【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十四話 人間 ①進化の因子

「〈ファネルアロフト〉!」

 元気よくイクティナが叫び、魔動器の杖を高く掲げる。
 すると、激しく渦巻きながらも綺麗な形を保った竜巻が賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場上空へと伸びていった。

「えい! 〈ファネルアロフト〉!」

 それが消えると、再びすぐに彼女は風の渦を作り出す。

「えい! 〈ファネルアロフト〉!」

 何度も繰り返し、それぞれの魔法に必要な魔力量を体に覚えさせているのだ。
 これまでは雄也のサポートがなければ、それができなかった。しかし、今ではメルとクリアが作った魔動器のおかげで、効率よく訓練ができるようになっていた。

「次は……〈マルチトルネード〉!」

 続けて別の魔法を試すイクティナ。
 以前のように暴発することはもはやなく、複数の竜巻が彼女の前方に発生する。

「〈マルチトルネード〉!」

 さらに重ねて風の渦を生み出した彼女の声は、はしゃいでいるかのように明るい。
 魔力制御力に乏しく、雄也の手を借りなければ簡単な魔法すらまともに扱えなかった彼女だ。自分の意思で魔法を自由に使えることが余程嬉しいのだろう。
 楽しそうな笑顔に、暗く落ち込んでいた心が少しばかり癒される。
 あの戦いの後、そこで抱いた鬱屈した気持ちを抑え込むように魔動器調整の手伝いに集中した甲斐があったというものだ。

「〈グランマルチトルネード〉!」

 そうして魔法の訓練に励んでいたイクティナだったが――。

「……あっ! 危ない!!」

 彼女は突然、焦ったように叫び声を上げた。
 その声に傍で組み手を行っていた雄也達は、手を止めて彼女の視線を辿る。すると、複数の竜巻が激しく渦巻くすぐ先に、今日は家にいるはずのアイリスの姿があった。

「アイリスさん!」
「ああ。イーナ、大丈夫だよ」

 悲鳴のような声を出すイクティナだが、アイリスならば問題ない。
 イクティナには申し訳ないが、このレベルの魔法は今のアイリスには容易く避けられる。
 果たして、アイリスは瞬時にいくつもの竜巻の隙間を縫うように走り抜け、そのまま半ば体当たりするように雄也の胸に飛び込んできた。

「って、アイリス!?」
「お、熱いねえ」

 その様子を見て、フォーティアがニヤニヤしながら冷やかしてくる。
 体勢的にはそうされても仕方がない状態だ。
 しかし、いくらアイリスでも突然こんな行動に出るのは違和感がある。と言うか、そもそも彼女がここにいること自体おかしな話だ。
 今日その予定はなかったのだから。

「アイリス、どうしたんだ?」

 戸惑いながらその肩を抱き、軽く揺するようにしながら問いかける。
 すると、彼女は焦燥感に満ちた顔を上げ、慌てたように文字を作り始めた。

【ユウヤ、メルとクリアが】

 そうして完成した文は乱れに乱れている上に言葉が足りておらず、一瞬理解が及ばなかった。が、彼女の様子からすぐに直感する。

「まさか、二人がいなくなったのか!?」

 だから、雄也は思わずアイリスの肩を強く掴んで強く問い質してしまった。
 そのせいで彼女は畏縮し、心底悔いるように身を縮めてしまう。

「ご、ごめん、アイリス。落ち着いて何があったか教えてくれないか?」

 かつてない程に心を乱した様子のアイリスに、今度はなるべく穏やかに問いかける。
 それに対し、彼女は一つ小さく頷いて文字を改め始めた。

【昼食の時間になったから二人を呼びに行ったら姿がなくて、部屋のテーブルに一旦自分の店に戻るって書置きがあったの。魔動器の作製に大きな魔力をよく発生させてたから〈テレポート〉を使うのに気づけなかったみたいで】
「それで?」
【昨日話してたこともあって嫌な予感がしたから、私すぐに二人の店に走っていったんだけれど店にもいなくて。家に戻っても帰ってなくて】

 メルとクリアは〈テレポート〉で移動しているのだから、店と家のどちらでも出会えないというのは確かにおかしい。わざわざ店と家を何度も行き来しているのであれば話は別だが、そうする意味はない。不自然だ。
 とは言え、それは彼女達の目的地が自分達の店だけという前提での話だ。

「えっと、何か買うものができて他のお店に出かけたんじゃないですか?」

 イクティナが口にしたような可能性もない訳ではない。

「ユウヤ、昨日借りた魔動器で探知しておいた方がいいのでは?」
「あ、ああ、そうだな。〈アトラクト〉」

 プルトナに促され、自室に置いておいたそれを転移させる。
 何にせよ、探知を行っておいて損はない。
 それで二人の居場所が分かれば何の問題もない。
 昨日の話が頭に残り過ぎていたアイリスの早合点に過ぎないなら、単なる笑い話だ。

「アサルトオン!」
《Change Phtheranthrope》

 だから、雄也は探知能力に最も優れた翼人プテラントロープへと変じ、魔動器を起動させた。
 その中に記憶された数多の魔力パターンからメルとクリアのものを再現させ――。

「〈ワイドエアリアルサーチ〉!」

 そのパターンを探し出すために全方位へと魔力を急激に伸ばしていく。
 目を閉じて全ての意識をそこに集中させる。
 かつては《Maximize Potential》状態でなければ広域での探知はできなかったが、今では通常状態でも王都ガラクシアスを覆い尽くす程となっていた。のだが……。

「……ユウヤ?」

 探知を開始して数分。
 反応がない雄也に嫌な予感を抱いてか、フォーティアが硬い口調で呼びかけてくる。
 しかし、雄也は即座にその声に応じることはできなかった。

「ユウヤ!」

 肩を激しく揺すられてようやく、胸の奥に激しい焦燥を抱きながらも目を開く。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 そして探知魔法と変身を同時に解除し、そのまま呆然と立ち尽くす。

「だ、駄目だ」
「駄目? どういうことですの?」
「二人の魔力パターンが発見できない。つまり……」

 探知の範囲外、即ち王都の外に出た訳でもない限り、何かしら危急の事態に陥っていると判断するしかない。
 たとえ街の外にいるにしても、それもメルとクリアの意思とは考えにくい。
 彼女達は決して、何の知らせもなく雄也達に心配をかける子ではない。
 自分の店に戻ると言ったのなら、それ以上でも以下でもないはずだ

「ま、前のアイリスの時みたいに、魔動器か何かで魔力が遮られてるんじゃないかい? それなら魔力の空白を見つければ――」
「いや……それも無理だ」

 フォーティアの言葉を遮って否定する。

「そもそも空白が存在しないんだ。少なくとも、探知可能な範囲に二人は、存在しない」

 探知の結果が正しければ、そう結論せざるを得ない。

「行方不明……ですか?」

 イクティナの呟きが重く訓練場に響く。
 最悪の結末が脳裏を過ぎり、自然と視線が下がってしまう。

「と、とりあえず、二人の店に行ってみましょう。何か手がかりがあるかもしれませんし」
「そう、だな」

 いずれにせよ、この場でうろたえていても仕方がない。
 今は一先ずプルトナの提案を採用して、魔動器店メルクリアへと向かうことにする。
 とは言え、そこを訪れたことがあるのは雄也とアイリスだけなので、〈テレポート〉で直接飛ぶことはできない。一旦商業区のポータルルームに赴き、そこから走って目指す。
 だが、そうなると身体能力の差で必然的に一人、遅れることになる。

「イーナ、悪い!」

 だから、雄也は彼女に謝って無理矢理抱きかかえた。

「ひゃあっ!」

 甲高い悲鳴を上げて焦りの表情を浮かべる彼女だが、状況が状況だけにされるがまま。
 雄也自身も羞恥を抱くような余裕もなく、ただ全力で足を動かし続けた。
 そうしてメルとクリアの店に到着したのだが――。

「やっぱり人の気配はないね」

 深刻な表情で洩らしたフォーティアの呟き通り、中には誰もいない。
 一通り店の中を確認するが、荒らされた形跡もない。
 何の糸口も見つからないまま時間だけが過ぎ、焦りが募るばかりだった。

「……家に戻ろう」

 もしここが誘拐の現場なら、闇雲に調べてはむしろ手がかりを失うだけの結果になりかねない。そう判断して一旦ラディア宅に帰ることにする。
 今度は〈テレポート〉で直接飛び、すぐに家の中も全て確認するが、やはり双子の姿はなかった。彼女達の部屋にアイリスが言った通りのメモが残されているだけだ。

「異常事態なのはもう間違いない。アイリス達はラディアさんに知らせてくれ」

 不確かな情報を耳に入れるのはどうかとも思っていたが、もはや是非もない。
 こうなっては彼女の手も借りるべきだ。

【ユウヤはどうするの?】

 そうした意図を持った雄也の言葉に対し、アイリスが弱々しい表情で尋ねてくる。

「俺は……」

 雄也はそんな彼女の問いに答えるように、雄也はフォーティアへと視線を移した。

「ティア、飛べる限り各地を回ってくれるか? そこで探知魔法を使って二人を探すから」
「分かった。任せなよ」

 いつになく真剣な声色と共に即座に了承したフォーティアに、急く気持ちを抑え込むようにしながらしっかりと頷き返す。

「では、ワタクシ達も参りましょう。アイリス、イーナ」
【分かった】「は、はい」

 そうしてプルトナの〈テレポート〉で彼女達がラディアの元へ向かうのを見送り――。

「よし。アタシ達も行くよ」

 雄也もまたフォーティアと共に、メルとクリアの居場所の手がかりを探すために世界各地へと転移したのだった。

   ***

 気がついて最初に抱いたのは浮遊感だった。
 次いで感じたのは温もり。揺籃に抱かれるような心地よさ。
 しかし、寝惚けた頭の片隅では警鐘が激しく鳴り続けていた。

(ここ、は……?)

 その焦燥に似た感覚に導かれるように、ようやく意識がハッキリとしてくる。
 そして、クリアはゆっくりと目を開いた。
 それから周りを確認しようとするが、薄暗くて一体どこにいるのか判然としない。
 どうやら液体に満ちた巨大なシリンダーの中に閉じ込められているようだが……。

(そうだ、私――!)

 そこで一気に思考の靄が取り払われ、クリアは我が身に起きたことを思い出した。

「目が覚めたようね」

 それを待っていたかのように、聞き覚えのある声がかけられる。と同時に、視界の中によく知った人物の姿が入り込んできた。
 カエナ・ストレイト・ブルーク。認めたくないが、クリア達の母親であり、七星ヘプタステリ王国王立魔法研究所の所長でもある。が、今となってはクリア達を拉致した犯罪者だ。

「っ! 姉さんは!?」

 食ってかかるように叫ぼうとするが、肺の中まで液体で満たされているようで声にならない。それでも、この苛立ちをぶつけようと〈テレパス〉を全開にして繰り返す。

『姉さんは、どこ!?』
「すぐ傍にいるわよ」

 どうやら〈テレパス〉は届くらしく、カエナはそう答えるとメルの居場所を示すように視線を移した。
 すると、その先が青色の光に照らされ、シリンダーの中に浮かぶ姉の姿が顕になった。

『姉さん!』

 彼女に〈クローズテレパス〉で呼びかけるが、反応はない。
 どうやら彼女はまだ意識が戻っていないようだった。

(〈テレパス〉が通るなら……)

「〈テレポート〉!」

 短距離転移でシリンダーから脱出すると共に、カエナの傍に出現して転移時の空間を押しのける力で牽制。そのままメルを助け出す。
 そう即座に算段を立て、クリアは音にはならずとも大きく叫んだ。しかし――。

(……発動しない!?)

「無駄よ。この空間には〈テレパス〉が使える程度の微弱な魔力しか存在しないから」

 クリアの行動を嘲笑うかのようにカエナが告げる。
 彼女の言葉を信じるなら、イクティナに作ったあの魔動器のような効果が、対象をクリア達、あるいは場そのものとして発生しているらしい。
 そうなると、魔法なしでは比較的身体能力が低いクリア達では対処のしようがない。
 逃げられない。

『……私達をどうするつもり?』
「連れてくる時に言ったでしょ? 私の役に立って貰うって」
『そんなこと、知ったことじゃないわ! 私達を家に帰して!』
「ここが貴方達の家じゃない。忘れたの? 本当にお馬鹿さんね、貴方は」

 呆れたようにカエナが言うと、薄暗かった部屋が僅かに明るくなる。それによって見覚えのある天井や壁紙、床のタイルなどが視界に映った。
 しかし、クリアにその光景を懐かしむことはできなかった。自分の陥っている状況もさることながら、目に入ったそれら以外のものに衝撃を受けたからだ。

「ひ、あ、ああ……」

 周囲には似たようなシリンダーがいくつも設置されていた。
 その中にはいたのは異形。
 一部人間のような特徴を残しつつも、体の半分以上に動植物が融合した存在。
 恐らく超越人イヴォルヴァーになり損なった犠牲者なのだろうが、シルエットが人型ではなくなっている部分があるが故に生理的嫌悪感と本能的な恐怖をかき立てられる。

「そう恐れなくとも危険はないわよ。これらは全て失敗作。既に命を失った単なる標本に過ぎないのだから」

 だが、何よりも恐ろしいのは、薄く笑いながら軽々しく告げるカエナだった。

『あ、貴方が行方不明事件の犯人だったのね!?』
「ええ、そうよ。個体差での違いを見るために数が必要だったの」

 こともなげにクリアの問いに答える様子もおぞましい。
 罪の意識など欠片も感じていないのだろう。

『個体、差? 貴方は一体……一体何をしてるの!?』
「知れたことでしょう? 人の力は知恵。科学の進歩こそ人の進化。そう教えたはずよ」
『それは、でも、だからって罪を犯していい理由にはならないわ!』

 ひたすら淡々と答え続けるカエナに対し、半ば怯えながらも虚勢を張って叫び続ける。
 だが、彼女には僅かたりともクリアの批判に堪えた様子がない。
 同じ人間と話をしている感じがしない。

『そもそも、それとこれと何の関係があるのよ!? 魔動器工場の長の次はドクター・ワイルドの下請けにでもなったの!?』
超越人イヴォルヴァーという存在の全てを解き明かし、さらなる人の可能性を生み出す。それがこの手でなせるのなら、どう呼ばれようと構わないわ」
『そ、そんなの、ドクター・ワイルドの後追いに過ぎないじゃない!』
「まず真似る。それが学問。後追い自体は全く悪いことではないわ。それを新たに発展させることができるかどうかが、研究者としての実力の見せどころでしょう?」

 そして彼女は愉悦に満ち満ちた顔と共に告げ、さらに言葉を続けた。

「だからこそ、私の研究に貴方達も貢献して貰うわ」

 カエナは口元を歪め、瞳に狂気を浮かべながらシリンダーを撫でる。

超越人イヴォルヴァーの中でも優秀な研究素材となるのは、魔力に優れた人間から作り出されたものだけのようだから」

 尚のこと笑みを深める姿に怖気立ち、クリアは思わず悲鳴を上げそうになった。
 それを何とか呑み込んで必死に考えを巡らす。
 このまま何もしなければ、本当にモルモットにされてしまいかねない。

(ここにいちゃいけない。何とか、逃げないと)

「〈テレポート〉!」

 全力で魔力を集め、再び転移を試みる。が、やはり逃れられない。
 他の方法を考えようとするが、焦燥感ばかりが募って思考が空転してしまう。

「無駄な足掻きね。貴方の未来はもう決まっているわ」
『そんなことない! 兄さんが絶対に助けてくれる!』

 自分に言い聞かせるように声を張り上げる。と、そんなクリアの強がりを見抜いているかのようにカエナは嘲笑った。腐り切っても母親ということか。

「その兄さんとやらが誰のことかは知らないけれど、残念ながら誰であろうと不可能よ。ここの結界はあらゆる探知を防ぐから」
『魔力の空白は捉えられるはずよ!』

 以前聞いた、ユウヤがアイリスを救った時の話を思い出しながらクリアは叫んだ。
 しかし、カエナは無知な子供を憐れむように首を横に振る。

「その程度のことは想定済みよ。空白を包むように偽装用の魔力層を発生させる魔動器が機能しているわ。内部を綺麗にトレースしているから、内側に入りさえされなければ中のことは何一つ分からない優れものよ」
『そ、そんな特殊過ぎる魔動器、今の世の中にある訳が……』

 少なくともクリアが知る限り存在しない。極めて限定された用途もそうだが、現在の技術ではそこまで複雑な機能のものは作れないはずだから。

『まさか古代の魔動器が新しく発掘されたの!?』
「いいえ違うわ。私が作ったのよ」
『あ、貴方が!? そんなこと――』
「高が魔動器工場の長にそんなことができる訳がない?」

 カエナは一瞬だけ表情に怒りを過ぎらせ、しかし、そうした雑言を向けてきた全てを逆に嘲るように口の端を吊り上げた。

「私達が革新を掴めなかったのは全て呪いのため。進化の因子を失ったがため。けれど、今の私は違う。彼に進化の因子を与えられ、呪いも解かれた」

 そして彼女は歌うように言葉を続ける。

「ああ。本当に素晴らしいわ。アイデアが湯水のように溢れ出てくる。私の才能がこれ程までに優れていたとは知らなかった!」

 恍惚として高らかに言葉を発するカエナに、生理的な嫌悪感と恐怖が増すばかりだ。
 そんなクリアの怯えの目を受けて、彼女は天才を理解しない凡人を前にしたように深く溜息をついた。それからモルモットを見るような冷めた視線を向けてくる。

「いずれにせよ、未来のない貴方には関係のない話ね」

 そしてカエナがそう簡潔に告げた瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。

「あ、ううう、ああああああああああっ!」

 次いで急激に全身が熱を持ち、四肢が引き裂かれそうな激痛に襲われる。
 音にならずとも絶叫を上げなければ意識を保っていられそうになかった。

「貴方は『化物』として殺される運命にあるのだから」

 そんな中。化物、という単語だけがハッキリと耳に届く。
 恐らく〈テレパス〉をも使用して殊更強調したのだろう。だから――。

「あるいは過剰進化オーバーイヴォルヴの時間切れで崩壊するか。どちらにせよ、死は免れない」

 耳に残ったのは続いて告げられた事実よりも、その言葉。

(化物……化、物…………)

 痛みが治まった後も頭の中で反響が続く程だった。

「あら、メルも起きたようね」
「あ……」

 カエナの言葉を受けて姉を見る。すると、彼女は今正に目の前に恐怖すべき存在がいるかのように、酷く怯えた目をこちらに向けてきていた。
 そんな姉の視線に、己の状態を察してしまう。
 果たして、目線を下げると超越人イヴォルヴァーの如き異形と化した体の一部が見えた。

(わ、私……)

 恐れが胸の奥から湧き起こり、体が震え出してしまう。
 自分自身ですらそうなのだから、実際にどのような姿形に変じているかは分からないものの、姉がそうした感情を抱くのも理解できる。
 理解できるが、実の姉にそんな態度を取られて平気ではいられない。

『姉さん!』

 だから、自分が妹だと気づいて欲しくて〈テレパス〉で呼びかける。
 だが、メルのシリンダーは完全に魔力的に隔離されているのか、彼女は気づく様子を見せない。それどころか化物に凝視されていると思ってか、恐怖心で今にも泣き出しそうに顔を歪めている。
 その様子に尚のこと心が掻き乱されるばかりだった。

「クリア、貴方には過剰進化オーバーイヴォルヴ検証の仕上げに役立って貰うわ」

 そんなクリアの感情などお構いなしに、カエナは小さく告げる。
 正にその次の瞬間、再び体のどこかで痛みが発生した。それから、先程以上の熱が全身を駆け巡っていく。まるで内臓の全てを焼き尽くさんとするかのようだった。
 次いで手足の感覚が人間のそれとは徐々に異なっていき――。

(い、嫌、嫌よ! 助けて……助けて、兄さん!)

 それ以上に、過剰進化オーバーイヴォルヴの果てにある避けられぬ死を思ってクリアは恐慌を来たしそうになっていた。
 体が半ば痙攣するように震え出すのを止められない。

「ふふ、精々その感情に従って足掻くといいわ」

 そうやってクリアが自分自身の思いに押し潰されそうになっている間にも、カエナは口の端を歪めながら冷たい声色と共に言う。

「結界限定解除。偽装最大モード。〈コンパルソリートランスミット〉」

 そして続けられたのは、対象を強制転移させる魔法の発動を告げる言葉。
 それが耳に届いた直後、クリアの視界は移り変わり、見慣れた街並みが目に映った。

「きゃああああああああああっ!」「ば、化物!」「うわあああああああっ!」

 ほぼ同時に、市井の人々が突然現れたクリア異形を見て、悲鳴を上げながら逃げ惑い始める。
 しかし、今のクリアには阿鼻叫喚の光景を呆然と眺めることしかできなかった。

    ***

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