【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第九話 断罪 ④弾劾の悪夢

    ***

 ユウヤと吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの戦いは、短い攻防だけを見ても現在のこの世界アリュシーダの常識から逸脱していた。
 吸血ヴァンパイア鬼人ントロープは明らかに以前の真超越人ハイイヴォルヴァーよりも強化されている。闇属性故に派手な魔法こそ使わないが、少なくとも身体能力は遥かに上だ。
 対するユウヤ自身も能力、技量共に大きく向上している。
 一見すると(それにしたって高い動体視力を以って認識することができれば、だが)地味な接近戦に思うかもしれない。しかし、その実、恐ろしいレベルの戦いと化していた。
 だから、思わず見惚れてしまっていたと言っていい。

(ユウヤ、凄い……)

 アイリスも、そしてプルトナも目の前の光景に目を奪われていた。
 いや、恐らくプルトナはアイリスとはまた別の理由で呆然としていたのだろうが。
 何せ、父親が変質していく姿を直接目にした上、問答無用で襲いかかられたのだ。平静でいられるはずがない。必死に保っていた虚勢を維持できなくなったのも無理もない。
 いずれにせよ、二人共隙だらけの状態だった。
 それでも尚その気配に気づけたのは、獣人テリオントロープとしての鋭敏な感覚のおかげに違いない。

(上から!?)

 僅かな物音。
 その異変を敏感に感じ取ったアイリスは、咄嗟に自失状態にあるプルトナに体当たりするように抱き着いて押し倒した。無理矢理にでも敵の攻撃から彼女を回避させるために。
 次の瞬間、直前までプルトナがいた辺りで風切り音が鳴った。
 さらに一瞬遅れて、何かが床に降り立つ音が耳に届く。

(まずい。早く体勢を立て直さないと)

 アイリスは即座に立ち上がって、突如として現れた新たな敵へと向き直った。
 そこにいたのは吸血ヴァンパイア鬼人ントロープによって作り出された超越人イヴォルヴァー吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープだった。
 禍々しい異形と化してしまったその女性は既に臨戦態勢に入っていて、アイリス達を攻撃せんと一歩踏み出しつつあった。
 当然の選択として回避を第一に考える。しかし――。

(プルトナ!?)

 後ろにいるプルトナは避けるどころか動く気配がない。
 彼女は未だに自失状態から抜け出せず、急変した事態に対応し切れていないようだ。
 あるいは、どこかであの映像が偽りである可能性に縋っていたのかもしれない。無意識に否定し続けていたのかもしれない。
 しかし、既に逃避の余地はなく、虚勢のメッキもはがされた。さらには実戦経験の乏しさが重なって混乱状態に陥っているのだろう。
 さすがに今の彼女を責める気にはなれないが……。

(私が回避したらプルトナが危ない。真正面から受けるしかない)

 冷や汗をかきながら短剣を両手に構える。
 アイリスの戦い方はいわゆる一撃離脱戦法。魔法で生み出した足場を利用した立体的な高速移動によって相手を攪乱し、隙を突いて攻撃を加える形だ。
 相手が格下なら真っ向から立ち向かうのも不可能ではないが、敵はあくまでも超越人イヴォルヴァー
 正規の方法で変異した訳ではないためか比較的弱いタイプのようだが、それは所詮オルタネイト基準での評価に過ぎない。
 決して生身のアイリスが力押しで倒せるような相手ではない。

(圧倒的に不利。けれど、どうにかしないと)

 しかし、この僅かな時間で打開策を思いつける訳もなく、そうこう考えている間に吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープは間合いの内に迫ってきていた。
 そのまま彼女は鋭い爪を以って攻撃を仕かけてくる。
 全力で殴りつけんばかりの勢いで伸ばされた手に対し、アイリスは咄嗟に両手の短剣を合わせて無理矢理軌道を逸らそうとした。その結果――。

(くっ)

 六・二七広域襲撃事件以来、急激に成長した生命力を纏っているが故に短剣そのものは破損しなかったが、攻撃が交錯した衝撃で二本共弾き飛ばされてしまう。
 それでも軌道をずらすことにだけは成功し、敵の爪は頬を僅かに掠るのみで留まった。
 そして、攻撃を回避したことで吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープに僅かな隙が生じる。

(今!)

 それを見逃さず、アイリスは彼女の腹部に強烈な蹴りを入れた。

「グギャッ!?」
 その一撃を受け、短い叫び声と共に吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープは少し距離を取る。
 だが、それは驚いただけ、という感じでダメージは少なく見えた。それでも多少なり損傷はあったはずだが、それも闇属性故の高い治癒力で即座に回復してしまったようだ。
 万全の状態の戻った彼女は、当然のように間髪容れずに再び間合いを詰めてくる。
 同じパターン。しかし、今度は武器がない。

(徒手空拳じゃ――)

 回避を封じられた上で素手では、捌き切れない可能性が高い。
 結果は想像に容易い。
 それでもアイリスには迫る敵を前に拳を構えることしかできなかった。

「アイリス!!」

 ことここに至ってようやく状況を理解することができたのか、プルトナが焦りにまみれた声で叫んだ。とは言え、それで危機が去る訳もない。
 今更彼女が動き出したところで間に合わない。既に超越人イヴォルヴァーの爪は眼前に迫り――。

(え?)

 次の瞬間、琥珀色の輝きが視界に溢れ、かと思えば吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープは壁に叩きつけられて爆発してしまった。ハッとしてユウヤを見る。
 彼は明らかに無理な体勢で重火器を構え、銃口をこちらに向けていた。
 その奥では吸血ヴァンパイア鬼人ントロープが無防備な彼にその左手を伸ばそうとしている。

(ユウヤ、自分の身よりも私達を?)

 その事実に気づき、アイリスは結果として足手纏いになってしまった自分自身に対して強い怒りを抱きながら彼へと駆け出した。

「ユウヤッ!!」

 プルトナもまた彼の状況に気づいたのか、慌てたように声を上げながら立ち上がろうとした。しかし、彼女もアイリスも届かない。
 既に吸血ヴァンパイア鬼人ントロープはユウヤの頭をその手で掴んでいた。

「〈オーバーフォールインナイトメア〉」

 そして発せられる抑揚のない不気味な声。
 それと共に闇属性の魔力が励起し、その魔法の影響によってユウヤは糸の切れた人形のように力なく膝をつき、そのまま無防備に倒れ込んでしまったのだった。

    ***

 夢。それは間違いなく夢だった。
 何故ならば、これまで倒してきた超越人イヴォルヴァー達、確かに命を奪って殺してきたはずの彼らが黒一色の世界の中で雄也を取り囲んでいたからだ。
 しかも現実では〈ブレインクラッシュ〉を受けて虚ろだった目には憎悪が宿り、こちらを鋭く見据えている。確かな強い意思を感じる。
 そんな彼らの視線に晒され、雄也の胸に重苦しい淀みの如き感情が渦巻いた。
 罪悪感。
 覚悟を持って尚、消えることのない、消してはならないそれが氾濫しそうになる。
 そんな己の心を満たす思いに翻弄されていると、彼らは異形の姿から本来の種族の姿へと戻った。そして、正面から一人の基人アントロープが歩み出てくる。
 その姿には見覚えがある。友人に似た容姿を持つ彼は――。

「アンタレス……」

 六・二七広域襲撃事件において、ドクター・ワイルドにいいように利用された主犯憐れな道化
 真超越人ハイイヴォルヴァー鬼人オーガントロープとして雄也と戦ったアンタレス・スタバーン・カレッジだった。
 彼もまた過剰進化オーバーイヴォルヴした後、激闘の末に死亡している。
 雄也が自らの手で止めを刺したのだから、間違いない。

「貴様はいつか言ったな。人間の自由を奪う者は許さない、と」

 あの日とはかけ離れた冷静な口調のままアンタレスが言う。

「成程、俺は貴様から見れば正に人間の自由を奪った存在なのだろう。それをその理屈で断罪するのは、少なくとも貴様の論理において矛盾はない」

 一拍置いて彼は「しかし」と前置いて続けた。

「〈ブレインクラッシュ〉を受け、超越人イヴォルヴァーとなった者達。彼らを殺すのは、矛盾してやいないか? 貴様自身が他者の自由を奪う存在と成り果てているのではないか?」
「……貴様がそれを言うのか? 超越人イヴォルヴァーを生み出しもした貴様が」
「俺にとって亜人は人間ではない。俺の論理では奴らを使うことを罪とは感じん。だが、お前は亜人を人間だと思っているのだろう。超越人イヴォルヴァーも同様だ。ならば、貴様の論理においては、その行為は己の信念に背く行為なのではないか?」
「……〈ブレインクラッシュ〉を受けてなければ殺しはしなかった」
「それは人格の復活が不可能だと、取り返しがつかないと教えられたからだろう?」

 アンタレスの指摘に沈黙する。
 その時点で肯定したようなものだ。

「だが、それは真実か? 本当に不可能なのか?」
「…………ラディアさんが言ったことだ。間違いはない、はずだ」
「即座に断言できないことが、貴様自身もその可能性を考えている証拠だ。その不確かなものを根拠として貴様は人間の命を、自由を奪っている」

 アンタレスの論に雄也は反駁できずに再び口を噤んだ。
〈ブレインクラッシュ〉からの治癒。その可能性がどこかにあるのではないか。
 全く考えたことがなかった訳ではないから。魔法という力がある世界だけに。

「助かる方法があったかもしれないのに」

 雄也の心の動きを知ってか知らずか、周囲の誰かが恨みがましく言った。
 それを皮切りに、一人また一人と口を開き始める。

「私はまだ生きていたかった」
「俺達の自由を奪った……」
「何故、見捨てた。何故、諦めた」

 彼らは次々に雄也を責め立てるような言葉を口にした。

「人殺し」「偽善者」「嘘つき」「化物」

 さらには罵詈雑言を浴びせかけられる。
 雄也は視線を下げながら、黙ってそれを受け止め続けた。
 これは恐らく、確かに心に存在している罪悪感の発露だろうから。
 夢だろうと何だろうと彼らにはその資格があるのだ。

「可能性があるなら諦めない。それがヒーローだと言ったのはどこの誰だったか」

 罵りに重なるようにアンタレスの声が届く。

「諦めた貴様にヒーローを気取る資格はない」

 そう告げた瞬間、彼の姿はぶれて変化を始めた。

「貴様自身の理想により、断罪されるがいい」

 やがて歪んだ体は一つの確固たる形を再び得る。

「なっ、お前、いや、貴方は――」

 そうして現れたのは、オルタネイトとは似て非なる姿を持つ存在。
 見栄えとアクションを両立させることを意識したようにプロテクターをライダースーツの上から配置し、さらに特殊な意匠のフルフェイスを着用したそれは――。

「ブレイブアサルト……」

 雄也が憧れた特撮ヒーローそのものの姿だった。

「貴様を人類の自由の敵と認識する」

 そして、こちらを指差しながら初代ブレイブアサルトの声でそう告げた彼は、テレビで何度となく見たそのままの構えを取った。
 まるで討滅すべき怪人を目の前にしたかのように。

「くっ」

 子供の頃から憧憬と共に追いかけてきた存在から敵意を向けられている事実に衝撃と戸惑いを抱きながら、雄也もまた無手の構えを作った。
 だが、それは幾度かの戦いを経て最適化が進み、何かを暗示するようにブレイブアサルトそのものの構えから崩れたものとなっていた。

「アサルトオン」
《Change Therionthrope》
「用意はできたか? 行くぞ」

 雄也がオルタネイト獣人テリオントロープ形態に変身する間はヒーローらしく不意打ちをせず、さらにそう宣言して彼は地面を蹴った。

(っ! 速い!)

 身体能力と感覚に特化した獣人テリオントロープ形態にあって尚、ギリギリ認識できるか否かのスピードで間合いに入られ、殴打が迫る。
 しかし、どこか画面映りを優先させたかのような無駄の多い動きであり、雄也自身そのパターンを熟知しているが故に回避は不可能ではない。

「偽物が、よく動く」

 スーツアクター同士の殺陣の如く、ブレイブアサルトの攻撃を避け続ける。きっと傍から見れば、特撮番組の戦いのように思うに違いない。
 だが、それは相手のペースに乗せられていることを、即ち雄也が防戦一方になっていることを示しているに過ぎない。

「人類の自由の敵。反論がないならば、まず自らこそを己の信念に従って裁くことだ。曲がりなりにも正義のヒーローを名乗るのであれば」

(正義の、ヒーロー? そんな、こと――)

 彼の言葉に強い違和感を抱く。
 だが、それは何かに塗り潰され、心の奥底に沈んでいってしまった。
 反論の起点とすべき根拠を、どういう訳か何一つ拾い上げることができない。
 そうやって信念を補強する理論武装ができないがために、自分から攻めることに躊躇いが生じてしまう。

「正義を貫くためならば、私が諦めることはない。それは貴様もよく知っているだろう」

 彼が言葉を発する間も守勢を覆すことができない。

「私は揺るがない。故に全ては貴様次第だ。速やかに己を省みるがいい」

 憧れの存在からの糾弾を受けながら、ひたすらに耐え続ける。

「貴様に正義のヒーローを名乗る資格はない」

 繰り返される弾劾に少しずつ、少しずつ精神を削られていくのを感じつつ、それでも演武のようでありながらも決して気の抜けない戦いを継続していく。
 盲目になったような意識の目を必死に開いて、己の中にあるはずの根拠を探しながら。
 それしか今の雄也にはなす術がなかったのだった。

    ***

 意識を失って完全に倒れ込んでしまったユウヤの姿。そして、異形と化した父親がそれをなした事実。それらを前にして、立ち上がってユウヤのもとに向かおうとしていたプルトナは二の足を踏んでしまった。
 対照的に、アイリスは怒りに満ち満ちた恐ろしい形相を浮かべながらテュシウスへと駆けていく。その表情は友人であるプルトナが見ても気圧される程だった。それでも――。

「アイリス、無茶ですわ!」

 咄嗟に制止の声を上げる。
 意思を失ったとは言え父親と友人が戦うことへの拒否感から。それ以上に、戦力的にオルタネイトと同格である吸血ヴァンパイア鬼人ントロープに挑まんとするアイリスを無謀に思って。

「って、え?」

 しかし、想像した光景は展開されず、プルトナは困惑の声を上げてしまった。
 アイリスは吸血ヴァンパイア鬼人ントロープと渡り合っていた。
 噛みついて新たな超越人イヴォルヴァーを作ろうとしてか掴みかかろうとしてくる吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの手をかい潜り、何度となく攻撃を加えている。とは言え、徒手空拳であるためか一撃一撃が軽く、ダメージを与えることはできていないようだが。

(どうして……)

 アイリスの動きは、ダブルSたるプルトナをも遥かに上回っている。生身の人間であれば、既に彼女に敵う者は片手で数えられる程度しかいないだろう。
 が、それだけで吸血ヴァンパイア鬼人ントロープに届くはずがない。
 相手の動きが目に見えて鈍っている。
 この程度であればユウヤは容易く勝利できていたはずだと思う程に。
 普通に考えれば、道理に合わない。

(もしかして――)

 プルトナは一つの可能性に思い至った。
〈オーバーフォールインナイトメア〉。恐れやそれに類するネガティブな感情を増幅して悪夢を見せる精神干渉系の闇属性魔法〈フォールインナイトメア〉の、恐らく強化版。
 しかし、オルタネイトとなったユウヤへの精神干渉など、生半可な魔力でできることではない。まず間違いなく吸血ヴァンパイア鬼人ントロープはリソースの大部分を魔力に振り分けた特化型だ。
 故に、補正のない状態での身体能力はアイリスの全力と同程度に過ぎないのだろう。そうでもなければ、この状況に説明がつかない。

(けれど、単に精神干渉魔法を使用しただけなら、恒常的な魔力の枯渇は起きないはず)

 加えて、ユウヤが未だに意識を取り戻さないのも不可解だ。普通は時間経過によって打ち込まれた魔力が減少し、それに伴い回復に向かうものなのだから。
 特に、オルタネイト程のレベルなら即座に立ち直って然るべきだ。
 にもかかわらず、そうはなっていない。

(それはつまり……)

 吸血ヴァンパイア鬼人ントロープは今尚ユウヤの精神に干渉し続けている、ということになる。
 遠隔からの精神操作をこれ程の高難度魔法で実現しているのだ。魔力のほとんどを、いや、あるいは生命力の一部も利用しているかもしれない。
 それ故、アイリスでも対抗可能な程に戦闘力が弱体化しているのだ。
 しかし、それでも圧倒するには至っていない。精々互角だ。いや、むしろアイリスの動きが徐々に鈍ってきているため、いずれはこの均衡も崩れてしまうだろう。
 疲労をある程度無視できる人格なき人形と生身の人間の差、というところか。
 恐らく運動機能に致命的な不具合が出るまで吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの動きは衰えることはない。
 まず間違いなくアイリスは、相手が限界を迎えるより先に捉えられてしまう。

「アイリス……」

 プルトナのレベルであの戦いに干渉することはできず、棒立ちになりながら呟く。
 その声がアイリスの耳に届いたかは分からないが、彼女は一瞬だけ視線をこちらに向けた。それから目線をある方向へと逸らす。

(あ……)

 その先にいたのは、うつ伏せに倒れたままのユウヤ。
 今更ながら、アイリスが吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを彼から引き離そうと動いていることに気づく。
 だが、そこまでだ。彼女にそれ以上は望めない。
 現状は膠着ではなくジリ貧。打開するにはオルタネイトの力が必要不可欠だ。
 そして、その状況に持っていくことができるのは一人しかいない。

「……お父様」

 意思を失い、幼馴染を傷つけんとするだけの怪物と化しているテュシウスへと目を移す。
 そうしながら、プルトナは父親から何度も聞いた言葉を思い出していた。

(民あっての国、国あっての王。掟に従い、民と国を守る)

 今のテュシウスの姿はそれに大きく反している。

(……もし、お父様が自分の存在こそ国や民にとって一番の脅威だと知ったら――)

 いつかフォーティアから受けた問いを思い出し、自分自身がその時に返した答えを心の中で繰り返す。両手を固く握り締めながら。

「お父様が自らの手でなせないのであれば、娘として、王族としてワタクシが始末をつけなければなりませんわ」

 選択の結果を受け入れる覚悟を本当に固めるために、口に出して己に言い聞かせる。
 しかし、現実問題としてプルトナの力では吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを倒すことは不可能だ。多くを他人任せにしてしまうことは回避できない。
 だとしても、できることすらやらずにいるなど王族にあるまじき姿だ。
 だから、プルトナは両手で頬を張って、倒れ伏すユウヤのもとへと駆け出した。〈オーバーフォールインナイトメア〉による精神干渉からの解放を試みるために。
 そして、その傍らに膝をつき、ユウヤの体を仰向けにして頭に手を乗せる。
 そうしながらプルトナは一つ精神を落ち着かせるために息を深く吐いた。
 精神干渉を解く方法は簡単だ。魔法で精神干渉を打破する指向性を持たせたプルトナの魔力を彼に注ぎ込み、ユウヤの魔力と同調させる。
 その上で二人の魔力の合計が、敵の魔力を上回ることができれば彼は目を覚ますはずだ。

(けれど、もし届かなければ……)

 力が及ばなければ、その時はプルトナもまた悪夢に囚われることになるだろう。

「それでも!」

 今のままでは何の役にも立てない以上、どちらにせよ同じことだ。
 ならば、なすべきことは一つしかない。一瞬の躊躇を振り切って口を開く。

「〈トランキライザー〉!」

 そうして魔法を発動させた瞬間、プルトナの意識はユウヤが見る悪夢の中へと沈んでいったのだった。

    ***

「【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く