【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~
第九話 断罪 ③魔王城を行くように
王城の広い廊下を慎重に、しかし、可能な限り速く進んでいく。
どうやらプルトナが選んだのは、一度エントランスに出て正面から謁見の間へと向かうルートだったようだ。通路の幅は広く、天井も比較的高い。
廊下の両脇には来訪者を楽しませるための如何にも高級そうな調度品が並び、王の権力を誇示するような荘厳な雰囲気を感じさせる。
だが、同時に薄暗くあるが故に、どことなく不気味でもあった。
「何かこの城、暗くないか?」
「別に城だけが特別暗い訳ではありませんわ。王国全体が常に暗いのです。古の魔動器によって闇属性の魔力が多く留められた結果、太陽光が遮られているのですわ」
「なら、明かりを点ければいいだろうに」
「既に点いておりますわ。ただ、闇属性の魔力が濃いせいで効率が悪いので、節約のために光度を落としているんですの。式典などの際は他国以上に煌びやかになりますけれど」
どうやら普段からこんなものらしい。
それを薄気味悪く感じてしまうのは、雄也自身の気持ちの問題だろう。
(まるでRPGの魔王城に突入してるみたいだな。……っと――)
「そろそろ接敵するぞ。敵は三十人。最奥の三人は吸血蝙蝠人。手前の二七人は生身だ」
足を止めずに二人に注意を促す。
以前より格段に範囲が広がった探知魔法により、周囲に存在する敵の位置は把握済みだ。
進路の曲がり角の先に、口にした通りの数の敵が息を潜めて待ち構えている。
「超越人以外はワタクシ達が!」
「ああ、頼んだ。……けど、なるべく怪我させるなよ?」
「当然です。我が国の民をこれ以上苦しめる訳にはいきませんわ」
魔力を強く励起させながらプルトナが拳を固く握る。
その真剣な声色から彼女の強い意思が感じ取れるが、表情の強張りを見るにどこか虚勢のようにも思える。しかし、状況を考えれば、むしろそれが当然だろう。
あるいは、王族としての誇りのみを支えに心を保っているのかもしれない。
(それでも今は気張って貰わないとな)
だから、雄也はそんなプルトナの姿を痛ましく感じつつも慰めの言葉を飲み込んだ。
それから、二本の短剣を握り締めて少し後ろを走るアイリスへと視線を移す。
「先行して超越人を叩く。プルトナの補助は任せた」
【ん、任された】
簡潔に言葉を交わし、目線を前に戻す。
六・二七広域襲撃事件において、共に修羅場を潜った彼女だ。戦いに向かうに当たって多くを語る必要はもはやない。それだけの信頼関係はあるつもりだ。
再び進路上にいる超越人の気配に意識を集中し、さらに研ぎ澄ませる。と同時に――。
《Twinbullet Assault》《Convergence》
雄也は両手に拳銃を生み出し、魔力の収束を開始させた。
そうしながら全力で床を蹴り、一気に加速して二人に先んじる。
「〈エアリアルライド〉」
飛行すら可能な風属性魔法を発動させ、その力を借りて姿勢を制御。曲がり角をほぼ直角に曲がり、敵の集団を視界に収めた瞬間に側面の壁に向かって跳躍する。
そのままそこに足をかけて一気に駆け上がり、天井を走り抜け――。
「動くな!」
最奥にいる女性型の吸血蝙蝠人の真後ろを取り、背中に二丁の銃口を突きつける。
それに対し、当然のように戸惑いも躊躇いもなく振り返り、攻撃を仕かけようとしてくる彼女の姿に〈ブレインクラッシュ〉の影響を改めて確認する。
ドクター・ワイルドの言葉とは裏腹に人格が残っている可能性はないと判断する。
故に、振り下ろされる腕をバックステップで回避しつつも照準は逸らさない。
《Final Twinbullet Assault》
「ヴァーダントアサルトシュートッ!!」
そして電子音に続いて攻撃を宣言し、濃密な魔力を帯びた新緑色の弾丸を解き放つ。
理性を失い、第一に攻撃を選択してしまった彼女がそれを避けることは不可能で、鮮やかな緑の輝きを放つ光弾は二発共に吸い込まれるように直撃した。
その威力によって壁に叩きつけられた超越人は、直後壁諸共に爆散してしまう。
「ギャギャアアアァァーッ!!」
しかし、残る二人は欠片も怯んだ様子を見せずに甲高い声を上げながら迫ってきた。いつかの蝙蝠人の如く、超音波染みた振動音を発し始めながら。
当時の雄也は召喚の副次効果によって痛みなどに耐性があったが、今は生命力相応でしかない。勿論、オルタネイトとしての生命力があれば即座に気を失うことはないが、不快な音に集中を乱されるのは好ましくない。
何より、自分自身よりもアイリスやプルトナが心配だ。だから――。
「悪いが、その手は封じさせて貰う。〈リモートエリアサイレンス〉」
彼らの周囲の空気に干渉し、無音地帯を作り出す。
それによって彼らの叫び声もまたかき消されていた。音もなく叫ぶ動作をしている様子はどこか滑稽だが、その目の余りの虚ろさを見ると憐れにも思う。
「……すぐに解放して上げます」
《Convergence》
雄也は彼らにそう告げ、再度魔力の収束を始めながらそれぞれに銃口を向けた。
無も立てずに攻撃を仕かけてくる二人の超越人に、そのまま弾丸を撃ち込む。
彼らは悲鳴を上げるが如き形相を浮かべ、怯んだように僅かに動きを止めた。
《Machinegun Assault》
その隙に武装を重機関銃へと変じて両手で構えつつ、片一方の超越人との間合いを一気に詰める。そして雄也は、体勢の立て直しが間に合わない彼の腹部に銃口を突きつけ、引金を引いて零距離から無数の光弾を解き放った。
現代のマシンガン以上の連射速度で絶え間なく撃ち出されたそれらは、超越人に奇妙な舞いを踊らせながら壁際へと押し退けていく。
やがて銃弾の勢いに壁に押しつけられた彼は僅かな抵抗すらも見せなくなり、遂には一人目と同様に爆発四散してしまった。
残るは一人。
「これで、終わりです」
《Launcher Assault》
雄也は背後から襲いかからんとしてきた最後の一人を振り返り、グレネードランチャー風の重火器へと変じた武装の狙いをつけた。
既に魔力収束から十秒は経過している。
《Final Launcher Assault》
「ヴァーダントアサルトエクスプロードッ!!」
そして、特大の新緑色を帯びた光の塊を彼に叩き込んだ。その一撃は一瞬にして超越人の命を刈り尽くし、爆散の影響すらも光の中で消滅させてしまう。
これを以って進路上に待ちうけていた超越人は全滅した。
(最近の超越人より大分弱かったな)
吸血蝙蝠人はドクター・ワイルドが直接作り出した超越人ではなく、吸血鬼人によって間接的に生み出された超越人だったからかもしれない。
(考察は後回しだ。それより――)
「アイリス、プルトナ!」
意識を彼女達に向ける。既に二人は操られた生身の人間達と交戦状態に入っていた。
見たところ戦力的には数の不利があって尚、アイリスとプルトナの方が遥かに上だ。
ダブルSは伊達ではない。
しかし、相手はまだ助かる可能性を残す一般人。
全力を出すことができず、もどかしそうだ。
「アイリス、頼みますわ!」
それでも二人はそんな中でうまく立ち回っていた。
プルトナが撹乱し、アイリスが土属性の魔法で枷を作って拘束する。
それによって二七人いた敵は、既に半数近くが無力化されていた。
十分手早く効率的な対処と言える。が、何と言っても状況が状況だ。
「〈エアカレントジェイル〉」
雄也は残る十名程度の背面から魔法を放ち、彼らを気流の檻に閉じ込めた。
発動を宣言する言葉が彼女達に聞こえたかは分からない。
だが、少なくともアイリスは、風に囚われた彼らの鈍った動作から状況を感じ取ったようだ。速さを最重要視したように大胆な動きを見せるようになっている。
それに伴い、一人一人を拘束するために必要な時間が短縮されていた。
結果、彼女達は雄也の援護が入る以前よりも遥かに短時間で残る彼らを拘束し、全員を捕らえることに成功したのだった。
とは言え、さすがに敵味方含め誰一人怪我なく、とはいかなかったようだ。
それでも、少なくとも二人は無傷だし、既に手遅れである吸血蝙蝠人以外は誰も命を落としてはいない。許容範囲だろう。
一戦を終え、廊下に転がる彼らを慎重に避けて二人が傍に来る。
【ユウヤ、ありがとう】
「時間が惜しいですから助かりましたわ。と、話している時間も惜しいですわ」
プルトナはそう言いながらも目線は倒れ伏す魔星王国の民に向き、その目には僅かな躊躇いが見て取れた。が、この場で優先すべきことは最低限理解しているようだ。
「行きましょう」
拘束されたままの彼らには悪いが、今はこれ以上のことは何もできない。
放置して先に進むしかない。
「ああ。行こう」
プルトナに同意して、逡巡を振り払うように自ら先頭に立った彼女の後に続く。
「次の分かれ道は左ですわ」
そうして再びプルトナの案内で王城を進んでいく。その途中、幾度か吸血蝙蝠人や操られた一般人と交戦を繰り返しながら。
しかし、やはり脅威度としてはそれ程でもない。
どちらかと言えば、時間稼ぎをして雄也達を苛立たせることが目的かもしれない。
そうと理解していても、当然焦りは徐々に大きくなる。
だとしても、今は心をなるべく乱さずに粛々と進んでいくしかないのだが。
「……着きました。謁見の間ですわ」
それぞれ様々な感情を呑み込みながら行き、やがて巨大な扉の前に辿り着く。
「……準備はいいか?」
【大丈夫】
「ええ。問題、ありませんわ」
二人の言葉を受けて、雄也は謁見の間の扉に手をかけた。と、それを待っていたかのように、アーチ状の巨大な観音開きの扉は自ら重々しく開いていく。
「ようこそ、とでも言いたい訳か? なめた演出をしてくれるな」
軽く眉をひそめ、警戒を強めながらも先陣を切って扉を潜っていく。
続いてプルトナが、最後に背後へと注意を払いながらアイリスが謁見の間に入ったところで、今度は逆に重く不快な音を立てながら扉が閉まっていった。
(閉じ込められた、か)
ある意味それは容易く予想できる展開だったので動揺はない。二人も同じだ。
「……暗いな」
その部屋は一際薄暗かった。明かりが完全に消されているようだ。
「ユウヤ、〈レギュレートヴィジョン〉を」
「分かってる」
生命力に偏りを作り、視覚を切り替える。と、ハッキリと謁見の間の様子が見て取れた。
虚ろな様子で玉座に座る一人の魔人の姿もまた。
「お父様……」
ポツリと呟かれたプルトナの言葉に反応したように、魔人王テュシウスがゆっくりと立ち上がる。その動きは糸で操られた人形のように歪で不気味だった。
「アサルト……オン」
そして、聞き慣れた単語が全く抑揚なく発せられる。
《Change Vampirenthrope》
さらに、どこか低く感じる電子音が場に響き――。
「お、お父様」
眼前で展開される光景に、プルトナは目を見開いて一歩後退りした。
彼の魔人としての肉体は褐色の上から黒を塗りたくったような闇色に変色し、その姿もまた蝙蝠の特徴が散見されるものへと変じていく。
しかし、それは蝙蝠人や吸血蝙蝠人よりも遥かに禍々しいものだった。
そして、その全身をさらに濃い黒で染まった装甲が覆い尽くす。
色合いは六・二七広域襲撃事件で戦った鬼人と同じだが、黒騎士という風だったあの真超越人とは趣が全く以て異なる。
余りに装甲が歪で、騎士が着用すべき鎧の形から大きく逸脱してしまっているのだ。
(魔王……)
薄暗い城に対して感じていた印象と相まって、そんな単語が脳裏に浮かぶ。
《Scythe Assault》
そんな思考を遮って無感情な電子音が冷たく謁見の間に鳴り――。
「〈フル……アクセラレート〉」
(っ! 問答無用か!)
真超越人と化した彼は、その手に大鎌を構えて体を沈み込ませた。
「二人は自分の身を守れ!」
《Change Therionthrope》《Gauntlet Assault》《Convergence》
雄也は獣人形態に変化すると共に武装をミトンガントレットに変更した。
念のため、魔力の収束も行っておく。
「〈フルアクセラレート〉!」
そして、相手と同等の身体強化を用いると同時に、床を蹴って吸血鬼人へと向かう。
だが、先に間合いを確保したのは当然真超越人だった。
彼は大鎌を大きく引き、雄也ごと周囲の空間全てを切り裂かんばかりに薙ぎ払う。
「〈チェインスツール〉!」
対して雄也は跳躍することで軌道から逃れ、さらに魔法で作り出した足場を蹴って敵との間合いを一気に詰めた。
「ぜりゃあああああっ!!」
そして叫声と共に、拳を覆ったガントレットを叩き込もうと殴打を繰り出す。
しかし、真超越人はそれを大鎌の柄で受け止めた。
鈍い音と共に軋みを上げつつも破壊するには至らない。一瞬状態が均衡する。
雄也は押し込もうとさらに腕に力を入れた。が、その気配を察知したように敵は僅かに力を抜き、それによって体勢を少し崩されてしまう。
吸血鬼人はそこを狙い、今度は大鎌を上段から振り下ろしてきた。
「くっ、おおおおっ!」
崩された体勢の中、迫る湾曲した刃の腹を叩いて何とか逸らす。そのまま一旦、間合いから飛び退って体勢を立て直す。
(……身体能力はこちらが上。技量は相手が上ってとこか)
しかし、恐らく〈ブレインクラッシュ〉によって人格が失われていなければ、彼の技量はもっと上だったことだろう。
以前の真超越人のように、人格を奪う必要がない程の歪んだ存在でなくて助かったというところか。
(大鎌は小回りが効く類の武器じゃないはずだけど、初めて相対すると戸惑うな)
努めて冷静に彼我の戦力を測りながら、雄也はガントレットを構え直した。
しかし、大鎌という特異過ぎる武器を前に慎重を期し、自ら仕かけることはできない。
そんな雄也を嘲笑うかのように、吸血鬼人は武器を持ち直して再び迫ってきた。
薙ぎ払われる大鎌をギリギリまで見極めて、回避と共に懐に入り込む。
そのまま拳を叩き込まんと力を込めた瞬間、何故か敵は大鎌の柄から手を離した。
「何っ!?」
一瞬、床に落ちた敵の武器に気を取られ、慌てて意識を戻す。と、黒色の歪な装甲に包まれた右手が伸ばされていた。咄嗟に左のガントレットでそれを振り払う。
どういう意図を持っての行動かは分からない。
だが、図らずも雄也の反撃によって逆に吸血鬼人に隙が生じていた。
(不可解だけど、見逃す手はない)
雄也は蓄えた魔力を右手のガントレットに集めようとして――。
「アイリス!!」
それを遮るようにプルトナの叫び声が耳に届き、目線だけを彼女達へと向ける。
そして雄也の目に飛び込んできたのは、床にへたり込むプルトナを庇うように吸血蝙蝠人と対峙するアイリスの姿。今の今まで完全に二人を失念していた。
(どこかに潜んでたのか!? くそっ!)
既に吸血蝙蝠人は攻撃態勢に入っているが、アイリスはプルトナを守らんとしてか回避しようとしていない。あれでは彼女の強みが発揮できない。その結果は……。
「っ! させるかあああっ!!」
《Launcher Assault》《Final Launcher Assault》
武装を重火器へと変更すると共に無理矢理銃口を吸血蝙蝠人へと向ける。
それと同時に、魔力を極限まで収束させた琥珀色の巨大な弾丸を解き放つ。
吸血蝙蝠人はアイリス達に襲いかかろうとしていたが故に、真っ直ぐに飛来したその一撃を避けることはできなかった。結果、光球の秘めた威力によって謁見の間の壁にまで弾き飛ばされ、その場で爆発四散する。
雄也の攻撃によって二人は窮地を脱することができたようだった。
「ユウヤッ!!」
しかし直後、プルトナが必死な様子で叫び、アイリスは切羽詰まったような表情でこちらに駆け寄ろうとする。
二人の姿を目にして、雄也はハッとして視線を吸血鬼人へと戻した。
その時には彼の左手が眼前に迫っていて――。
「〈オーバーフォールインナイトメア〉」
頭を鷲掴みにされると共に闇属性の強大な魔力を注ぎ込まれ、それによって雄也は意識を闇の底へと落とされてしまったのだった。
どうやらプルトナが選んだのは、一度エントランスに出て正面から謁見の間へと向かうルートだったようだ。通路の幅は広く、天井も比較的高い。
廊下の両脇には来訪者を楽しませるための如何にも高級そうな調度品が並び、王の権力を誇示するような荘厳な雰囲気を感じさせる。
だが、同時に薄暗くあるが故に、どことなく不気味でもあった。
「何かこの城、暗くないか?」
「別に城だけが特別暗い訳ではありませんわ。王国全体が常に暗いのです。古の魔動器によって闇属性の魔力が多く留められた結果、太陽光が遮られているのですわ」
「なら、明かりを点ければいいだろうに」
「既に点いておりますわ。ただ、闇属性の魔力が濃いせいで効率が悪いので、節約のために光度を落としているんですの。式典などの際は他国以上に煌びやかになりますけれど」
どうやら普段からこんなものらしい。
それを薄気味悪く感じてしまうのは、雄也自身の気持ちの問題だろう。
(まるでRPGの魔王城に突入してるみたいだな。……っと――)
「そろそろ接敵するぞ。敵は三十人。最奥の三人は吸血蝙蝠人。手前の二七人は生身だ」
足を止めずに二人に注意を促す。
以前より格段に範囲が広がった探知魔法により、周囲に存在する敵の位置は把握済みだ。
進路の曲がり角の先に、口にした通りの数の敵が息を潜めて待ち構えている。
「超越人以外はワタクシ達が!」
「ああ、頼んだ。……けど、なるべく怪我させるなよ?」
「当然です。我が国の民をこれ以上苦しめる訳にはいきませんわ」
魔力を強く励起させながらプルトナが拳を固く握る。
その真剣な声色から彼女の強い意思が感じ取れるが、表情の強張りを見るにどこか虚勢のようにも思える。しかし、状況を考えれば、むしろそれが当然だろう。
あるいは、王族としての誇りのみを支えに心を保っているのかもしれない。
(それでも今は気張って貰わないとな)
だから、雄也はそんなプルトナの姿を痛ましく感じつつも慰めの言葉を飲み込んだ。
それから、二本の短剣を握り締めて少し後ろを走るアイリスへと視線を移す。
「先行して超越人を叩く。プルトナの補助は任せた」
【ん、任された】
簡潔に言葉を交わし、目線を前に戻す。
六・二七広域襲撃事件において、共に修羅場を潜った彼女だ。戦いに向かうに当たって多くを語る必要はもはやない。それだけの信頼関係はあるつもりだ。
再び進路上にいる超越人の気配に意識を集中し、さらに研ぎ澄ませる。と同時に――。
《Twinbullet Assault》《Convergence》
雄也は両手に拳銃を生み出し、魔力の収束を開始させた。
そうしながら全力で床を蹴り、一気に加速して二人に先んじる。
「〈エアリアルライド〉」
飛行すら可能な風属性魔法を発動させ、その力を借りて姿勢を制御。曲がり角をほぼ直角に曲がり、敵の集団を視界に収めた瞬間に側面の壁に向かって跳躍する。
そのままそこに足をかけて一気に駆け上がり、天井を走り抜け――。
「動くな!」
最奥にいる女性型の吸血蝙蝠人の真後ろを取り、背中に二丁の銃口を突きつける。
それに対し、当然のように戸惑いも躊躇いもなく振り返り、攻撃を仕かけようとしてくる彼女の姿に〈ブレインクラッシュ〉の影響を改めて確認する。
ドクター・ワイルドの言葉とは裏腹に人格が残っている可能性はないと判断する。
故に、振り下ろされる腕をバックステップで回避しつつも照準は逸らさない。
《Final Twinbullet Assault》
「ヴァーダントアサルトシュートッ!!」
そして電子音に続いて攻撃を宣言し、濃密な魔力を帯びた新緑色の弾丸を解き放つ。
理性を失い、第一に攻撃を選択してしまった彼女がそれを避けることは不可能で、鮮やかな緑の輝きを放つ光弾は二発共に吸い込まれるように直撃した。
その威力によって壁に叩きつけられた超越人は、直後壁諸共に爆散してしまう。
「ギャギャアアアァァーッ!!」
しかし、残る二人は欠片も怯んだ様子を見せずに甲高い声を上げながら迫ってきた。いつかの蝙蝠人の如く、超音波染みた振動音を発し始めながら。
当時の雄也は召喚の副次効果によって痛みなどに耐性があったが、今は生命力相応でしかない。勿論、オルタネイトとしての生命力があれば即座に気を失うことはないが、不快な音に集中を乱されるのは好ましくない。
何より、自分自身よりもアイリスやプルトナが心配だ。だから――。
「悪いが、その手は封じさせて貰う。〈リモートエリアサイレンス〉」
彼らの周囲の空気に干渉し、無音地帯を作り出す。
それによって彼らの叫び声もまたかき消されていた。音もなく叫ぶ動作をしている様子はどこか滑稽だが、その目の余りの虚ろさを見ると憐れにも思う。
「……すぐに解放して上げます」
《Convergence》
雄也は彼らにそう告げ、再度魔力の収束を始めながらそれぞれに銃口を向けた。
無も立てずに攻撃を仕かけてくる二人の超越人に、そのまま弾丸を撃ち込む。
彼らは悲鳴を上げるが如き形相を浮かべ、怯んだように僅かに動きを止めた。
《Machinegun Assault》
その隙に武装を重機関銃へと変じて両手で構えつつ、片一方の超越人との間合いを一気に詰める。そして雄也は、体勢の立て直しが間に合わない彼の腹部に銃口を突きつけ、引金を引いて零距離から無数の光弾を解き放った。
現代のマシンガン以上の連射速度で絶え間なく撃ち出されたそれらは、超越人に奇妙な舞いを踊らせながら壁際へと押し退けていく。
やがて銃弾の勢いに壁に押しつけられた彼は僅かな抵抗すらも見せなくなり、遂には一人目と同様に爆発四散してしまった。
残るは一人。
「これで、終わりです」
《Launcher Assault》
雄也は背後から襲いかからんとしてきた最後の一人を振り返り、グレネードランチャー風の重火器へと変じた武装の狙いをつけた。
既に魔力収束から十秒は経過している。
《Final Launcher Assault》
「ヴァーダントアサルトエクスプロードッ!!」
そして、特大の新緑色を帯びた光の塊を彼に叩き込んだ。その一撃は一瞬にして超越人の命を刈り尽くし、爆散の影響すらも光の中で消滅させてしまう。
これを以って進路上に待ちうけていた超越人は全滅した。
(最近の超越人より大分弱かったな)
吸血蝙蝠人はドクター・ワイルドが直接作り出した超越人ではなく、吸血鬼人によって間接的に生み出された超越人だったからかもしれない。
(考察は後回しだ。それより――)
「アイリス、プルトナ!」
意識を彼女達に向ける。既に二人は操られた生身の人間達と交戦状態に入っていた。
見たところ戦力的には数の不利があって尚、アイリスとプルトナの方が遥かに上だ。
ダブルSは伊達ではない。
しかし、相手はまだ助かる可能性を残す一般人。
全力を出すことができず、もどかしそうだ。
「アイリス、頼みますわ!」
それでも二人はそんな中でうまく立ち回っていた。
プルトナが撹乱し、アイリスが土属性の魔法で枷を作って拘束する。
それによって二七人いた敵は、既に半数近くが無力化されていた。
十分手早く効率的な対処と言える。が、何と言っても状況が状況だ。
「〈エアカレントジェイル〉」
雄也は残る十名程度の背面から魔法を放ち、彼らを気流の檻に閉じ込めた。
発動を宣言する言葉が彼女達に聞こえたかは分からない。
だが、少なくともアイリスは、風に囚われた彼らの鈍った動作から状況を感じ取ったようだ。速さを最重要視したように大胆な動きを見せるようになっている。
それに伴い、一人一人を拘束するために必要な時間が短縮されていた。
結果、彼女達は雄也の援護が入る以前よりも遥かに短時間で残る彼らを拘束し、全員を捕らえることに成功したのだった。
とは言え、さすがに敵味方含め誰一人怪我なく、とはいかなかったようだ。
それでも、少なくとも二人は無傷だし、既に手遅れである吸血蝙蝠人以外は誰も命を落としてはいない。許容範囲だろう。
一戦を終え、廊下に転がる彼らを慎重に避けて二人が傍に来る。
【ユウヤ、ありがとう】
「時間が惜しいですから助かりましたわ。と、話している時間も惜しいですわ」
プルトナはそう言いながらも目線は倒れ伏す魔星王国の民に向き、その目には僅かな躊躇いが見て取れた。が、この場で優先すべきことは最低限理解しているようだ。
「行きましょう」
拘束されたままの彼らには悪いが、今はこれ以上のことは何もできない。
放置して先に進むしかない。
「ああ。行こう」
プルトナに同意して、逡巡を振り払うように自ら先頭に立った彼女の後に続く。
「次の分かれ道は左ですわ」
そうして再びプルトナの案内で王城を進んでいく。その途中、幾度か吸血蝙蝠人や操られた一般人と交戦を繰り返しながら。
しかし、やはり脅威度としてはそれ程でもない。
どちらかと言えば、時間稼ぎをして雄也達を苛立たせることが目的かもしれない。
そうと理解していても、当然焦りは徐々に大きくなる。
だとしても、今は心をなるべく乱さずに粛々と進んでいくしかないのだが。
「……着きました。謁見の間ですわ」
それぞれ様々な感情を呑み込みながら行き、やがて巨大な扉の前に辿り着く。
「……準備はいいか?」
【大丈夫】
「ええ。問題、ありませんわ」
二人の言葉を受けて、雄也は謁見の間の扉に手をかけた。と、それを待っていたかのように、アーチ状の巨大な観音開きの扉は自ら重々しく開いていく。
「ようこそ、とでも言いたい訳か? なめた演出をしてくれるな」
軽く眉をひそめ、警戒を強めながらも先陣を切って扉を潜っていく。
続いてプルトナが、最後に背後へと注意を払いながらアイリスが謁見の間に入ったところで、今度は逆に重く不快な音を立てながら扉が閉まっていった。
(閉じ込められた、か)
ある意味それは容易く予想できる展開だったので動揺はない。二人も同じだ。
「……暗いな」
その部屋は一際薄暗かった。明かりが完全に消されているようだ。
「ユウヤ、〈レギュレートヴィジョン〉を」
「分かってる」
生命力に偏りを作り、視覚を切り替える。と、ハッキリと謁見の間の様子が見て取れた。
虚ろな様子で玉座に座る一人の魔人の姿もまた。
「お父様……」
ポツリと呟かれたプルトナの言葉に反応したように、魔人王テュシウスがゆっくりと立ち上がる。その動きは糸で操られた人形のように歪で不気味だった。
「アサルト……オン」
そして、聞き慣れた単語が全く抑揚なく発せられる。
《Change Vampirenthrope》
さらに、どこか低く感じる電子音が場に響き――。
「お、お父様」
眼前で展開される光景に、プルトナは目を見開いて一歩後退りした。
彼の魔人としての肉体は褐色の上から黒を塗りたくったような闇色に変色し、その姿もまた蝙蝠の特徴が散見されるものへと変じていく。
しかし、それは蝙蝠人や吸血蝙蝠人よりも遥かに禍々しいものだった。
そして、その全身をさらに濃い黒で染まった装甲が覆い尽くす。
色合いは六・二七広域襲撃事件で戦った鬼人と同じだが、黒騎士という風だったあの真超越人とは趣が全く以て異なる。
余りに装甲が歪で、騎士が着用すべき鎧の形から大きく逸脱してしまっているのだ。
(魔王……)
薄暗い城に対して感じていた印象と相まって、そんな単語が脳裏に浮かぶ。
《Scythe Assault》
そんな思考を遮って無感情な電子音が冷たく謁見の間に鳴り――。
「〈フル……アクセラレート〉」
(っ! 問答無用か!)
真超越人と化した彼は、その手に大鎌を構えて体を沈み込ませた。
「二人は自分の身を守れ!」
《Change Therionthrope》《Gauntlet Assault》《Convergence》
雄也は獣人形態に変化すると共に武装をミトンガントレットに変更した。
念のため、魔力の収束も行っておく。
「〈フルアクセラレート〉!」
そして、相手と同等の身体強化を用いると同時に、床を蹴って吸血鬼人へと向かう。
だが、先に間合いを確保したのは当然真超越人だった。
彼は大鎌を大きく引き、雄也ごと周囲の空間全てを切り裂かんばかりに薙ぎ払う。
「〈チェインスツール〉!」
対して雄也は跳躍することで軌道から逃れ、さらに魔法で作り出した足場を蹴って敵との間合いを一気に詰めた。
「ぜりゃあああああっ!!」
そして叫声と共に、拳を覆ったガントレットを叩き込もうと殴打を繰り出す。
しかし、真超越人はそれを大鎌の柄で受け止めた。
鈍い音と共に軋みを上げつつも破壊するには至らない。一瞬状態が均衡する。
雄也は押し込もうとさらに腕に力を入れた。が、その気配を察知したように敵は僅かに力を抜き、それによって体勢を少し崩されてしまう。
吸血鬼人はそこを狙い、今度は大鎌を上段から振り下ろしてきた。
「くっ、おおおおっ!」
崩された体勢の中、迫る湾曲した刃の腹を叩いて何とか逸らす。そのまま一旦、間合いから飛び退って体勢を立て直す。
(……身体能力はこちらが上。技量は相手が上ってとこか)
しかし、恐らく〈ブレインクラッシュ〉によって人格が失われていなければ、彼の技量はもっと上だったことだろう。
以前の真超越人のように、人格を奪う必要がない程の歪んだ存在でなくて助かったというところか。
(大鎌は小回りが効く類の武器じゃないはずだけど、初めて相対すると戸惑うな)
努めて冷静に彼我の戦力を測りながら、雄也はガントレットを構え直した。
しかし、大鎌という特異過ぎる武器を前に慎重を期し、自ら仕かけることはできない。
そんな雄也を嘲笑うかのように、吸血鬼人は武器を持ち直して再び迫ってきた。
薙ぎ払われる大鎌をギリギリまで見極めて、回避と共に懐に入り込む。
そのまま拳を叩き込まんと力を込めた瞬間、何故か敵は大鎌の柄から手を離した。
「何っ!?」
一瞬、床に落ちた敵の武器に気を取られ、慌てて意識を戻す。と、黒色の歪な装甲に包まれた右手が伸ばされていた。咄嗟に左のガントレットでそれを振り払う。
どういう意図を持っての行動かは分からない。
だが、図らずも雄也の反撃によって逆に吸血鬼人に隙が生じていた。
(不可解だけど、見逃す手はない)
雄也は蓄えた魔力を右手のガントレットに集めようとして――。
「アイリス!!」
それを遮るようにプルトナの叫び声が耳に届き、目線だけを彼女達へと向ける。
そして雄也の目に飛び込んできたのは、床にへたり込むプルトナを庇うように吸血蝙蝠人と対峙するアイリスの姿。今の今まで完全に二人を失念していた。
(どこかに潜んでたのか!? くそっ!)
既に吸血蝙蝠人は攻撃態勢に入っているが、アイリスはプルトナを守らんとしてか回避しようとしていない。あれでは彼女の強みが発揮できない。その結果は……。
「っ! させるかあああっ!!」
《Launcher Assault》《Final Launcher Assault》
武装を重火器へと変更すると共に無理矢理銃口を吸血蝙蝠人へと向ける。
それと同時に、魔力を極限まで収束させた琥珀色の巨大な弾丸を解き放つ。
吸血蝙蝠人はアイリス達に襲いかかろうとしていたが故に、真っ直ぐに飛来したその一撃を避けることはできなかった。結果、光球の秘めた威力によって謁見の間の壁にまで弾き飛ばされ、その場で爆発四散する。
雄也の攻撃によって二人は窮地を脱することができたようだった。
「ユウヤッ!!」
しかし直後、プルトナが必死な様子で叫び、アイリスは切羽詰まったような表情でこちらに駆け寄ろうとする。
二人の姿を目にして、雄也はハッとして視線を吸血鬼人へと戻した。
その時には彼の左手が眼前に迫っていて――。
「〈オーバーフォールインナイトメア〉」
頭を鷲掴みにされると共に闇属性の強大な魔力を注ぎ込まれ、それによって雄也は意識を闇の底へと落とされてしまったのだった。
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