【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十七話 対策 ④アイリスの故郷、そして父

 獣人テリオントロープが大部分を占める国、獣星テリアステリ王国。
 その首都たる王都クテーノスは、広大なサバンナの中心にある活気に溢れた都だ。
 中でも輪をかけて賑やかな市場などは、初めて見た者は引くぐらいのものだ。
 誰も彼もが躁状態にあると言ってもいい。
 これは、獣星テリアステリ王国が生命力と相性のいい土属性の魔力が濃い土地にある影響らしい。
 特に魔力が低い者は、言わば魔力酔いのようなこの状態になり易いとか。
 逆に、実力主義に裏打ちされた力を持つ王族などはそうした影響は少なく、政治までもが熱に浮かされたようになる心配はないとのことだ。

(これがアイリスの故郷、か)

 全体を眺めると、元の世界で言う古い中東的な雰囲気がある。
 色で言うなれば正に土色。建築物の壁の色が大体そんな感じだ。
 だが、乾いた印象を受ける見た目に反して、作物は多種にわたって育ち易いらしい。
 その辺りは魔力が存在する異世界特有の植生という奴だろう。何せ、ほとんど水がなくとも枯れることなく豊かに実るというのだから、その異常さが分かろうというものだ。

【ユウヤ】

 外の景色に少し意識を取られていると、視線の先にそう文字が浮かび、隣から手をくいくいと引っ張られた。その主は隣を歩いているアイリスだ。
 雄也達は今、オヤングレンの協力で約束を取りつけ、国王との謁見のために獣星テリアステリ王国を訪れていた。予定通り、婚約を報告し、魔力吸石を融通して貰うためだ。
 さすがに謁見にメイド服はおかしいので、今日の彼女は魔法学院の制服姿。
 タイミングを見計らって本題を伝えるために、首輪は雄也の闇属性の精神干渉で見えなくしている。外すだけでもよかったのだが、アイリスが嫌がったためこうなった。
 基人アントロープのままとは言え〈Convergence〉状態で闇属性の魔力を収束し続けているので、恐らく一般的なダブルSが相手ならこの程度の干渉は通用するはずだ。

(バレたら不敬罪もいいとこだよなあ。一応来る前にオヤッさんで試して大丈夫だったから、バレはしないと思うけど)

 何はともあれ、来訪目的の主なところはそれだ。
 しかし、予告された襲撃への備えも勿論しなければならない。
 なのでフォーティアやプルトナ、メルとクリアも一緒にこの国を訪れている。ただ、謁見はアイリスと二人だけということで、城下町で待って貰っている。
 そんなこんなで少々心細く思っているのか、あるいは他の面々の目がないからか、彼女は王城に入るとすぐに手を繋いできて、現在もそのままだった。
 案内の人間は目の前にいるにもかかわらず。

「こちらからどうぞ。王がお待ちです」

 そうして、淡々と職務を全うした案内役の彼に促され、謁見の間に入る。
 さすがに一歩踏み入れた段階で繋いだ手は離して。
 それからアイリスに倣って中央付近まで歩み出る。
 視界に映る奥の玉座には、正にオヤングレンに似た顔立ちの獣人テリオントロープ
 彼こそ、獣星テリアステリ王国の国王にしてアイリスの父親であるティグレー・ウィスタリア・テリオンで間違いない。
 ただ、外見的にはアイリスとは余り似ていない。恐らく彼女は母親似なのだろう。
 オヤングレン共々割とごついので、言っては悪いが、似なくてよかったと心底思う。
 それはともかくとして、謁見の間には他にも親族と思しき獣人テリオントロープが数名いた。
 しっかりした服装を見る限り、七星ヘプタステリ王国で言う相談役や大臣のような立場にある者達かもしれない。しかし――。

(何だか、嫌な温度差があるな……)

 ニュートラルな表情の国王とは対照的に、周りに侍る彼らは一様にアイリスを見下している。
 それを感じて、雄也は片膝をついて頭を下げるアイリスを真似ながら伏せた顔を一瞬しかめた。
 とは言え、この場でそんな顔を続けている訳にもいかないので、意図的に表情をなくして俯きながらアイリスの様子を窺う。
 一応最低限の礼儀作法は学んだつもりだが、この短期間では所詮つけ焼刃。後はアイリスの動きをトレースして誤魔化すしかない。
 もっとも獣星テリアステリ王国は実力主義の傾向が他国よりもさらに強いため、強者であれば割と我を通して構わない部分があるそうだが。

「顔を上げよ」

 と、玉座から国王ティグレーが重々しく言葉をかけてくる。が、彼はすぐに王の威厳を纏った無表情を崩し、微かな笑みを見せ――。

「……久方振りだな、アイリス。魔法学院に入って以来か」

 一転して親愛に満ちた柔らかい口調で言った。

【はい。お久し振りです。お父様】

 だが、アイリスがそう文字を浮かべて返答すると、ティグレーは訝しげに首を傾げた。
 それから彼は何か言おうと口を開いたが、その言葉は他者の声で遮られた。

「何のつもりだ! 妾の子が王に対し無礼ではないか!」

 アイリスの行動を見ていた一人が声を荒げる。
 確かに事情を知らなければ、そう思っても不思議ではないかもしれない。
 そこについては、まあ、文句は言わない。
 だが、曲がりなりにも国王の娘であるアイリスの事情を知らないということは、それだけ彼らがアイリスに興味を持っていない証拠とも言えるだろう。

「アイリスよ、一体どうしたのだ?」
【以前ワイルド・エクステンドの戦いに巻き込まれ、彼の呪いによって〈テレパス〉を含めて自分から言葉を発することができなくなりました】
「呪いだと? ただでさえ不浄の子であるにもかかわらず何と穢らわしい!」
「力はあるようだから、一族の誰かに宛がってやろうかとも思ったが、これではな」

 周りの人々からざわめきが生じる中、特に耳についたのはその言葉。

(何を、勝手なこと言ってんだ。お前らは!)

 余りの内容に瞬間的に怒りが湧き、雄也は今すぐ彼らをぶちのめしたくなった。
 アイリスの父親たる国王の手前、その気持ちをギリギリまで留めようと、震える程に拳を握り締めながら周りを鋭く睨みつける。

【ユウヤ、落ち着いて】

 アイリスは雄也の顔色を見てか、そう文字を作ると共に手に触れてきた。
 その柔らかな感触のおかげで少しばかり気持ちが和らぐ。
 それでも耳障りな声は続いていたが――。

「静まれ!」

 ティグレーが一喝し、謁見の間に静けさが戻った。
 さすがは王と言うべきだろう。
 彼はそれから少し間を取って再び口を開いた。

「それで、今日の用向きは何だ?」
【はい。婚約の報告を】

 アイリスは文字でそう告げると、視線で合図を送ってきた。それを受けて精神干渉に変化をつけ、懐から首輪を取り出して身に着ける彼女の姿を周囲に見せる。
 その幻を目の当たりにして、再び周りから小さなざわめきが起こった。

「……相手は、そこの者か?」

 そんな中、比較的冷静なティグレーは問いかけてくる。
 アイリスは父親の問いに少し頬を染めて、はにかむように小さく首を縦に振った。

獣星テリアステリ王国の掟は分かっていような?」
【心配しなくてもユウヤは私より強い】
「……そうか」

 彼は深く咀嚼するように頷くと、それから謁見の間全体を見渡す。

「掟に従っているのであれば構わないと私は思うが、皆はどう考える?」

 そうしながらティグレーは全員に尋ねた。

「呪われた不浄の子など、どこへなりともやってしまえばいい」
基人アントロープに屈するとは呪いで力までも失ったか」
「そのような役立たずは、むしろ基人アントロープ程度が似合いだろうよ」

 口々に返ってきた答えは総じて馬鹿にした物言いではあるものの、しかし、婚約について否定する者は一人もいなかった。
 呪いのせいで、彼らにとってのアイリスの価値が底を突いてしまったのだろう。
 身勝手過ぎて腹立たしい限りだが、当の彼女は全く以て気にしていないようだ。
 恐らく、彼女から見た彼らも、それ以下の価値しかなく全く興味もないに違いない。

「理由はどうあれ、婚約に反対する者はいないようだ。私も容認しよう」

 ティグレーは周囲の様子からそう結論づけた。
 しかし、彼は「だが」とつけ加えて、さらに言葉を続ける。

「アイリスよ。それだけで謁見を求めた訳ではあるまい。お前にとっては、私達の容認など大した意味も価値もないだろうからな」

 王の側近達に蔑みの言葉や視線を向けられることぐらい百も承知にもかかわらず、わざわざ面と向かって婚約の許可を貰う必要もない。
 アイリスの性格的にも、他者の許可などなかろうと意に介さないはず。
 ティグレーもまたオヤングレンと同様に彼女の気質を把握しているようで、彼は「何が望みだ?」と来訪の真の目的を尋ねてきた。

「緊急に土属性の魔力吸石が大量に必要になった。融通して欲しい」

 それに答えてアイリスがそう文字を作ると――。

「馬鹿も休み休み言え! 不浄の子が厚顔にも程があるぞ!」
「婚約を許されたからと言って図に乗るな!」
「貴様如きにくれてやる国の財産などない!」

 国王が何かを言う前に怒声が響いた。

「落ち着け」

 再びざわめきが強くなる中、ティグレーは苛立ちを滲ませた低い声を発した。

「アイリス。それがどれだけ無茶な要求か分かっているのか?」
【分かってる。けれど、どうしても必要】
「……そうか。だが、それを押し通したければ……それも分かっているな?」

 先程までの父親としての顔を僅かに覗かせる表情とは打って変わり、王としての威圧感を湛えた鋭い視線と共に問うてくるティグレー。
 そんな彼に対し、アイリスは強い意思を宿した瞳で見詰め返しながら深く頷いた。

「いいだろう。では、久し振りに本気で手合わせをしようではないか」

 そう言ってティグレーは立ち上がり、こちらに近づいてきた。
 側近達からの異論はない。何故なら、獣人テリオントロープの王たる厳格な姿勢そのままに立ち上がったティグレーに、彼らは気圧されてしまっていたからだ。
 この国で王に選ばれる程の人間は、やはり格が違うのだろう。
 そして、一人先頭を行くティグレーの後にその場の全員で続いていく。

「死んだな。王は本気だ」
「ああ。さすがにあのような愚かな要求は不興を買う。当然だ」

 その途中聞こえてきた話し声を聞く限り、側近達はティグレーの態度をアイリスへの怒りの表れと捉えたようだ。
 正直、怒りは怒りでも矛先は違う気がするが。
 どちらが正答かは、自ずと分かるだろう。

「アイリス……やり過ぎるなよ?」
【手加減は、する】

 雄也の忠告に少々複雑そうな表情を浮かべながら、そう小さく文字を作るアイリス。
 かつては実力的に遠い存在だった父親をこの短い期間で上回ってしまったこと。それでも尚、この先の戦いでは全く以て不充分であろうこと。
 それらがそんな顔をした理由だろう。

「では、始めようか」

 そうして広場に入ったところでアイリスと離れ、彼女とティグレーが広場の中央で互いに構えて対峙するのを見守る。

「止めなくていいのか? 殺されないとしても大怪我は免れないぞ?」
「……まあ、結果は分かってますから」

 半ばアウェイの空気の中かけられた嫌味ったらしい問いには淡々と答えておく。
 そう。結果は分かり切っているのだ。
 波乱はあり得ない。あってはならない。許されない。
 彼女は既にそうした立ち位置にいるのだから。

「こちらから行くぞ。〈フルアクセラレート〉」

 そう合図するとティグレーは力を一気に解放した。
 肉体を活性化する土属性の魔力が彼の全身から噴き上がる。

「こ、これは本当に冗談では……」

 その姿に側近達は圧倒され、一歩後退りして言葉を失った。
 直後、ティグレーは真正面から全速力でアイリスに接近する。
 勝負は正に一瞬の出来事だった。
 全力を乗せた拳がティグレーから放たれ――。

「なっ!?」

 しかし、その一撃はアイリスの片手に難なく受け止められる。
 そして彼女は雄也にしか分からないぐらいの刹那の間だけ表情を曇らせ、次の瞬間ティグレーの腕を捻って彼を地面にうつ伏せに倒した。
 それから背中を手で押さえ、体を完全に抑え込む。ティグレーの攻撃に込められた力を考えると余りに静かに鮮やかに、圧倒的な実力差を示すように。
 その光景を前に、短くない間広場が静寂に包まれた。

【私の勝ち】

 一瞬の静寂の後、アイリスがそう文字を作りながら離れ、父親に手を差し伸べた。

「……そうだな。本当に強くなった」

 対して噛み締めるように静かに言いながら、ティグレーは彼女の手を掴んで立ち上がる。
 それから少しの間目を閉じて、一つ小さく息を吐いてから側近達を見渡した。

「お、王が、負けた?」
「馬鹿な。あの攻撃を片手で……」

 愕然とした声が周囲から漏れ出す。
 信じられないとでも言いたげに誰もが目を見開いている。
 しかし、さすがに目の前で起きた事実を否定する者はいないようだ。

「今見た通り、アイリスは実力を示した。その要求は尊重されなければならない」

 ティグレーは彼らにそう告げると、アイリスに視線を戻して再び口を開いた。

「だが、お前の要求をそのまま呑んでは国が成り立たん。どうにか、魔力吸石を貸すという形にしては貰えないだろうか」

 さらに彼は頭を下げて「頼む」と続ける。王のそんな行動に側近達は驚きながらも、しかし、諌められずに歯痒そうに表情を歪めていた。
 実力主義を掲げる以上、自らそれを破る訳にはいかないという葛藤が滲み出ている。

【他の属性のものでもいい?】
「ああ。獣星テリアステリ王国の変換レートに従っていれば問題ない」

 当然と言うべきか、属性によって各国での魔力吸石の価値は異なる。
 少なくとも獣星テリアステリ王国であれば、土属性以外の魔力吸石を持ってきた方が喜ばれるだろう。

【分割払いでよければ、分かった】
「助かる。では、貯蔵庫に向かうとしようか」

 半ばこちらも返却することを考えていたのですんなりと合意が成立し、ティグレーは安堵したように言って歩き出した。
 そんな彼の後に雄也達も続こうとしたが――。

(ん? 通信か)

 通信機から魔力を感じ、雄也はそれを起動させた。

『お兄ちゃん! 大きな魔力が迫ってる! ドクター・ワイルドが来たのかも!』

 と、メルの切羽詰まったような声が脳裏に響く。

『っ! 分かった!』

 雄也は即座にそう返して通信を切り、アイリスに駆け寄った。

(この相変わらずのタイミングのよさ。間違いなくドクター・ワイルドッ!)

 一番嫌な時期を狙って図っていたと考えて間違いない。
 人を苛立たせることに関しては、兜を脱がざるを得ない男だ。

「アイリス、奴が来た! 後のことは頼む!」

 そして雄也はそう彼女に告げ、答えを聞く前にその場で構えを取った。

「アサルトオン!」
《Change Phtheranthrope》

 電子音と共に新緑の光に包まれ、翼人プテラントロープ形態となると共に同色の装甲が全身を覆う。

【分かった。頑張って】

 頷いて文字を作るアイリスに「ああ!」と返し――。

「〈エアリアルライド〉!」

 そのまま雄也は魔法で空へと翔け上がり、メル達の元へと向かったのだった。
 一瞬振り返った地上で、アイリスとティグレー以外がポカンと空を見上げているのを置き去りにして。

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