【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第十話 復活 ①正義と正義の味方

 一体どれだけ戦い続けたのか。
 数分にも思えるし、数時間にも数日にも感じる。
 既に雄也の主観では時間の感覚が曖昧になってきていた。

「何故足掻く。……人類の自由を奪う。その罪を以って他者を弾劾しておきながら、自らの罪は棚に上げるつもりか」
「それ、は……」

 憧れた存在からの糾弾を前に、どうしてか反論に至る論理を組み立てられない。
 そのせいで精神が徐々に摩耗していく。
 見慣れた分かり易過ぎる攻撃故に、さばき続けるのも逆に苦痛だ。本当に自分自身が特撮番組の怪人に成り果ててしまったかのような錯覚を抱いてしまう。

「妥協し、正義を諦めた紛いもの。僅かなりとも心に正義を残しているのであれば、己の命もまた早々に諦めることだ」
「くっ」

 言葉に耐え、反撃もせず、ひたすらに攻撃を避け続ける。
 しかし、その間にも残された思考能力すらも少しずつ削ぎ落されていく。
 このままではいずれ意識を奪われ、この黒の世界に埋没しかねない。

『ユウヤ!』

 そんな中、世界に一筋に光が差し、聞き覚えのある呼びかけが耳に届いた。

(プル、トナ?)

『意思を確かに持つのですわ。精神干渉に負けては駄目です!』
「余所見をしている余裕があるのか?」

 一瞬意識を逸らした隙を突くようにブレイブアサルトの拳が眼前に迫り、雄也は咄嗟に掌底を以って腕を打ち払いつつバックステップで回避した。

『落ち着いて己の心に問いかけるのです。そうすれば見えてくるはずですわ。本来の貴方自身の意思が。魔法の枷に囚われていない真実の思いが』

 プルトナの言葉に耳を傾けながら、追うように間合いを詰めてくるブレイブアサルトの攻撃を避ける。そうしながら、雄也は己の内に意識を向けた。

(つまり精神干渉の魔法で、思考にフィルターみたいなものをかけられてたってことなのか? だから、その影響で考えが纏まらなかったのか?)

 その推測は正しいようだった。
 プルトナの声を切っかけに、それこそ夢の中にいる時の如く己の意思で制御できなくなっていた思考が、自らの手に戻りつつある気がする。

『ユウヤの目に映っているものはユウヤ自身が恐れるもの、あるいは憎むものそのものですわ。それに惑わされてはいけません!』

 彼女の助言に雄也は一つ頷いて、目の前の存在を見据えた。
 明瞭になった認識と共に。

「正義の前に滅べ。紛いもの」

(正義、だと?)

 だから、それに対する強烈な違和感を、雄也はようやく真っ当に抱くことができた。
 そして、理解する。
 目の前の存在は、それこそ自分の心が生み出した紛いものに過ぎないことを。

「何故、彼らを見捨てた。諦めた」
「躊躇すれば、誰かが犠牲になってたからだ」

 答えられぬまま繰り返され続けていた問いに、初めて反論する。

「だから、他の誰かを犠牲にするのは許される、と?」
「ありもしない可能性に囚われれば、判断ができなくなる」
「救える可能性があったかもしれない」
「可能性の有無すら推測になるような選択肢は考慮に値しない。救える可能性があるってんなら話は別だけど、な!」

 攻撃パターンを見切って、雄也は言葉尻に力を込めながら拳を放った。
 こちらが今まで反撃してこなかったがために、反応できなかったのだろう。
 その一撃は的確に相手の顔面を捉え、憧れのヒーローを模った存在は地面に転がった。
 しかし、ブレイブアサルトの姿を真似ているのは伊達ではないと言うべきか、それは受け身を取りつつも滑らかに起き上がり、再び構えを取る。

「正しさから目を逸らし、自己を正当化するつもりか」
「黙れよ、偽者が」

 今度は雄也の方から突っ込み、上辺をなぞっただけのお決まりの攻撃をかい潜ってカウンター気味に拳を再び叩き込んだ。

「俺は今、怒ってるんだ。これまでにないくらいにな」

 さらに殴打と蹴りを組み合わせて追撃を食らわせ、反撃を許さない。

「偽者が本物の振りをしてヒーローを貶める。その展開自体はテンプレだから構わないけどな。そういう回の敵は反吐が出る程嫌いなんだよ、俺は!」

 そんな輩には悪の美学を欠片も感じない。
 そうした敵役に類する匂いを目の前の存在からは感じる。

「私が偽者だと? 何を根拠に――」
「お前は正義という言葉を安易に口にし過ぎる。それだけで理由は十分だ」

 思考がクリアになればなる程に、激しく燃えたぎった怒りが湧き上がってくる。それまで抑え込まれていたものが解放されたかのように。
 雄也にとってブレイブアサルトは人類の自由を守る戦士だ。
 それ以上でも以下でもない。
 結果的に正義の如く祀り上げられていたとしても、断じて正義そのものではない。
 あくまでも一つの解釈かもしれないが、こと雄也の夢にあって雄也自身のイメージに反した言葉を吐く存在は間違いなく偽者。
 そして、紛うことなき敵だ。

「正義なんてものは不完全な人間が口にした途端、曖昧で歪んだものに成り果てる」

 国同士が互いに正義を掲げて戦争を繰り返してきたように。

「この世界のどこかに完全無欠の正義があるんだとしても、人間の手の中には存在しない。人間にそれを完璧に定義することなんてできはしない」

 絶え間なく攻撃を続ける中でそう告げて、さらに言葉を続ける。

「それでも暴力で全てを解決する者が正義なんてことは絶対にないんだ!」

 ほとんど叫ぶように言いながら、雄也は全力で敵を殴りつけた。
 何が正義かを語ることは極めて難しい。
 しかし、何が正義でないかは比較的分かり易い。
 盗む。殺す。姦淫する。偽証する。
 暴力に訴えて他者の意思を曲げることもまた、まともな人間ならば悪と認めるはずだ。

「ならば貴様は何だ! 今正に暴力で己の信条を押しつけようとしている貴様は!」
「俺は自分を正義だと言ったことも、そう思ったこともない!」

 その意思を込めるように、さらに拳を振るう。
 手に伝わってくる嫌な感触に慣れることはないが、躊躇いはしない。
 次いで敵の腹部を蹴り抜き、それから雄也は仕切り直すように距離を取った。

「俺もブレイブアサルトもその行動の本質は悪だ。超越人イヴォルヴァーだろうと怪人だろうと相手の命を奪ってることに変わりはないからな」

 相手を油断なく見据えながらも言葉は止めない。

「それでも……誰かの自由を奪うことは何よりも下劣な悪だと思うから。もしそれが善性に則っても解決できないなら、俺は悪の力を、暴力を使う!」

 雄也は硬く握りしめた拳を見せつけ、そのまま新たに構えを取った。

(このブレイブアサルトもどきの正体は――)

 自分自身の恐れるもの、あるいは憎むもの。
 即ち、自らを正義と正当化する最低な存在へと成り下がることへの恐れ。
 そうした存在への嫌悪、憎悪。
 プルトナの言葉が正しければ、目の前にいるのはその象徴たる幻影だ。
 雄也自身の手で振り払わなければならない。

「アサルトオンッ!!」
《Change Anthrope》《Maximize Potential》
四重カルテット強襲アサルト強化ブースト!!」

 幻の世界故のご都合主義。
 魔力の収束なしに時間無制限の《Maximize Potential》を発動させる。
 全身を覆う白色の装甲が四色の輝きを帯び始める。

「貴様は正義のヒーローを否定するのか」
「ああ。そんなものは幻想だ。子供向けの欺瞞に過ぎない。暴力を振るう者が正義を名乗れる世界なんて、そもそも間違ってるんだ」

 雄也は一気に敵との間合いを詰め、地面を蹴った。
 そのまま魔法の力を以って空中で姿勢を制御し――。

《Heavysolleret Assault》

 同時に四色の輝きを纏った巨大な鉄靴ソルレットで右足を覆う。

「レゾナントアサルトブレイク!!」

 そして、雄也はその全ての力を込めて、正義を騙る幻を蹴り抜いた。
 四色の光は敵の体を駆け巡り、抑え込めない力がその装甲を砕き始める。
 その姿が少しずつ光の粒子と化して消えていく。
 勝敗は決したと見ていいだろう。

「では、お前は、私達は何だ。何者だ」

 そんな中にあってブレイブアサルトの幻はそう問いかけてきた。

「俺はヒーローに憧れるだけのオタクさ。そして、彼らは正義の味方だ」
「正義の味方、だと? 正義のヒーローと何が違う」
「全く違う。手の届かない正義を求め、現実を理想に少しでも近づけようとする。人々が尊く思う、どこかにある真の正義に味方する者。それは決して正義そのものじゃない」
《Armor Release》

 装甲を排除し、雄也は一歩前に出て告げた。

「正義を求め、信念を貫く者は誰もが正義の味方だ。たとえ己の手を悪に染めようとも」
「……どう言い繕おうと悪であることに変わりあるまい。そのような存在はいずれ――」

 その言葉を最後に幻は消え去った。同時に、黒の世界が崩れて始める。

「ああ。真の正義が実現された時、そうした存在は自身が求めた正義に裁かれることになる。けど、それは悪をなした者の定めだ。いつかの断罪を受け入れて、それでも尚戦い続けるからこそ、人はヒーローの強さに憧れを抱くんだ。俺はそう思う」

 そうして雄也は消えた幻影に背中を向け、静かに目を閉じた。
 直後、水の底から急速に浮き上がっていくかのような感覚を抱く。
 再び目を開くと、雄也は仰向けの状態でプルトナに抱き起こされていた。
 ハッとして起き上がろうとするが、手足の動きが酷く鈍い。身動きが取れない。
 体の内側に意識を向けると、黒く淀んだ何かが渦巻いているのを感じる。
 恐らく、まだ敵の魔力による干渉が続いているのだろう。それによって生命力が大きく乱されてしまっているのだ。

「っ! そうだ! 吸血ヴァンパイア鬼人ントロープは!?」

 一瞬遅れて状況を思い出し、焦りと共にプルトナに問う。

「今はアイリスが抑えておりますわ」
「アイリスが? そんな無茶な!」

 顔だけを無理矢理上げて、雄也はアイリスの姿を探した。
 すると、プルトナの言う通り、吸血ヴァンパイア鬼人ントロープと正面から対峙している彼女の姿が見て取れた。しかし、戦況は雄也の予想とは全く違い――。

「持ち、堪えてる? どうやって……」
「敵は貴方への精神干渉を行うために魔力を消費し続けています。そのために生命力に対する補正が失われ、弱体化してるのですわ」

 中身はともかくオルタネイトは真超越人ハイイヴォルヴァーと同格以上の存在。
 それを縛るには相応の代償が必要だった訳だ。

「……つまり、まだ俺に対する精神干渉は続いてるってことか」
「はい。ワタクシの〈トランキライザー〉とユウヤの意思の力で意識だけは取り戻すことができましたが、ワタクシの魔力ではそこまでで精一杯でした。申し訳ありません」
「いや、むしろ意識だけでもよく取り戻せたもんだ」
「ほぼ均衡した天秤であれば、僅かな魔力でも傾きを変えることはできますわ。ワタクシとて曲がりなりにもダブルSではありますし」

 それでも限界まで傾かせるには至らなかった、ということか。
 改めて自分や敵が常識から逸脱した存在だと認識させられる。

(何にせよ、現状は――)

 雄也は行動不能。プルトナは雄也の介助で動けず、アイリスしかまともに戦えない。
 しかし、彼女と吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの戦いは一見均衡しているように見えるが、僅かずつ天秤が傾きつつある。アイリスの動きが鈍ってきている。
 彼女自身も重々理解しているのか、その表情には焦燥の色が浮かんでいた。

「アイリス、くっ」

 その焦りが伝播し、何とか立ち上がろうとする。が、やはり身動きが取れない。
 雄也はそんな己の体に苛立ちを覚え、拳を固く握り締めた。つもりだったが、力が入らず、尚のこと自分自身に怒りを抱くばかりだった。

(肝心な、時に……!!)

 奥歯を噛み締め、起き上がろうと足掻く。
 その間もアイリスの戦いは続いており、少しずつ劣勢に追い込まれていた。
 土属性故の三次元的な機動によって、紙一重のところで踏み止まっている感じだ。
 いつ均衡が一気に崩れてしまってもおかしくはない。

「ユウヤ」

 固い声色で名を呼ばれ、ハッとプルトナを見上げる。
 彼女は強張った表情と共にこちらを見詰めていた。

「ワタクシに力を貸して下さいまし」
「力を?」
「はい。以前の戦いで、アイリスがユウヤの武装を使って超越人イヴォルヴァーを倒したと聞いています。同じことをワタクシにもさせて下さいまし」

 確かに雄也の武装を使えば、プルトナでも真超越人ハイイヴォルヴァーに有効打を加えられるだろう。

「けど、それは……それはつまり、父親を討つってことだぞ?」
「分かっていますわ」

 射抜くような視線を向けられ、思わず気圧される。
 その強い意思のこもった瞳には、確かな覚悟が宿っているように見えた。
 それだけに彼女の強張った表情は悲痛なものに感じられる。しかし――。

「それでも、いえ、だからこそワタクシがやらねばならないことなのです。王族にして魔人王の娘であるこのワタクシが。魔人サタナントロープの誇りにかけて」

 プルトナの意思は固いようだ。

「強いな。プルトナは」
「そんなことはありませんわ。ワタクシが本当に強かったなら、ユウヤが精神干渉を受けることもなかったはず。それはワタクシの弱さですわ」

 そう言うと視線を下げ、悔いるように唇を噛んだプルトナ。

「これ以上、誇りを穢す訳には……!」
「……分かった」

 そんな彼女の姿に頷き、肩を貸して貰って立ち上がる。

《Convergence》《Snipe Assault》

 魔力の収束を開始しつつ、精神干渉を受ける前から装備していたミトンガントレットを狙撃銃型の武装に変更する。
 グリップを上手く掴むことができずに危うく取り落としかけるが、それが雄也の手を離れることはなく、プルトナの手によって支えられた。

「ありがとうございます、ユウヤ」

 硬い口調で感謝を口にしながらプルトナが銃を構える。引き金に指がかかる。

「魔力だから反動はないし、真っ直ぐに飛ぶ。照準器に従ってタイミングよく撃てば必ず当たるから」
「……はい」
「十秒経過。いつでもいい。今の吸血ヴァンパイア鬼人ントロープなら、恐らく一撃で終わる」
「…………はい」

 一瞬だけプルトナの指から力が抜けかけるが、彼女は全てを振り払うように構え直した。

「アイリス!!」

 そしてプルトナが叫ぶ。
 その声を合図とするように、アイリスは魔法で生み出した足場の配置を変え、軌道を大きく変化させた。そのまま吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの脇を潜り抜けていく。
 対して、反射で行動している様子の敵はその場で彼女を追って転回しようとした。

「さようなら、お父様」

 急激なベクトルの転換によって速度が瞬間的にゼロとなり、刹那の間その場で停止した吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを見逃さず、プルトナは引き金を引いた。
 琥珀色の輝きが銃口から解き放たれ、吸い込まれるように吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを貫く。
 その一撃によって敵は壁に叩きつけられ、それからズルズルと背中を擦りながら座り込む。そのままピクリとも動かなくなった。

《Armor Release》

 直後、電子音が鳴り響き、装甲が取り払われて異形と化した全身が露出する。
 ほぼ同時にMPリングが砕け散り、闇色の肌は褐色に戻って通常の魔人サタナントロープの姿となった。

「お父様……」

 力を失った父親の姿を前に、辛そうにプルトナが呟く。
 そんな彼女の声に胸が締めつけられる。
 しかし、そうなりつつも雄也は別の部分で強烈な不安に襲われていた。

(終わった、のか? 本当に?)

 超越人イヴォルヴァーを倒したにもかかわらず、爆発がない。
 結局のところ、過剰進化オーバーイヴォルヴもなかった。
 ドクター・ワイルドの闘争ゲームにしては余りに容易く終わってしまった気がする。
 だから雄也は嫌な予感を覚え、動かない魔人王テュシウスを見据えていたのだった。

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