【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第四話 恐怖 ②黒銀の騎士

「〈グランストーンジェイル〉」

 突如として現れた黒銀と琥珀の歪な装甲を纏った騎士の如き異形。悪堕ちしたオルタネイトとでも言うべき姿のそれが、変声機を通したような濁った声で告げる。
 直後、地響きと共に周囲の地面が雄也達を囲むように盛り上がった。

「なっ、やばっ!!」

 その現象を前にして、フォーティアが即座に雄也とアイリスの手を掴む。と同時に彼女は「〈テレポート〉!」と叫んだ。どうやら〈グランストーンジェイル〉の効果範囲からの離脱を試みたようだ。しかし――。

「妨害されてる!? 通信機も駄目か!!」

 地面が歪に隆起していく光景は移り変わることなく、瞬く間に土はドームを形成して雄也達を閉じ込めてしまった。天蓋と化した大地が太陽を遮り、暗闇が満ちる。

「〈ライト〉!」

 すぐさまラディアが光源を作り出し、内部を照らした。
 その淡い光の中、この状況を作り出した存在の姿が浮かび上がる。それは余裕を見せるようにドームが形成される間の雄也達の混乱を見逃し、悠然と佇んでいた。

「アンタ……何者だい?」
「……真超越人ハイイヴォルヴァー
超越人イヴォルヴァー、だと!?」

 フォーティアの問いに対するオルタネイトもどきの簡潔な答えに、雄也は今まで戦ってきた超越人イヴォルヴァーの姿を脳裏に描いて驚愕を声に表した。
 これまでの単なる超越人イヴォルヴァーはドクター・ワイルドの〈ブレインクラッシュ〉によって、本来の人格を奪われていた。意味のある言葉を発することはなかった。
 しかし、目の前の存在は明確な意思を持っているように見受けられる。言動に操り人形の如き無機質さは感じられない。

「オルタネイト、ユウヤ・ロクマ。貴様の命を貰いに来た」

 くぐもった声がドームの中に反響する。それと共に殺気と言われれば信じるような、さらなる圧迫感が襲いかかってきて、雄也は即座に構えを取った。

「アサルトオン!!」
《Change Therionthrope》《Bullet Assault》《Convergence》

 電子音と共に身体の変質と装甲の装着が完了し、瞬時にハンドガンが生成される。と同時に魔力の収束を開始させながら前に出る。
 そんな雄也を前にしてようやく、真超越人ハイイヴォルヴァーを名乗った存在はゆったりと大きい構えを取る。その手にはいつの間にか巨大な両手剣が握られていた。
 そして、それは僅かに体を沈み込ませ――。

「アタシは眼中にないってことかい!? なめんなっ!!」

 それに先んじてフォーティアが大地を蹴り、薙刀を振り下ろす。Sクラスの生命力が生み出す膂力は、彼女の外見からは考えも及ばない程の一撃を作り出していた。

「ぬるい」

 しかし、真超越人ハイイヴォルヴァーが軽く振り上げた両手剣に彼女の攻撃は容易く阻まれ、あまつさえ薙刀を弾き飛ばされてしまった。武器を強制的に失わせられたフォーティアは体勢を大きく崩し、追撃を試みる敵に無防備を晒すことになる。

「ティアッ!!」

 その呼びかけに応えて一瞬だけ彼女の顔がこちらを向く。その目は危機を前にしながらも冷静で、雄也に何かを訴えかけているかのようだった。

「っ!!」
《Final Bullet Assault》
「アンバーアサルトシュートッ!!」

 フォーティアの意図を読み取って、蓄えた魔力を一気に解き放つ。
 極限まで圧縮された琥珀色の魔力弾が、フォーティアへと意識を逸らした真超越人ハイイヴォルヴァーに真っ直ぐに向かい――。

「甘い」

 しかし、両手剣の巨大な刃を盾に、真超越人ハイイヴォルヴァーはその一撃を防いでしまった。
 それでも、この攻撃の目的は達せられた。ダメージはないまでも衝撃によって敵は後退し、その隙にフォーティアが雄也の隣まで下がってきている。彼女に怪我はない。

『……見たかい? ユウヤ』

 弾き飛ばされた薙刀と同型の新たな得物を〈アトラクト〉で呼び出した彼女は、〈クローズテレパス〉によって意思を伝えてきた。

『構えた時点で薄々分かってたことだけど、技量はアタシと同等かそれ以上。そして、今見た通り身体能力は変身したユウヤ並。アタシの薙刀が一撃で使いものにならなくなった辺り、武器もユウヤのものと同等と見るべきだね。格上も格上の強敵だ』

 視線を遠くに転がる薙刀に視線を向ける。刃の部分が真っ二つに折れていた。

『多分、装甲も似たようなものだろうし、アタシじゃダメージを与えられなさそうだ。閉鎖空間で火属性魔法も危険だしね』

 どうやら態々攻撃を予告するように叫んで無謀な突撃をしかけたのは、彼我の力の差を理解した上で雄也に相手の実力を見せるためだったようだ。

『まともに戦ったら間違いなく負ける。いいかい、ユウヤ。その属性のまま前に出て、回避主体で時間を稼ぐんだ。その間にアタシとアイリスで壁を何とか壊すからさ』
『……了解。なるべく早く頼む』

 同じく〈クローズテレパス〉で意思を返し、雄也は前に出た。再び駆け出そうと足に力を蓄える真超越人ハイイヴォルヴァーに銃口を向けながら。

「先生はユウヤの援護をお願いします」
「ああ、分かっている」
「アイリス、後退するよ」

 さらに後方へ下がる二人分の足音。逆に一歩だけ前に出る一人分の気配。
 ほぼ同時に真超越人ハイイヴォルヴァーは地面を蹴り、それに応じて雄也は無数の琥珀色の弾丸を放って牽制を行った。しかし、敵はその全てを両手剣で弾き、ものともせずに突っ込んでくる。

「〈グランレーザー〉!」

 次の瞬間、後方から強大な魔力の気配が放たれ、間髪容れずに収束した光が空間を貫いていった。しかし、真超越人ハイイヴォルヴァーは既にその先にはおらず、光線は敵後方の壁に僅かな凹みを作るのみだった。

(けど、剣を使わずに避けた。つまり、今の攻撃は脅威だって訳だ)

 これまでの行動を見る限り、敵の属性は土と闇と見ていいだろう。となれば、土属性の雄也が壁役となり、ラディアの攻撃を当てることができれば――。

「……〈フルアクセラレート〉」

 そんな雄也の計算を嘲笑うかのように、真超越人ハイイヴォルヴァーは動きを急激に加速させた。

「っ!! 〈フルアクセラレート〉!!」
《Sword Assault》《Convergence》

 雄也もまた速度を大幅に強化し、銃を剣に変えて構えた。そして、迫る真超越人ハイイヴォルヴァーを見据え、振り下ろされた両手剣を片手剣で受け止めようとする。
 しかし、当然と言うべきか、両手で持とうとも片手剣で同格以上の相手が振るった両手剣の威力を殺せるはずもない。

「ぐ、くっ」

 雄也は容易く弾き飛ばされ、地面に背中から落ちてしまった。

「〈ラピッドアップリフト〉!」

 地面を隆起させて無理矢理体勢を立て直すが、その時には既に真超越人ハイイヴォルヴァーは雄也の側面に回り込んでいた。そして、その両手剣が薙ぎ払われる。
 結果、無防備な背中に攻撃を受けた雄也は、その勢いそのままに再び跳ね飛ばされ、地面に転がった。即座に剣を杖に立ち上がろうとするが、その隙を敵が見逃してくれるはずもなく、今度は腹部を蹴り飛ばされてしまう。

「ぐ、がは、ごほっごほ」

 鈍い痛みしか感じないが、肺の空気を強制的に吐き出させられて雄也は地面に手をつきながら咳き込んだ。そこへ再び真超越人ハイイヴォルヴァーが追撃をかけようと近づいてくる。

『ユウヤ、起き上がるな!!』

 敵の気配を間近に感じつつも、雄也はラディアの指示に従って伏せた。

「〈グランレーザーブレード〉!!」

 直後、頭上を掠めて光線が薙いでいく。いかに速くとも、まとめて薙ぎ払えば――。

「……何っ!?」

 驚愕と共に顔を上に向けるラディア。その視線の先にあったのは、大きく跳躍した真超越人ハイイヴォルヴァーがドームの天井を踏み、彼女へと突っ込もうとしている姿だった。

「くっ、〈ホーリーヴェール〉!!」

 ラディアは咄嗟に防御の魔法を発動させ、自身の周囲に光の膜を生じさせた。それは真超越人ハイイヴォルヴァーが振り下ろした両手剣を受け止め――。

「ぐうぅ、や、やはり属性の相性が悪い、か」

 受け止め切れずに、徐々に押し込まれていく。だが、僅かでも敵の動きを止めることができれば攻撃の隙としては十分だ。

《Final Sword Assault》
「アンバーアサルトスラッシュッ!!」

 剣を光の膜に囚われた真超越人ハイイヴォルヴァーの背後から、決め技を叩き込む。
 卑怯な気もするが、この状況では背に腹は代えられない。
 手段を選ぶのは強者の戯れだ。しかし――。

「な、何だと!?」

 真超越人ハイイヴォルヴァーは剣から離した片手で、雄也の一撃を容易く受け止めていた。そのまま、両手剣を〈ホーリーヴェール〉から引きはがして大きく振りかざす。

「〈グランレーザー〉!」

 その刃が雄也に叩きつけられる前に、ラディアが〈ホーリーヴェール〉を解除して光線を放つ。当然敵は回避するが、少なくとも雄也に対する攻撃は止まった。

「〈グランディフュージョンレーザー〉!」

 さらに彼女は真超越人ハイイヴォルヴァーへと散弾の如く拡散させた光を放った。
 広範囲に散らされた光線は、それでも尚敵を捉え切るには及ばなかったが、大きく距離を取らせることには成功する。

「貴様は邪魔だな。一先ず退場して貰おうか」

 真超越人ハイイヴォルヴァーが歪んだ声で忌々しげに告げ、人差し指をラディアに向ける。

「〈フォールインナイトメア〉」

 続いて発せられた言葉を合図に、彼女の周囲に黒い靄が纏わりつき始める。

「しまっ――」

 ラディアは逃れようとするが既に遅かった。

「く、あ、ああああっ!!」
「ラディアさん!?」

 頭を手で抑えながらラディアは悲鳴を上げ、力なく膝をついてしまう。
 雄也は咄嗟に彼女に駆け寄って、その肩を抱きながら真超越人ハイイヴォルヴァーを睨みつけた。

「貴様……何をした!?」
「幻覚を見せただけのことだ。対象が最も恐怖に思うもののな」

 簡潔に言うと、真超越人ハイイヴォルヴァーは攻撃の再開を告げるように両手剣の切っ先をこちらに向ける。それに対し、雄也は苦しむラディアをその場に寝かせて前に駆け出した。
 傍を離れるのも心配ではあるが、このまま待ち構えている方が彼女に危険が及ぶ可能性が高い。それに恐らく、この敵は自分を優先させるだろう。そう考えて。

(ただ命を狙うってだけなら、他にやりようがいくらでもあるからな)

「では、続きと行こうか」

 雄也の予想を証明するように、真超越人ハイイヴォルヴァーもまた巨大な両手剣を振り上げながら、脇目も振らずに真正面から間合いを詰めてきた。

「何故、俺を狙う!?」
「全てはストイケイオの悲願のためだ」

(ストイケイオ? オヤッさんから聞いた秘密結社か!)

「恨みはないが、ここで死んでくれ、オルタネイト!」

 強い言葉尻と共に大上段から斬撃が繰り出される。

(問答無用か!!)

 舌打ちをしながら雄也は咄嗟に横に避けた。
 振り下ろされた刃がすぐ脇を通り抜けていく。しかし、次の瞬間その一撃は地面擦れ擦れから流れるように薙ぎ払いに変化して襲いかかってきた。
 ギリギリのところで片手剣を合わせて直撃だけは避ける。が、衝撃全てを殺すことはできずに雄也は吹き飛ばされてしまった。

「召喚による意識変異の弊害か、お前は防御に対する認識が今一つ足りないな。それに回避の仕方が全くなっていない。宝の持ち腐れにも程がある」

 地面を転がっていった先に回り込んでいた真超越人ハイイヴォルヴァーは、仰向けの雄也に対して真上から押し潰すように両手剣を落としてきた。

(やばっ!?)

 何とか剣を前に出し、刃を左手で支えながら受け止める。

「ぐ、があ」

 しかし、敵の攻撃を完全に防ぐことはできず、左肩に両手剣の刀身が届いてしまう。

(い、痛みは、それ程じゃない。まだ、大丈――?)

 この状態から脱するために僅かでも敵の剣の位置をずらそうと腕に力を込めた瞬間、雄也は強い違和感を抱いた。

(左手が……動かない?)

 愕然と視線を左に向ける。が、そんな悠長な行動を敵が許すはずもなく、真超越人ハイイヴォルヴァーは腹部を踏みつけてきた。

「がはっ、く、あ」

(ま、まずい。本当に、やられる!)

《Change Phtheranthrope》《Bullet Assault》

 起死回生を狙い、互いに攻撃力が増大する風属性へと変じると共に剣を銃に変える。同時に、銃口を敵の腹部に突きつけて新緑色の光弾を至近距離から解き放った。
 だが、真超越人ハイイヴォルヴァーは瞬時に飛び退り、そうしながら迫る全ての弾丸を剣で弾き飛ばしてしまった。

《Change Therionthrope》

 だが、たとえ無理矢理にでも空隙を作り出すことだけはできた。それを利用して属性を土に戻し、よろめきながら立ち上がる。

「くそっ!!」

 どんな悪態をつこうが、変わらず左手は動かないままだ。
 まさか同属性でこれ程ダメージを負っていたとは思わなかった。まかり間違って攻撃を優先して最初から風属性で戦っていたら、一撃目で死んでいたかもしれない。

「召喚された存在は恐怖心がなくなり、痛みに耐性がつく、か。自分自身がなるのは御免蒙りたいところだな。恐怖と痛みなくして戦士足り得ようはずがない。死兵としては使えるかもしれないがな」

 そんな言葉と共に再び突っ込んでくる真超越人ハイイヴォルヴァーに対し、琥珀色の魔力弾で牽制しながら後退を試みる。が、いつの間にか足取りまでもが不確かになっていて、容易く敵の接近を許してしまった。

「痛みは戦う上で重要な情報だ。それを失えば――」

 斜めに振り下ろされた大剣を銃身で受け止めるが、受け止め切れるはずもなくハンドガンを弾き飛ばされる。手から離れたそれは琥珀色の粒子となって消え去ってしまった。

「己の状態も把握できなくなる」

 続いて低い位置からの逆薙ぎに左膝を打たれ、雄也は体勢を崩した。

「今のお前のように、もはや戦える状態にないことにも気づかない」
「くっ、〈ラピッドアップリフト〉!」

 右足一本で無理矢理後方に飛びながら、さらに自分自身に対して隆起させた地面をぶち当てて大きく距離を取る。そこで何とか仕切り直そうとして――。

「え、あ?」

 突然ぐらりと体が傾き、雄也はその場に崩れ落ちてしまった。と同時に身を包む装甲が失われ、変身が解除されてしまう。

(か、体が……もう)

 意識はハッキリとしているのに、うつ伏せのまま起き上がることができない。

「限界か……」

 どこか憐れむような声と共に、緩やかに敵の足音が近づいてくる。
 やがて真超越人ハイイヴォルヴァーは雄也の傍らに立ち、止めを刺さんとその両手剣を大上段に構えた。

    ***

「くそっ、何なんだよ、この壁は!」
【再生してる。私達の攻撃よりも、魔法を維持する力が上回ってる】
「片手間に維持しながらあの強さってことかい。理不尽にも程がある、ねっ!」

 忌々しさを叩きつけるように、気合と共に薙刀を土壁にぶち込んで凹みを作る。が、やはり抉れた部分が急激に再生していく。一応、こちらの攻撃速度の方が僅かに上回っているため、少しずつ凹みは大きくなっていっているのだが――。

(このままじゃ、いつまでかかるか分かったもんじゃない)

 フォーティアは攻撃を止めないままに舌打ちをした。

(アタシや先生の魔法じゃ多分再生を上回れない。土属性なら再生を阻害できるかもしれないけど、アイリスじゃ相手との魔力の差で打ち消されそうだ)

 正直、若干十五歳の魔法学院の生徒に今以上のレベルを要求するのは酷だと思うが。

(かと言って、ユウヤには奴を抑えて貰う必要があるし――)

「く、あ、ああああっ!!」

 フォーティアの思考を遮るように突然、ラディアの悲鳴が響き渡る。アイリスと共に振り向くと、頭を抑えて膝をつく彼女の姿があった。

(先生!?)

 そんなラディアに駆け寄るユウヤ。しかし、迫り来る真超越人ハイイヴォルヴァーを前に、彼は彼女をその場に残して自ら前に進み出た。
 そこから始まったのは……蹂躙だった。

(くっ、〈フルアクセラレート〉の領域じゃ、今のアタシらには……って――)

「ま、待ちな、アイリス!」

 もはや戦いとは呼べない光景を目にしてユウヤのところへと駆け出そうとするアイリスを、フォーティアは彼女の肩に手をかけて止めた。
 実力差は十分理解しているはずだから、無意識に体が反応したという感じか。

「アタシらじゃ足手纏いだ。それよりも先生をあそこから遠ざけないと」

 その言葉にアイリスは悔しげに唇を噛み、拳を固く握り締めながら頷いた。それから二人でラディアのもとへと駆け寄り、苦しみ続ける彼女を壁際まで運ぶ。

【けどティア、このままだとユウヤが】
「分かってる。…………こうなったら博打に近いけど、やるしかないか。アイリス、人が入れるぐらいの密閉空間を作れるかい?」

 アイリスはその問いに疑問を感じた様子を見せながらも、すぐに掌の上に答えを作った。

【今は無理。私の魔力クラスだと真超越人ハイイヴォルヴァーの支配下にある土属性の魔力を使えない】
「そうか。なら、しょうがないね」

(光属性の妖精人テオトロープは自然治癒力が強い。魔力Sクラスの先生なら尚更だ。だから、大丈夫なはず。そもそも今のアタシに取れる選択肢はこれしかないんだ)

 自分に言い聞かせて一か八か賭けに出ることを決意する。

「いいかい、アイリス。アタシが合図をしたら息を止めな」

 真っ直ぐにアイリスの目を見て告げると彼女は神妙に頷いた。

『先生、聞こえてたら五秒後に息を止めて下さい』

 続いて、フォーティアは念のために〈クローズテレパス〉をラディアに使用した。
 さらに、うつ伏せに倒れ伏してしまったユウヤにも続けて意思を伝える。

『ユウヤ! 息を止めろ!!』

 そして、アイリスにも合図を出しながら――。

「〈インコンプリートコンバッション〉」
 静かに魔法を発動させ、自分自身も息を止める。
 次の瞬間、今正にユウヤに止めを刺そうとしていた真超越人ハイイヴォルヴァーは手で頭を押さえ、よろよろと後退りした。そして、その場で膝をつく。

(くっ、早く、ドームを消してくれ!!.)

 手で口元を覆いながら、敵の様子を凝視する。心の中で「早く、早く」と連呼する。

(早くっ!!)

 その願いは通じ、真超越人ハイイヴォルヴァーは〈グランストーンジェイル〉を停止させた。同時に土壁は砂と化し、しかし、全て外側に向けて崩れ落ちていく。

「〈サンド……ウェイブ〉」

 直後、敵は新たな魔法を発動させた。
 大分弱っているのか、その声はか細く苦しげだ。
 間髪容れず真超越人ハイイヴォルヴァーの足元の地面が蠢き始め、その体が速やかに遠ざかっていく。
 どうやら撤退させることに成功したようだ。

(〈テレポート〉は……よし、もう使えそうだ)

「〈テレポート〉!」

 息を止めたまま肺の残る空気のみで発声し、まず倒れ伏すユウヤの傍へ。次に彼に触れて再びアイリスとラディアのもとへ。

「アイリス、アタシに触れ!」

 言いながらラディアの肩に手を置き、即座に全員を連れて彼女の家に飛ぶ。危険かつ違法な行為を連発してしまったが、緊急事態なので仕方がないと自己弁護しておく。

「ぷはあっ! すーはーすーはー」

 そこで深呼吸したフォーティアに倣って、他の三人も荒く息を吸う。

「助かったぞ、ティア。大分、荒っぽかったが」

 あの場から離れたことで〈フォールインナイトメア〉の効果から解放されたらしいラディアが、息を整えながら少し呆れ気味に言う。
 彼女は既に調子を取り戻しつつあるようだ。さすがは光属性と言うべきか。
 しかし、対照的に、ユウヤの方は息を荒くして倒れ伏したままだった。

【学院長、それよりユウヤを!】

 そんな彼の傍に駆け寄ってその様子を目の当たりにしたアイリスは、ラディアを睨むように見上げながら文字を突きつけた。

「ああ。分かっている。〈シャインヒーリング〉」

 ラディアの手が輝きを放ち、その光がユウヤの全身に行き渡っていく。
 やがて彼は治癒魔法の心地よさの中で眠りについたようだった。
 呼吸も安定しつつある。一安心だ。アイリスも胸を撫で下ろしていた。

【結局、何がどうなったの?】

 ラディアが呼んだメイド達にユウヤが運ばれていくのを見送り、その後に続いて一先ずラディア宅に入りながらアイリスが問う。
 そんな彼女に対し、博打の種明かしをしようと――。

「〈インコンプリートコンパッション〉は空気中の酸素を不完全燃焼させ、一酸化炭素を生み出す少々特殊な魔法だ」

 フォーティアが言葉を発するより早く、ラディアが説明を始めてしまった。

「相手を一酸化炭素中毒の上、酸欠にするのだから恐るべき魔法なのだが、いかんせん使い勝手が悪い。何せ、敵の周囲だけに使用しようとしても魔力の気配で気づかれるからな」

 ジト目を向けて不満を表すが、彼女はそんなフォーティアを意に介さずに続けた。

「それに熱で拡散する欠点もあるしな。だが、今回は密閉空間で味方を巻き添えにしたことで、敵に気づかれずに低酸素かつ一酸化炭素過多の空気を吸い込ませることに成功した訳だ。相手もまさか味方も危険なこの類の魔法を使うとは思わなかったに違いない」

(……〈クローズテレパス〉がなければ、実際味方にも被害が出てただろうけどね。もしかしたらアタシ自身がユウヤ達に止めを刺してたかもしれない)

 説明役を諦めながら、今更ながらに身震いする。
 酸素欠乏症。いわゆる酸欠は極めて恐ろしいものだ。
 一般には過剰な運動後に起こるものを想像するかもしれないが、重度のものはそんな生易しい症状ではない。下手をすれば即死だ。
 酸素濃度が極めて低い空気なら、並の人間は一呼吸で死に至る可能性があるのだ。
 その上で毒性が強く酸欠を助長する一酸化炭素の濃度が高いとなれば、いかに生命力が高くとも体に変調をきたすのは当然。
 おかげで真超越人ハイイヴォルヴァーを撃退できた訳だ。
 が、撃退にとどめてしまうその生命力に関しては、今後注意しなければならないだろう。

「……しかし、何だったんですかね、あれは。ユウヤを狙ってたみたいですけど」
「ドクター・ワイルドの手の者なのだろうが、明らかに通常の超越人イヴォルヴァーではなかったな」
【自分で真超越人ハイイヴォルヴァーとか言ってた。人格が残ってるみたいだし、何より強い】
「ああ。……今のままのユウヤでは、次は命を落としかねん」
【地力で大きく劣ってるとは思わないけれど】
「確かに単純な身体能力は互角か変身したユウヤの方が上だろう。技量は下だが、そこは鍛えればいい話だ。しかし、ユウヤは致命的に心構えがなっていない。……もっとも、これはユウヤ自身の落ち度ではなく、外的な要因が大きいがな」

(召喚魔法の影響か)

 召喚された存在は恐怖心がなくなり、痛みをほとんど感じなくなる。そのせいで比較的好戦的になり、ともすれば蛮勇とも思える判断をする。これは召喚魔法の通例であり、そのため召喚魔法は時間稼ぎの捨て駒を呼び出すぐらいにしか使われない。
 何度か人間が召喚された事例はあるが、己の実力を慢心して死亡するのがほとんどと聞く。勿論、偶然生き残り、成長し続け、英雄の如き実績を残した者もいるにはいるが、それは格上との戦いを運よく回避し続けられたが故のことでしかない。

「ユウヤの生き死にを一か八かにする訳にはいかないですよね」
「その通りだ」

 深刻な様子でラディアが頷く。
 勝負は時の運とは言え、確率が低いままで放置していい訳がない。

「だから、荒療治を行いたいと思う。二人にも手伝って貰いたいのだが構わないか?」
【私にできるがあるなら、やらせて欲しい】
「相棒のためなら喜んで」

 ほぼ二人同時に答えを返すと、ラディアは一瞬虚をつかれたように瞬きをした。それから彼女は引け目を誤魔化すような曖昧な微苦笑を作り、口を開く。
 そうして発せられた荒療治の内容に、フォーティアはアイリスと共に熱心に耳を傾けたのだった。

    ***

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