【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第八話 妖星 ③光の巫女の来訪

 賞金稼ぎバウンティハンター協会の訓練場を出た雄也達は、フォーティアの案内でとある店を訪れていた。

「喫茶モセモセ? ってか、この匂いって――」
「ほら、入った入った」

 フォーティアに背中を押され、店の中に入る。と、店の外の時点で既に鼻孔をくすぐっていた懐かしいスパイシーな香りが一気に強まる。食欲が大いに刺激される。
 この特徴的な香辛料の匂いは明らかにカレーのものだ。

「オヤッさん! サギグ野菜カレー、S三、A一、E一!」

 席に案内される前から、いきなりカウンターの奥にいるガタイのいい大男に注文を告げるフォーティア。その言動は完全に常連客のそれだ。

「って、オヤッさん?」

 彼女の言葉に大男を二度見する。不釣り合いなエプロンを除けば、見覚えのある姿。
 Sクラスの賞金稼ぎバウンティハンターたるオヤングレン・ウィスタリア・テリオンがそこにいた。

「そ。ここはオヤッさんの奥さん達がやってる店だからね。時間が空いてる時はオヤッさんも手伝ってるのさ。あ、オヤッさん! Sの一つは超辛、他は普通ね!」
「聞こえてっから、ちったあ声量落とせ! それと、さっさと座れ!」
「オヤッさんもうるさいじゃないのさ。ってか、それが店員の態度かよ」

 軽く文句を言いつつも、オヤングレンに視線で示された対面のテーブル席に座るフォーティア。そんな彼女の後に雄也達も続く。
 並びは片方にフォーティア、雄也、アイリス。向かいの席にイクティナ、プルトナだ。
 他の席に客の姿はない。

「オヤッさんがいる時は空いてるのさ。誰もおっさんに給仕なんてされたくないってね」
「うっせえぞ」

 失礼極まりない言葉に声を大きくしつつも、オヤングレンに怒った様子はない。
 彼は気のいい男らしい笑みを湛えながら近づいてきた。

「おう。ユウヤか。久し振りだな。って、綺麗どころ侍らせて随分だなあ、おい」
「オヤッさんだって三人も奥さんいるじゃないか。しかも美人の」
「まあよ。けど、ユウヤは四人だぞ?」

 オヤングレンはその場の一人一人に視線を向けた。

「……って、アイリスじゃねえか! お前、ユウヤと知り合いだったのか?」
【知り合いなんて浅い関係じゃない】

 ムッとしたように文字を作るアイリス。

「浅い関係じゃないって、お前……」

 面を食らったようにポカンとしたオヤングレンは、しかし、どういう理解をしたのか意地の悪い笑みを浮かべ始めた。

「ほお。あのアイリスがなあ。月日が経つのは早いもんだ」

 そして、そう言いながらアイリスの頭をぐりぐりと撫でるオヤングレン。
 それに対し、アイリスは鬱陶しそうにしながらもされるがままになっている。

「あ、あの、二人はどういう関係で?」
【親戚】

 簡潔なアイリスの文字を一瞥してから、オヤングレンに視線で問い直す。

「アイリスは俺の弟の娘だ。つまり姪っ子って奴だな」
「あ、そう言えば、オヤッさんの名字……」

 オヤングレン・ウィスタリア・テリオン。
 アイリス・エヴァレット・テリオン。最後の部分が一緒だ。
 その意味を理解してか、視界の端でイクティナが体を強張らせる。
 少し肩書を気にし過ぎに思うが、よく考えたら比較的普通寄りな出自は彼女一人。もしかしたら普通の反応なのかもしれない。

「と言うことは、獣人王様のお兄様ですの?」
「あ、ああ、そうだ」

 オヤングレンはプルトナを見て、少し固く頷いた。
 どうやら同じ王族たる彼女との面識はないようだが、それにしても何だか反応がおかしい気がする。

「申し遅れました。ワタクシ、魔星サタナステリ王国の第一王女プルトナ・オネイロン・サタナンと申します。よろしくお見知り置き下さいませ」
魔星サタナステリ王国のお姫様?」

 さらに動揺したように大きく目を見開き、オヤングレンは視線を左右に揺らす。

「どうかされました?」
「あ、ああ、いや、何でもねえさ。っと、すまねえな。市井に降りて大分長いから丁寧な言葉遣いなんか、忘れちまってよ」
「いえ、構いませんわ。ここは王城ではないのですから」

 誤魔化すようなオヤングレンに、全く気にしていないように微笑むプルトナ。
 すると彼は、尚のこと引け目を感じているような申し訳なさそうな顔をした。

「おい、アトラ!」

 そして、そんな顔を隠すようにカウンターの奥へと視線を向けて誰かに声をかける。

「あなた、どうしたの?」

 と、オヤングレンの呼びかけに応えて、厨房から一人の魔人サタナントロープの女性がやってきた。

「こちらは魔星サタナステリ王国のお姫様だ。休憩ついでに話し相手にでもなってやってくれ」
「えっと、分かったわ」

 訝しげに首を傾げながらアトラと呼ばれた女性が近づいてくる。入れ替わりにオヤングレンは厨房へと入っていった。

「アトラさん。どうしたんだい? オヤッさんは」
「さあ……今日の朝、緊急の依頼を終えて帰ってきてから何だか様子がおかしいのよ」
「さっきまでは普通だったけど?」
「そうなのよねえ。私とか魔人サタナントロープの前だと何故だか申し訳なさそうにするのよ。心配だわ。……あ、ごめんなさいね。それより、お姫様に来て頂けるなんて光栄だわ」

 不安げな顔をやめ、アトラはプルトナに笑顔を向けた。

【私も一応お姫様】

 そんな彼女に少し不満げに文字を出すアイリス。

「あ、ご、ごめんなさいね。アイリスちゃん。その、私も魔星サタナステリ王国出身だから、魔人サタナントロープのお姫様は特別なのよ」
【分かってる。言ってみただけ】

 どうやら二人はそれなりに仲がいいらしい。応対に親密さを感じる。
 アトラはアイリスの作った文章に微苦笑を浮かべながら、プルトナへと視線を戻した。

「そうだ、プルトナ様。よろしければ、魔人王様のことをお教え下さいませんか?」
「お父様のことを? それはまたどうしてですの?」
「私達の世代では憧れの的でしたので。実際はどのような方なのかな、と。祭典などで見かけて格好いいとは話題になっていたのですけど」

 少し恥ずかしそうに言うアトラ。
 見た感じ、昔追っかけていたアイドルの娘に会ったような感覚か。

「父親のそのような評価を女性から聞くと、少々むず痒いですわ」

 プルトナは困ったように小さく笑い、それから「そうですわね……」と目を瞑って少し思案する素振りを見せた。

「無私の王、というところでしょうか」
「無私の王?」
「はい。民あっての国、国あっての王。掟に従い、民と国を守る。王としての役割を忠実に果たす王ですわ」

 国王は国家第一の下僕という感じだろうか。
 いや、彼女の言葉の印象だと、もう一歩進んで王という装置のようにも聞こえる。

「国のために、民のために、何ができるかを常に考える。そんなあり方をお父様も誇りにしておりますし、ワタクシも尊敬しています」
「……意地悪な質問だけど、もし自分の存在が国や民にとって一番の不利益だと分かったらプルトナのお父さんはどうすると思う?」

 珍しくフォーティアが真摯さを瞳に湛えながら問う。
 と、プルトナは微かに苦笑しながら再び口を開き、しかし、真面目に言葉を返した。

「お父様のことですから、そうなれば王の立場を退くでしょう。いえ、それどころか自ら死を選ぶかもしれませんわね。勿論、それが国と民のためになるならば、ですが」

 そこまで真剣に答え、プルトナはフッと表情を和らげて続ける。

「もっとも、この平和な時代。そこまで頑なに王であろうとする必要はないかもしれませんが。それでも、せめて王族ぐらいは矜持を保ち、次代に繋げたいものですわ」
「……ちょっと耳が痛いね」
「も、申し訳ありません。別にティアを貶めるつもりはなかったのですけれど」

 複雑そうなフォーティアの苦笑いを見て、お姫様っぽい顔を崩して慌てふためいたように両手を振るプルトナ。
 ギャップが凄い、と言うか酷い。

「きっと、各国の王がそうして正しくあったから、千年もの間戦乱なく過ごすことができているのでしょうね。浮ついた気持ちで王を見ていた昔の私が恥ずかしいです」

 どうもアトラは生真面目な人らしい。無駄に神妙に受け止めている。

「いえいえ。いいのですわ。それで民が幸せになるのであれば、ピエロになるのも吝かではありません。お父様もワタクシも。では、そんなお父様の失敗談でも――」
「アトラ、できたぞ!」

 と、少しお姫様モードに戻りつつあったプルトナの言葉を遮って、厨房からオヤングレンの大声が響いてきた。

「……それはまたの機会に致しますわね」

 若干悪戯っぽく言ったプルトナにアトラは小さく微笑んで頷き、席を離れていった。
 それから彼女はできあがった料理を持って戻ってくる。

「お待たせしました。まずはサギグ野菜カレーSクラス盛りの超辛が一つと、普通が二つですね」

 店員としての丁寧な言葉と共には運ばれてきたのは、しかし、巨大な深皿が一つ。
 山のように積まれた白飯に、いい感じに焼かれた野菜が白色を埋め尽くさんばかりに乗せられ、その上から大量のカレーがぶっかけられている。
 大食いチャレンジ用の特別メニューかという感じの山盛り具合だ。
 とは言え、それはあくまでも元の世界基準。地球の十人前も、この世界アリュシーダの生命力Sクラスにかかれば単なる一人前に過ぎない。
 当然、その深皿一つで終了という訳はなく、アトラはそれをテーブルに置くと、再びカウンターへ向かい、新たな深皿を運んできた。
 さらにもう一度繰り返され、雄也達のテーブルに三皿の超大盛り野菜カレーが並ぶ。

「次にAクラス盛りです」

 Sクラス盛りにはインパクトで負けるが、これも見た目は結構凄い。

「最後にEクラス盛りですね。では、ごゆっくり」

 イクティナの前に置かれたものは、地球の常識的な一人前の量だった。
 注文が揃ったので全員で「いただきます」を言ってスプーンを手に取る。

「あら、黒モデドですわね。それに白ガグマサも」
「何だそれ?」
魔星サタナステリ王国で取れる野菜ですわ。闇属性の魔力の影響で黒くなり、栄養も満点なモデドと冷温暗所で白くなるガグマサ。健康にいい自慢の特産品ですの」

 プルトナはそう言うと機嫌よさそうに一掬いして頬張った。
 黒モデドはジャガイモのような味と食感がある真っ黒な根菜。白ガグマサは真っ白な茎菜だ。その他にも見た目は違うが、懐かしい味のする野菜達がカレーを引き立てている。

「よく活用されているようでワタクシも嬉しいですわ」
「厨房から出てこないけど、龍人ドラクトロープの奥さんの焼き加減と使い方がいいからね。火を扱う料理なら龍人ドラクトロープの右に出る者はいないよ」
 自分のことのようにフォーティアが誇らしげに言う。
 その理屈はともかく、確かに味は素晴らしいの一言だった。
 日本人のカレーに対する補正も相まって、異世界で最高の料理かもしれない。

「ユウヤ、何だかいつもより食が進んでるね。そんなにおいしいかい?」
「いや、元の世界でよく食べた料理に似ててさ」
「好物なのかい?」
「俺のいた国で、嫌いな人間は見たことがなかったな」

 勿論、探せば苦手な人はいたかもしれないが。

「ああ。そう言えば、野菜カレーを考案した勇者ユスティアもそんなこと言ってたっけ」

 そんな会話を頭の方の耳をピクピクさせながら聞いていたアイリスは、突然立ち上がるとカウンターに駆けていった。そして、そこにある卓上ベルを連打し始める。

「ア、アイリスちゃん。どうしたの?」

 その奇行に再び奥から出てきたアトラが引きつり気味に問う。

【アトラさん、カレーのレシピ教えて下さい】

 対してアイリスはそう文字を作って深々と頭を下げた。

「ああん? どういうこった。レシピは店の命だぞ?」

 オヤングレンも出てきて若干威圧気味に尋ねる。
 負けじとアイリスは必死な様子で彼を見上げた。

【ユウヤに作ってあげる】
「……はあ!? アイリスが、料理を?」

 イメージになかったのか、オヤングレンは素っ頓狂な声を上げた。

「しかも、男のために!?」
「まあまあ、あなた。アイリスちゃんも獣人テリオントロープだもの。本当に好きな人ができれば、それぐらいのことはするわよ」
「そ、そこまで本気だったのか……」

 どうやら彼は冗談だと思っていたらしい。困ったようにアイリスを見ている。

「父親は知ってるのか?」
【知らない。けど、文句を言うなら倒すだけ。今の私ならお父様にも負けない】
「いや、負けないってお前……」
【六・二七広域襲撃事件の時の超越人イヴォルヴァーぐらいなら、倒せるぐらいには強くなった】

 自慢げに平たい胸を張るアイリスに、オヤングレンは訝しげに眉間にしわを寄せた。

「あー、言っとくけど、本当だからね。オヤッさんもあの時の戦いには参加してたんだから、超越人イヴォルヴァーの強さは分かるだろ? 立つ瀬がないけどアタシより強いよ」

 潜在能力無限。異世界人のチートが現地人に加われば、さもありなんという感じか。

「それなら……確かにアイツにも負けないかもしれんな。しかし――」
「いいじゃない。アイリスちゃんも大人になったのよ」

 渋い顔をするオヤングレンを窘め、アトラはアイリスを振り返りながらさらに続ける。

「でも、さすがにレシピそのままは教えてあげられないわ。普通のお店では揃えられない材料もあるからね。代わりに、基本的なカレーの作り方を教えてあげる」

 アトラの言葉に、アイリスが少し残念そうに視線を下げる。

「後はアイリスちゃんが工夫して、アイリスちゃんだけの彼のためのオリジナルカレーを作り上げるといいんじゃないかしら」
【ん、分かった。頑張る】

 アイリスは気合いを入れるようにグッと力を込めて頷いた。
 そんな彼女にアトラは一つ微笑んで「レシピ、書いてくるね」と厨房に戻っていった。

「愛されてるねえ、ユウヤ」

 と、フォーティアが嫌らしい視線を投げかけてくる。

「これが正妻力という奴ですわね。負けられませんわ」

 そう言うプルトナの隣でコクコクと同意するようにイクティナが頷く。
 二人からも視線を向けられるが、雄也は黙々とカレーを食べて全て黙殺した。

(最近スルースキルばかり上がってる気がするなあ……)

 そんなことをしみじみと思いながら。
 それからしばらくして、全員の皿が空になる頃にアトラが一枚の紙を持って戻ってきた。

「はい、アイリスちゃん。レシピよ」
【ありがとう、アトラさん】
「よし。そんじゃ、帰ろっか」

 アイリスがレシピを受け取ったところでフォーティアが立ち上がり、会計を済ませる。
 そう言えば、外食が無事に済んだのはこれが初めてだった気がする。
 ようやくジンクスが途切れたらしい。

「また来て下さいね。プルトナ様」
「ええ、必ず」

 魔人サタナントロープ同士の挨拶を最後に、全員で店の外に出る。と、そこでフォーティアがハッとしたように懐に手を突っ込み、通信用の魔動器を取り出した。

「どうしたんだ?」

 通信を終えたのを見計らって、雄也はそう問いかけた。

「先生から。急にお客さんが泊まりに来ることになったから、今すぐ客室の用意をしてくれってさ。どうも結構長く滞在する予定みたいだね」
「お客さん?」
「何でも妖星テアステリ王国の要人らしいよ」
「じゃ、じゃあ、急いで帰らないとですね」

 何故かイクティナが焦ったように言う。要人という言葉に反応したようだ。

「うん。そういう訳でアタシらはここで〈テレポート〉するから――」
「ええ。また明日お会いしましょう」

 そうして二人と別れ、三人でラディア宅に〈テレポート〉で戻る。

【着替えてくる】
「俺は……制服のままの方がいいか?」
「かもね。さて、まずは一番広い客間、整理しとこっか」

 アレンジしたエプロンドレスに着替えてきたアイリスを加え、メイド達が全員いなくなったことで物置化している部屋へと向かう。
 生命力Sクラスが二人に、Aクラスが一人。肉体労働適性の高い三人で行えば、部屋の整理は手早く終了する。その後は協力して家全体の清掃を行い――。

「そろそろ来るってさ!」

 ラディアからの通信を合図に仕上げをして、玄関に集まって並ぶ。
 さらに少しして〈テレポート〉の気配が発生し、家の扉が開かれた。

「今帰った。皆、こちらが光の巫女ルキア様だ」

 ラディアの隣にいたのは彼女と同じ銀髪銀眼(ただし短髪)の美麗な女性。
 外見は二十代半ばぐらいと妖精人テオトロープにしては恐らく比較的高齢。
 こちらを値踏みするように目つきが鋭く、見下しているかのようだ。

「ルキア・ヴィクティム・テオだ。数日の間、世話になる」

 口調は尊大で、何となく印象が悪い。
 だからと言う訳ではないが、そんな突然の日常の変化に雄也は新たな騒動の予兆、凶兆を感じざるを得なかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品