【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十八話 隔絶 ③魔動技師の意地

    ***

「お姉ちゃん……」

 その不安げな姉の呟きに、絶望的な力の差と死への恐怖に慄いていたクリアは我を取り戻した。そして、主人格となった彼女の視覚を通して外界の様子を確認すると、パラエナと対峙するアイリスの姿があった。

「そこの、兄だの姉だのに甘えていればいいと思っているお子様と違って、貴方は楽しませて欲しいものねえ」

 緊張感が漂う只中、パラエナが視線をこちらに寄越して嘲笑の気配と共に言う。

「う……く」

 その言葉にメルは悔しげに奥歯を噛み、クリアもまた自分自身の弱さに腹が立った。
 結局まだ自分達は庇護される立場にしかないのか、と。
 恐怖に竦んだことも恥としか言いようがない。

(私だって兄さんの役に立ちたいのに)

 勿論それは強迫観念的な代償としての意図はなく、ただ彼のことが大切だからだ。
 だから、相対する二人を視界に収めながら、今自分にできることを必死に考える。

「さあ、始めましょお。かかってきなさあい」

 そうこうしている間に、戦いの火蓋が切られた。

【言われなくても!】

 余裕を見せるように言って待ち構えるパラエナに応じ、アイリスが空中に浮かべた文字を投げつけながら正面から突っ込む。
 それを前にパラエナは呆れたように肩を竦めた。

「真正直は、戦いでは欠点に――っ!?」

 そして嘲るように苦言を口にする途中、パラエナを始めとしたクリア達の想定を裏切ってアイリスは突如として急加速し、軌道を急激に変えた。
 その速度は〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉状態にあるユウヤに匹敵する程だった。

「す、凄い。…………けど」

(アイリス姉さん、このままじゃ駄目だわ)

 その様子を目にしてクリアはそう思った。メルも同じ考えのようだ。
 いくら真獣人ハイテリオントロープ形態を得たとしても、それだけでユウヤのあの状態と同等になれるはずがない。恐らくは〈アクセラレート〉系列の魔法で底上げしているのだろうが、確実に限界以上の強化を施している。
 あれでは体が持たない。長くは続かない。

『姉さん、アイリス姉さんを助けないと!』
『う、うん。でも、今のわたし達には、力も、技もないから…………こうなったら、あれを使うしかないよ。溜めに時間がかかるけど』
『分かってるわ』

 図らずもアイリスが時間稼ぎをしてくれている。
 だからこそ、選び取れる方法が一つだけある。

『私達の頭脳でパラエナに一矢報いてやるのよ!』
『……うん。やろう』

 クリアの強い言葉に決心したように同意を示すメル。
 そして、クリア達はその術を実行するため、姉と声を重ね――。

『『来て、アサルトレイダー!』』

 ユウヤにお願いして譲り受け、二人で改造を施した魔動器。純白の装甲を纏った巨大な馬の如きそれを呼び出したのだった。

    ***

「へえ、中々やるじゃないのお」

 己の限界を超えた身体強化。〈エクセスアクセラレート〉状態にあるにもかかわらず、アイリスの速度に対する認識を改め、変化させた軌道を容易く目で捉えてくるパラエナ。
 相手があくまでも六大英雄である事実を突きつけられ、心の内に焦りが生じる。

(私に出せる全力なのに)

 そんなアイリスを嘲笑うかの如く、超高速の世界の中で彼女と視線が合ってしまう。
 まるで道具の性能を確かめているかのようだった目が、楽しげに歪められている。
 多少なり実力があると認められたようだが、正直嬉しくはない。

(もっと、もっと変則的にしないと)

 単純な速さはこれ以上にはできない。時間制限もある。
 その中でパラエナの目をかい潜らなければならないとすれば――。

(〈チェインスツール〉!)

 心の中で魔法の名を唱え、アイリスは自分自身とパラエナの周囲に無数の足場を作り出した。そして、それを踏んで軌道の変化をさらに大きくする。
 上下の動きを加え、立体的で複雑なものへと変えていく。
 ここまでしてようやくパラエナの目を僅かばかり上回ることができたようで、彼女の目線から逃れられるタイミングが生じ始めた。

「〈オーバーアクアスフィア〉」

 しかし、その程度で攻撃の決定的な隙となる程、六大英雄は甘くはなかった。
 静かに響く言葉と共にパラエナの体から水が溢れ出し、アイリスが飛び回る空間全てを潰さんとするように彼女の周囲を水で満たし始める。

(っ! まずい!)

 球状に拡大していく水球を前に、アイリスは急制動と急加速を連続してそこから逃れた。
 万が一にも中に囚われては詰みだ。
 水中では水棲人イクトロープには決して敵わないのだから。
 そうでなくとも敵が作り出した領域に突っ込むなど愚の骨頂だ。

(くっ)

 単純に後退するだけでは逆に隙を晒すだけ。だから、変則的な軌道を保ち続けるが、負担が大きく思わず表情が歪む。

(逃げてばかりじゃジリ貧。あの水球を突破しないと)

 体が限界を迎える前に、この苦境を打破しなければならない。

(そのためには……)

 アイリスは捕捉されないために動き続けながら、その方法を脳裏で組み立て――。

《Twindagger Assault》
《Final Twindagger Assault》

 両手に短剣を一本ずつ作り出すと同時に、その刀身にメルとクリアを助ける前に既に収束しておいた魔力を解放させた。

(断ち切って一気に!)

 そしてアイリスは、さらに肥大化して迫って来る水球へと逆に突き進み、接触する直前に二本の短剣の内の一方を振るった。
 真獣人ハイテリオントロープとしての力が十二分に込められた一撃。それは水球を真っ二つにし、それによって水の領域は形を維持できずに地面を激しく濡らす。

(勝負!)

 そのままアイリスはパラエナへと接近し、残る一方の短剣で切りつけようとした。

「まだ甘いわねえ」

 強大な魔力を帯びた刃は、しかし、パラエナには届かなかった。
 何故なら、彼女が手に持っていた弓状の武装によって受け止められていたからだ。
 現状では最適解だったはずの一撃を容易く防がれ、内心で愕然とする。
 やはり彼我の戦力差は目に余る程大きい。

「一撃離脱がお好みかしらあ?」

 直後、パラエナは少し楽しげに言いながら弓に込める力を絶妙に変化させ、アイリスの短剣を弾き飛ばした。
 その衝撃でバランスを崩しそうになり、咄嗟に後方へと飛んで体勢を立て直そうとする。

「この武装を前にそれは愚策ねえ」

 と、パラエナは弓を構え、群青色に輝く魔力の矢を番えてアイリスに狙いを定めた。かと思った時には矢は放たれ、眼前に迫り来る。
 対してアイリスは何とか残る方の短剣を合わせ、ギリギリで軌道を逸らした。

(戦いの流れの中、あの僅かな時間で狙いをつけて正確に頭を撃ってくる技量。凄まじい)

 今の自分とパラエナと間にある力の差を強く思い知らされる。
 それでも曲がりなりにも生き延びることができている自分が、かつての自分とは大きく隔絶した位置にあることも実感する。リスクある身体強化を使っているとは言え。

(けれど、もう限界が近い。届かない。どうすれば……)

《Twindagger Assault》

 失った武装を再生成して構えを取りながら次なる策を考えるが、全く以て頭に浮かんでこない。正直手詰まりだ。

「あらあら、もう終わりかしらあ?」

 そんなアイリスの中の閉塞感を感じ取ってか、パラエナは煽るように言いながら再び弓を構えた。正にその次の瞬間――。

『アイリスお姉ちゃん!』『アイリス姉さん!』
『『左に避けて!』』

 脳裏にメルとクリアの声が響き、アイリスは言われるがままに左に飛んだ。

「『イリデセントアサルトカノン!!』」

 と、ほぼ同時にメルとクリアの重なった言葉が耳に届き、強大な力を帯びた六色の輝きが直前までアイリスがいた空間を突き抜けてパラエナに襲いかかった。
 発生源は巨大な大砲の如く変形したアサルトレイダー。絶大な威力を示すかのように各部から排熱の煙が生じている。
 対してパラエナは迫る巨大な光球へと魔力の矢を解き放ったが……。

「っ! まさかっ!?」

 六つの属性の色を持った光は、その反撃を飲み込んでパラエナへと突き進んでいく。

(いくら六大英雄でもこれが直撃すれば――)

 そこから感じられる凄まじい力の気配に戦慄しつつ、期待と共に目を凝らす。

「はああああああああああああっ!!」

 それを前にパラエナは初めて余裕をなくし、常人ならばそれだけで失神しそうな叫びを振りまきながら弓を剣の如く振るってそれに叩きつけた。
 常識外の力と力のぶつかり合いに眩い光が放たれ、同時に強烈な衝撃波が周囲を駆け抜けていく。
 その間にアイリスはメルとクリアの傍に寄り、そこで敵の様子を注視した。
 やがて光が収まると――。

「ああ……久し振りねえ。この痛み、素晴らしいわあ」

 腕の装甲の一部が破壊されている様を、恍惚としたように眺めるパラエナの姿があった。
 あれ程の力を受けて尚、その程度のダメージに留まっている現実に愕然としてしまう。

「やればできるじゃなあい。単なる甘えん坊のお子ちゃまじゃなかったようねえ」

 パラエナは、それから心底楽しそうにメルとクリアを称賛する。

「……そろそろ時間だし、今日のところは合格としておくわあ。けれど、次は小道具に頼らずにこれぐらいの力を出せるようになっておくことねえ」
「時間?」

 パラエナの言葉に、訝しげに問いかけるメル。
 それに彼女が何かしら答える前に、突如として大地が鳴動を始め、獣人王の爪痕から琥珀色の強烈な光が天へと昇っていった。

    ***

「時間切れか。興が乗ってきたところだったが……貴様の強化も限界のようだな。丁度いい頃合いかもしれん」

 激しい揺れと眩い光が空を貫く中、ラケルトゥスが構えを解いた。
 完全に戦意を消した彼の姿に、雄也もまた拳を開いた。そうしながらメル達の方を見る。
 彼女達はアイリスの救援が間に合ったおかげで生き永らえたようだ。

(くそっ……情けない)

 心の底から安堵すると同時に、そう強く思って一度開いた拳を握り締める。
 そうしている間に立ち昇った光と揺れは収まり、一つの強大な気配が地割れの奥底に生じた。その直後――。

「なっ!?」

 先の強い地震よりも遥かに大きな振動が発生した。それと同時に獣人王の爪痕が崩壊を始め、大地の裂け目が広がっていく。
 その侵食は早く、雄也達が立っている場所にまで及びそうになった。

(ここにいるのはまずい!)

《Change Phtheranthrope》
「〈エアリアルライド〉!」

 だから、雄也は翼人プテラントロープ形態へと変じると、最も危うい位置にいたプルトナのところへと翔けた。そのまま彼女を抱き上げ、崩壊から逃れようと獣人王の爪痕から離れる。
 メルクリアについてはアイリスが抱えて魔法で足場を作って退避しているのを確認できたが、プルトナは属性的に崩落に巻き込まれかねなかった。
 そうして全員一ヶ所に集合し、改めてその現象の全容を見る。

【古代獣星テリアステリ王国の痕跡が……】

 その様を見てアイリスが呆然と文字を浮かべながら肩を落とした。恐らく、獣人テリオントロープにとってそれは獣人テリオントロープの力の象徴のようなものだったのだろう。
 やがて大地の鳴動が静まり、崩壊が止まる。
 巨大な裂け目は見る影もなく、奈落へと繋がる大穴のようになっていた。
 底がまるで見えない。

「フゥウーハハハハハッ!! 未熟未熟!」

 と、突然上空から馬鹿笑いと共に、この事態の首魁たる男が降りてくる。

「ドクター・ワイルドッ!!」
「もう少し気張って欲しいところであるな」

 雄也を見下ろしながら嘲笑うドクター・ワイルド。

「貴方もその話し方はなんなのお?」
「話し方は気にするな、であーる」

 その背後にパラエナを始めとした六大英雄が一人ずつ立ち並ぶ。そして最後に、狼の如き特徴と女性的な起伏を持った見覚えのない存在が現れる。

「お前は――」
「紹介しよう。六大英雄が一人、真獣人ハイテリオントロープリュカである!」

 ドクター・ワイルドの言葉に応じて、彼女は無言のまま前に進み出た。

「……アサルトオン」
《Evolve High- Therionthrope》

 そして小さな声に続いた電子音を合図に、その全身が琥珀色の装甲で包まれていく。
 変身した姿はアイリスと似て、しかし、装甲の各部がやや鋭角だった。

「ワタシの相手は?」
「見て分かるでしょお」

 感情を排したような堅苦しい問いかけに、パラエナが呆れたように答える。

「強いかどうかを聞いている」
「貴方、相変わらず言葉が足らないわねえ。けど……まあ、そうねえ。ちょっと味見したけど、悪くはないと思うわあ」
「そうか。楽しみだ」

 機械的な抑揚の乏しい声色とは裏腹の言葉を、アイリスを見据えながら口にするリュカ。
 他の英雄達と同じように戦闘狂の気があるのかもしれない。

「リュカ、そう逸るな。今日はここらでお開きである」
「了解」

 リュカは上官の言葉を聞くように短く言うと、一歩引き下がった。

「次は三日後、翼星プテラステリ王国。六大英雄が一人、真翼人ハイプテラントロープコルウスを復活させる!」

 代わりに前に出たドクター・ワイルドが、演技染みた身振りと共に高らかに告げる。
 しかし、雄也達は咄嗟に反抗することができずに俯くことしかできなかった。
 防がなければならないと頭では理解しているのだが……。
 六大英雄との余りの力の差を考えれば、封印解除を妨害することは困難だ。

「おやおや、自信喪失であるか? それは困るのである。貴様らには役目を果たして貰わなければならないのだからな」
「か、勝手なことを」
「勝手ではない。嫌ならば来なくとも別に構わないのである。ただ、その時は翼星プテラステリ王国の人間が一人残らず死ぬだけだがな」
「貴様っ!」

 その唾棄すべき脅しには、さすがに力の差も忘れて激昂する。

「ふっ、多少はやる気も出たようであるな」

 対してドクター・ワイルドは楽しげに言うと、人差し指を雄也達の後方へと向けた。
 直後、その指先から一筋の光が走り、背後で何かが爆発する音が響く。

「では、待っているぞ。〈テレポート〉」

 どうやら彼が破壊したのは転移妨害の魔動器だったらしい。
 そして彼は、言いたいことだけを言って姿を消した。
 他の六大英雄達も続々とその後に続いていく。

「精々私達の踏み台として相応しくなることねえ」

 最後にパラエナが冷たい笑みを声色に湛えながら転移していく。
 雄也達はそれを、無力感に苛まれながら見送ることしかできなかった。

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