【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十八話 隔絶 ①土の封印の地で

 空を翔け、事前にオヤングレンから教わった封印の地を目指す。
 その場所は獣人王の爪痕と呼ばれる巨大な大地の裂け目。
 かつての戦争で当時の獣星テリアステリ王国国王が繰り出した一撃によって生じたとされるものであり、封印はその奥底にあると聞き及んでいる。
 そんな場所へと空から接近していくと――。

「お兄ちゃん、こっち!」

 既にそこでスタンバイしていたメルクリアがこちらを見つけ、大きく飛び跳ねながら手招いた。口調と動きからして表に出ているのはメルのようだ。
 魔力を感知してすぐに〈テレポート〉で先行していたのだろう。

「ユウヤ、遅いですわ!」

 そんな彼女の隣に降り立つと、すぐ傍にいたプルトナが焦り気味に言う。

「悪い。魔力の気配は?」
「数は三。属性は火、水、闇。間もなく視認できるはずですわ」

 雄也の問い対し、彼女はメルとクリアが作った探知用の魔動器を利用して答えた。
 これは既存のものとは異なり双子によって改良を加えられているため、超広域の探知が可能となっている。その分かなり肥大化しているが、〈アトラクト〉を使えば問題ない。
 敵を迎え撃つ準備は当然それだけに留まらず、転移阻害の魔動器も起動している。
 だからこそ、彼らは直接この場に〈テレポート〉してこないのだ。

(つまり、メルとクリアの魔動器なら奴らの転移を阻害できるって訳だ)

 以前、魔星サタナステリ王国で発生した七・一九事変において転移妨害などお構いなしに王の寝所に侵入されたことを考えれば、格段に技術が進歩したと言えるだろう。

「六大英雄の内、封印を解かれた三人か」
「ええ、恐らくは」
真魔人ハイサタナントロープスケレトス。真龍人ハイドラクトロープラケルトゥス。真水棲人ハイイクトロープパラエナ、だね」
『属性も合致してる。間違いないわ』

 雄也の言葉に答えながら、それぞれ警戒を顕にして空を睨みつける。

(三人……だけか)

 全ての元凶と思って間違いない肝心な相手の気配がない。
 そのことに一瞬気を取られていると――。

「っ! 見えましたわ! 戦闘準備!」

 一段大きな声でプルトナに注意を促され、雄也は思考を打ち切った。

「分かった。……メル、大丈夫か?」
「う、うん」
『姉さん、落ち着いて』

 緊張した様子のメルにクリアがそう声をかけると、メルは妹の言葉に応じるように頷いて雄也に似せた構えを取った。それに合わせて雄也とプルトナもまた構える。

「「「『アサルトオン!』」」」

 そうしながら四人、声を重ねて叫んだ言葉を合図に、強大な魔力が励起していく。

《Change Drakthrope》
《Evolve High-Ichthrope》
《Evolve High-Satananthrope》

 次いで電子音が鳴り響き、魔力の光がMPドライバーとMPリングから溢れ出した。
 雄也は火属性の真紅。プルトナは闇属性の漆黒。メルクリアは水属性の群青。
 さらにそれぞれの全身を同色の装甲が覆っていく。
 敵の属性の構成と全く同じ火と水と闇。これは当然意図的なものだ。
 相手は雄也達以上の実力者。であれば、同じ属性で攻撃の威力を減衰させなければ対抗することも難しい。必然、雄也は真龍人ハイドラクトロープラケルトゥスと、プルトナは真魔人ハイサタナントロープスケレトスと、メルとクリアは真水棲人ハイイクトロープパラエナの相手をすることとなる。
 しかし、勿論それだけではジリ貧になるだけだ。時間稼ぎが有効な場面でもない。
 だから、属性を変更できる雄也が隙を突いてラケルトゥスを倒さなければならない。
 この場で勝利できる可能性はその一点しかない。

(正直、分が悪い賭けだろうけど)

 当然、遠方から迎撃を狙う選択肢も考えた。
 だが、回避される確率の方が高く、下手をすれば反撃を受けて乱戦になりかねない。それでは前提条件すら整えられそうにないため実行しなかった。
 彼らは雄也達に何らかの役割を課しているようなので、初手から先手を取って殺しにかかってくることはないだろうと予想してのことでもある。

(来たっ!)

 そして目の前に三つの影が降り立つ。
 見覚えのある人の形をした黒に加え、ドラゴンを人型にしたような大男と、鯱の特徴と女性的な起伏を持った存在が視界に映る。
 真魔人ハイサタナントロープスケレトス、真龍人ハイドラクトロープラケルトゥス、真水棲人ハイイクトロープパラエナで間違いない。
 まだ力を解放していないにもかかわらず、強烈な存在感を叩きつけられて肌が粟立つ。
 特に初めて六大英雄を目の当たりにしたメルは、尚のこと体を強張らせてしまっていた。
 雄也やプルトナもまた軽はずみには動けず、刹那の静寂が訪れる。
 それを破るようにスケレトスが一つ咳払いをしてから告げた。

「久し振りだな。あれ以来、我らが玩具として多少なり相応しくなったか見せて貰おうか」

 相変わらずの仰々しい物言い。
 六大英雄の名に見合った態度と思えるが、しかし、それに対して彼の隣にいた真水棲人ハイイクトロープパラエナは何故か腹を捩り始めた。

「スケレトス、なあに、その変な演技。私を笑い殺したいのお?」

 特徴的な間延びした口調は、むしろ声に滲んだ嘲りを強めている。

「しかしだな。曲がりなりにも英雄などと呼ばれているなら相応の言動というものが――」
「バッカじゃないのお? 私達にそんな余計なもの必要ないじゃなあい。強者であれば自然と畏怖されるものでしょお?」

 マイペースに持論を展開するパラエナ。
 そんな彼女の姿に、横からラケルトゥスが嘲笑と共に口を開く。

「貴様は強者ではなく狂者だったが故に恐れられていたのだろうが。狂戦士だと我が国にもその名は轟いておったわ」

 闇色一色のスケレトスとは異なり、龍の特徴を持った赤々とした大岩のような姿を持つ彼の重々しい口調は違和感がない。

「失礼ねえ。私はただ純粋に強さを求めて戦い続けていだけ。そうしたら、いつの間にかそう呼ばれていただけよお。心外だわあ」
「はっ、戦った相手を尽く殺しておいてよく言うものだ」
「本気の戦いにはつきものじゃなあい?」

 ラケルトゥスの言葉に口の端を吊り上げるパラエナ。
 鯱の如き特徴が顔にも現れているがために口が大きく裂け、より禍々しい笑みに見える。
 その姿は強さ以上に異様さを感じさせ、忌避に近い恐れが心に生じた。

(メルとクリアには厳しい相手か?)

 最初の敵としては色々な意味で強烈過ぎる。

(けど――)

 だからと言って作戦変更は難しい。
 他の相手は相性的に条件がより厳しいのだから。
 互いにダメージが増す火属性のラケルトゥスは余りに危ういし、プルトナと交代して二人共ダメージ減退の利点を捨てるのも好ましくない。

『メル、クリア。何とか耐えてくれ』

 だから、不安や心配を飲み込んで、そう頼むしか術がなかった。
 甘い判断は致命的なミスを生みかねない。

『だ、大丈夫。やれるよ』
『兄さんこそ気をつけて。あの真龍人ハイドラクトロープも相当ヤバそうだわ』
『……ああ、分かってる』

 そうして双子との〈クローズテレパス〉を終えると――。

「さあ、早く始めましょお」

 待っていたかのようにパラエナが歪んだ笑みを見せて口を開く。

「解放されてからこっち、お預けばかりで溜まってるのよお」

 そして彼女は興奮したように息を荒げた。
 まるで禁断症状を引き起こした薬物中毒者だ。

「くっ、この戦闘狂が!」

 その姿を嫌悪するように吐き捨てたのは何故かスケレトス。取り繕った声色ではないこれこそが彼の素なのだろうが、決して味方に向けるものではない。

「貴方も似たようなものじゃなあい」
「同族嫌悪という奴だな」

 スケレトスを馬鹿にするようなパラエナの物言いに、ラケルトゥスは自分自身も不快そうにしながらも続いた。

「俺はそこまで節操がなくはない。同胞を殺すような真似をするものか」

 対してスケレトスは苛立ったようにそう返す。

「……何だ、こいつら。仲間じゃないのか?」

 襲撃に来ていながら目の前で諍いを始めた彼らの姿に、思わずポツリと自問が口を出た。

「私達はあ、一つの目的のために手を取り合っているに過ぎないのよお」
「その通りだ。そうでなくば、このような者と共に戦う道理はない」

 雄也の問いに答えたパラエナを睨みつけながら、ラケルトゥスはフンと鼻を鳴らした。

「言ってくれるわねえ。ああ、本当に貴方達との殺し合いが楽しみだわあ」

 対してパラエナはニヤニヤとしながら返し、それからグルンとこちらに目を向けた。

「けど、その前に今はすべきことをしないとねえ」
「ああ。俺達は歓談に来た訳ではないのだからな」
「後顧の憂いなく俺達の決着をつけるためにも」
「さあ、今度こそ見極めてあげるわあ。私達の玩具ちゃん達い!」
「「「アサルトオン」」」

 そして、彼らは同時に雄也達と同じ言葉を告げ――。

《Evolve High-Satananthrope》
《Evolve High-Drakthrope》
《Evolve High-Ichthrope》

 やや低く重苦しい電子音が鳴り響く中、これもまた雄也達と同じように彼らは装甲に全身を覆われた。色は当然スケレトスが漆黒、ラケルトゥスは真紅、パラエナは群青だ。

『プルトナ、メル、クリア。打ち合わせ通りだ。いくぞ!』
『ええ!』『うん!』『分かってるわ!』

 彼女達の変身とほぼ同時。
 彼らが完全に体勢を整えてしまう前に、全員が地面を蹴って己の相手へと突っ込む。

「ほう。俺の相手は貴様か」

 元々互いの信頼関係などない様子の彼らだ。
 連携しようという意思は欠片もないらしい。
 雄也だけを見据えながら一対一の戦場を作るように後退するラケルトゥスと同様に、スケレトスやパラエナもまた接近してきた相手とだけ対峙している。
 だが、それは彼らの関係性以前に、己の力に自信があるということに他ならない。
 言わば、脅威の証だ。
 それでも、こちらの思惑通りではあるのだから一先ず好都合と考えておくべきだろう。

「同じ属性をぶつけるとは、短絡的だな」

 ラケルトゥスの嘲弄は黙殺し、雄也は拳を構えて一歩を大きくした。

《Gauntlet Assault》
《Convergence》

 そして攻防一体のミトンガントレットを両腕に生成し、魔力の収束を同時に行いながら先制攻撃を仕かける。

「〈ヒートヘイズフィギュア〉」

 対してラケルトゥスは初っ端から魔法を発動させた。
 直後、雄也の背後にラケルトゥスの魔力の気配が発生し、一瞬気を取られてしまう。
 しかし、それは囮に過ぎない。
 人の形をした気配であろうと、彼が作り出した虚構に過ぎないのだ。
 その魔法は以前雄也自身も使用したことがあるから分かる。
 とは言え、英雄とも呼ばれた相手を前に、僅かたりとも意識を逸らしては隙を見せているのと同じだ。雄也の拳は容易く回避され――。

「がはっ!!」

 姿勢が崩れたところを蹴り飛ばされてしまう。

「〈エクスプロード〉」

 さらに雄也が体勢を立て直す前に周囲を爆炎と煙によって覆われる。
 同じ火属性である以上ダメージは少ないが、ラケルトゥスの意図はそこにはなかった。

「〈ヒートヘイズフィギュア〉」

 複数の気配が煙幕の中に発生し、敵の位置を把握できなくなってしまう。

「〈ダイレクティブエクスプロード〉!」

 対して雄也は、咄嗟に一方向にのみ爆風を発生させ、強制的に煙を晴らそうとした。
 が、それを果たす前に背中から衝撃を受け、前方へと倒れ込みそうになってしまう。

「っ! 〈ダイレクティブエクスプロード〉!」

 完全に地面に叩きつけられる直前、さらに爆風を作って無理矢理姿勢を変える。
 そうして体勢を立て直し、すぐさまラケルトゥスへと向かっていく。

「はああっ!!」
《Final Arts Assault》
「クリムゾンアサルトバースト!」

 そのまま蓄えた魔力を解放し、拳に全ての力を乗せて叩きつけようとするが――。

「甘いな」

 恐らく回避も容易かっただろうに、ラケルトゥスは力の差を誇示するようにその攻撃を真正面から受け止めた。そして腕を捻り、押さえ込んでくる。

「くっ、離せ!」

 何とか振り解こうとするが、ガッチリとホールドされて身動きが取れない。
 そんな雄也に対し、ラケルトゥスはあからさまに落胆の溜息をついた。

「浅はかだな。同じ属性なら一日の長がある我らに敵うはずがあるまい」
「ぐっ」

 体を締めつける力が強められ、雄也は苦悶の声を上げた。

「この程度では期待外れと言わざるを得んな。見ろ。パラエナは早速見限ったようだぞ」

 無理矢理向きを変えられ、視界に片膝を突いた状態で真水棲人ハイイクトロープパラエナと対峙するメルクリアの姿が映る。
 正にその次の瞬間、パラエナから強大な魔力が励起した。その余りの威圧感を前に、離れた位置にある雄也でさえ一瞬思考を麻痺させられてしまう。
 目の前にいたメルクリアは尚のことで、酷く怯えた様子で後退りしていた。

「メル! クリア!」

 二人の危機を前に、今もパラエナから感じる圧迫感は振り切って叫ぶ。
 さらに身を乗り出そうとするが、ラケルトゥスに押さえ込まれたままで動けない。

「本当に堪え性のない奴だ。パラエナは。まあ、相手を殺してしまってもワイルド・エクステンドが新たに代替品を作るだけであろうがな」
「ふ、ざけるな。させるかっ!」
「できるのか? 今のお前に」

 見下すように言うと共に尚更締めつけを強めるラケルトゥス。

(何とか、しないと)

 全く身動きが取れない中、雄也は視線を己の左手に向けた。

(切り札を切るしかない)

 そして、そこにはめ込まれた黄金色の腕輪を起動させる。

《魔力ノ急速収束ヲ開始シマス》
《Change Therionthrope》《Convergence》
《Change Drakthrope》《Convergence》
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
《Change Ichthrope》《Convergence》
《Change Satananthrope》《Convergence》
《Change Anthrope》《Maximize Potential》
「〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉!!」
「むっ!?」

 瞬間的に力を解放し、無理矢理に拘束を振り解く。
 急激な身体能力の変化は、流石のラケルトゥスも想定外だったようだ。
 そして雄也はメルとクリアを助けるため、そのままパラエナの方向へと翔け出した。

「成程、出力はそこそこあるようだな」

 しかし、彼女達の元へと辿り着くことは適わず、早々にラケルトゥスに進路を塞がれる。

「どけえっ!」
《Heavysolleret Assault》

 それでも速度を緩めるようなことはせず、雄也は最高速から巨大な鉄靴ソルレットで覆われた右足で蹴りを繰り出した。
 が、それに応じるようにラケルトゥスもまたパラエナを凌駕する程の力を解放し――。

「ふっ!!」

 何の変哲もない単純な殴打によって、雄也の攻撃の威力を完全に相殺してしまった。

「成程、力はそれなりにあるようだ。だが、致命的に技が足りん」
「うるさい!」

 今はそれどころではないと、ラケルトゥスを目前から排除するためにひたすら攻撃を繰り返す。しかし、彼の言葉の正しさを示すように、一撃たりとも届かない。

(くそっ、メル、クリア)

 一瞬彼女達に視線を向け、今正にパラエナの攻撃が繰り出されようとしている様を目の当たりにするが、即座にラケルトゥスが攻撃を仕かけてきて目線を戻される。

「余所見をする余裕があるのか?」

 拳と蹴りを織り交ぜた流れるような乱打を前に、しかし、〈五重クインテット強襲アサルト強化ブースト〉状態にあることで先程までよりは多少なり対応できるようになっている。力の差は縮まっている。
 だが、それだけで届かない。時間制限もあるというのに。

「さあ、もっと楽しませてくれ」

 余裕を見せるように嘲笑うラケルトゥス。

「くっ」

 それを前にして雄也は焦りを募らせながら、しかし今は敵の攻撃をひたすら凌ぎ続けることしかできなかった。

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