【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第九話 断罪 ②ゲームスタート

「これは……」

 ドクター・ワイルドが上空に作り出した映像は既に消えていた。しかし、その場の誰もが情報を整理し切れず、呆然と訓練場を動けずにいた。
 当然だろう。それだけ衝撃的な内容だった。

「一先ず、先生に話を聞きに行こう。全部それからだよ」

 そんな中で真っ先に立ち直ったフォーティアがそう提案する。
 まだ比較的冷静だった雄也とイクティナは、それに頷いて同意した。が、直接的な被害者と言って差し支えないプルトナは今正に混乱の極みにあるようで――。

「っ! 待て、プルトナ!」

 彼女から魔力の高まりを感じ、雄也は咄嗟にその手首を右手で掴んだ。
 そんな雄也の行動を前に、ハッとしたようにアイリスが左腕にしがみついてくる。

「〈テレポート〉」

 プルトナがそう告げた次の瞬間、視界が移り変わった。
 ポータルルームの白い壁が目に映る。
 正確な場所は分からない。だが、まず間違いなく魔星サタナステリ王国のどこかだろう。
 隣では一緒に連れてこられてしまったらしいアイリスが、雄也から半歩も離れず周囲の様子を窺っていた。所作の一つ一つに色濃い警戒が見える。
 そう現状を把握している間に、プルトナが部屋の出口に向かって歩もうとしていた。
 しかし、掴んだままの手にかかる力は弱々しく、その目は焦点が合っていない。

「プルトナ、何をやってるんだ!」

 思わず彼女の手首を引っ張りながら声を荒げる。
 すると、その勢いでプルトナはよろめき、胸元にぶつかってきた。
 それでようやく我に返ったようで、こちらを見上げる彼女の目に光が戻る。

「……あんな映像を見せられて冷静でいられないのは分かる。けど、プルトナ一人が突っ走ってどうにかなる問題じゃないだろ?」
「そ、それは……」

 雄也の強い口調を前に、プルトナは言い淀んだ。

「それでも、ワタクシは魔星サタナステリ王国の王族として……」
【矜持だけでどうにかなるなら騎士も賞金稼ぎバウンティハンターも必要ない】

 アイリスに厳しい文字を突きつけられ、プルトナは悔しげに顔を歪めてしまった。

【私達まで〈テレポート〉に巻き込んだところを見る限り、無意識ではプルトナも理解してるはず。自分一人ではどうしようもないって】

 本来〈テレポート〉の対象は使用者の任意だ。
 故に、雄也達を残して一人で飛ぶことも不可能ではない。
 にもかかわらず、この場には雄也もアイリスもいる。
 その意味はアイリスが作った文字の通りだろう。

「一先ず戻ろう。ティアが言ってた通り、情報を集めないとどうしようもない」
「……分かり、ましたわ。申し訳ありません。二人共」
「まあ、気持ちは分からなくない。気にするな」【別にいい。プルトナはそういう子】

 頭を下げるプルトナに、ほぼ同時に言葉を返す。
 まず雄也の声を受けて顔を上げた彼女は、次いで目に映したアイリスの字に微妙な顔をするぐらいには冷静さを取り戻せたようだった。

「では、二人共、手を」

 プルトナはそう言うと、一旦七星ヘプタステリ王国へと戻るために両手を差し出してきた。
 アイリスと共にその手を取る。と、彼女は小さく頷き返して口を開いた。

「〈テレポート〉」

 そして、空間転移魔法の発動が宣言される。しかし――。

「……ええっと、不発?」

 目の前の光景には何ら変化がなかった。
 アイリス共々戸惑いを抱く。当然と言うべきか最も困惑しているのは魔法の使用者たるプルトナで、彼女は動揺したように目線を揺らしていた。

「お、おかしいですわ。王都メサニュクタの、いえ、それどころか王城の外にすら飛べそうにありません! 魔力的に断絶しているようですわ!」

 プルトナの声に焦りが滲む。
 彼女の言葉から判断するに、どうやらここは魔星サタナステリ王国王都メサニュクタの中心に存在する王城。そのポータルルームの一つらしい。
 詰まるところ敵の本拠地のど真ん中だ。

(ってことは……)

【まさか、罠?】
『その通おおおおり!』

 アイリスの結論に応えるように、聞き覚えのある馬鹿でかい声が脳内に響き渡る。
 と同時に、ポータルルームの入口に彼の虚像が生じる。

「ドクター・ワイルドッ……!」

 雄也は二人を背中に隠すようにしながら、うっすら透けたそれを睨みつけた。

『随分と早かったであるな。どうやら吾輩の予想を超えて、そこの魔人サタナントロープの小娘は愚かだったようだ。先走った短絡的な行動に出るとはな』

 ドクター・ワイルドは、やれやれと言わんばかりに肩を竦めた。

「お父様を、よくもっ!!」
「落ち着け! プルトナ!」

 挑発を真に受け、いきり立った彼女をアイリスと二人がかりで抑える。ドクター・ワイルドに詰め寄ろうとしているが、あれは虚像に過ぎない。
 それは彼女も理解しているようで、悔しげに唇を噛みながら立ち止まった。

『貴様らは災難であったな。ユウヤ・ロクマ。アイリス・エヴァレット・テリオンよ』

 ドクター・ワイルドの立体映像はそれを嘲るように見下ろし、それから雄也とアイリスへと順番に視線を移しながら告げた。

『何の準備もなく、第二の闘争ゲームの場に来てしまうとはなあ』

 そして彼は、楽しげに口を三日月の形に歪める。

『だが、ここに来てしまった以上は早速闘争ゲームを始めさせて貰うぞ?』

 さらに嫌悪を感じるような狂気の笑みと共に発せられる言葉。
 その異様な気配に圧され、プルトナが一歩後退りしてしまう。
 彼女はそんな自分にも腹を立てたように、逆に二歩前に出て口を開いた。

「ワタクシ達の国を、民をここまで滅茶苦茶にしておいて、何がゲームですの!? ふざけないで下さいまし!」
『ふざけてなどおらんよ。吾輩は至極真面目だ。我が目的の礎となるは、価値なきこの世界アリュシーダにおける唯一の価値。むしろ喜んで貰いたいものだな』
「なっ!?」

 プルトナは理解できない言語を聞いたかのように絶句してしまった。
 狂った信念。歪んだ論理。
 それを完全に正気を失ったような状態ではなく、真っ当に本心から説いてくる。そんな存在と相対した経験などないのだろう。

(フィクションの敵としちゃ、割とよくいるタイプだけどな)

 しかし、それにしたって所詮はフィクション。現実でこの手の存在を目の当たりにしたことなど、雄也もこの世界アリュシーダに来るまでなかったが。

『では、此度の闘争ゲームのルールを説明しようか』

 言葉を失ったままのプルトナを完全に黙殺し、ドクター・ワイルドが再び口を開く。

『まず気づいているとは思うが、〈テレポート〉による離脱はできん。魔動器によって妨害しているのでな。本来はもうしばらくの間、謁見の間以外の〈テレポート〉は可能なままにしておくつもりであったがな』

 もしプルトナがあのタイミングで〈テレポート〉を使わなかったら。
 恐らくは陽動として真正面から戦闘を仕かけ、一部の人間、もっと言えば雄也自身が王城に突入して魔人王テュシウスを倒す。そんな作戦が考えられていたに違いない。
 その時、退路を断つための仕かけだったのだろう。

【城内への〈テレポート〉は魔力を登録した者しかできないはず。つまり】

 アイリスが文字を作りながらプルトナに視線を向けた。

「……最初からプルトナを巻き込む腹積もりだったって訳か」
『折角父親を使ってやったのだ。闘争ゲームに彩りを加えるよい素材であろう?』

 その言葉を聞き、プルトナは射殺さんばかりにドクター・ワイルドを睨んだ。
 雄也もまた強い憤りを感じてはいたが、この場は抑えて続きを待つ。
 既に七星ヘプタステリ王国に戻る術がない以上、彼の仕かける闘争ゲームに打ち勝つしかない。
 そのためにも情報は一つでも多く得ておく必要がある。

『クリア条件は魔人王テュシウスだったもの、即ち真超越人ハイイヴォルヴァー吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを討伐することである。まあ、これは想像できていたことであろうがな』

 必死に耐えるように俯くプルトナを横目で見る。
 彼女は唇を強く噛み締める余り噛み切ってしまったのか、口元に血を流していた。固く握り締められた手にも赤いものが滲んでいる。痛ましい。

「他の超越人イヴォルヴァーはどういう扱いになる? いや、そもそも彼らは一体――」
『説明しよう!』

 古いアニメの解説役のようなわざとらしい口調に思わず苛立ち、眉をひそめる。
 そんな雄也を無視して、ドクター・ワイルドは言葉を続けた。

『あれらは量産型超越人イヴォルヴァー吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープ吸血ヴァンパイア鬼人ントロープが人間を噛むことで生み出されるでき損ないの超越人イヴォルヴァーである。吸血ヴァンパイア鬼人ントロープが噛んだ時点で人格は破壊されている故、好きなように殺してやるといい。もはや単なる人形だからな』

 相変わらずの勝手な物言いに反吐が出そうだ。
 しかし、今は怒りを息と共に吐き出して無理矢理抑え込む。

「……超越人イヴォルヴァー化していない人達は? あの人達も人格を?」
「いいや。奴らは通常の精神干渉によって操られているに過ぎん。吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープを介して吸血ヴァンパイア鬼人ントロープによって、な。故に、吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの息の根を止めれば解放されるのである」
「っ! それは本当ですの!?」

 雄也の問いに対して返された答え、その内容を耳にして、プルトナがハッとしたように顔を上げて縋るような目をドクター・ワイルドに向ける。

『報酬がなければ、やる気も出まい』

(どの口が言う)

 普段の襲撃は、こちらに何のメリットもないだろうに。
 しかし、不幸中の幸いと受け取ってかプルトナは絶望の中に僅かな希望を見出したような、安堵と呼ぶには弱々しいものを微かに表情に過ぎらせていた。

(……まるで詐欺師の手口、だな)

 最悪を突きつけて、後から救いをちらつかせる。度し難い悪辣さだ。

「お父様、ワタクシは……王族の、一人として……!!」

 己に言い聞かせるようなプルトナの呟きが耳に届く。
 ドクター・ワイルドの話が正しいとして前提は父親の死。手放しで喜べるはずがない。
 それでも以前、王族として国のため、民のためにあることに誇りを持っていると言っていたのは嘘ではなかったのだろう。
 彼女は覚悟を決めたように、感情の先走った目ではなく静かな決意を湛えた瞳でドクター・ワイルドを見据えた。
 そもそも真超越人ハイイヴォルヴァーと化した挙句〈ブレインクラッシュ〉を受けてしまっている以上、魔人王テュシウスが無事で済む可能性は皆無だ。
 人間の感情なのだからそう容易く割り切れるものではないが、冷静に考えれば優先すべきものが何かは決まっている。

吸血ヴァンパイア鬼人ントロープ吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープは……」
『さすがの吾輩も、〈ブレインクラッシュ〉によって失われた人格を再生することなどできないのである。残念だが、諦めることだ』
【自分でやっておいて残念も何もない】
『それもそうであるな。フゥウーハハハハハッ!!』

 高笑いをするドクター・ワイルドに目を細く研ぎ澄ませるアイリス。
 そのハッキリとした表情の変化を見る限り、彼女もまた彼の言動に不快感を強く抱いているようだ。

吸血ヴァンパイア鬼人ントロープの居場所は映像で見せた通り、謁見の間である。ああ、安心するがよい。移動はさせん。ルートはそこの愚かな小娘が知っているであろうし、迷いはすまい』

 再び挑発するように歪んだ笑みをプルトナに向けるドクター・ワイルド。しかし――。

「ええ。問題ありませんわ」

 プルトナは平坦な声でそう返した。
 その目は感情を排したように冷たく、視線を向けられていない雄也でもゾッとする程だった。アイリスはそんな幼馴染の姿を痛ましそうに見詰めていた。

『おお。やる気十分のようであるな。よいことである』

 だが、正面からプルトナの氷のような目を受け止めたドクター・ワイルドは、欠片も脅威と思っていないようで軽く嘲った。

『では、早々に闘争ゲームを開始するとしようか。闘争ゲームは公平でなければならんからな。余り説明が長引けば貴様らの不利となる』
「どういうことだ?」
『現在七星ヘプタステリ王国は国王を失い、混乱の極みにある。が、その間に吾輩が侵攻することを恐れてのことだろう。賞金稼ぎバウンティハンター協会長ランドが指揮を取り、賞金稼ぎバウンティハンターを集結させてここ王都メサニュクタを攻めるつもりのようである』

 随分と行動が早い。
 もしかしたら国王を失ってその周辺がごたごたしているおかげで逆に、ランドやラディアの意見が停滞なく通るようになっているのかもしれない。

「それは、お前の不利じゃないのか?」
『いいや。吾輩にとって吸血ヴァンパイア鬼人ントロープ吸血ヴァンパイア蝙蝠人バットロープも捨て石程度の価値しかない。必要とあれば、作り直せばいいだけのことだからな』

 ドクター・ワイルドは「しかし」と強調して、さらに言葉を続けた。

『そんなゴミ同然の存在でもSクラス相当の力を持つ。貴様程の力を持つのであればともかく、並の賞金稼ぎバウンティハンター如きにとってみれば十分脅威であろう』
「つまり、俺達が手間取れば手間取る程――」
賞金稼ぎバウンティハンターの犠牲が増えてゆく、ということである。だが、それだけではない』
「どういう、ことだ?」
『戦場に出るのは超越人イヴォルヴァーだけではない。どういう意味か、分かるであろう?』

 彼のその言葉に雄也はハッとして目を見開いた。
 この闘争ゲームに巻き込まれた中で最も多いのは超越人イヴォルヴァー化していない、ただ操られているだけの人間だ。そんな彼らが戦場で賞金稼ぎバウンティハンターと衝突すれば――。

『そう。吸血ヴァンパイア鬼人ントロープを討伐すれば救われるはずの者達が、徐々に減っていく訳である。他ならぬ賞金稼ぎバウンティハンターの手によってなあ!』
「貴様という奴はどこまでもっ!!」
『フゥウーハハハハハッ!! まあ、精々急ぐがいい』

 そう言いながら口の端を吊り上げたドクター・ワイルドは、仕上げとばかりに両手を広げた。そして、ゲームマスターを気取るように高らかに宣言する。

『この扉を出た瞬間から闘争ゲーム開始である。必死に最善を尽くすことであるな、ユウヤ・ロクマ。いや、オルタネイトよ!』

 そして、高笑いを最後に彼の虚像はポータルルームから消え去ったのだった。

「……急がないとまずいな」
「ええ」

 雄也の呟きに頷いて、即座に扉へと歩き出すプルトナ。
 そんな彼女の肩にアイリスが手を置いて、待ったをかけた。

「アイリス、何ですの?」
【ポータルルームから謁見の間までの経路はそう多くないはず。進む道が限られる訳だから、道中に罠が仕かけられてる可能性が高い。慎重に進む必要がある】
「……そうだな。ゆっくり急げって奴だ」
「何を悠長な――」
「アサルトオン」
《Change Phtheranthrope》

 プルトナの声を遮って翼人プテラントロープ形態へと変ずる。

「〈エリアサイレンス〉〈エリアデオドライズ〉〈ワイドエアリアルサーチ〉」

 風属性の魔法を発動させ、可能な限り気配を軽減すると共に音を以って周りを探知する。

「俺が魔法で物理的、魔力的な罠を調べる。けど、探知魔法が通用しない可能性もあるからアイリスは獣人テリオントロープとしての五感で俺の補助を。それからプルトナの護衛も頼む」

 アイリスは深く頷き、任せろと言わんばかりに平たい自分の胸を叩いた。
 そんな彼女に頷き返し、プルトナに視線を移す。

「プルトナは正確な道を指示してくれ。……図らずも俺達の行動がこの国の行く末を決めてしまうかもしれないんだ。冷静に、慎重に、最善を尽くさないといけない」

 闘争ゲームと言ってもゲームのように二度目コンティニューなどないのだから。
 その気持ちを込めて、仮面越しながら彼女に真っ直ぐな視線を送る。と――。

「……分かりましたわ」

 プルトナは急く感情を呑み込むように目を瞑って、一つ大きく深呼吸をした。
 それから彼女は再び目を開き、静かに口を開く。

「最短ルートは左。ただ道幅が狭く魔法戦闘には向きません」
「狭いってどれぐらい狭いんだ?」
「人一人がすれ違える程度でしょうか」

 それはさすがに狭過ぎる。城内の人間用の通路という感じなのかもしれないが、それでは近接戦闘を行うにしても怪しいところだ。

【道中、確実に戦闘はあるはず。なら、もっと広い道を進むべき】
「そうだな。プルトナ、それを考慮した上での最短ルートを頼む」
「承知致しましたわ。であれば、部屋を出たら右に向かって下さいまし」
「分かった。……よし。じゃあ、行くぞ。二人共」

 アイリス、プルトナと順に目配せをし、二人が頷くのを確認する。
 そうして雄也はポータルルームの扉を開けたのだった。

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