【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十二話 閃影 ④現実ではそう現場に遭遇しない

    ***

「アサルトオン」

 無防備に背中を向けて逃亡を図る超越人イヴォルヴァーを前にして、アレス・スタバーン・カレッジは静かに告げた。己を変質させる鍵となる言葉を。

《Change Organthrope》

 それを受けて低く唸るような電子音が響き、全身が異形へと変化していく。続いて、漆黒と琥珀色の入り混じった歪な装甲が、変化したアレスの体を覆い隠した。
 真超越人ハイイヴォルヴァー鬼人オーガントロープ。六・二七広域襲撃事件の発端ともなった力と同質のものだ。
 しかし、あの戦いにおいても、その後の七・一九事変においても、オルタネイト程ではなくとも被害を最小限にとどめるのに貢献している。
 当初は、オルタネイト共々その存在は秘匿されていた。が、現在では七・一九事変を切っかけに公にされている。
 貢献度の高さ故に、事件の首謀者が作り出した力であることを表立って忌避されるようなことはない。
 そして、それ以降、超越人イヴォルヴァー対策班の活動内容も若干変化していた。
 以前はオルタネイトの補助だけが仕事だったが、場合によっては対策班のみで超越人イヴォルヴァーを討伐することも視野に入れた訓練を行っている。
 そして今、初めて訓練通りにアレスを先陣に街を脅かす敵を追い詰めていた。

《Greatsword Assault》

 変身が完了すると同時に、装甲と同じ配色の大剣を手の中に生み出す。

「はあっ!」

 アレスは鋭く息を吐くと共に一際強く大地を蹴ると、一気に相手との間合いを詰めた。
 そのまま巨大な鉄の塊の如き剣を超越人イヴォルヴァーへと叩き込む。

「ガアアッ!?」

 川辺の魚の如き特徴を持ったそれは短い悲鳴を残し、呆気なく弾き飛ばされて遠くの地面に転がった。
 そのまま力なく倒れ伏し、起き上がろうとする様子も見せない。

(これは……)

 余りにも無様な挙動に拍子抜けする。まるで脅威を感じない。
 だからアレスは逆に不審に思い、警戒するようにその場で足を止めた。
 しかし、既にアレスは役割を果たしていたため、それが連携に影響することはなく――。

「今だ! 畳みかけろ!」

 敵を包囲していた超越人イヴォルヴァー対策班の面々が、超越人イヴォルヴァーへと魔法を解き放つ。
 明らかに水属性と思しき敵へと、相性のいい火属性が大部分を占めた攻撃が殺到する。

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 そして、魔法を無防備に受けた超越人イヴォルヴァーは断末魔の叫びを上げた。対策班に選ばれる程度には魔力が高い彼らの魔法は、この敵にとって致命の威力を有していた。

「ア、アアアアアア、アアア、ア…………ァ」
「くっ」

 その悲痛な声に心を揺さぶられ、つい眉をひそめてしまう。
 これまでの敵も死の間際にそうした音を上げることはあった。しかし、今回のように苦痛に苛まれ、己の運命を恨むような感情が滲み出た絶叫はなかった。

「……何だったんだ。こいつは」

 爆散することもなく、焼き尽くされて灰となったそれを呆然と見ながら呟く。

《Change Anthrope》《Armor Release》

 装甲を排除し、基人アントロープとしての姿に戻りながら視線を対策班の面々に移す。
 彼らは敵の討伐に初めて成功し、意気揚々と引き揚げていっていた。
 アレスが足止めをしている間に包囲して殲滅。訓練通りで何の問題もなかった。
 彼らから見れば、それだけのこと。
 だからか誰もアレスのように、この超越人イヴォルヴァーに対して違和感を抱いていない。

「今日は出てこなかったな、オルタネイト」

 精々そのことに疑問を抱く程度だ。
 それにしたって、その軽い口調や表情からすると疑問と言える程、引っかかりを覚えているようには見えない。
 初討伐の高揚を前にしては、瑣末なことでしかないとでも言うように。
 もっとも、それに関しては仕方がない部分もあるが。

「俺達だけで十分だって証明になったじゃないか」

 正体を知らぬ彼らにとって、オルタネイトは目の上の瘤でしかない。
 これまで、世間一般には超越人イヴォルヴァーを討伐してきたのは対策班だと情報操作されてきた。しかし、オルタネイトの存在が明らかになったことで、その信憑性に民衆からも疑問を持たれ始めている。
 それ以前にかつての国のお偉方からは、オルタネイトの補助に留まり、実質的に何の成果も上げていないことをネチネチと言われ続けてきたのだ。
 力の出自を忌避せずとも、面白くないと思っていても何ら不思議ではない。
 その辺りに配慮して、なるべく真超越人ハイイヴォルヴァーたるアレスが止めを刺さない形を上役から指示されていたりもする訳で、対策班の面々はオルタネイトがいないならいないで構わないとしか思っていないだろう。
 そもそも、彼が現れない異常さに気づけるのは、事情を知るアレスぐらいのものだ。

(ユウヤには超越人イヴォルヴァーの出現を察知できる魔動機馬アサルトレイダーがいたはずだが……)

 顎に手を当てながら深く考え込む。
 しかし、あれもまたドクター・ワイルドから与えられたもの。
 彼の匙加減でそうした機能が制限される可能性は十二分にある。
 それでも、アレスが超越人イヴォルヴァーに違和感を持ったこのタイミングでそうなったことには、何かしらの意味を感じざるを得ない。

(行方不明事件も騒がれているしな)

 騎士の捜査が進展しておらず、まだ何も背景が分かっていない。
 それ故、対策班が駆り出されることはないが、何となく気にかかる。

(考え過ぎだといいが……)

「アレス、引き上げるぞ」
「……ああ」

 超越人イヴォルヴァー対策班の仲間から声をかけられ、思考を打ち切る。
 そしてアレスは、嫌な予感を振り切るようにその場を後にした。

    ***

「「ようこそ、魔動器店メルクリアへ」」

 タイミングを合わせ、線対称になるように片手を差し出してくるメルとクリア。
 二人の可愛らしい仕草と表情にアイリス共々自然と顔を綻ばせながら、雄也達は彼女達の店に入った。離し時を見失って、しっかりと手を繋いだまま。
 中は整理されている割に散らかっている印象を受ける。
 狭い店のあちこちに魔動器が並んでおり、歩くスペースが小さいからだろう。

「それで兄さん。どんな魔動器が欲しいの?」

 定位置なのか、カウンターの向こう側に座りながら問うクリア。

「ああ、えっと」

 雄也は二人が用意してくれた椅子に座りながら口を開いた。
 さすがにその時に至ってはアイリスの手を離す。が、彼女が椅子の位置を近づけたので肩から腕にかけては触れ合ったままだった。

「魔力の収束を妨げるような魔動器、かな」
「妨害系ね。けど、兄さんが戦うような相手だと魔動器が壊れちゃうわよ?」
「凄い負荷がかかっちゃうからねー」

 クリアの説明にメルが間延びした声で補足を加える。
 どうやら二人共、相手に直接干渉するようなものを想定したようだ。

「そ。そして、こんな感じになる訳」

 クリアはポケットの中から砕けたキーホルダーを取り出した。

「あれ、それって――」
【精神干渉を防ぐ魔動器?】

 アイリスが作った文字にハッとして、雄也は気まずげに口を開いた。

「えっと……俺のせい?」

 恐る恐る問いかけると、メルとクリアが無言で頷く。
 心なしか視線が責めるようにジトッとしている。

「ご、ごめん。もしかして、大事なものだった?」

 大慌てで言うと、彼女達は一転して悪戯に成功した子供のように小さな笑みを交わし合った。

「別にいいよ。ただの道具だもん。作り直せばいいだけだし」
「壊れたのは魔法技師としての力不足のせいだしね」

 二人の言葉に胸を撫で下ろす。

「兄さんったら慌て過ぎ」

 クリアは軽く言うが、大切なものを壊してしまっては兄とは名乗り辛い。
 焦って当然だろう。
 そんな雄也の内心を余所に、彼女はキーホルダーの破片を掌で転がしながら口を開く。

「これは光属性の魔力吸石で光属性の魔力濃度を高めて、闇属性の魔力を遠ざける魔動器なの。精神干渉は相手と魔力的に繋がることで発動するものだから、結果的に精神干渉を防ぐものにもなってるって訳」
「自分の周囲の魔力に働きかけるから余り高品質の魔力吸石じゃなくても効果が高い……はずだったんだけど、お兄ちゃんぐらいの魔力を捻じ込まれると耐えられなかったみたい」
「他の属性で相手の魔法を邪魔しようとすると、もっと大きな負荷がかかるから――」
「多分、相当量の高純度な魔力吸石が必要になると思うよ?」

 交互に滑らかに言いながら、そう結論づけるメルとクリア。二人共、意外と早計だ。
 あるいは、専門分野ということで少々張り切り過ぎているのかもしれない。

「いや、敵に使う訳じゃないんだ」

 そんな彼女達に苦笑しながらそう言うと、二人はキョトンとして首を傾げた。

「知り合いに魔力が高過ぎて魔法をうまく使えない子がいてさ」
【ああ。イーナ】

 納得したように文字を作るアイリスに頷いてから、再び双子に向き直る。

「で。魔力を抑制して魔法を安定的に使えるようにする魔動器とか作れないかなって」
「魔動器で自分自身の魔力を抑制……」
「余り聞かないコンセプトね」

 メルとクリアは互いに顔を見合わせた。

「そうなのか?」
【魔動器は大体、制御が面倒な魔法や長時間維持する必要がある魔法、使えない属性の魔法を代替させるのが基本だから。後は魔力を蓄積して魔法をブーストするぐらい】
「あくまでも現代の魔動器、だけどね。古代の魔動器はもっと色々できたって聞くし」

 メルは注釈するように言い、「内容は分からないけど」とさらにつけ加えた。

「少なくとも、わざわざ自分を弱体化するような魔動器は聞いたことがないわ」
「弱体化……まあ、一応は弱体化か?」

 極々低いレベルで安定させても価値がないのは確かだ。
 しかし、ゼロから一への進歩ならば多少なり意味はあるだろう。

「でも、面白い考え方だわ。やるじゃない、兄さん」

 笑顔と共にクリアから称賛され、雄也は逆に少々困惑してしまった。
 リミッターを設けて安定性を高めたり、枷をつけて己を鍛えたりする。そんな思想は、元の世界ならフィクションに限らず一般的な話だった。
 そして、バトルものならリミッターを解除したり、枷を外したりしてパワーアップするところまでがテンプレだ。

(……進化の因子なき世界、か)

 ふとドクター・ワイルドの言葉が脳裏を過ぎる。
 この世界アリュシーダの科学史は薄い。
 登場する名前はワイルド・エクステンドと時々ウェーラ・サガ・エウォルティオが見られるぐらい。しかも後者は千年以上前の人物だ。
 王立魔法研究所が魔動器工場と揶揄されていることから分かるように、ドクター・ワイルド以外に科学を発展できるような発想力を持った人間がいないのだ。

(人間の進化を促す……)

 始まりの日。彼はそのために争いの種を生むと言っていた。
 それは何も生物学的な進化だけを意味していたのではないのかもしれない。
 むしろ人間の繁栄は科学的な進歩によるものなのだから。

「けど、どうしよっか。制御に困るぐらい魔力が強い人だと、結局のところ生半可な魔動器じゃ抑え込めないよ?」

 困ったようにクリアの方を向いて首を傾げるメル。

「なら、魔力を収束しにくくなるぐらい魔力濃度の方を希薄にすればいいんじゃない?」
「魔力を希薄に……あ、そっか!」

 妹の提案に、メルは理解したとばかりに手をポンと叩いて表情を明るくした。それから彼女もまた砕けたキーホルダーを取り出し、それを見ながら一つ頷く。

「お兄ちゃん、その人の属性は?」
「風属性だな。……成程そういうことか」

 その質問とメルの視線の先にあるものから、大まかに彼女達の考えを把握できた。

「うん。そういうこと」
「姉さん、何となくな相槌は打たないの。兄さんの思ってることと姉さんが思ってることが同じとは限らないんだから」
「それはそうかもだけど、クリアちゃん、几帳面過ぎ。ねえ、お兄ちゃん」

 可愛らしく頬を膨らませたメルは、同意を求めるようにこちらを見た。しかし、クリアの言っていることももっともなので、この場は誤魔化し気味に答えておくことにする。

「つまり、土属性の魔力吸石でそれを作るんだろ?」
「ほら、一緒だよ」

 雄也の答えを受けて、メルは妹に少し生意気な感じの得意顔を向けた。

「はいはい」

 クリアはそんな姉を軽くあしらいつつ、改めて雄也と目を合わせた。

「基本は兄さんの言った通りよ。反対属性の魔力濃度を極端に高め、自分の属性魔力を周囲から遠ざける。それなら、どんなに頑張っても少しずつしか魔力を収束できないはず」
【それで、どうやって魔法を使うの?】
「魔力吸石の活性具合を変えて属性魔力の濃度を調整すれば、魔力制御が下手な人でも何も考えずに安定して魔法を使えるようになるわ」
【でも、魔法は一種類だけじゃないし、必要な魔力も違う。調整が難しそうだけれど】

 アイリスのもっともな指摘に、今度はメルが「大丈夫大丈夫」と平らかな胸を張った。
 しかし、そのまま理由は出てこず、アイリス共々クリアを見て補足を求める。と、感覚でものを言う姉に困ったように深く息を吐きながら、クリアは再び口を開いた。

「風属性の魔法を色々使える人にお願いして、消費魔力のサンプルを取れば問題ないわ」
「それなら、俺がやるよ。そもそも俺が頼んだ魔動器だからな。けど、二人のそれは壊れちゃっただろ? 大丈夫なのか? あの子の魔力、かなり凄いみたいなんだけど」
「これが壊れたのは、兄さんが外側から馬鹿でかい魔力を無理矢理捻じ込んだからよ。魔力濃度が調整された内側で収束させる分には問題ないはずだわ。恐らくだけど」
「まあ、でも、とりあえず、作ってみるしかないよ」

 クリアの確信に近い推測に続けて、少しハードルを下げるようにメルがそう結論づける。

(本当に大丈夫か?)

 まず間違いなくイクティナの魔力は二人の想定を超えているだろう。
 それこそ並の理屈が通用しなさそうな不安感がある。
 だが、メルの言う通り、ここからはトライアルアンドエラーでいくしかない。
 この世界アリュシーダに、そうしたもののシミュレーションができる設備などないのだから。

「ところで兄さん。その人ってどんな人? 魔動器を作るにしても、一度会ってみた方がいいと思うんだけど」

 話が一段落したところでクリアにそう言われ、それもそうかと思う。

「えっと、魔法学院の同級生で、翼人プテラントロープの女の子だよ。アイリスやプルトナと同い年。真面目な子だけど、魔力が制御できなくて空回りしてる感じかな」

 イクティナについて簡単に説明すると、クリアは「ふうん」と言いながらも何か引っかかることがあったのか小さく首を傾げた。
 それから何故かジトっとした目を向けてくる。

「……兄さんの周りには女の子しかいないの? 男の人といるところ見たことないけど」
「うえ? い、いや、そんなことは……」

 ない、とハッキリ答えられず、雄也は思わず口ごもってしまった。
 最近では思考の外に置いているが、普段一緒に行動しているのは女の子だけ。それは変えようのない事実であり、実際彼女達の前でもそうだった。否定できない。

「男友達、いる?」
「い、いる。……一人」

 恐る恐る問うクリアに首を縦に振りながら、しかし、絞り出すように言う。
 話をする男の知り合いぐらいは当然いるし、魔法学院でもクラスメイト(男)と言葉を交わすことはある。だが、真っ当に友人と言えそうなのはアレスぐらいしかいなかった。

「一人って、兄さん……」

 名誉挽回どころか恥の上塗りにしかならない返答に、クリアが憐みの視線を送ってくる。

「と、友達は数じゃなくて繋がりの強さが大切だから」

 雄也は震え声で反論したが、彼女の目に浮かぶ同情は濃くなるばかりだ。

「えっと、ちゃんと存在してるのよね?」
「いくら何でも失礼だぞ、クリア。歴とした実在の人物だ。アレス・スタバーン・カレッジ。超越人イヴォルヴァー対策班の切り札って言えば分かるんじゃないか?」
「え? まさか真超越人ハイイヴォルヴァーの?」

 横から確認するように尋ねてきたメルに首肯する。
 七・一九事変以降、オルタネイト共々その存在は周知の事実となっている。もっとも中の人の名前まではさすがに知られていないが。

「似た力の持ち主だから、ちょっと特別な友人、だな」

 そうつけ足すとクリアは納得したように「そうよね」と頷いた。

「味方側だと唯一オルタネイトに対抗できそうな存在な訳だしね」
「対抗って……俺とアレスが戦うようなことはないと思うぞ」

 以前一度戦ったことはあるが、あれは一種の鍛錬でしかなかった。にもかかわらず、精神的に完膚なきまでに叩きのめされ、恐怖したのは少々忘れたい記憶だが。
 何にせよ、元々常識人の上、色々と裏の事情をも知る彼が敵対することはないだろう。

「……って、あれ? お兄ちゃん、通信入ってない?」

 と、魔動器が起動する気配を感じ取ったのか、メルが雄也の胸元を指差しながら言う。
 通信機を懐から取り出して確認すると、確かに彼女の指摘通りだった。
 些細な魔力の変化が魔動器によるものと気づける辺りは、さすが魔法技師と言うべきか。

「ありがとう、メル」
「どういたしまして! お兄ちゃん!」

 無邪気な笑顔で感謝に応じるメルに自然と表情を和らげつつ、通信機に視線を戻す。

「にしても珍しいな。一体誰から……って、アレス?」

 噂をすれば影と言うべきか。それは唯一の男友達からのものだった。
 通信機でのやり取り自体余り経験がないので、少し手間取りながら接続する。と――。

『ユウヤ、今何をしている?』

 開口一番、アレスは硬い口調でそう問いかけてきた。
 挨拶している場合ではない、とでも言いたげな雰囲気だ。
 何かあったのかもしれない。

『ああ、えっと、アイリス達と街を散策してたけど』
『……超越人イヴォルヴァーが現れたことに気づかなかったみたいだな』
「な、超越人イヴォルヴァーが!?」

 アレスの言葉に驚愕し、思わず実際に声を発してしまう。アイリスや双子の視線がこちらに集中するが、それに構っていられるような状況ではなかった。

『本当、なのか?』
『本当だ。だが、心配するな。既に討伐した』
『…………そうか』

 アレスの簡潔な答えからして被害はなかったのだろう。そのことには少し安心する。
 だが、もたらされた情報のために、それ以上の困惑が雄也の胸に生まれていた。

(アサルトレイダーが機能しなかったのか?)

 心の中で自問しながら、嫌な感覚が背筋を這うのを感じてしまう。

『とりあえず報告までに。すまないが、事後処理があるから通信を終わる。しかし、何にせよ、また何かが始まろうとしているのは確かだろう。注意はしておけよ?』
『……分かってる。アレス、もし次に超越人イヴォルヴァーが現れたら――』
『ああ、連絡する。では、またな』

 アレスは言葉を引き継ぐように答え、それから通信を切った。
 雄也はその後もしばらく通信機を握り締め、少しの間、耳にした事実を頭の中で整理するために目を閉じた。
 アサルトレイダーに感知できない特殊な超越人イヴォルヴァーが出現したのか、あるいは、意図的に見過ごされたのか。
 現時点では全く判断がつかない。
 いずれにせよ、新たな闘争ゲームが既に始まっていることを意識せざるを得なかった。

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