【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十四話 人間 ④人間の定義

 目の前には真超越人ハイイヴォルヴァーと化し、漆黒と琥珀に彩られた大剣を構えるアレス。
 周囲には数十名の超越人イヴォルヴァー対策班の姿。
 背後には痛みが麻痺してきたのか、やや小康状態にあるクリア。見た目としては尾が切り裂かれている以外に大きな傷はない。
 それについても超越人イヴォルヴァーとしての生命力の強さによってか塞がりつつある。

『クリア……クリア?』

 だが、呼びかけに応えられる程には回復していないようだ。
 傷の度合い以上に、精神的に堪えているのだろう。
 恐らく、今までこれ程までに誰かから敵意を向けられ、心も体も傷つけられた経験などないに違いないのだから無理もないことだ。

(……大見得を切ったはいいけど分が悪いな)

 クリアの状態に加え、雄也自身も過剰進化オーバーイヴォルヴした彼女が超越人イヴォルヴァーとして持つ力と思われる粘液毒により、十分な力を発揮できる状態にない。
 どうも生命力を大きく乱されてしまっているようだ。

「〈エアリアルライド〉」

 だから、そう小さく呟いて空力制御を応用して不確かな足取りを補助しておく。
 ほとんど地面に力がかかっていないので、補助と言うよりもむしろ行動の要と言った方がいいかもしれない。
 いずれにせよ、誤魔化しに過ぎず、万全には程遠いのは確かだが。

(できれば〈テレポート〉で逃げるべきだけど……)

 雄也には使えないし、クリアにはまだ魔法を扱えるような余裕はなさそうだ。
 だが、だからと言って通信で誰かを呼ぶ訳にもいかない。
 オルタネイト状態の雄也でさえ粘液毒でこの有様なのだ。もし彼女達がクリアに直接触れたら、どうなってしまうか分かったものではない。
 となればクリア自身に〈テレポート〉を使って貰うしかないが……。

「撃て!」

 思考を巡らしつつも慎重にアレスと対峙する中、その時間の空隙を機会と見てか、対策班の統率者から号令が発せられる。

「「「「〈ハイフレイムシュート〉!!」」」」

 それに従い、包囲する対策班はあくまでも超越人イヴォルヴァーを討伐せんと火球を放ってきた。
 瞬く間に、全方位から真紅の輝きが殺到してくる。
 これまでの敵と比較してしまえば見劣りするが、それでも対策班に選ばれた者の魔法だ。
 何度も直撃を受ければクリアの命を脅かしかねない程の威力はある。
 とは言え、それはあくまでも属性の相性ありきの脅威。
 オルタネイトと化した雄也が適切な魔法を使用すれば防ぐことは容易い。

「〈オーバートルネード〉!」

 果たして再度クリアの周囲に発生させた風の渦は、迫る火球を全て容易にかき消した。
 傲慢な言い方をすれば格が違う。問題となるのは、そこではないのだ。
 だから、自分自身はその外側に立ち、最も脅威となるアレスから目を逸らさない。
 その彼もまた、火球が防がれることは織り込み済みと言わんばかりに直前の攻防に全く反応を示さずにこちらを真っ直ぐ見据え――。

『行くぞ……ユウヤ!』

 そう律義に宣言すると、巧みに粘液を避けながら一気に間合いを詰めてきた。

「はあっ!」

 そして、振りかざした大剣を鋭く振り下ろしてくる。

《Twinbuckler Assault》

 対して雄也は両手に小盾を作り出し、右の盾を横から刃に当てて軌道を逸らした。
 アレスは即座に刃を返してくるが、その逆袈裟は跳躍と共に鎬を踏んで横に避ける。

「ふっ!」

 雄也はそこで、翼人プテラントロープ形態特有の空力制御を利用して無理矢理体勢を変え、空中から小盾を彼に叩きつけようとした。

「何っ!?」

 完全に虚を突いた形となり、だから、頭の中で命中後の追撃を組み立て始める。

「だが!」

 しかし、その一撃は、彼が即座に後退を選択したことで空を切るに留まってしまった。
 それによって雄也は体勢を崩しかけてしまったが、それもまた魔法を用いて強制的に姿勢制御を行い、仕切り直すように距離を取る。

『……分かっていたことではあるが、随分と腕を上げたようだな』

 カウンターは失敗。
 それでも彼は驚いたように告げ、それから雄也の背後を一瞥した。
 その視線の先には整った円筒状の竜巻が、未だに威力が衰えないまま残されている。
 対策班の攻撃からクリアを守るために、そして、そちらを気にしてアレスから意識を外してしまうことのないように、全開の状態で保っているのだ。

『ここまでの魔法を維持しながらこれとは、器用な真似をするな』

 それをそう〈テレパス〉で称賛されるが、出力を変動させている訳ではないので別段難しいことはない。むしろ必要に迫られてやっているに過ぎない非効率的な力技だ。
 水棲人イクトロープ系統の相手を守るだけなら、水棲人イクトロープ形態になって対象を前回のように付近を水球で包み込む方法もあった。
 水中なら水棲人イクトロープの水中機動補助で鈍い動きを誤魔化すこともできはしたはずだ。
 だが、あの時のようにアレスが黙って見逃してくれるとは思えないし、粘液毒が水に溶け出す可能性まで考えるとそれはできない。何らかの反応が生じてクリア自身に影響が出ないとも限らない上に、汚染された水の処理も難しい。
 何より、翼人プテラントロープ形態の強大な魔力で発現した魔法なら、属性の相性もあって真超越人ハイイヴォルヴァーたるアレスとてそう易々とは近づけないはず。
 これ以上クリアを傷つけないという一点において、この形態が最適なのは間違いない。
 代わりに、彼の攻撃に対する耐性が低くなるリスクを背負う必要はあるが。

『ま、訓練の賜物って奴だな』

 そうした弱みを見せないように、余裕を装って雄也はアレスに言葉を返した。
 実際のところは粘液毒による身体能力の低下も相まって、内心冷や汗ものだ。
 オルタネイトが持つ破格の力のおかげで何とかなっているように見えるに過ぎない。

『……加減はできなさそうだな』
『何だ。加減してくれてたのか?』
『あれで俺の全力だと思ったか? 確かに俺のこの姿はオルタネイトに劣るが、いくら何でもそれは見くびり過ぎだ。俺もあれから遊んでいた訳じゃない』

 アレスは、そう告げるとゆったりと構え直した。

《Convergence》

 その途端、一段低い電子音が鳴り響き、それと共に彼から感じる圧力が急激に増した。
 確かに先程までは欠片も本気ではなかったことが、粟立つ己の肌から分かる。

『殺しはしない。眠って貰う』
『そうは……いかない!』

 己の状態を鑑みて危機感を抱きつつも、その感情を隠すように気を吐く。
 雄也が意識を失えば、当然その意思で維持されている魔法も消え去ってしまう。
 そうなれば、クリアの命は対策班によって瞬く間に刈り取られることになるだろう。

《Convergence》

 だから、雄也は彼の本気に応じるように魔力の収束を開始させた。

《Sword and Buckler Assault》

 さらにアレスのMPリングとは対照的な明瞭な電子音が発せられ、右手の小盾をスタンダードな片手剣へと変じる。と共に雄也はそれに見合った構えに変えた。
 攻防のバランスがいい武装の選択。
 粘液毒の影響以前に、機動力を生かすために翼人プテラントロープ形態では軽装が常だが、アレスとの属性の相性を考えると防御も最低限は頭に入れておかなければならない。
 そして、互いに剣の切っ先を向け合い、隙を探り合う。

「「「「〈ハイフレイムシュート〉!!」」」」

 すると、そこへ切っかけを作るように、対策班からの横槍が入った。
 とは言え、彼らが放った炎については脅威ではない。雄也が維持している〈オーバートルネード〉によって何ら問題なく弾き飛ばされる。

「くっ……」

 しかし、その竜巻だけでなく姿勢制御に〈エアリアルライド〉まで並列で使用し続けているこの状況では、僅かな負荷と言えど全く影響なく済ませることはできなかった。
 それでも一瞬意識を逸らされる程度にとどめるが、それはアレス相手には大き過ぎる隙だ。

《Final Greatsword Assault》

 彼がその好機を見逃す訳もなく、先程までとは比べものにならない速度で迫ってくる。

『お前なら死にはしないだろう。眠れ、ユウヤ』

 そして、緩急に対応しきれず対応が一歩遅れてしまった雄也に、彼はそう告げながら巨大な両手剣を大きく振りかざし――。

「はあああっ!!」

 押し潰すように膨大な魔力を湛えた大剣を叩きつけようとしてきた。
 何とかその軌道上から逃れようとするが、即座に完全な回避は不可能と直感してしまう。

「く、おおおおっ!!」

 それでも、すんでのところで左手の小盾を合わせて直撃だけは避けるが……。

「ぐああああああああああああっ!!」

 バックラーを装備した腕に全ての威力が集中し、骨が砕けたような音が体を通して直接聴覚に届く。同時に激痛が全身を駆け巡って雄也は絶叫した。
 その余りの激痛を前に気を失いかけてしまう。

『兄、さん?』

 そこへクリアの言葉がか細い声と共に伝わってきた。
 どうやら叫びが届いたことで意識が外に向き、雄也の危機に気づいたようだった。

『兄さん!』
「っ! おおおおおおっ!!」

 繰り返された彼女の呼びかけに、雄也は意図的に雄叫びを上げて意識を繋ぎ止めた。

《Final Sword Assault》
「ヴァーダントアサルトスラッシュ!」

 そして、弱まりかけていた背中の竜巻を維持し直しながら、咄嗟に剣を我武者羅に薙ぎ払う。と、不完全ながらも手応えがあった。

「く、あ……」

 曲がりなりにもオルタネイトとしての絶大な魔力を宿した一撃。
 アレスは腹部を抑えながら苦悶の声を上げ、大きく後ろに引き下がった。

『見くびったのは……俺の方か』
『ああ……そうだな』
《Bullet Assault》《Convergence》

 雄也はさらに、まだまともに使える右手の武装をハンドガンへと変じ、念のために魔力を再収束させながら新緑色の弾丸を撃ち出した。
 狙いは牽制。威力としては決して大きくない。が、属性の相性故に脅威度は低くない。
 だから彼は回避を選択し、実際そのいずれをも避けられてしまった。が、雄也自身元々ダメージを与える目的で放った攻撃ではなかった。

『クリア……傷は、大丈夫か?』

 全ては彼女と会話する猶予を作るため。そうしてできた空隙を用いて問いかける。

『わ、私より、兄さんが……』

 すると、クリアは震える声で言葉を返してきた。

『俺のことは、いい』

 左手は間違いなく骨が折れていたが、余りの痛みの激しさに逆に痛覚が麻痺していた。
 夥しい熱は全身に伝播しているものの、今優先すべきは自分自身のことではない。

『それよりも――』
『よくない! よくないよ。もう……もう、いい!』
『何を言ってるんだ。落ち着け』

 半ば捨鉢になったように〈テレパス〉の声を荒げ出すクリア。

『私みたいな化物のために、兄さんが傷つく必要なんてない!』
『化物? 馬鹿なことを言うな。クリアは、化物なんかじゃない』
『でも、でも、皆が私を……』

 やはり敵意を持って攻撃されたことが相当に堪えているようだ。その上で雄也が自分のために大きく傷ついたことに責任を感じ、負い目が大きくなってしまったのだろう。

『お前はどうありたいんだ。人間でなくなりたいのか?』
『そんな訳ない! けど、もう、こんな体じゃ人間だなんて言えないよ』
『……クリア、人間の定義って何だと思う?』

 アレスへの牽制を続けながら、彼女の心を落ち着かせようと静かな口調で尋ねる。

『え?』

 それに対し、彼女は虚を突かれたように少し間の抜けた声を発した。

『直立二足歩行。そして、言葉と道具を使う。俺はそんな風に習った』
『だ、だったら尚更私――』
『最後まで聞け。そんなものは後づけだ。この星の人間なる者の共通点を述べてるに過ぎない。単に現存するヒト種の生物学的な特徴や習性でしかないんだ』
『なら……人間って何なの!?』

 どこか苛立ったように問うクリア。そんな彼女に一段と真剣に口を開く。

『自ら人間と名乗った者。人間でありたいと願う者。そして何よりも……人間であり続けようとする者のことだ』

 人間は自分を人間と呼んだからこそ人間となった。それ以上でも以下でもない。本来は。
 世の中には姿形は同じでも化物の如き心根を持つ者もいる。
 そうした者よりも姿形は違えど人間と同じ心を持つ者の方を人間と信じたい。
 何せ、特撮ヒーローの多くは後者に属する存在なのだから。
 そして今の自分自身もまた。

『だから、クリアがそうあろうとする限り、俺はお前が人間だって信じる。世界中の誰が認めなくとも俺だけは認めてやる。そして、人間であるお前の自由を奪う者がいるのなら俺は全力で戦う! それこそ世界にだって挑んでみせる!』

 どれだけ敵が強大で、たとえ力が及ばなくとも。
 そうあることが自分自身の人間としての道だから。

『兄さん……でも……』
『どうしたいか決めるのはお前自身だ。けど、俺は最後の最後まで一緒に足掻いて欲しい』
『それは……私、だって……私だって人間でいたい! 死にたくなんかない!』
『なら――』

 雄也は新緑色の弾丸を放ち続けながら、じりじりと再び迫ってくるアレスを見据えた。
 身体と相性のいい土と闇の二属性故か、先程のダメージは既に癒えつつあるようだ。

『クリア、今はこの場を切り抜けるぞ』
『う、うん』

 雄也と言葉を交わしたことでクリアも僅かなりとも自分を取り戻せたようで、彼女は多少なり落ち着いた口調で了承を示した。その様子に少し安堵する。

『でも、どうやって?』
『合図を出したら竜巻を消す。そうしたら俺はすぐに傍に行くから――』
『分かった。〈テレポート〉で退却するのね。でも、転移先は?』
『前に行った訓練場だ。ポータルルームじゃなく、敷地のど真ん中に飛んでくれ。皆には言ってあるから転移の影響は気にしなくていい』

 法律違反の危険行為だが、過剰進化オーバーイヴォルヴ状態の彼女がポータルルームに飛べば収まり切らずに大惨事となりかねないのだから仕方がない。

『了解』

 後はどのタイミングで行うかだが、視界の中のアレスは徐々に足取りがしっかりしてきている。時間が経てば経つ程、彼は万全に近づくのだから即時実行以外にない。

『よし。行くぞ!』

 だから、雄也はすぐさま魔法を解除すると共にクリアへと駆け寄ろうとした。

「撃て!」
「「「「〈ハイフレイムシュート〉!!」」」」

 しかし、当然と言うべきか、その状況で対策班が何もせずにいる訳もない。
 指揮官の合図に合わせ、全方位から火球が放たれる。

「〈オーバートルネード〉!」

 それに対して雄也は一度消した魔法を、効果範囲を変えて発動させた。
 自分とクリアを隠すように周囲に風の渦が生み出され、全ての火球は弾き飛ばされる。

『クリア!』

 その中で、雄也はクリアへと折れた左手を無理矢理伸ばした。が――。

『っ! 兄さん! 後ろ!』

 既にアレスが巨大な両手剣で旋風の一角を抉じ開け、背後に迫っていた。
 とは言え、焦ったように叫ぶクリアに既視感を抱くまでもなく、今回は雄也も後方への注意もしっかり払っていた。そのため、彼女の言葉が耳に届くより早く振り返る。

『逃がさん! 超越人イヴォルヴァーは、ここで討つ!』

 と、アレスは己に言い聞かせるように叫ぶと共に、大剣を上段から振り下ろしてきた。
 もはや雄也の攻撃の影響などないかのように軌跡は鮮やかで、今度はクリアが庇うような間隙はない。刃は何に妨げられることなく、真っ直ぐに雄也へと向かってくる。
 小奇麗に回避するのは間違いなく不可能だ。

『悪いが、そうはいかない』
《Final Bullet Assault》

 だから、雄也は残しておいた手札を切り、自由にしておいた右手の銃から蓄えた魔力を解放させた。銃口から放たれた新緑色の光球は、迫る剣と真っ向からぶつかり合う。

「ぐああああっ!!」

 その影響を最も受けたのは当然剣を手にしていたアレスで、彼は武装を手放してしまった。さらに衝撃を受け止めた腕もボロボロになり、その場で膝を突いてしまう。

『今だ、クリア!』

 その隙に、雄也は今度こそクリアに触れた。

『〈テレポート〉!』

 そして、彼女の魔法によって賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場へと転移する。

「「「ユウヤ、クリア!」」」

 それと同時に駆け寄ってくる四人。アイリス、フォーティア、プルトナ、そしてラディア。それぞれの顔には同じ心配の色が滲んでいる。

「待て! 粘液に触れるな!!」

 しかし、そんな彼女達に雄也はそう叫んで、近づかないように押し留めた。

【どうしたの?】
「この粘液には毒がある。多分麻痺性の毒だ」
「そ、それ、ユウヤは大丈夫なのかい?」

 立ち止まって問いの文字を作ったアイリスに答えると、フォーティアが心配そうに尋ねてくる。正直大丈夫とは言いがたいが……。

「問題ない。アルターアサルト」
《Change Satananthrope》

 自然治癒力に最も優れた闇属性へと変じれば、ある程度は緩和させることができる。

「〈オーバーダークヒーリング〉」

 加えて、折れた左手には回復魔法をかけて応急処置をしておく。生命力が大きく乱されているため反応は鈍いままだろうが、最低限動かすことはできるはずだ。
 それを見て一先ず雄也は問題ないと見たのだろう。

「クリア……大丈夫、なのか?」

 ラディアが恐る恐るという感じに彼女に問いかけた。

『一応は。けど、このままだと、私は……』

 そう返答を〈テレパス〉でこの場の全員に伝えるクリア。
 その声は過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーの末路を思い出したのか、再び暗く沈んでいる。

「クリア……」

 妹分のそんな顔を見て、胸が苦しくならない兄貴分はいまい。
 だから、どうにかして彼女を生かしてやりたくて必死に思考を巡らす。

(そう言えば、いつだったか過剰進化オーバーイヴォルヴしても体が崩壊しない事例を教えられたような……)

 途中、雄也は引っかかりを覚えて首を傾げ――。

「っ! そうだっ!」

 その正体に気づいて声を上げた。

「どうした? ユウヤ」
真超越人ハイイヴォルヴァーですよ! アンタレス・スタバーン・カレッジ。六・二七広域襲撃事件の時に戦った。あいつは過剰進化オーバーイヴォルヴしても体が崩壊しないってドクター・ワイルドが」
【信用できるの? もしかしたらユウヤが退却しないようについた嘘かも】
「賭けるだけの価値はある」
「ま、待て待て! 仮にそれが正しいとして、どうやって過剰進化オーバーイヴォルヴ化させるつもりだ」

 半ば結論するように告げた雄也に、ラディアが疑問をぶつけてくる。
 確かにこれは、その方法がなければ何の意味もない論だ。
 彼女以外も同様の懐疑を抱いているようで、訝しげな視線で問うてきていた。
 勿論何も考えずに口にした訳ではない。
 彼女達の疑問を解消するために、再び口を開く。

「アンタレス、アレス、そしてプルトナのお父さん。これまで現れた過剰進化オーバーイヴォルヴには共通して身に着けているものがありました」
「……そうか、腕輪か!」

 少し迂遠な雄也の言葉に、しかし、ラディアは即座に気づいて声を大きくした。

「確かに試してみる価値はありそうだ。今のクリアならば、己の中に保有している魔力吸石も極限まで肥大化しているはず。あるいは即座に要求量を満たせるかもしれん」

 可能性を感じたのか、彼女は少し興奮したように早口で続ける。

「よし。早速試してみよう。ユウヤ、腕輪を取りに行くぞ!」
「はい!」

 そうして〈テレポート〉で家に向かうため、ラディアの手に触れようとした瞬間――。

『兄さん、待って!! 先生も、待って下さい!』

 クリアから制止の声が上がった。

「ど、どうした、クリア。助かるかもしれんのだぞ?」
『私達の属性に対応した腕輪は一つしかなかったはずです! もし……もし姉さんも私と同じ体になってたら……』

 その言葉に、冷や水を浴びせられたように俯く。
 目の前にいるクリアの状態を気にかける余り、メルのことを失念してしまっていた。

「し、しかし、お前の体がいつまで持つか分からんし、メルの現状も……」

 それでもラディアは、苦渋に満ちた表情と共に絞り出すように言う。
 外見はともかく、この場では年長の立場の彼女だ。
 少なくとも自分は、確実性のある判断を口にせざるを得ないと考えているのだろう。
 対してクリアは小さく首を横に振り、再び〈テレパス〉を使用した。

『姉さんの状況が分かるまで、その方法は使わないで下さい!』

 そして彼女は必死な声色で頼み込んでくる。
 不確かとは言え助かる可能性が生じたことで姉を案じるだけの余裕が生まれ、逆に己のみが救われる道を選択できなくなってしまっているのだろう。
 こうなれば無理矢理救っても、彼女の心にわだかまりが残りかねない。

『お願いします、先生』
「だがな――」
「……クリア。メルはどこにいるんだ?」

 雄也は彼女の頑なな様子に説得は無意味と考え、ラディアの言葉を遮って尋ねた。
 恐らくクリアは折れないだろうし、いずれにせよ、早くメルを助け出さなければならないのは確かだ。問答している間に助けに向かった方がいい。

『兄さん、ありがとう』

 クリアは心底ホッとしたように感謝を口にすると、声色を厳しく改めて続けた。

『姉さんは私達が昔住んでた家に捕まってるわ』
「元の家、だと? まさか、犯人は……」
『はい。この行方不明事件の犯人、そして私を含めて人々を超越人イヴォルヴァーにしていたのは……カエナ・ストレイト・ブルークです』

 冷たい口調で母親の名前を告げるクリアに、その場の誰もが息を呑んだ。

「……確かに、奴ならやりかねん。などと今更言うのは間抜けな話だな。くそっ」

 それからラディアは吐き捨てるように言った。
 しかし、相手は曲がりなりにも公的機関の長。如何に疑わしくとも、確たる証拠を得られなければ追求はできなかっただろう。
 ラディアの態度を見れば、それを仕方ないことと割り切れていないのは一目瞭然だが。

(しかし、母親が、本当にこんな真似をしたってのか……)

 クリアに聞いていた通り、本当に親としての資格など欠片もない人間のようだ。
 たとえ二人と何ら関連性のない者が犯人だったとしても許すことのできない行為だというのに、あまつさえ母親が、ともなれば当然湧き起こる怒りの感情は倍増する。
 正直一つや二つ口汚く罵りたいが、如何に嫌っていようとクリアの母親であることは変えようのない事実だ。彼女の前では、そうした気持ちを余り表には出したくない。
 だから、雄也は冷静を装いながらラディアに顔を向けた。

「ラディアさん。その場所は?」
「…………是非もなし、か。少し待て。地図を用意する」

 ラディアは雄也の問いかけに僅かに遅れて応じると、〈アトラクト〉で魔動器を転移させて弄り始めた。どうやら、極簡易的ながらナビのような機能を持つもののようだ。
 彼女もまた一先ずメルの救出を優先すべきと結論したのだろう。

『兄さん、姉さんを――』
「分かってる。任せろ」

 ラディアが準備を行う間に、必死に縋るように、同時に酷く申し訳なさそうに言葉を伝えてきたクリアに、雄也はそう胸を叩いて言いながら彼女の傍に寄った。
 そして、異形と化してしまった彼女の頭を、小さな妹を安心させるように丁寧に柔らかく撫でてやる。粘液が再び触れ、手に痺れを感じるが構わない。

『あ……』

 粘液毒も気にしない様子に驚いたのか、クリアが微かに声を漏らす。

「大丈夫だから気にするな。もう体も癒えたからさ」

 そんな彼女に、雄也はもう片方の手で力瘤を作るようにしながら言った。
 実際、毒の影響は先程よりも遥かに小さい。
 自然治癒に優れた魔人サタナントロープ形態のおかげだろう。
 傷の具合も大分よくなっている。

「十分戦える。必ずメルを助け出すから」

 そうやって少し強気な自分を演じてみせれば、彼女の中に燻る負い目のような気持ちも幾分か和らいでくれるはずだ。

『うん……お願い、兄さん』

 果たして、クリアは僅かながら心の重荷が軽くなったように言った。そんな風に素直に寄りかかってくれる彼女の姿からは信頼と親愛が強く感じられて、とてもいじらしい。
 それだけに、勿論人間たる彼女の今の姿を悪し様に言うつもりは決してないが、こういう場面で抱き締めてやれないのがもどかしかった。

「ユウヤ」

 そのことに複雑な気持ちを抱いているとラディアに呼ばれ、雄也は振り返った。
 どうやら魔動器の設定が完了したようで、彼女はそれを差し出してくる。

「どうかメルを救ってやってくれ」

 そして、そう重ねて頼まれ、雄也は彼女と真っ直ぐ向き合いながら深く頷いた。

「私もすぐに手勢を集めて向かうが……」

 さらに続けながらも言葉尻を濁すラディアに「分かってます」と答える。
 対策班にしろ騎士にしろ、助勢は期待すべきではないだろう。
 メルがもし既に超越人イヴォルヴァーと化していたら一方的に敵視されるだけになりかねないし、そうなれば逆に邪魔にしかならない。

「では、行ってきます。……皆、クリアを頼む」
【勿論】「任せて下さいな」「アレスが来たって守ってみせるよ」

 彼女達の返答に頷き、もう一度「頼んだ」と繰り返してから全員に背中を向ける。

「アルターアサルト」
《Change Phtheranthrope》

 そして、雄也は移動速度に優れた翼人プテラントロープ形態へと再び変じ――。

「〈エアリアルライド〉」

 そのまま空へと飛翔したのだった。メルとクリアの生家を目指して。

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