【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十一話 姉妹 ④頑張り屋さん

《Light Maximize Potential》
「〈五重クインテット強襲アサルト強化ブーストマイルド〉」

 電子音に続いて静かに宣言しつつ、生身のまま構えを取って力を蓄える。
 そして雄也は既に見飽きる程に見慣れた対象、光属性の魔物ディノスプレンドルに向かって、何の気負いもなく地面を蹴った。
 妖星テアステリ王国南方に広がる光の大森林。その木陰から、それが中央に陣取る広場へと。
 そこに至って敵はようやくこちらに気づき、その口から強烈な光線を放ってくる。
 しかし、射線上に雄也がいたのは数瞬前のこと。
 魔法によって加速された体は既に魔物の恐竜の如き巨体の寸前にあり――。

「うおりゃああああああっ!」

 真紅、群青、新緑、琥珀。火、水、風、土それぞれの属性を示す四色の輝きに闇を表す漆黒を加えた五色を纏った拳を、敵の頭部に叩き込んだ。
 その一撃を真正面から受け止めた魔物は、巨躯の重さなどないかのように宙を舞う。
 一瞬の静寂。
 そして、それを破る墜落の轟音と共に、奥の木々が薙ぎ倒されていく。
 さらに一瞬遅れて雄也は地面に降り立ち、その様子を見据えた。
 残心をするように少しの間、構えを解かずに。

「……レゾナントアサルトブレイク」

 そのままの体勢で技の名を告げ、それから体を楽にする。
 それとほぼ同時に、Sクラスを誇るはずの魔物は儚くも粒子と化して消滅していった。
 白銀の輝きを帯びた魔力吸石一つを残して。

「ふぅ」

 一つ息を吐いて折れた木々に近づき、その中から光属性の魔力吸石を拾い上げる。
 それを腹部に持っていくと――。

《Now Absorbing……Complete. Current Value of Light 16.9912%》

 魔力吸石が消失すると共に、電子音が現時点でのそれの保有量を教えてくれる。
 これが百%を超えた時、恐らくオルタネイトの光属性、妖精人テオトロープ形態が解放されるはずだ。
 前回の事件において魔人サタナントロープ形態を得たように。
 恐らく、それが何かしらの区切りとなることだろう。
 そんな予測を抱きながら少しの間、自分自身の掌を見詰める。
 雄也はその手を握り締め、それから目線を上げて踵を返した。
 いつものように〈テレポート〉役としてついてきたフォーティアのところへと。

「ユウヤ、ちょっと遊び過ぎじゃないかい?」

 すると、彼女から呆れたように注意され、思わず顔が熱くなる。
 以前よりも遥かに体が思い通りに動くようになり、つい興が乗ってしまったのだ。
 半ば子供がごっこ遊びをするような戦い方をしてしまっていた。
 現実の、真剣な戦いとは言え余裕は必要だが、これはさすがに油断というものだろう。
 自覚できるだけに指摘されると恥ずかしい。

(確かに、調子に乗り過ぎたかも)

 頭をかきながら自省する。
 その気持ちが伝わったのか、彼女は一安心したように息を吐いた。

「しっかし、もうほとんど人外だね。その強さ」

 それから腕を組み、薙ぎ倒された木々に視線をやりながら苦笑するフォーティア。
 闇属性、魔人サタナントロープ形態が完成したことによって、オルタネイトの強さは飛躍的な向上を見せていた。それこそ持て余し気味な程に。
 それに伴い、今正にディノスプレンドルを慢心気味になりつつも容易く屠ったように、素の状態でさえSクラスの魔物を圧倒する程になってしまっている。
 もはやこの世界アリュシーダの常識からも隔絶しつつあり、英雄譚の登場人物を名乗ってもいいぐらいだ。
 確かに人外と言われても仕方がない。

「……けど、俺達の敵と比較すると余りに脆弱だ」
「ドクター・ワイルド。そして六大英雄、か」

 フォーティアの言葉に静かに頷く。
 いくら英雄譚の登場人物になれそうだとは言っても、今の強さでは端役がいいところだ。
 あの日、体験した凄まじい力の一端。
 かつて英雄とも魔王とも呼ばれた存在の力を思えば、まかり間違っても今の実力で十分と自惚れることなどできようはずがない。

「もっと……もっと強くならないといけないんだけど、な」
「けど、ユウヤの鍛錬に使えそうな敵がいないんだよねえ」

 困ったように嘆息し、目を閉じるフォーティア。
 彼女の言う通り、既に並の魔物ではトレーニング相手として不適格だ。

「ま、とりあえず戻ろっか」
「ああ」

 この場で考えていても仕方がない。
 一先ず差し出されるフォーティアの手を取り、彼女の〈テレポート〉で転移する。
 そうしてポータルルームから出ると、賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場が視界に広がった。

「あ、おかえりなさい」

 真っ先に気づいたイクティナが、笑顔と共にパタパタと駆け寄ってくる。

「待っていましたわ」

 次いで、そう言いながらプルトナも近づいてきた。
 彼女は魔力の扱いに優れているということで、イクティナの訓練の方につき合っていた。

「プルトナ」

 そんな彼女に雄也は名前を呼んで合図し、あるものを投げ渡した。
 漆黒の魔力吸石。ディノスプレンドルに先んじて討伐した闇属性Sクラスの魔物、ラルウァファラクスから得たものだ。
 プルトナはそれを片手でキャッチし、それから済まなさそうに視線を僅かに下げた。

「申し訳ありません。本来ならワタクシ自身の手でなすべきことでしょうに」
「いや、あの、そこでそんなに申し訳なさそうにされるとアタシも肩身が狭いんだけど」

 彼女の反応を見て、フォーティアが困ったように言う。
 対してプルトナは「そうですわね」と苦笑し、魔力吸石を左手首に近づけた。

《Now Absorbing……Complete. Current Value of Darkness 21.2294%》

 直後、雄也のMPドライバーが魔力吸石を吸収した時と同様の電子音が鳴り響く。
 現在、メルとクリアによって分析中のMPリング。残念ながら、分析の成果は全く上がっていないが、実際に起きた現象から二つの機能が予想されていた。
 その一つがこれ。魔力吸石を吸収、蓄積する機能だ。
 ただし、雄也のものとは違い、対応した属性のものしか吸収することができない。
 初期値は装着時の魔力によって決定されるようで、プルトナと比べてしまうと魔力に劣るフォーティアの場合は半分程度。逆に現在のアイリスはプルトナの三倍ぐらいだ。
 これもまた百%となった時、所有者はオルタネイトのような、あるいは真超越人ハイイヴォルヴァーのような力を得ることができるようになる可能性が高い。
 それ故に現在、三人分の魔力吸石収集も日課に加わっている。のだが、プルトナはそのことに引け目を感じているようだ。
 根が真面目なのだろう。とは言え――。

「まあ、ラルウァファラクスもそうだけど、土属性Sクラスの魔物プーパラピスにしろ、火属性Sクラスの魔物ラケルトゥスカロルにしろ、効率よく倒すとなると、な」

 結局、雄也が高火力の一撃で屠るのが最も手っ取り早いのだ。

「時は金なり。皆、俺と違って技量は十分あるんだ。問題ないって」

 いわゆるパワーレベリングですらない、経験値だけを分け与えるような行為。
 それをスキルも何もない相手にやるのは危険だが、彼女達なら問題ないはずだ。

「ですが……」
「ま、思うところがあるなら、さっさと強くなって自力で一番効率よく稼げるようになるしかないよ。折角、限界が取っ払われたんだから、さ」

 まだどこか納得がいっていないプルトナに、フォーティアがそう諭す。
 彼女の言う通り、ラディアによる〈アナライズ〉の結果、二人の潜在能力は雄也やアイリスのように測定できなくなっていることが分かった。
 それが、MPリングが持つ二つ目の機能と推測される。
 超越人イヴォルヴァー真超越人ハイイヴォルヴァーを作り出す時と同じように、下地として進化の因子を付与しているのだろう。
 腕輪をはめた直後、二人の調子が悪くなった原因も恐らくこれだ。
 アイリスは以前の事件で進化の因子を得ていたため、影響がなかったに違いない。

「今のアタシ達は鍛錬しただけ、昨日の自分より強くなれる。〈アナライズ〉の保証まであるんだ。いつも以上にやる気が出るってもんだよ」

 それも、際限なく成長することができるのだ。
 ほぼ能力の限界を迎えていた者にとっては、福音以外の何ものでもない。

「……そうですわね。早く強くなってユウヤに相応しくならないといけませんわ」

 気合いを入れるようにグッと拳を握るプルトナ。
 しかし、彼女の意図は若干ずれている気がする。

「そうそう。最低でもオルタネイトと組み手ができるぐらいにはならないとねえ」

 軌道修正するように言うフォーティア。だが、プルトナの気持ちにも同意しているのか、その口調とこちらに向いた視線が微妙にねちっこい。
 その含意はどうあれ、確かに彼女が言うように、対等に全力をぶつけ合えるぐらいの相手が今後を考える不可欠だ。
 鍛錬のパートナーとしても、共に戦う仲間としても。
 遥かな高みにある宿敵。その強さに一歩でも近づき、対抗するために。

「……何だか、うらやましいです」

 その様子を傍から見ていたイクティナがポツリと呟く。

「イーナ?」
「私もユウヤさんの助けになれる可能性が欲しいです」

 彼女は落ち込んだように視線を下げ、深く息を吐いた。

「その前に、イーナはまず魔力の制御を身につけなければなりませんわ」

 そんなイクティナに対し、プルトナが人差し指を立てながら窘めるように言う。

「腕輪を身につけたとしても、正直今のままでは危ういですわ。それこそ、魔法を暴発させた時の被害が大きくなるだけ、という風になりかねません」
「それは……そう、ですね」

 プルトナに諭され、尚のこと肩を落とすイクティナ。
 その華奢な肩に、雄也は手を置いて口を開いた。

「前にも言ったけど、助けにならないといけないなんて気負う必要はないんだからな?」
「……はい」

 小さく頷くものの、やはり納得はしていない様子だ。

(…………この頑なな感じ。最近見たな)

 イクティナの気持ちをいじらしく思う一方で、何故か双子の姿がダブって見える。
 頑張りを自分に課している感じが、あの子達と少し似ている気がする。
 丁寧語というキャラ被りもある。
 だからか、雄也は無意識の内に、幼い女の子にするようにイクティナの頭を撫でていた。丁寧に柔らかく、新緑色の癖っ毛を解くように。

「あ、あの、ユウヤ、さん?」

 それに対し、イクティナは戸惑ったように視線を彷徨わせた。それから俯き気味になって上目遣いになり、頬を緩々と紅潮させていく。

「っと、ごめん。イーナ」

 そんな彼女の反応に、雄也は自分の行動が恥ずかしくなって慌てて手を離した。

「い、いえ……」
「えっと、何か双子と話してるような気分になってさ」

 少し焦って本音ではあるが、若干ずれた言い訳をしてしまう。
 自分の中では繋がっているのだが、彼女達には過程が分からないだろう。

「あー、まあ、この中じゃ一番背が小さいし、ちゃんと年下っぽいからね」

 フォーティアはそう解釈したようで、納得したように頷く。

「アタシも可愛がりたくなる時があるよ」

 そして彼女はニヤリと笑いながら、わきわきと手を動かした。完全に変質者の行動だ。

「ひ、ひう」

 それに対し、イクティナは自分を抱き締めるようにしながら身を縮こまらせ、雄也の背後に隠れた。初対面でまさぐり倒されたトラウマが甦ったのだろう。

「ティア、おやめなさいな」
「はいはい。ってか、外見と言葉遣いで忘れちゃうけどさ。プルトナってイーナと同い年なんだよねえ。全然、そんな感じしないけど」

 確かに見た目で言うなら雄也、フォーティア、プルトナが同年代で、イクティナ一人が下の世代という感じだ。勿論、ここにアイリスが加わると話はまた変わってくるが。
 一応、それは比較の問題で、イクティナは女の子として平均的な体格だと補足しておく。

「ま、魔人サタナントロープだから仕方がないことだけどね」
「……王族としては、子供に見られるぐらいならこの方がいいですわ」

 フォーティアの言葉にそうは返しながらも、プルトナの顔は若干不満そうだった。

「ははあ。プルトナ、イーナが頭を撫でられてたのが羨ましかったんだ。アタシらぐらい背が高いとユウヤも二の足踏むだろうしねえ」

 そんな彼女に、フォーティアが訳知り顔で嫌らしい声を出す。

「……アタシ、と言うからには、実はティアもして欲しいのではなくて?」
「この年になると撫でられる経験なんてそうないからね。否定はしないよ。それはそれとして……ってことは認めたようなものだよねえ?」

 そして互いに悪い笑顔を向け合う二人。
 丁度その間にいたイクティナは両者を交互に見て、あわあわし出す。

「二人共、イーナが困ってるぞ」

 内心自分自身も困り気味になりながら、雄也は彼女を出しに二人を窘めた。

「ユウヤがワタクシ達の頭を撫でて下されば解決ですわ」
「唐突な結論だけど、まあ、解決するのは確かだね」

 と、フォーティアとプルトナの視線が一気にこちらに向き、一瞬たじろぐ。
 やはり生半可に藪をつつくと蛇が出るものだ。しかし、覆水盆に返らずだ。

「い、いや、さあ撫でろって言われて撫でるのは何か違くないか?」

 正直、それでは趣とでも言うべきものがない気がする。
 二人の視線に押されて後退りしそうになるのを抑えつつ、雄也は何とかそう返した。

「……それもそっか。じゃ、それっぽい雰囲気になったら撫でていいからね」
「ワタクシも、いつでも構いませんわ」
「え、あ、ああ、うん」

 戸惑いがちの雄也の答えに、しかし、二人は満足そうに引き下がった。
 流れで頷いてしまったが、面倒な約束をさせられてしまった気がする。

(ま、まあ、今は気にすまい)

 内心疲労感を抱きつつ、雄也は一先ず棚に上げておくことにした。

「ところで双子って、ドクター・ワイルドから送られてきたっていう腕輪の分析をしてる魔法技師の女の子達のことですよね? 私に似てたりするんですか?」

 と、少し落ち着いた様子のイクティナが、しかし、どこか焦り気味にそう問うてきた。
 微妙に対抗心でも抱いたのかもしれない。

「んー、そうだなあ。外見は全然違うけど、何だか頑張んなきゃ、役に立たなきゃって気持ちが凄く透けて見えるんだよ。そこが似てるかな。後、普通な丁寧語」

 先程、頭の中で思い浮かべていたことをそのまま口にする。

「て、丁寧語は癖なので……ごめんなさい」
「いや、いいよ。そこはイーナらしいし」

 ただ、現時点では少々キャラ立ちが危うくなっている気がするが。

「まあ、何だ。三日しか見てないけど、頑張り屋が過ぎると思うんだよな。あの子達。寝る間も惜しんで分析してるみたいだし、正直心配だ」

 目を閉じ、腕を組んで大きく嘆息する。

「あの二人には、もう少し遊び心が必要なんじゃないかな」
「そうだねえ。別に魔法技師に限った話じゃなく、余裕ってのは必要だよ。オヤッさんとかも、一流の賞金稼ぎバウンティハンターになるなら遊び心は大切だって言ってたし」

 そう言ってから、彼女は「慢心や油断じゃないからね」とこちらを向いて補足した。
 曖昧な苦笑いで応じておく。

「遊び心……」

 フォーティアの言葉に対し、難しい顔をして繰り返すイクティナ。割と真面目な子なので、彼女の場合は逆にその言葉に囚われて変に余裕をなくしてしまいそうだ。

「まあ、そんな難しく考える必要はないさ。楽しいと思えれば、多分それでいいんだ」

 雄也はそう言って彼女に一つ笑いかけ、それから家の方角の空を見上げた。

(本当に楽しいと思ってるなら、な)

 義務感に縛られたままでいるのは、余りに不自由だ。
 もし束縛されているのなら、解放してあげたいと心の底から思う。

(しかし、どうしたもんかね。あの子達。自分から休もうとはしなさそうだし……)

 これはもう、一度無理矢理にでも遊びに連れ出した方がいいかもしれない。

「さてさて、そろそろ訓練を始めよっか」

 色々と考え込んでいると、フォーティアが注意を引くように手を叩きながら言った。
 そんな彼女に頷いて、一先ず思考を打ち切る。

「そう言えばイーナ。魔力制御の調子はどうだ?」
「え? あ、ええっと、その、やっぱりどうしても無駄に魔力を込めちゃって……理屈では分かってるんですけど」
「最初から魔力が桁違いに高いという話ですからね。簡単な魔法から段階を踏んでいく経験がないせいだと思いますわ。恐らく、それぞれの魔法に必要な魔力を体に覚え込ませていくぐらいしか方法はないかと」
「そっか。じゃあ…………アサルトオン」
《Change Phtheranthrope》
「何度も何度も魔法を撃ってみるしかないってことだな」

 イクティナから余分な魔力を奪うために翼人プテラントロープ形態になりつつ、彼女の肩に触れる。すると――。

「が、頑張ります!」

 イクティナは声に無駄に力を込め、グッと気合いを入れた。
 早速遊び心を忘れている姿に、微妙に呆れてしまう。組み手を始めようとしていたフォーティアとプルトナも、似たような表情を浮かべていた。

(けど、イーナにつきっきりになる訳にもいかないしな。これもどうしたもんだか)

 如何に身体能力が破格とは言え、雄也の技量は下も下。
 武器の扱いの反復練習など、やるべきことは多いのだ。

(全く、難題だらけだな)

 表には出さず、内心で深く溜息をつく。
 それを区切りに意図的に気持ちを切り替えて、それから雄也は魔法を発動させようとするイクティナに意識を集中させたのだった。

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