ないからな。むしろ今となってはメルやクリア辺りに教わった方が有用かもしれん」
と、ラディアが困ったような顔をしながらも同意するように頷いた。
「その選択も有りと言えば有りだろう。学院長としては少々複雑だがな。……だが、まだ少し夏季休暇はある。その間によく考えて決めるといい」
それから彼女はそう言うと、その場の全員を見回しながら改めて続ける。
「とにかくだ。そういうことだから節度を守って仲よくするように。いいな?」
「はい」【当然】「分かりました」「勿論ですわ」「『はーい』」
対して、雄也達はほぼ同時に了承の意を示した。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
誰一人異論なく歓迎する様子に、イクティナが嬉しそうに頭を下げる。
ここで拒絶する者など、この中にはいようはずがない。が、雄也達の反応は両親から勘当された彼女にとって喜ばしいことだったようだ。
【じゃあ、今日も腕によりをかけて料理する】
「あ、手伝います」
そして台所へと向かうアイリスに、新たに居候の一員となった彼女もパタパタと続く。
実に友達同士らしい雰囲気は何とも微笑ましく、雄也は口元を緩めながら二つの背中を見送った。そうしてから少し表情を引き締め、窓の外へと視線を移して空を睨みつける。
(しかし……イーナが加わってこちらは後二人。あちらは後一人、か)
ドクター・ワイルド側を含めて順調に数が揃っていってしまっていることに、この先への不安を胸に抱かざるを得ない。とは言え――。
(まあ、今はイーナの精神的なケアの方が先だな。新しい生活を始める訳だし)
そう結論すると雄也は意識して表情を和らげ、台所へと二人の様子を見に行ったのだった。
イクティナがゼフュレクスを討った正にその瞬間、巨大な爆発と共に地鳴りの如き音が鳴り響き、雄也はその音源を振り向いた。
すると、ゼフュレクスの座たるこの山のすぐ傍に双子のように聳える山から煙が巻き上がると共に、大規模な崩落が始まった。
(真翼人コルウス。復活したか)
未だ〈五重強襲過剰強化〉を使用した反動の影響が色濃い中、そのハッキリとした気配を感じる。いや、感じ取らされた、と言うべきか。
ドクター・ワイルドにその気があれば、それを隠すことなど造作もないことのはずだ。
間違いなく、雄也達に封印が解かれたことを知らしめようとしているのだろう。
しかし、この場ではそのことに気を回す余裕はなかった。
そもそも、その結果は最初から織り込み済みだ。六大英雄の一人を倒せなかったことについては無念極まりないが、終わってしまったことを悔やみ続けても仕方がない。
今この瞬間は目の前の後処理の方が大事だ。
「お父さん、お母さん」
徐々に砂の如き粒子と化して崩れゆくゼフュレクスの亡骸を背に、イクティナがそう呼びかけながら両親たるコラクスとペリステラの元へと近づく。
二人は既にクリアの魔法による拘束からは解放されていたが――。
「あ、ああ、ゼフュレクス様が……」
「守り人としての責務が……」
地面に両手と両膝を突き、呆然と呟くばかりで正常な様子ではない。
ゼフュレクスが息絶えたことで、その精神干渉からは解き放たれたはずなのだが。
「お父さん! お母さん!」
声を大きくして再度両親に呼びかけるイクティナ。
そんな彼女に、ようやく二人は顔を上げた。
「もう守り人であることに縛られなくていいんです。解放されたんですよ」
静かに言い聞かせるように言うと、コラクスとペリステラは表情を一変させた。
「ふざけるなっ!」
「……え?」
そして返ってきたのは罵倒の言葉で、イクティナは想定外の反応に頭が追いつかないという感じに呆けたような声を上げた。
「誇りある守り人の伝統が潰えたのだぞ!!」
「私達はこれからどうすればいいと言うの!?」
更に糾弾するように言う父親と、頭を抱えて悲嘆に暮れる母親。
「あ、う……」
その両親の反応に、イクティナは尚のこと戸惑った様子を見せて口を噤んでしまった。
「どうすればって、自由に生きればいいだけでしょ? 何言ってるの?」
そんな姉に代わり、アエタが呆れ気味に問いかける。
彼女もまた両親の態度が理解できないと言いたげな表情だ。
「自由に、だと? 簡単に言うな!」
対して、コラクスは急にアエタを振り返って睨み、そう一喝した。
「ひうっ」
と、刺々しい言葉をぶつけられ、彼女は驚いたように身を竦める。
いつもそういった言い方をされるのは姉ばかりで、自身には経験がなかったのだろう。
曲がりなりにも親である彼の険のある声色は、幼いアエタには厳し過ぎたようだ。
ジワリとその目に涙が浮かぶ。
「アエタ……」
そんな妹の姿を見て我に返ったようで、イクティナはすぐさま彼女の傍に寄った。
「うぅ、お姉ちゃん」
アエタはアエタで姉に縋るように、その背中に隠れる。
そうした反応は年相応と言うべきか。
どれ程、能力的に優れていても中身はやはり子供なのだ。
「守り人でなくなった私には、何の価値もない!!」
「挙句、国の守護者たるゼフュレクスを守ることもできなかった汚名を背負わされ、一生蔑まれていくのだぞ!? それどころか、自ら守護聖獣に仇なした者の親だと後ろ指をさされかねない! 好き勝手に生きられるものか!」
己の娘達のそうした反応を余所にペリステラは嘆きを繰り返し、コラクスは恐れを隠すようにそう声を荒げる。
その余りにも酷い理屈に、思わず絶句してしまうのも無理もないことだろう。
【何なの。この人達】
眉を軽くひそめながら作られたアイリスの文字やプルトナとメルクリアの表情を見る限り、彼女達もまた雄也と似た気持ちのようだ。
「いずれにせよ、もはや国王の沙汰を待つしか他にない」
「そうね。粛々と指示を受け入れれば……」
力なく諦めたように言う二人だが、どことなくそれに縋っているようにも見える。
(……いわゆる指示待ち人間って奴か)
特にイクティナ達の母親たるペリステラについては、生まれた時から己の意思を捻じ曲げられ続けてきたのだから、そういう精神に作り上げられてしまってもおかしくはない。
守り人の家系でないコラクスについて、恐らく生来の性格がそちら寄りなのだろう。
自由を尊ぶ傾向にあるのが一般的な翼人ではあるが、何ごとにも例外はある。
あるいは、そういう類の人間だからこそ、ペリステラの伴侶として選ばれたのかもしれない。他ならぬゼフュレクスによって。
いずれにせよ、こういう人間に自由は重い。たとえ自由を与えられても、休みを無理矢理取らされたワーカホリックの如く、身動きが取れなくなるだけだ。
そして、そんなコラクスは、妹に寄り添うイクティナを睨みつけながら口を開く。
「だが、それはそれとしても守護聖獣を殺した存在を身内に置いておく訳にはいかん。そうしなければ最低限の対面も保てなくなる」
彼はそこで一旦区切ると、わざとらしく強調するように一段低い声で更に続けた。
「勘当だ。二度と私達に顔を見せるな」
「お、お父さん」
「もはや父ではない!」
突き放すように言われ、イクティナは唇を噛んで俯いてしまう。
遠回しに言われるのではなく、直接的な言葉をぶつけられた衝撃は大きかったようだ。
「アエタ、帰るぞ」
「で、でも……」
消沈して口を噤んでしまったイクティナを全く無視して告げるコラクスを前に、アエタは逡巡するように姉を見上げ、それからペリステラに目を向けた。
どうやら母親に父親を止めて欲しかったようだ。しかし――。
「……先に戻っているから、別れを済ませておきなさい」
視線に応えて返ってきた言葉は暗に彼に同意の意を示すもの。
その上、それに対してアエタが何かしら文句を言う前に、二人は〈テレポート〉を使用してその場から去っていってしまった。
余りの対応に残された誰もが絶句し、少しの間沈黙が元守護聖獣の座を包む。
「……意外と堪えるものですね」
その静寂を破ったのは、イクティナの溜息交じりの声だった。
「しばらく前にユウヤさんに言われて以来、ちゃんと実力をつけたら自分から家を捨ててやるって思ってたはずなのに」
そう口にして再度嘆息する彼女の姿に、居た堪れない気持ちになる。
こればかりは人の心の話だ。そう何もかも理屈通りにはいかないだろう。
「何だかんだ言って血の繋がりは大きいし、何よりここは生まれ育った場所だろ? 簡単に割り切れるものじゃないさ」
むしろ容易く切り替えられるような者は人間味がなさ過ぎる。
「でも、勘当、かあ……」
「き、きっと、長年精神干渉を受けてたせいで混乱してるだけです。少しすれば、お父さんもお母さんも思い直してくれるはずですよ!」
ポツリと呟かれたイクティナの言葉に、アエタが必死な様子でフォローをする。
少々必死過ぎる感があるが……。
「確かに、ある程度は時間を置くべきかもしれないな。時間だけが解決してくれるものも世の中には結構あるもんだし」
実際、彼らは精神干渉によって守り人であり続けることだけを考え、それ以外何も考えずに生きてきたのだ。時が経てば自身の考えを取り戻すことができるはずだ。
しかし、そうは言いながらも雄也は、内心ではその場凌ぎの気休めにしかならないフォローだとも感じていた。
彼らの本質がどこまで行っても指示待ち人間に過ぎないのであれば、精神干渉から解放されたとしても結局のところは同じ判断を下しかねないからだ。
(この予想は外れて欲しいけど)
そうなる可能性は高いだろう。
アエタの先程の切羽詰まったような様子は、内心雄也と同じ考えだったが故の、それを否定しようとしてのものだったのかもしれない。
「……帰りましょうか。七星王国に」
今生活している場所はそちらなのでこれについては恐らく他意はないのだろうが、故郷にあって「帰る」という言葉を使ったことに少々痛ましく感じてしまう。
「イーナ……」
いずれにしても気落ちしているのは声色からして確かで、そんな彼女を気遣うようにプルトナが名前を呼んだ。
【こういう時は食べるに限る。私がイーナの好物を作って上げるから、学院長の家でご飯を食べていくといい。デザートにガムムスの実のパイもつける】
続いてアイリスが大真面目な顔で若干ずれた提案をする。
「あ、はは。ありがとうございます。けど、体は大丈夫なんですか?」
【料理を作るぐらいなら問題ない】
「ですか。じゃあ、お言葉に甘えちゃいます」
アイリスとの会話のおかげか、少し和らいだ表情を見せるイクティナ。
「じゃあ、帰りましょう」
声色も心なしか軽くなっている。持つべきものは友人と言うべきか。
そうして七星王国へ戻ろうと〈テレポート〉を使えるプルトナやメルクリアの傍にそれぞれ集まると――。
「お、お姉ちゃん!」
尚のこと焦ったようにアエタがイクティナを呼び止めた。
「アエタ、どうしました?」
「その、私は……私は、感謝してますからね! お姉ちゃんがゼフュレクスを倒してくれたこと! あれの世話なんかで一生を終えたくなんてなかったですから!」
「アエタ……」
「元々大人になったら出て行くつもりでしたけど、態々そうする必要もなくなって本当によかったって思ってます!」
「……貴女がそう言ってくれると、幾らか慰めになります。ありがとう」
声に熱を帯びさせるアエタに微笑むイクティナ。
この妹の存在は正に彼女にとっての救いだろう。
あの両親にしても真っ当な翼人らしいアエタが傍にいれば、あるいはまともになるかもしれない。
そんな仄かな希望をこのスッキリしない結末の中に垣間見ながら、雄也達は七星王国に帰ったのだった。
そして聖都テューエラでの戦いの翌日。
「と言う訳で、今日からイクティナも我が家に住むことになった」
隣に少し居心地悪そうに立つ彼女を背丈の関係で見上げながら、ラディアが告げた。
今までのことを思えば、ある意味恒例の展開ではある。
なので、それ自体はもう驚かないが……。
「えっと、寮を出るってことですか?」
「うむ。実はな……」
言いにくそうにラディアが言い淀む。と、イクティナが代わりに口を開いた。
「両親から魔法学院の授業料も寮費も払わないって言われちゃいまして。一応まだ猶予はあるんですけど、ラディアさんに相談したらこちらに、と」
その顔に浮かぶ表情は苦笑。
だが、言葉にされた内容は彼女にとっては追い打ちそのものだ。
口調からして内心の落ち込みが感じ取れる。
いよいよ以って後味が悪い。
「学院も辞めるんですの?」
「ええと、どうしようかと思って。今の力があれば賞金稼ぎをしながら通うことは可能でしょうけど、これだけの力があって通い続けるのも意味があるか……」
プルトナの問いかけに、迷ったように言葉を濁すイクティナ。
元々魔力制御を何とかすることが彼女の学院に通う主目的だったのだから、それを果たした今となっては確かに余り意義が感じられない。
「それを言うならワタクシ達もそうですわ」
【ん。私にしても、もう伴侶を見つけたし】
こちらを見上げながら文字を作り、腕を取ってピタリとくっついてくるアイリス。
マイペースな彼女なので素の行動なのか、イクティナの暗い気持ちを慰めるための道化染みた真似なのか判断がつかない。が、イクティナは後者と受け取ったようだ。
それを見て苦笑する彼女の表情は、先程までと少し質が違っていた。
どうにも、微妙に嫉妬や羨望も入り混じっている気がするが。
「ま、まあ、俺も大分この世界に慣れたしなあ」
そうしたイクティナの反応を前に、雄也は少し誤魔化し気味に他の面々に続いた。
「なら、もういっそのこと皆で辞めたらいいんじゃないかい?」
そこへフォーティアがそんな提案をする。
「……ふむ。まあ、実際もう魔法の扱いにおいては、お前達が学ぶべきことは少ないからな。むしろ今となってはメルやクリア辺りに教わった方が有用かもしれん」
と、ラディアが困ったような顔をしながらも同意するように頷いた。
「その選択も有りと言えば有りだろう。学院長としては少々複雑だがな。……だが、まだ少し夏季休暇はある。その間によく考えて決めるといい」
それから彼女はそう言うと、その場の全員を見回しながら改めて続ける。
「とにかくだ。そういうことだから節度を守って仲よくするように。いいな?」
「はい」【当然】「分かりました」「勿論ですわ」「『はーい』」
対して、雄也達はほぼ同時に了承の意を示した。
「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします!」
誰一人異論なく歓迎する様子に、イクティナが嬉しそうに頭を下げる。
ここで拒絶する者など、この中にはいようはずがない。が、雄也達の反応は両親から勘当された彼女にとって喜ばしいことだったようだ。
【じゃあ、今日も腕によりをかけて料理する】
「あ、手伝います」
そして台所へと向かうアイリスに、新たに居候の一員となった彼女もパタパタと続く。
実に友達同士らしい雰囲気は何とも微笑ましく、雄也は口元を緩めながら二つの背中を見送った。そうしてから少し表情を引き締め、窓の外へと視線を移して空を睨みつける。
(しかし……イーナが加わってこちらは後二人。あちらは後一人、か)
ドクター・ワイルド側を含めて順調に数が揃っていってしまっていることに、この先への不安を胸に抱かざるを得ない。とは言え――。
(まあ、今はイーナの精神的なケアの方が先だな。新しい生活を始める訳だし)
そう結論すると雄也は意識して表情を和らげ、台所へと二人の様子を見に行ったのだった。
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