【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十三話 異形 ④行方不明事件

「そう、か。〈ブレインクラッシュ〉によって人格を奪われていない超越人イヴォルヴァーが……」

 痛ましそうな視線を向けてくるラディアに、雄也は「ええ」と力なく答えた。
 過剰進化オーバーイヴォルヴした超越人イヴォルヴァーの末路を目の当たりにしたその日の夜。ラディア宅の談話室。
 住人全員が一堂に会し、今日の事件について話し合っていた。
 行方不明事件の関連でラディアの帰りが遅かったこともあり、大きめのソファーに並んで座っている双子は眠たそうに目を擦っている。
 無理に夜更かしをせず、少しずつ生活習慣を整えてきている証だ。これは余談だが。

「アサルトレイダーが機能しなかったことと言い、気になるな」

 そんな中で一人立ったまま顎に手を当てて訝しげに呟くラディア。

「はい……」

 彼女の言葉に雄也は小さく首を縦に振り、視線を下げた。すると――。

「大丈夫かい? ユウヤ」

 余程声が弱々しく聞こえたのか、フォーティアが心配そうに問いかけてくる。
 プルトナも気遣わしげな面持ちになっているし、隣のアイリスは手を重ねてきていた。

「そう自分を責めるな、ユウヤ。過剰進化オーバーイヴォルヴまでされては、お前にはどうしようもない。彼にとっても、お前に最期を看取って貰えただけマシな結末だったことだろう」

 ラディアもまた労わるように言い、雄也の肩をポンポンと軽く叩く。
 しかし、彼女には申し訳ないが、今そんな言葉を貰ってもかえって気持ちが沈むだけだ。
 加えて、時間が経つにつれて胸の奥の重苦しさが大きくなっている気がする。
 やはり、彼はある意味雄也と同種の存在だからだろう。
 これまでの被害者とはまた趣が違う。
 異形の姿に真っ当な人の心を残す者。その命が目の前で失われたのは初めてだった。
 だから、彼の死に強く囚われてしまっているのかもしれない。
 小さく息を吐いて項垂れてしまう。

「ユウヤ……」

 そんな雄也の素振りからそうした複雑な感情を察してか、ラディアはそれ以上慰めを重ねるようなことはしなかった。

「…………だが、対策班を責めてはいけないぞ」

 代わりに、彼女は諭すように言う。

「現状〈ブレインクラッシュ〉の治療法も、過剰進化オーバーイヴォルヴを解除させる術もない以上、街の被害を最小限にとどめるには討伐するしかない。無論、私とて納得できる話ではないが……」

 さらに、そう続けたラディアの表情にも苦い感情が浮かんだ。
 禁忌の魔法〈ブレインクラッシュ〉の被害者たる両親のこともあり、彼女自身、どうしようもないからと諦めることを容認し切れない部分があるのだろう。
 その辺りは雄也も同じだ。が、さすがにある程度は分別をつけるつもりだ。
 彼らの判断は対策班としては至極当然のものなのだから。

「……それについては理解も、納得もしてます。彼らを責めるつもりもありません。もっとも俺のやり方と相容れない時は、衝突は避けられないでしょうが」

 己の掌を見詰めながら言う。
 それは糾弾や断罪ではない。そもそも、正義ならぬ身にそんな資格はない。
 これはつまり、互いに譲れない部分のぶつかり合いでしかないのだ。
 正直、感情で対立する輩よりも遥かにたちが悪い存在だと自分のことながらに思うが。

「お兄ちゃん……」「兄さん……」

 半分ぐらい瞼の落ちた目でこちらを見ながらも、心配そうに同時に呟く双子。そんな妹分達の微妙に無理をした様子に、雄也は意図して微笑を浮かべながら再び口を開いた。

「二人共、眠いなら早く寝た方がいい。体に悪いぞ」

 そして、そう柔らかい口調で伝えるが、メルはフルフルと首を横に振る。

「大丈夫。まだ眠くないわ」

 そんな姉に合わせるように、クリアが若干不満げに唇を尖らせた。
 仲間外れは嫌、という感じか。
 そうした意地っ張りな様子は、しかし、以前とは違って義務感とかそういう類の重たい感情が根底にあるもののようには見えない。
 一種の親愛から来たものと感じられる。
 だから、雄也は直接的な慰めよりも心を癒やされつつも、表面上は困り気味に彼女達に苦笑を向けた。そして今は、そのまま話を続けることにする。

「いずれにせよ……感傷に浸ってても仕方ありません。今優先すべきは、再び〈ブレインクラッシュ〉の影響下にない超越人イヴォルヴァーが出たら、を考えることじゃない」
「ああ。そもそも誰かを超越人イヴォルヴァーとさせないことが何よりも重要だ」
「確か……今回の被害者は何者かに連れ去られたのですわよね?」

 ラディアの同意に続けて問うプルトナに頷く。
 あの時〈クローズテレパス〉を用いて聞いた言葉からすると、そうなるはずだ。

【行方不明事件が人為的なもので、それがこの件にも関連してるのは間違いなさそう】
「うむ。ほぼ確定だな。……全く以て口惜しい限りだが」

 アイリスの文字にラディアは視線を下げ、眉をひそめた。
 名目上、協力者という程度の立場でしかないはずの彼女だが、それでも捜査に関わった者として責任を感じてしまっているようだ。……が、それこそ不要な重荷だろう。

「先生こそ自分を責めちゃ駄目ですよ。そもそも事件の捜査は騎士の領分なんですから」

 フォーティアの言う通り、まず批判の矢面に立つべき者がいるとすれば騎士達だし、何よりも責められるべきは犯人だ。
 ラディアが悔いる必要はない。のだが――。

「そう、だな」

 彼女はそう口にしつつも、納得には至っていない顔をする。
 真面目過ぎるのもよし悪しだと分かる例だろう。
 そうした性格の人間には、大抵慰めは逆効果になるものだ。
 当然彼女を不当に責めるのは間違いだが、ある程度強い言葉で今正にすべきことを示してやった方が手っ取り早いことが多い。
 雄也自身、比較的そちらの系統なのでよく分かる。

【責任を感じるよりもまず、対策を考えるべき】

 なので、アイリスが作った文字の内容は、むしろラディアを励ますのには効果的と言えた。

「ああ……その通りだ」

 果たして彼女は気を取り直したようにそう言って、表情を引き締め直す。

「けど、連れ去りを防ぐにはどうすればいいんでしょうか」

 雄也はそんな彼女の様子を受けて、改めて問題を提起した。
 街の治安維持と言えば、この世界では騎士が一手に担っているのだが……正直余り当てにはできない。

「自分で自分の身を守れるぐらい強くなれば問題ない! って訳にもいかないからねえ」

 雄也の問いにそう答えながら、フォーティアが困ったように頭をかく。

「残念なことですけれど、皆が皆私達のように強くはありませんし、そもそも私達とて犯人に勝てるとは限りませんわ」
「……ダブルS以上がそのようなことを言い出すのだから世も末だな。全く」

 神妙な顔で続いたプルトナの言葉に、ラディアは大きく嘆息した。
 本来ダブルSと言えば、常識的な感覚では雲の上の存在らしいのだから、その反応も仕方がない。
 しかし、犯人が例えばドクター・ワイルドだったなら、雄也達でさえ今のままでは抵抗することも難しいのが現実なのだ。
 これまでの彼のやり口からして、十中八九今回の実行犯ではないとは思うが。

【何にせよ、できないことを話してても仕方がない】
「それはそうですけれど、ならアイリスは何かあるんですの?」
【考え中】

 プルトナに問われ、アイリスはきまりが悪そうに視線を逸らしてしまった。
 とは言え、彼女の言葉自体はもっともだ。
 実現できる有効な手段を考えなくてはならない。
 机上の空論を必死に頭の中で巡らしていても、傍から見れば空回りしているだけだ。

【一先ず騎士の巡回は増やすべき】
「ああ……いや、既に平時よりも強化しているのだ。しかし、それでも、な」

 ラディアは首を横に振りながら深く息を吐いた。

「基本後手に回ってしまっている以上、いくら数をかけても足りん」

 犯人の尻尾も、毛先すら見えていない状況では掴むことなどできはしない。
 魔法という異能があるこの世界。
 多少なり捜査用の魔動器はあれど進歩は乏しく、それ以上の力があれば何にも妨げられずに勝手な真似を押し通すことができる。
 とは言え、人間が持てる力の大きさに反して重大な犯罪は少ないようだが。
 それが異世界の人間性の違いなのか、あるいはこれもまた女神の祝福とやらの効果なのかは分からない。
 だが、いずれにせよ魔力が高く魔動器の知識が豊富であれば、誰にも気づかれずに人をかどわかすことぐらいできるだろう。
 力ある者がそうした悪意を持ってしまえば。

「魔法で姿を隠すことができる以上、監視カメラとかも余り意味ないだろうしなあ……いや、魔力の濃淡とかを見ることができれば話は別か?」

 首を傾げながら自問するように呟く。
 すると、その声が耳に届いたのかラディアが視線を向けてきた。

「監視カメラ?」

 そして、そこに興味を持ったらしく、問い気味にその単語を繰り返す。

「あ、はい。えっと、映像を記録する魔動器はありますよね?」

 雄也がそう返すと、彼女は頷いて目で続きを促してきた。

「それを犯罪が起きそうな場所や人が簡単に入れないようなところに置いて、常に記録し続けるんです。防犯と監視のために。元の世界では割と色んな場所に設置されてました」
「防犯と……監視、か。少々聞こえが悪いな」

 雄也の言葉の内容に、微妙に眉をひそめるラディア。
 確かに監視とだけ聞くと、最初から人間全般を疑ってかかっているかのようで少々イメージが悪いかもしれない。

「雄也はそんな中で生活してたのかい?」
「息が詰まりそうですわ。も、もしかしてお手洗いとかも……」

 フォーティアとプルトナも微妙な反応を見せる。詳細を知らなければ当然か。

「いやいや、いくら何でも家の中とか店のトイレの中とかにはなかったって」
「ですが……」
「まあ、改めて監視カメラがあるって意識すると嫌な感じがするかもしれないけど、意外と気にならないもんだよ。正しく運用されてさえいれば、一般人が気にする必要はないし」

 そう雄也が言うと、ラディアが「ふむ」と顎に手を当てて考え込んだ。

「確かに、設置条件に常識的な線引きがあれば問題なさそうではある。運用方法に対する懸念も、少なくとも今の七星ヘプタステリ王国には不要だろうしな」

 それから少しして、彼女はメリットが大きいと判断したのか納得したように頷く。
 実際、賞金稼ぎバウンティハンター協会の元協会長で信頼できる人物たるランドが相談役に加わっているのだから、その辺の心配は確かに必要ないだろう。

「多少の違和感はあるだろうが、安全には変えられんしな」
「……まあ、真っ当な人間に害がないのなら」
「国民の安全は国家として何より優先すべき事柄ですものね。実際問題、ある程度までは国民の側も許容すべきかも……しれませんわ」

 ラディアの結論に、フォーティア達も一定の理解を示す。が、そうした感情的な部分については言葉を尽くせばいいとしても、一つ如何ともしがたい問題がある。

「とは言っても、さすがに今日明日で各地に配置するのは無理ですよ?」
「それはそうだ。しかし、今後のためと思えば、お偉方に提案する価値はある」

 ラディアはそこで一旦区切り、一つ小さく嘆息する。

「……以前のこの世界アリュシーダならいざ知らず、こうも凶悪犯罪が頻発している現状では、な」

 そして彼女は、そんなものを必要とする社会になったことを嘆くように続けた。
 しかし、今を悲嘆するばかりでは現実逃避しているだけだ。
 問題は問題として受け止めなければならない。

【最終的にはそうするとして、その態勢が整うまではどうするの?】
「それは……」

 改めて直近の問題点を指摘するアイリスに、難しい顔をして言い淀むラディア。
 やはり、短期間で状況を一変させるような案などそうそう出てくるものではない。

「結局のところ、できることを地道に行っていくしかないだろう」

 歯痒さを滲ませながら、ラディアは絞り出すように告げた。

「たとえ効果が薄くとも騎士をさらに増員して捜査させつつ、公に注意を呼びかける。後は精々、各家庭に魔力ビーコンを支給するぐらいか」
「魔力ビーコン、ですか」
「うむ。魔力を発して位置を知らせる魔動器だ。魔力が低い者用だな」
「ですが、それにしたって全体に行き渡らせるのは……」
「これまでの被害者の傾向を見てみると、魔力の高い水棲人イクトロープに比較的偏っているようではある。もっとも、誤差と言われれば反論できん程度の偏りだが、現状ではそれに従って優先的に人員の配置、魔動器の支給を行うしかない」
「魔力の高い水棲人イクトロープ?」

 その言葉にハッとしてメルとクリアを見る。が、二人の様子を目の当たりにして、一瞬湧き起こった緊張感はしぼんでしまった。
 睡魔に耐え切れなかったのだろう。彼女達は互いに頭を預けるようにしながらソファーにもたれ、あどけなく無防備な顔で寝息を立てている。

「一先ず話はこの辺りにして、私達ももう寝るとしようか」

 ラディアは彼女達を見て表情を和らげながら言い、それから視線をこちらに戻した。

「その前にユウヤ、これをお前に渡しておく。〈アトラクト〉」

 そして、彼女は転移させた箱状の物体をこちらに差し出してくる。
 大きさとしてはティッシュ箱程度の直方体だ。

「これは?」

 それを受け取って観察しながら問いかける。

「個々の魔力パターンを記録した魔動器だ。私達のものも入っている。本来は探知用魔動器とセットで使うものだが、お前の探知範囲なら有効に活用できるはずだ。もっとも、これの場合は魔力が一定以下の者の位置特定には利用できないが……」

 そう答えながらラディアは再びメルとクリアに視線を落とした。
 少なくとも彼女達ぐらいの魔力があれば可能だと目が物語っている。

「……では、二人を部屋に連れていってやってくれ」

 少し間を置いて彼女は顔を上げると、そうとだけ言葉を残して談話室から出ていった。
 その背中を見送り、預けられた魔動器を一先ずテーブルに置く。

「じゃあ……」

 それから雄也は双子の傍に寄って今日はメルの方を抱きかかえた。起こしたりしないように優しく丁寧に、膝の裏と背中を手で支える。
 互いに寄りかかっていたせいでクリアが倒れかかるが、その前に頼まれずとも手を伸ばしていたアイリスが雄也と同じようにする。
 そうして全員で部屋を出て――。

「ほんじゃ皆、お休みー」
「お休みなさいまし」

 ひらひらと手を振るフォーティアと一つお辞儀をするプルトナの二人と別れ、雄也はアイリスと共に双子の部屋に向かったのだった。

    ***

「お兄ちゃん、大丈夫かなあ」

 心配そうに呟く姉に、クリアもまた同じ気持ちを抱きながらユウヤのことを慮った。

(けど……本当に兄さんがオルタネイトなのね)

 昨日初めて目の当たりにした緊迫した様子。実のところ、それでようやく彼がオルタネイトである事実を心の底から信じることができた。
 正直それまでは、目の前で変身するところを見ながらも現実味がなかった。
 クリアにとって彼は、そうと感じさせない変な男の人に過ぎなかったからだ。
 魔動器の分析を邪魔してきたり、強引に遊びに連れ出したり。
 兄と呼ぶようになってからも印象は余り変わっていなかった。
 とは言え、それは勿論悪い感情ではない。そのおかげで、クリア達もユウヤやアイリスと気安く接することができるようになったのだから。

「……確かに心配よね」

 そのユウヤが今、酷く落ち込んでいた。
 表面上そうとは見えないようにしているが、ふとした瞬間の表情で分かる。
 原因は間違いなく、人格を保ったまま超越人イヴォルヴァーとなった人を救えなかったからだろう。

(兄さんは、ある意味自惚れてるのかも)

 彼ではどうしようもなかったことなのに、その責任まで背負い込んでいる。
 強大な力を持つ価値のある自分でなければならない。その力を以って誰かを救える自分でなければならないと心のどこかで思っているのだ。
 できることとできないことは弁えて、気にしなければいいのにそれができない。
 真面目過ぎる苦労性とでも言えばいいか。

(って、それは私達にも少し言えることかしら)

 ラディアが助ける価値があった自分でなければならない。
 そう強く思い込んで常に焦っていた気がする。
 しかし、今ではユウヤのおかげで少なくとも自己分析できるぐらいにはなったと思う。勿論、その気持ちが全てなくなった訳ではないが。

(意外と兄さんと私達って似てるのかもしれないわね。本当の兄妹みたいに)

 そんなことを考えて、少し苦笑してしまう。

「クリアちゃん?」

 訝しげに問う姉に、クリアは「何でもないわ」と答えながら彼女に顔を向けた。

「それより姉さん。そっちは終わった?」
「あ、うん。一通りマーキングは済ませたよ」

 場所は魔動器店メルクリア。
 クリア達は今、魔動器作製に利用できそうなものをラディア宅に持っていくために、一旦〈テレポート〉で家に帰ってきていた。
 分析機器と簡易的な工具は既にあるので、今日持ち出すのはそれ以外の使えそうな魔動器など。勿論、両手に抱えていくのは物理的に不可能なので、〈アトラクト〉を使うために魔力によるマーキングを行っていた訳だ。

「でも、超越人イヴォルヴァーになった人や過剰進化オーバーイヴォルヴだったっけ? をしちゃった超越人イヴォルヴァーを元に戻すって、どうすればいいのかなあ」

 目的はメルが言った通り。
 兄の心を乱す要因を取り除き、憐れにも巻き込まれてしまった犠牲者を救うため。
 大分前にラディアから依頼されていた〈ブレインクラッシュ〉の治療法と併せて、それが可能な魔動器を作り出すためだ。
 とは言っても姉の言葉通り、その方法はいずれも確立されておらず、クリア達自身の手で作り出さなければならない。のだが、糸口すらないのが現状だ。

「何にせよ、やってみるしかないわ。試してみないとできるかどうかも分からないし」

 そうした積み重ねこそ新技術発見の第一歩なのだから。

「そうだね。お兄ちゃんのためにも頑張んないと」

 グッと両手を握って気合いを入れる姉の姿に、クリアもまた表情を引き締めて頷く。

「じゃあ、先生の家に戻ろ! クリアちゃん」
「うん、姉さん」
「「〈テレポート〉」」

 そしてラディア宅に帰るため、クリア達は同時に魔法を発動させたつもりだったが――。

「って、え?」
「て、転移、しない!?」

 周りの景色は一切変わらなかった。
 その事実に戸惑いながら、姉と共に周囲を見回す。

「〈テレポート〉が妨害されてる?」
「……クリアちゃん、一度外に出よう!」

 妨害の範囲がどの程度かは分からない。
 それでも、この異常事態にあって冷静に告げたメルの判断は間違いなく正しい。
 だから、クリアは彼女に同意して、姉と一緒に店の入口へと駆け出した。

「え……?」

 しかし、次の瞬間メルは足を止めてしまう。何故なら、クリア達が外に出るのを妨げるように見覚えのある人物が立ち塞がったからだ。

「お、お母……さん?」

 そこにいたのはクリア達の母親、カエナ・ストレイト・ブルークだった。

「久し振りね。メル、クリア」

 表面上優しい笑みを浮かべる母親。

「お母さん……」

 それを目の当たりにして、まだ心のどこかで母親を信じようとしているメルが吸い寄せられるように彼女に近づこうとする。

「姉さん、駄目!」

 しかし、クリアは母親の瞳の奥に自分達を道具として利用しようとする歪さを改めて見て取り、進み出ようとする姉を手で制した。
 それと共に嫌悪を込めてカエナを睨みつけながら再び口を開く。

「〈テレポート〉の妨害。貴方の仕業ね。一体何のつもり?」
「母親にそんな口を聞くなんて、悪い子ね。クリア」
「ふざけないで。私は貴方を母親だなんて思ってないわ」

 そう冷たく告げてやるとカエナは母親を装った表情を破り、自分にとって都合のいい実験道具を前にしたような酷薄な顔つきになった。

「本当に仕様のない子。でも、いいわ。私はでき損ない貴方達にチャンスを与えるために来たのだから。この私の役に立つチャンスを、ね」

 そして、朗々と歌うように妄言を吐き始める。
 そんな母親の姿にクリアは反吐が出る思いだった。
 同時に、同じ人間とも思えない狂気を感じて強い恐怖心も抱く。

「そう。私が新たな革新をもたらすのよ。この停滞した世界に。だから――」

 そうした娘の気持ちなど気にも留めず、歪んだ笑みを浮かべながら少しずつ近づいてくるカエナ。逃げ場はなく、姉を背中に隠しながら後退するしかない。

「貴方達にはその礎になって貰うわ」

 彼女はどこからともなく杖のような魔動器を取り出すと、その先端をこちらに向けた。
 直後、全身から急激に力が抜け――。

「あ……」

 倒れ込む刹那、何とか体を捻って糸の切れた人形のように崩れ落ちる姉の姿を視界に捉えながらも、クリアもまた意識を失ってしまったのだった。

    ***

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