【初稿版】特オタ~特撮ヒーローズオルタネイト~

青空顎門

第二話 闘争 ②魔法知識と居候

「成程、その力もまたドクター・ワイルドの仕業ということか」

 場所は王立魔法学院が学院長室。ラディアはその小学生のような外見に不釣り合いな程に立派な机に肘をついて手を組み、深く溜息をついた。

「王城から盗まれた魔力吸石がそこに使われているとは……厄介な問題だな。お前が私に何も言わなかったのも理解できる」

 頭を抱えながら言うラディアに雄也は不安になり、若干視線を下げた。いつか考えたように腹を裂いてでも取り返す、となるのではないかと思って。

「そう不安がるな」

 妖精人テオトロープとしての特性でその感情を見抜いたのか、彼女は苦笑した。

「私はその事実を公にするつもりはない。アイリスも、黙っていてくれるな?」

 ソファーの隣に座るアイリスに視線を向けると、彼女は「……ん」と小さく頷いた。
 アイリスは一部始終を見ていたため、意識を失った生徒達の処置や事後処理などが終わった後、雄也と共に呼び出されていた。
 ちなみに魔動機馬アサルトレイダーについては、ラディアが真っ先にに〈テレポート〉で彼女の自宅に運び込んでくれたので誰にも見られてはいない。簡単にアサルトレイダーを調査した限りでは、特段怪しいところは見られなかったとのことだ。

「だが、超越人イヴォルヴァーについては報告せねばならん。既に生徒達に目撃されている以上はな。そうなると、それを倒した存在についても報告が必要だろう」
「それは――」
「ああ、心配するな。ユウヤの名を出したりはせん。オルタネイト、だったか? それをお前とは異なる独立した存在として報告しておく」

 もうオルタネイトの呼称で行くんだな、と少し微妙な気持ちになりながらも、その対応については一先ずホッとする。殊更正体を明かす必要性は皆無だ。しかし――。

「だから……もう変身するな」
「え?」

 続いた内容に雄也は戸惑った。
 超越人イヴォルヴァーと戦うように要請される可能性が高いと思っていたからだ。

「で、ですけど、恐らく超越人イヴォルヴァーに対抗するには――」
「分かっている。私達では簡単にはいかないだろう。実際、蝙蝠人バットロープによるあの音波攻撃は魔法を主体に戦う者にとって天敵とも言えるものだったからな」
「なら――」
「しかし、感覚遮断を用いれば戦闘は不可能ではないし、蜘蛛人スパイドロープの方は人質さえ取られていなければ私でも倒せるレベルだった。複数で当たれば問題ないはずだ」

 ラディアの冷静な瞳を見る限り、その分析は正しいと思っていいのだろう。少なくとも現段階の超越人イヴォルヴァーに対しては。

「いくら手っ取り早くとも一人に押しつける形は間違っている。それに、お前のあの力は狂人に与えられたものだ。何かの拍子で暴走するとも知れん。そうでなくとも、お前の体に何があるか分からんからな」

 確かにそれは気がかりとなる点だ。
 実際、雄也自身もそれを恐れて一瞬躊躇ったのだから。
 しかし、一度使用した今となっては、恐らく問題ないだろうと雄也は思っていた。

(けど、そんな根拠のない感覚を伝えても、説得力はないよな。……うん)

 そんなことを考えている間にもラディアの言葉は続く。

「何より、変身したお前に戦わせることが奴の目的の一つならば、その筋書き通りに行動するのは悪手だろう。どのような結末に至るか分かったものではない」

 ラディアの言うことはもっともだ。だが――。

「今回のように戦わざるを得ない状況になった場合は、どうするんです?」
「その時は……変身せずに、戦え」
「そ、そんな、無茶な!!」
「無茶でもやるのだ。だが、心配するな。私達がしっかりと鍛えてやる。異世界人たるお前なら、いずれ生身でも超越人イヴォルヴァーに勝てるようになるはずだ」

 ラディアはそう力強く告げると、真っ直ぐに真剣な瞳をこちらに向けてくる。
 雄也としては正直あれに生身で勝てるとは到底思えなかったが、彼女が冗談を言っている様子は欠片もなかった。

「それに万が一、あくまでも万が一の話だが、変身して戦わざるを得ない事態に陥ったとして、あのように力に振り回された戦い方では危なっかしくて見ていられん。せめて戦いの基礎ぐらい学ばねば、命が幾つあっても足りんぞ?」

 そこを言われると、ぐうの音も出ない。恐らく変身後の姿は蝙蝠人バットロープ蜘蛛人スパイドロープを遥かに上回る強さを持つはずなのに、あれだけ手間取ってしまったのだから。
 性能を頼みにした戦い方をしていては、ちょっと相性が悪いだけで手も足も出ずに敗北するといったことも十分あり得る。それに、生身で戦えるに越したことはない。

「……分かりました。変身せずに戦えるように、鍛えて下さい」
「うむ。任せろ。……と言いたいところだが、私は事後処理と今後の対応で少々忙しくなる。訓練の方法についてはアイリスに伝えておいた。ユウヤは彼女に従ってくれ」
「はい?」

 伝えたって、一体いつ? そう問おうとするが、隣でスッと立ち上がったアイリスに意識を取られたせいでタイミングを逃す。

「では、申し訳ないが私は騎士団へ報告に向かわねばならんのでな。一先ず、解散としよう。……ああ、そうだ。夕飯には間に合わんだろうから先に食べていてくれ」

 そう言うとラディアは難しい顔で準備を始めてしまったため、尚のこと質問の機会を失う。それ程重要な部分でもないだろうが、こうなると無駄に気になるのが人情だ。
 そこで雄也は学院長室を出たところでアイリスに聞くことにした。

「なあ、いつの間に訓練の話なんてしたんだ?」
「…………ユウヤが少し考え込んだ時」

 無表情のまま、何でそんな瑣末なことを聞くの? という感じに微かに首を傾げながらも答えてくれるアイリス。やはり言葉が少々足りない。

「どうやって? 声は聞こえなかったけど」
「……無属性魔法〈クローズテレパス〉で」

 鋭い半眼を向けられた状態で淡々と告げられると、何だか悪いことをして糾弾されているような気がしてくる。相手が美少女だから尚更だ。
 結果、微妙に心の折れた雄也は、そこで「ああ、そう」と会話を終えてしまった。

(そもそも歳の近い女の子と二人きりで会話する機会なんて、ほとんどなかったしなあ)

 自分で思って微妙に落ち込む。

(ま、特撮オタク、と言うかオタク一般の業のようなものだから仕方がないけど)

「…………ユウヤ」

 自分で自分をフォローしていると隣を歩くアイリスに、ふいに名前を呼ばれて少し驚く。
 振り向くと、彼女は問うような視線と共にこちらを見上げていた。

「……ユウヤは、戦いたいの?」

 質問の意図がよく分からず雄也は首を捻った。

「……学院長との会話。何だか戦いたがっているように聞こえたから」
「なっ――」

 思いも寄らぬアイリスの言葉に動揺し、思わず立ち止まる。と、アイリスもまた歩みを止めて、ジッと雄也の目を真っ直ぐに見据えてきた。
 その琥珀色の瞳に射竦められ、視線を揺らしてしまう。
 対するアイリスは目を逸らさない。問いの答えを待っているようだ。

(戦いたがってる? 俺が?)

 己の心に問いかける。
 よくよく思い返してみれば、確かにアイリスの言う通りだ。超越人イヴォルヴァーと積極的に戦おうという気持ちが会話の端々に滲み出ていたように思う。
 当然、落ち着いて理性的に考えれば、好んで戦いたいと考える訳がない。
 それは特撮で学んだ信念によるものでもあるし、本来の性格的にも命のやり取りをしろと言われれば怖気づくような平凡な人間だった……はずだ。
 勿論、理性で定めた信念とは別に、ヒーロー願望のようなものがなかった訳ではない。
 特撮オタクとして特撮ヒーローに憧れつつも、作品のテーマを理解しているが故に憧れてはいけないのだと自分を戒める。そんなアンビバレンスな内面を持ちつつも、それは単なる一般人にとっては社会的意味も価値もないとも十分に理解している。
 そんなある意味バランスの取れた精神状態で、元の世界では何ごともなく日々を過ごしてきたつもりだ。なのに――。

(これも召喚の影響か? それとも、MPドライバーにそういう作用が?)

 召喚された者は恐怖心が抑制されると言う。そもそも戦うために呼び出された以上、それどころか好戦的になる可能性もある。
 MPドライバーの作用。これも十分あり得る。ドクター・ワイルドならば、そういう小細工を加えていても不思議ではない。

(それとも、力を得たからか?)

 力を持てば人は変わる。よく言われることだ。その上、元々ヒーロー願望があったとなれば、力を与えられて精神のバランスが崩れたとも考えられる。
 あるいは、その全ての相互作用によるものかもしれない。

(何にせよ、これは注意した方がいいな……)

 本来の自分らしさを見失わないように、己の理想から遠ざからないように、もっと理性的になる必要がある。雄也はそう思い、自戒するように心の中で自分に言い聞かせた。

「……ごめんなさい」
「え?」

 思考を内に向けていた雄也は、アイリスに突然謝られて我に返った。

「…………そんなに悩むとは思わなかった」

 無表情ながら視線をやや下に向け、彼女はどこか申し訳なさそうに言う。

「ああ、いや、謝る必要はないよ。感謝したいぐらいだ」

 そう返すとアイリスは小首を傾げた。

「戦いたい訳じゃない。あの時感じた嫌な気持ちも嘘じゃない。組織立って安全に対処できるならそれに越したことはない。うん」

 確かめるように呟いて頷き、感謝の意味が分からないのか未だに首を微かに傾けたままのアイリスに笑顔を向ける。

「アイリスは寮だよな? そこまで一緒に行こう」

 話を打ち切るようにそう言いながら歩き出すと、彼女はまだ腑に落ちない顔をしながらも慌てたようにトトッと駆け寄ってきて隣に並んだ。
 何となく、さっきまでよりも彼女の存在を近くに感じる。
 今の受け答えを経て、雄也の側の心の壁が薄くなったからだろう。
 それから会話は一旦止まり、しかし、気まずさが減った空気の中、寮までの道を行く。

「……ユウヤ、少し待ってて」

 そうして寮の前に到着したところでアイリスが口を開く。
 雄也は石造りの建物に入っていく彼女の背中を見送り、言われた通り、入口で待った。

(って、これ傍から見ると…………女子寮の入口で一人ポツンと立つ男。完全に事案発生です。本当にありがとうございました。って感じだな。うん……)

 時折不審そうな目でこちらを見ながら寮に入っていく女子の視線に精神をゴリゴリ削られながら、待つこと十数分。ようやくアイリスが出てきた。

「……お待たせ」
「えっと、何? その荷物」

 彼女はパンパンに膨らんだ大きなリュックサックを背負っていた。これから本格的な登山にでも行くのか、という感じだ。

「………………気にしないで」

(いや、気になるって!)

 そう思いながらも、質問は許さないと言わんばかりの鋭い視線を前にしては追及できない。いや、彼女の目つきはデフォルトのものだが。

「ま、まあ、荷物はいいや。けど、アイリスはこれからどこに行くんだ?」
「……ユウヤ、学院長の家の場所、分かってる?」
「え? それは勿論……あれ?」

 そう言えば、ラディアの〈テレポート〉でしか移動していないため、正確な位置関係は全く分からない。ちょっと冷や汗が出る。

「……私、案内役」
「ああ……えっと、お世話になります」

 馬鹿でかいリュックサックを背負いながら、平坦な胸を張るアイリスに頭を下げる。そうしながら、雄也はちょっと首を傾げた。
 この大荷物、フラグじゃなかろうか。

「……ん。ついてきて」

 頷いて歩き出した彼女に、今は何も考えずに隣に並ぶ。
 重量過多にしか見えない荷物を持ちながらもアイリスの歩みに澱みはない。むしろ、今日渡された教科書が入った手提げ袋しか持っていない雄也よりも綺麗な歩き方だった。

(って、これ、傍から見ると……)

 よくよく冷静に自分達を省みると、非常に対面の悪い状態にあることに気づく。

「あのー、アイリスさん? 荷物、持ちましょうか?」

 特段意味もなく丁寧にアイリスに問うと、彼女は意図が分からないとでも言いたげに首を傾けて半眼をこちらに向けた。

「いや、女の子に重いものを持たせるのは、何となく外聞が悪い気がするんだけど」
「…………問題ない。生命力ではユウヤより私の方が上」
「生命力って……」
「……ユウヤの世界がどうだったかは知らないけれど、この世界アリュシーダでは強さに男性も女性もない。全て生命力と魔力の出力次第。だから、女性が前衛、男性が後衛なんてことも全く珍しくない。……ふう」

 比較的長く話したからか、アイリスは一つ息を吐いた。

「ちょくちょく耳にしてたけど、生命力とか魔力って厳密には何なんだ? いや、字面的にフワッとは分かるけどさ」
「……生命力は個人の内から溢れる命の力。魔力は世界から取り込む命の力」
「あー、いわゆるオドとマナみたいなもんか」

 アイリスから、何それ、という感じの鋭い視線を向けられる。また余計なファンタジー知識を口走ってしまった。偏見は正しい知識の吸収を妨げるのに。反省。

「気にしないでくれ。元の世界の無駄な知識だ」

 アイリスは小さく頷くと、再び口を開いて説明を再開する。

「……生命力は主に身体能力の強化に使われ、魔力は主に魔法や魔動器の起動に使われる」
「逆に使うことはできないのか?」
「……不可能ではないけれど、まずない。それぞれ変換しなければ使えないし、効率は最悪。魔力はともかく、生命力の枯渇は命に関わる。だから、逆に使うのは推奨されてない」
「成程な」

 となると、一般的には魔力が高い方が広範囲に役立ちそうだ。が、戦闘を想定すると当然最低限の生命力は必要だろうし……結局はバランスが大事、というところか。

「で、アイリスは生命力が高いから、これだけの荷物を持っても大丈夫、と」
「……そう。私の生命力はAクラス。潜在生命力はSクラス。将来有望」

 どこか自慢げにアイリスは平らかな胸を張った。

「えーっと、クラスって?」
「……強さの区分。Gから始まってF、E、D、C、B、Aと続いて最高はS。全体の平均はEクラス。Sクラスは百万人に一人ぐらいしかいない」
「つまり、アイリスは今の段階でも相当生命力が強くて、訓練すれば最終的には最高クラスになれるかもしれないってことか?」

 雄也の問いにアイリスは僅かに首を縦に動かした。

(そんで、この世界はアイリスみたいに小柄な可愛い女の子が、アイリスみたいに身体能力が高いってことが普通にあり得る訳か)

 これが一般常識なら、女の子がその体の倍もありそうなリュックサックを背負っていても、その隣に荷物の少ない男が並んでいても、違和感は少ない……のかもしれない。

「ちなみに魔力は?」
「……Cクラス。潜在魔力はAクラス。獣人テリオントロープとしては中々」

 先程のアイリスの説明からすると潜在魔力という言い方は少々疑問だ。
 恐らく格づけに出てくる魔力という単語は、世界から取り込める力の量を示すものなのだろう。そして、潜在魔力はその伸び代というところか。

「魔法は使える?」
「……それなりに」

 そう言いながらもアイリスの声色には、それこそそれなりの自信が聞き取れた。少なくとも基礎を教えるぐらいはできそうな感じだ。

「ま、魔法ってどうすれば使えるようになるんだ?」

 だから、雄也はそう尋ねながら思わず身を乗り出してしまった。
 普通の女の子なら咄嗟に身を躱しそうな勢いだったが、アイリスが全く動かずにいたため、図らずも至近距離で見詰め合う形になる。とは言え――。

「……近い」

 表情自体は変わっていないが、彼女も全く動じていない訳ではないらしい。僅かに泳いだ視線とその言葉に雄也は我に返り、無性に恥ずかしくなって距離を取った。

「ご、ごめん」
「……教えるから落ち着いて」

 言われ、深呼吸して心を静める。一介のオタクとして、三十歳を待たずして魔法が使えるかもしれないと考えると気が逸ってしまった。

「……実践は訓練に含まれてるから、とりあえず概要の説明だけ先にする」
「よろしくお願いします、アイリス先生」
「……ん。魔法を使う方法は単純。効果をイメージしつつ魔力を放出する」
「………………え? それだけ?」
「……基本はそれだけ」

 ちょっと拍子抜けだ。もっと御大層で複雑な理屈が展開されるのを楽しみにしていたのだが。いや、現実には単純な理屈の方が使い易いだろうけれども。

「……厳密には魔力を取り込み、現象を引き起こすに足る密度と量の魔力に体内で変質させた上で、だけれど、そこは無意識で行う部分だから省略。その部分の練度上昇は反復練習以外に方法はないし。魔法を使う上で最重要なのはイメージ。……ふう」
「……ラディアさんが〈ホーリーヴェール〉とか叫んでたのは?」

 今の説明だと呪文や詠唱的なものは必要なさそうだが、まさかラディアも中二病罹患者だったのだろうか。いや、ついブレイブアサルトの技名を叫んで攻撃してしまった雄也が言える立場ではないだろうが。

「……それは自由魔法ではなく、規定魔法だから」
「自由魔法? 規定魔法?」
「……自由魔法は決まりも名前もない完全に使用者のイメージにのみ依存した魔法。規定魔法は有用な効果の自由魔法に名前をつけておくことでイメージし易くした魔法」
「えーっと、それはつまり……新しい魔法の試行錯誤や無詠唱は自由魔法。既存の魔法を安定的に使うには規定魔法って感じ?」

 若干問い気味に解釈を口にすると、アイリスは首を縦に振って肯定した。

「……その認識で問題ない。ただ、いくら魔法の名前を言う必要がないからって、自由魔法を戦闘で使うことはほとんどないけれど。咄嗟にイメージを固めるのは難しいから」
「頭の中で魔法の名前を言うのは?」
「……声に出した方が発動が速いし、威力も高い。そういう研究結果がある」

 一種の条件づけのようなものか。声を出せば、その行為そのものだけでなく音としての認識も加わる訳で、条件反射は強固なものになりそうだ。

(魔法の名前から相手に効果を知られないようにしたいとか、その場で新たな魔法が必要になったとかでもない限り、態々自由魔法に拘るメリットはないな。うん)

 通常使用する分には規定魔法で十分だろう。

「けど、魔法が当人のイメージ次第なら教えようがないんじゃないか?」
「……自由魔法はそう。規定魔法は指導者が魔法を何度も見せてイメージを固めさせる」

 それだと同じ規定魔法でも人によって威力や効率が違ってきそうだが、その辺はそういう仕様だと思って注意しておいた方がいいかもしれない。

「で、魔力の放出ってどうすればいいんだ? 難しいのか?」
「……それは練習すれば誰でもできる。心配ない」

 アイリスの言葉にホッとする。異世界出身のオタクでも習得できそうだ。安心した。
 そうこうしている内に見覚えのある洋館が見えてくる。居候先のラディア宅だ。

「案内ありがとう、アイリス」

 表門のところで感謝を言葉にしてアイリスを見送る態勢に入る。が、彼女はその場に留まり、ジッとこちらを見上げてきた。中に入らないの? とでも言いたげだ。

(ああ。やっぱりフラグだったか……)

 諦めて玄関に向かうと、彼女もまた同じ方向に歩き出す。
 そうしてラディア宅のエントランスに入ると、態々メイドが出迎えに来てくれていた。丁寧な対応は嬉しいが、居候の身としては少々心苦しくもある。

(えっと、確かメルティナさんだったか)

 他のメイドの名前はまだ知らない。だが、彼女は特別気にかけてくれているのか、何度か話しかけてきてくれたので覚えがある。長く青い髪が綺麗な美人さんだし。

「ユウヤ様、お帰りなさいませ」

 応対に来た彼女はそう言いながら一礼した。

「あ、ただいまです」

 雄也の言葉を受けてメルティナは顔を上げ、それからアイリスに体全体を向けた。よく訓練されたメイドとでも言うべきか、所作が優雅だ。

「アイリス様ですね? ラディア様からお話を聞いております」
「……ん。お世話になります」

 少々現実逃避気味にメルティナに意識を向けている間にもイベントは進んでいた。
 もはや是非もない。

「えーっと……どーいうこと?」

 微妙に頭を下げたアイリスに、諦めの境地と共に棒読みで尋ねる。

「……今日から一緒に暮らす。よろしく」

 フラグは滞りなく回収されたようだった。

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