【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二章 魔王誕生・復活 第六話 予兆 ①新たな騒動の始まりの始まり

    ***

 仄暗い部屋の中、魔人サタナントロープの少女プルトナは同じ褐色の肌を持つ壮年の男と向き合っていた。
 彼の眼光は鋭く、その威圧感は並の人間が前に立てば腰を抜かして気を失いかねない程だ。しかし、プルトナは慣れたもので心静かに言葉を待っていた。

「プルトナ。王立魔法学院への留学の準備が整った。今日これから七星ヘプタステリ王国に向かって貰うことになるが、目的は分かっているな?」
「勿論承知しておりますわ、お父様。オルタネイト、でしょう?」

 父テュシウスに対して微笑みながら問い返す。
 現在、七星ヘプタステリ王国王都ガラクシアスでは超越人イヴォルヴァーと呼ばれる化物による無差別襲撃事件が続いている。その首謀者は七星ヘプタステリ王国の名誉魔法技師ワイルド・エクステンドという話だ。
 特に二週間前の六・二七広域襲撃事件において数十名の死者を出したことで、一連の事件は大きく世界に知らしめられた。
 その後も一体ずつではあるが、二度三度と超越人イヴォルヴァーは出現しているようだ。これに関しては速やかに討伐されたため、被害は出ていない。
 公式には全て超越人イヴォルヴァー対策班によって排除されたとされている。
 しかし、実際には違うことをプルトナもその父親も知っていた。
 オルタネイト。超越人イヴォルヴァーのほとんどを真に討伐した全身鎧の男。
 恐らく魔動器によって鎧を一瞬にして纏うことができ、Sクラスの人間が苦戦する超越人イヴォルヴァーを容易く屠る力量を持つ圧倒的な強者。
 一般には知られていない謎の存在だ。

「その通りだ。現状その正体について我らが把握しているのは性別。そして、王立魔法学院の生徒である可能性が高いこと。この二点だけだ」
「確か、オルタネイトが唯一衆目の前で鎧を纏った王都ガラクシアス中央広場での戦いを目撃した人物が情報源でしたわね」

 プルトナの確認をテュシウスが首肯する。
 その目撃者は何らかの魔法によって暗示をかけられ、その事実を思い出せなくなっていたそうだ。余程強力な魔法らしく一時的に中和することしかできなかったと聞く。
 そして、情報を聞き出した後、再び何もかもを忘れて日常に戻っていったそうだ。
 どうやら、オルタネイトの存在を隠蔽しようという意思が働いているらしい。
 精神干渉が得意な闇属性魔法に特化した魔人サタナントロープでもなければ、その情報を得ることはできなかったに違いない。

「だが、これ以上の情報は、座して待つだけでは得られまい」

 詳細を知るだろう七星ヘプタステリ王国上層部の人間は基本的に魔力が高く、精神干渉の魔法は効きにくい。そのため魔法で口を割らせたり、記憶を読んだりすることは不可能だ。
 こうなると王立魔法学院の生徒を直接調べるしかないが、ほとんどがオルタネイトの存在を知らない中でそのようなことをすれば目立つことこの上ない。
 中には精神干渉が効かないレベルの生徒もいるだろう。
 であれば、もはや内部に潜入して尻尾を出すのを待つぐらいしか術はないが、王立を謳うだけあって学院はセキュリティが厳しく、諜報員を送り込むことは不可能だ。
 魔力の登録なしに敷地内に入れば警報が鳴る。
 入学するには、発言の真偽が分かる魔動器を用いての面談を切り抜ける必要がある。
 さらに、このタイミングでの中途入学者であれば警戒されて然るべき。なのだが……。

「かの勇者ユスティアが、枝先に行かねば熟れたバビの実は食えぬ、と喩えたように多少のリスクを冒さねば利は得られない。だからこそ、お前を送り込むのだ」

 テュシウスの口調にその心配は感じ取れない。何故ならば――。

「王女たるワタクシならば、本人確認のみで入学可能ですからね」

 プルトナの言葉に魔人王テュシウス・オネイロン・サタナンは深く頷いた。
 各国の王家の人間であれば面接は簡潔に済まされる。その慣例を利用する訳だ。
 そして一度入り込むことができれば、多少あからさまな行動を取ろうとも王女に対して過度な干渉をするとも思えない。状況的に通常の諜報員より適した人員なのは確かだ。
 しかし、オルタネイトの正体を突き止めるためだけに一国の王女を無差別襲撃事件の続く地に留学させる訳がない。当然のことながら、それ以外に本当の目的が存在する。

「……だが、我が言ったこととは言え、よかったのか? プルトナ」
「構いませんわ。ワタクシは王家の一員としての誇りを持っておりますから。初代魔人王が定めし掟に従うことに苦はありません。むしろ喜ばしく思いますわ」

 プルトナがそう伝えると、テュシウスは「そうか」とだけ告げて僅かに視線を下げた。
 どこか後ろめたさの感じ取れる父親としての反応に、彼の苦悩を和らげようとプルトナは微笑みを向けた。自分の言葉に何一つとして嘘はないのだから。
 その思いが届いたかどうかは分からないが、テュシウスは再び厳めしい表情に戻して王らしく堂々と顔を上げた。

「では、プルトナ。頼んだぞ」
「はい。お任せ下さい、お父様」

 父の威厳ある王としての姿に安堵しつつ、プルトナは決意を示すように力強く告げる。

「必ずやオルタネイトの正体を明らかにし、ワタクシの婿にして見せますわ!!」

 それこそがこの留学の本当の目的。
 魔星サタナステリ王国が王女、プルトナ・オネイロン・サタナンに課せられた真の使命だった。

    ***

 地球とは異なる世界アリュシーダ。
 魔法が存在するそこには、魔力が持つ六つの属性に合わせて進化した種族がいた。
 土属性に特化した獣人テリオントロープ
 水属性に特化した水棲人イクトロープ
 火属性に特化した龍人ドラクトロープ
 風属性に特化した翼人プテラントロープ
 光属性に特化した妖精人テオトロープ
 闇属性に特化した魔人サタナントロープ
 そして、この六種族の祖たる人間(地球にいるような普通の人間)である基人アントロープを加えた七種族がこの異世界アリュシーダにおける人類だった。

「ちっ、素早いな」

 その七つの種族が共存する国家、七星ヘプタステリ王国は王都ガラクシアス。その中央広場にて。
 一ヶ月前に事故で異世界から召喚された六間雄也は今、人型でありながら七種族に該当しない異形の存在と対峙していた。
 まるで豹を二足歩行に適した形に進化させたかのような外見。
 基人アントロープと外見的差異の少ない他の六種族とも一線を画した歪な姿。
 即ち超越人イヴォルヴァー
 狂人ワイルド・エクステンド、通称(自称)ドクター・ワイルドによって強制的に進化させられた人間の成れの果て。
 多くの場合、人格を破壊する禁断の闇属性魔法〈ブレインクラッシュ〉によって、ドクター・ワイルドの操り人形と化している憐れむべき犠牲者だ。
 対する雄也。
 その全身は純白の鎧で覆われ、そこに琥珀色の紋様が描かれた特撮ヒーローの如き姿となっている。特に腰で自己主張するベルト、MPドライバーがそれらしい。
 しかし、その装甲の内側は、発現した属性に対応する種族の特徴を極大化させたかのような異形と化している。言わば、超越人イヴォルヴァーの兄弟分だ。
 単なる平凡な大学生(特撮オタク)だった雄也が、そのような存在になったのもまたドクター・ワイルドの仕業だった。彼は己の目的のために雄也を改造し、ヒーローの代理人オルタネイトとして振る舞うことを強要したのだ。
 故に、戦うことはドクター・ワイルドの思惑に従うことでもある。が、彼との因縁と特撮オタクとして持つ信念から、雄也は今日も超越人イヴォルヴァーとの戦いに身を投じているのだった。

「ぜりゃああっ!!」

 裂帛の気合と共に琥珀色のガントレットを敵超越人イヴォルヴァーに叩き込まんとする。ご丁寧にも大仰に紹介したドクター・ワイルドによると今回の超越人イヴォルヴァーの名は豹人レパードロープと言うらしい。成程、豹の如き特徴が全身に見られる。
 その豹人レパードロープは機敏に身をかわし、雄也の攻撃を避けると――。

「オオオアアアアアッ!!」

 獣の咆哮の如く絶叫しながら、爪による反撃を繰り出してきた。見た目が獣人テリオントロープの系統だけあって身体能力に優れており、並の人間では回避は不可能だろう。
 しかし、雄也もまた獣人テリオントロープの特徴を強く発揮させた形態を取っている。故に、運動性では引けを取らない。また、種族特性たる鋭い感覚で正確に攻撃の軌道を把握していた。
 そして、この場は回避ではなく防御と迎撃を選択する。

《Towershield Assault》

 雄也は瞬時に魔力製のミトンガントレットから重厚な大型の盾へと武装を変更した。
 直後、単なる爪と交錯したとは思えない音が響き渡る。同時に盾を構える手に強大な負荷がかかった。正にそのタイミングで盾を一気に押し返す。

「グルアッ!?」

 それによって豹人レパードロープは僅かにバランスを崩した。その隙を逃さず――。
「アルターアサルトッ!!」
《Change Phtheranthrope》《Convergence》
「〈グラントルネード〉!!」

 雄也は属性を風に変化させ、魔法を解き放った。瞬間、世界は求めに応じて現象を発現させる。前方一帯に激しい旋風が巻き起こった。
 外見と戦い方から土属性と予測される豹人レパードロープであれば、風属性の攻撃が有効だ。直撃すれば、大きなダメージを与えることが可能だろう。

「ルオアアアアアアッ!!」

 だが、理性なき超越人イヴォルヴァーであっても、致命の攻撃だと本能的に理解しているようだ。
 彼は後先を考えずに一足飛びで魔法の効果範囲から脱した。
 全く制動を考慮していなかったらしく、広場の露店に突っ込んでいく。

《Machinegun Assault》

 追い撃ちをかけようと盾から重機関銃へと武装を変え、即座に新緑色の光弾をばら撒いた。露店の主には申し訳ないが、既に豹人レパードロープが破壊してしまった後だ。
 容赦なく蜂の巣にする。
 しかし、一瞬早く豹人レパードロープはそこから脱していた。
 そのしなやかな肉体を躍動させてこちらへと一気に駆けてくる。
 咄嗟に射線を合わせるが、彼は魔法で作り出した足場を巧みに利用して全く減速せずに迫ってきた。このままでは攻撃を受けかねない。
 土に風が有効なように、風に土もまた有効。
 現在の状態のまま戦うのは危険が大きい。それでも――。

「〈エアリアルライド〉!!」

 雄也は敢えて属性を変えずに、翼人プテラントロープの特性を利用して空へと逃れた。

《Snipe Assault》

 同時に狙撃銃型の武器に変更し、豹人レパードロープに狙いを定める。
 いきなり飛行状態に入ったことにより、僅かなりとも相手の虚を突いて動きを止めることができるかと思っての行動だった。が、そう都合よくはいかず、敵は動揺することなく空中に作った足場を踏んで駆け上がってきた。

(……だろうな。接敵時の不意打ちすら超反応で普通に回避されたし)

 元々余り期待はしていなかったので即座に狙撃銃を投げつけて、さらに高度を上げる。

《Twinbullet Assault》

 二丁の銃を生み出して牽制射撃を行いながら、縦横に空を翔けて時間を稼ぐ。

(十秒。念のため準備をしといて正解だったな)

「今、解放して上げます」

 人格を破壊された相手には届かないだろう。
 それでも、討伐の決意を鈍らせないように、自分自身に宣言するように告げる。その確固たる意思に従うように――。

《Change Anthrope》《Maximize Potential》《Gauntlet Assault》

 電子音が連続し、瞬間的に鎧が白一色の装甲と化した後、一気に四色の魔力光がその全体に駆け巡っていく。その輝きは再生成されたミトンガントレットにも伝わっていく。
 三十秒だけの切り札。《Maximize Potential》。その力が発現する。

「〈四重カルテット強襲アサルト強化ブースト〉!!」

 身体能力を〈オーバーアクセラレート〉で限界以上に強化。〈エアリアルライド〉によって空気抵抗を減じると共に空中での姿勢を制御し、〈エクスプローシブブースト〉でさらに加速力を高める。これらの負荷を〈ハイエフィシエントクーラント〉により緩和する。
 四つの魔法の名を告げるのに要する約五秒の時間を短縮するため、前回の事件から二週間の鍛錬の中で一つの名前に定義し直した恐らく雄也固有となるだろう魔法。
 その効果によって音もなく空気の壁を容易く突き抜け、刹那の間に豹人レパードロープの背後へと回り込む。そして、その背中の中央目がけ、ガントレットを纏った拳を叩き込んだ。

「ガッ!?」

 既に数段上の速度の領域に入った雄也の攻撃を把握することなど、単なる超越人イヴォルヴァーに過ぎない豹人レパードロープには不可能だ。ほぼ無防備に打撃を受け、なす術もなく弾き飛ばされる。
 雄也は空気抵抗によって大幅に減速していく相手を追い越し、逆側から交差するように再び殴打を繰り出した。
 反応できずに直撃を受ける豹人レパードロープ。逆くの字に折れ曲がっていた体はその一撃でくの字に矯正され、彼は血反吐を撒き散らしながら中空を斜めに落ちていった。
 空気抵抗や重力の影響で仰向けにされた彼が中央広場上空に戻ったところで、雄也は止めを刺すために今度は真上から重力加速度をも味方につけて突っ込み――。

《Heavysolleret Assault》

 同時にガントレットを作り変え、四色の輝きを纏った巨大な鉄靴ソルレットで右足を覆う。

「うおりゃあああああああっ!!」

 そして、全力を引き出すように叫びながら、雄也は防御を欠いた超越人イヴォルヴァーの腹部を蹴り抜いた。そのタイミングに合わせて制動をかけ、空中に留まる。
 対する豹人レパードロープはその段階で既に絶命していたようだ。人形のように身じろぎ一つせずに魔法で硬く作られた石畳に叩きつけられ、墜落の生々しい音が広場に響き渡る。
 直後、超越人イヴォルヴァーの体から四色の光が漏れ出し、明滅を繰り返し始めた。
 輝きの強さは急激に増していき、一際眩く煌めいた瞬間お約束の如く豹人レパードロープは爆散する。

《Change Phtheranthrope》

(勝った……か。素直に喜べるような勝利じゃないけど)

 その様子をしっかりと目に焼きつけながら、雄也は中央広場にゆっくりと降り立った。
 さしもの石畳も今回ばかりは無事では済まず、落下地点が砕けている。
 そこには人の形に煤が残されていた。

「……どうか、安らかに」

 己の行為の結果を見据えながら一言だけ呟く。いかなる理由があろうとも、そう願われて然るべき罪のない人間の命を絶ったのだと自分自身に自覚させるために。

(躊躇うのも駄目だけど、慣れ過ぎるのも駄目だろうからな……)

 少しの間その光景を目に焼きつけるように佇む。
 雄也は煤が風にさらわれたのを区切りに背を向けて、近くに待機させておいた魔動機馬アサルトレイダーのもとへと向かった。
 ドクター・ワイルドから与えられた人工の馬、魔力駆動の装置たる魔動器に跨り、その馬上から周囲を見回す。人影はない。全員超越人イヴォルヴァーから逃げ出したのもそうだが、超越人イヴォルヴァー対策班の騎士や賞金稼ぎバウンティハンターが封鎖しているからだ。
 当初は騎士に超越人イヴォルヴァーごと攻撃されたりもして迷惑したが、最近はそれとなくサポートしてくれるようになっている。
 もっとも一般人の避難誘導程度の補助の上、手柄は全て対策班の総取りだが。

(微妙に納得がいかないけど、まあ、得体の知れない存在に守られたと思うよりは街の人達も安心だろうし。……ただ、それはそれとして皆何か呑気なんだよな)

 最近では襲撃も日常に含まれつつあるのか、王都ガラクシアスに大きな混乱はない。
 まるで二週間前の事件のことも忘れてしまっているかのようで、そうした街の様子には正直大きな違和感がある。
 それだけ騎士や賞金稼ぎバウンティハンターへの信頼感があるということなのか、あるいは、単にこの世界アリュシーダの人間は楽天的で危機意識に乏しいのか。よく分からない。

(遠くの街の出来事だってんならともかく、地元の話だからなあ。さすがに何か不自然だよな。……とは言っても、実際がこうなんだから仕方がないと言えば仕方がないけど)

 単なる世界観の差異であれば杞憂なのだが。
 今感じている漠然とした不安がフラグではないことを祈るばかりだ。しかし――。

(………………何かフラグ臭いなあ)

 余計に心配になりながら、雄也は気を取り直してアサルトレイダーの手綱を握った。すると、魔動機馬の機能の一つである認識欺瞞が作動する。

「〈エリアサイレンス〉〈エリアデオドライズ〉〈ワイドエアリアルサーチ〉」

 加えて音と匂いを消し去り、同時に広域に魔力を撒き散らせば、己の存在をほぼ完全に隠すことができる。正体を隠すことに固執するつもりは全くないが、オルタネイトの存在を隠蔽する意思があるのなら、その流れに乗らないのは得策ではない。
 下手をすれば、ラディア達に迷惑がかかる可能性があるのだから。
 そうして雄也は〈ワイドエアリアルサーチ〉で周囲の探知を行いながら、アサルトレイダーに空中を駆け上がらせた。ラディア宅に帰るために。

(何にせよ、やれることをやるしかないな)

 目を瞑って、豹人レパードロープとの戦いを思い返す。

(結局〈Maximize Potential〉を使っちゃったからなあ。力をうまく扱えれば、通常形態で十分倒せる性能差はあるはずなのに。……まだまだ実力不足だ)

 それから雄也は自身の小指を見詰め、「早く戻って鍛錬しないとな」と小さく呟いた。
 魔動機馬はその呟きに同意するように大きく一つ嘶いて、七月中旬の雲一つない青空へと加速していった。

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