【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四章 自由という重荷 第十六話 転換 ①騒乱の足音

「アサルトオン!」

 賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場に少女の明るい声が響く。

《Evolve High- Ichthrope》

 次いで女性的な電子音が鳴り、彼女の体にシャチのような特徴が現れていく。
 そうして変じた異形の姿は、女性的な起伏を僅かに残していた。
 さらに、その上から群青色に輝く装甲が全身を覆っていき、変化は完了する。
 その外見は正に女性版オルタネイトとでも言うべきもので、スカートを思わせる意匠が装甲で表されていた。勿論それは、運動に支障がない範囲での話ではあるが。
 少しばかり警戒心を削がれる外見だが、その潜在能力はオルタネイトと同等。
 同属性であれば、恐らく彼女のスペックの方が上になるだろう。
 しかし、中身は戦いを知らない可憐な女の子でしかない。
 実際に戦うとなれば最低限の訓練が不可欠だ。
 そんなこんなで、今日から彼女も日課のトレーニングに加わることになったのだが――。

「えっへへー、お兄ちゃんとお揃い!」

 今はメルの人格が表に出ているらしく、無邪気に両手を上げてはしゃぐ素振りを見せるメルクリア。そんな彼女に厳しく接することなど雄也にはできそうもなかった。
 それ以前に、そもそも誰かに教えられる程、練達している訳でもないが。
 何にせよ、訓練はフォーティアかプルトナのどちらかが行うことになるだろう。
 勿論、現在のような変身状態ではなく生身の状態で。
 今、変身しているのは一種のお披露目のようなものだ。

『イクティナさん、どうですか?』
「凄いです! うらやましいです!」

 クリアの〈テレパス〉による言葉に合わせてモデルのようにその場でクルリと一回転したメルクリアに、興奮したように身を乗り出すイクティナ。
 昨日、行方不明事件の顛末を伝えた際には、彼女はメルクリアを見て唖然としてしまって、変身状態を見せるどころではなかった。
 が、一日経って、双子の少々特異な状態も受け入れてくれたようだ。
 全く以て大したことではないかのように気にしていない素振りを既に見せているし、最大の関心事もそれではなく真水棲人ハイイクトロープ形態のメルクリアへと移行している。
 それこそ群青の装甲を凝視しながら「いつか私も」と気合いを入れて呟く程だ。

「アイリスお姉ちゃんも、見て見て!」

 イクティナの反応に満足したのか、今度は振り返ってアイリスに呼びかけるメル。
 そんな彼女の年齢相応な子供っぽい様子に、アイリスは微笑ましそうに表情を和らげて文字を作り始めた。

【ん。うらやましい】
「ですわ」

 続いて、アイリスの前に浮かんだ文に同意するようにプルトナが大きく頷く。彼女もまた、妹を愛でているような優しげな視線を送っていた。
 しかし、その隣では二人とは対照的にフォーティアが難しい顔をしている。

「ティア、どうした?」
「……もし今、六大英雄クラスの敵が現れたらって考えると、ちょっとね。まず間違いなく、メルクリアには最前線で戦って貰わないといけなくなるだろうから」
「それは……確かにな」

 雄也はフォーティアの懸念に同意して頷いた。
 技量はともかくとして、少なくとも素の能力はオルタネイトに次ぐレベルとなってしまったのだ。いざとなればフォーティアの言う通り、戦力として数えざるを得ない。
 もっとも、それ以前にそんな彼女をドクター・ワイルドが見逃すはずもないだろうが。
 雄也達の葛藤など全くお構いなしに、強制的に巻き込むに違いない。
 だが、いずれにしても、いたいけな少女に戦いを強要するのはやはり気が引けるものだ。
 彼女達が傷つくところを想像すると、自然と眉間にしわが寄ってしまう。
 と、その様子を見かねたのか――。

「仕方がないよ。こうしないと二人共、生きられなかったんだから」

 いつの間にか変身を解除していたメルクリアがすぐ傍に来て、フォローの言葉を口にしながら雄也の手を取った。素手の柔らかい感触と温もりに包み込まれる。

「それに、私としては兄さんの手助けができる方が嬉しいわ」

 握った手はそのままに、交代でクリアが表に出てきて彼女らしい口調で引き継ぐ。

「逆に兄さんが苦しい時に何もできないのは絶対に嫌」

 さらにクリアはそう続けると、恥ずかしさを誤魔化すように視線を逸らしながら「私達のわがままかもだけど」とつけ加えた。
 それに対し、雄也は首を横に振った。

「二人が決めたことをわがままだとは思わないよ。けど、俺が心配なのも、戦わせたくないって思ってるのも頭の片隅に置いておいてくれ」

 だからと言って、その考えを頑なに主張して押しつけて、彼女達の自由な意思を捻じ曲げるような真似はできない。
 それこそ身勝手、わがままというものだ。

「うん。……ありがとう、兄さん」

 クリアは神妙に頷いて感謝を口にすると、再び姉と交代したのか表情を変化させた。

「でも、真正面からドンパチするだけが戦いじゃないよ? お兄ちゃん」
『そ。私達には私達なりのやり方もあるわ。勿論、訓練もちゃんとするけど』
「どういう意味だ?」

 意味深に交互に言う双子に雄也が首を傾げて問いかけると、メルクリアは得意げな笑みを浮かべて口を開く。

「この前も言ったけど、あれから凄く頭がスッキリしてるんだ」
『多分、兄さんの役に立つ魔動器をたくさん作れると思う』
「だから、期待してて! お兄ちゃん!」

 自信に満ち満ちた声で続ける二人。
 実際自分の中に可能性を強く感じているのだろう。
 その弾んだ言葉と小さな胸を張る自信ありげな態度に偽りの気配は欠片もなく、以前に見たような強迫観念も見られない。
 やるべきことと自分自身の自由な意思が完全に合致しているとでも言えばいいか。

「……健気だね。守ってあげたいと思うのに、その力がないのはもどかしいよ」

 そんな彼女達の様子を見て、負い目を感じているようにポツリと呟くフォーティアに内心同意する。程度の差はあれ、雄也もまた彼女と同じだ。
 どのような形であれ、彼女達に負担を強いてしまう一つの要因として雄也自身の力不足も間違いなくあるのだから。
 己に定めた信念、その理屈の上で彼女達の意思を尊重しようとしていても、それを情けなく思う気持ちが全て消え去る訳ではない。
 それでも、どうあっても六大英雄を抑えるのは一人では無理な話だろうが。

「何にせよ、今は腐らずに訓練するしかないけどね」

 フォーティアもまた似たような歯痒さを感じているのだろうが、彼女はそれを振り切るように、気合いを入れ直すように言って自身の頬を張った。

「……そうだな」

 いずれにしても、双子を含めた彼女達全員が戦いの中で少しでも傷つかないように、雄也自身もまたもっと強くならなければならない。
 そうフォーティアの引き締められた表情を見て思う。
 だから、雄也は彼女に倣って気合いを入れ直し、今日もまた訓練に臨んだのだった。

    ***

「随分と派手な解放の仕方だな。大丈夫なのか?」

 視界に映る光景を前にして、六大英雄の一人たる真魔人ハイサタナントロープスケレトスは呆れたように問うた。通信機を介し、遠く離れたところにいるワイルド・エクステンドに対して。

『問題ない。闘争ゲームの駒に対するいい余興になるだろう』

 と、殊更騒ぐ程のことでもないと言いたげに、簡潔な言葉が返ってくる。
 そんな彼の態度に、スケレトスは肩を竦めざるを得なかった。
 視線の先、遥か遠くには空高く舞い上がる噴煙と地を覆う火砕流の名残。
 それは龍星ドラカステリ王国において一種の霊域として信仰されている霊峰オロステュモスが、大規模な噴火を起こしたことによるものだった。
 比較的近隣にある王都ダーロスはほぼ全域が火砕流に飲み込まれており、恐らく住民のほとんどは瞬く間に命を奪われてしまったことだろう。
 咄嗟に〈テレポート〉で転移するぐらいしか、生き残る術はなかったに違いない。
 その光景を何も知らずに見れば、人間にはどうにもならない自然の猛威、その強大さに己の矮小さを感じてしまうことだろう。
 しかし、これはワイルドによって人工的に引き起こされたもの。
 舞台裏を知る者にとっては、人間の恐ろしくも凄まじい可能性の再確認にしかならない。

『そちらに戻るぞ』

 そうしてワイルドの言葉が届いた次の瞬間、背後に魔力の気配が発生し、スケレトスは振り返った。〈テレポート〉の予兆だ。
 今の法律を顧みない転移の仕方だが、ワイルドにとっては何ら関係のないことだ。
 やがて目の前によれよれの白衣を着た優男と、装甲を取り払ったオルタネイト龍人ドラクトロープ形態の如き異形の大男が現れ――。

「来たか。……久し振りだな」

 後者の存在にそう言葉をかけると、彼は不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らす。

「ラケルトゥス」

 続けて、スケレトスは彼の名を口にした。
 六大英雄が一人、真龍人ハイドラクトロープラケルトゥス。
 千年前の龍星ドラカステリ王国軍の総大将であり、彼もまたスケレトスと同様に封印されていた。今回は人間ではなく、霊峰オロステュモスを楔として。
 そして、それを解き放つためにこそ、この神聖なる火山を噴火に導いたのだ。

「貴様にとっては久し振りなのかもしれんが、俺からすれば数時間前に別れたばかりだ。懐かしさも何もあったものではない」

 忌々しげに言い捨てるラケルトゥス。
 元々荒っぽい性格の男だが、それにしてもこれ程に苛立ちを声に滲ませるのは珍しい。

「随分と荒れているようだな。一体どうした?」

 スケレトスがそう問うと、ラケルトゥスは尚のこと不快そうに口を開いた。

「我らが種族の惰弱さに呆れ果てていただけだ。まあ、進化の因子を失った者共だ。同じ形をしていたところで、所詮は似ても似つかぬ人形に過ぎないのだろうよ」

 吐き捨てられた彼の言葉に、ワイルドが苦笑気味に口を開いた。

「最初は王都の人間の半数を巻き添えにしたことに怒り狂っていたんだがな。現状を教えてからこっち、ずっとこの様子だ」
「……まあ、気持ちは分かるけどな」

 同じく千年の封印から解放された身としては、ラケルトゥスの嘆きはよく理解できる。

「見た目は同じなだけに尚のこと許せない。かつて俺達がそれぞれに守っていた己の種族がどこにもいない事実を突きつけられているようで」

 自分自身を顧みてスケレトスが眉をひそめながら呟くと、ラケルトゥスはあからさまに不快げに舌打ちをした。
 内心を勝手に代弁されたのが気に食わなかったのだろう。
 しかし、彼は文句を口にすることなく、無言で王都ダーロスを見据えていた。

「改めて問おう。俺達が自由を取り戻す助けとなってくれるか? ラケルトゥス」
「……ああ。女神の呪いを解く。そのためならば、宿敵たる貴様らと手を組むのも許容できる。だが、全てが終わった暁には――」

 ワイルドの問いに応じつつも、噴き上がるような敵意をぶつけてくるラケルトゥス。

「分かっている。決着をつけよう」
「望むところだ」

 対してスケレトスは、ワイルドと同様に挑発的な笑みを見せた。
 既にMPリングを受け取ったようで、ラケルトゥスは千年前とは比べものにならない威圧感を湛えている。だが、それはスケレトスとて同じこと。
 いずれ全てが終わった時、以前と変わらぬ熱い戦いができることだろう。
 それを思うと血が滾ってくる。

「さて、と。もうここに用はない。行くぞ」

 だが、今は押し留めて、スケレトスはワイルドの言葉に「ああ」と頷いた。
 ラケルトゥスもまた沈黙を以って同意を示す。

「一人は形になった。そろそろ本格的に計画を進めていこうか」

 そうしてスケレトスはワイルド達と共に、その場を去ったのだった。
 この日この時、六大英雄の一人を封じる楔を外された上、壊滅的な被害を被ってしまった龍星ドラカステリ王国を背にして。

    ***

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品