イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第120話 レグラントの計画

オンテミオンは、暫くの間苦しんでいたが、ついぞ動かなくなった。

「終わった……の?」
ガンドは、スネイルとマーシャに治癒魔法をかけ続け、意識がぼんやりしてきていた。もう限界だった。

「そのようだ……」
オンテミオンの左腕を首に回し、半ば引きずりながら戻ってくるジャシードを見つめつつ、バラルが呟く。

「ジャッシュ、怪我は平気なの!?」
ガンドは、マーシャとスネイルの頭をそれぞれ膝枕しながら、治癒魔法をかけつつジャシードの怪我も心配していた。

「平気。心配いらないよ」
「ジャッシュは不死身なの……?」
「まさか。今回ばかりはダメかと思ったよ」
「それ、アブルスクルの時も聞いたよ。それでも今は、ピンピンしてるじゃないか……」
そう言うガンドは、魔法の使いすぎで朦朧とし始めていた。

「何というか……上手く説明できないけど、助けて貰ったんだ」
「誰に? 僕たち以外、誰もいないのに」
「あの人は、誰だったっけ……」
ジャシードは思い出せなかった。余りにも遠い記憶だった。

「ぐ……ぁ」
オンテミオンが呻きながら意識を取り戻した。

「オンテミオンさん」
「す、すまな……かった……じ、自由を……奪わ……」
オンテミオンは、ジャシードが斬った目から、赤い涙を流していた。オンテミオンの言葉は、自らの手で人々と弟子たちを傷付けているとき、オンテミオンに自意識があった事を示唆していた。

「そっか、オンテミオンさん……」
ジャシードは、オンテミオンの辛さを感じ取り、言葉を失った。オンテミオンの辛さは如何ばかりか……筆舌に尽くしがたいものであったろう、と。

「ま、まずは……治療しないと」
ガンドはそう言いながらも、意識が飛びそうな程に疲弊していた。

「あ、ごめん。まずは、ガンドからだね」
ジャシードは、ガンドの背中に手を当て、ふぅっと息を吐いた。ガンドの背中に当てられている手が、仄かに黄金色の輝きを帯び、輝きはガンドを柔らかく包み込んだ。

「どう?」
「凄い! チカラが溢れてくるようだ!! いったい、どうやったんだい?」
ガンドはジャシードの方へ振り向いた。

「チカラを分けるやり方が、分かったんだ」
「どうやるのか、後で教えてよ……あ、いいや。僕にはそんな余裕は無かった」
「はは。じゃ、スネイルと、オンテミオンさんと、レグラントさんを頼むよ」
ジャシードは、ガンドの背中を軽く叩いた。

「レグラントさんは、バラルさんがやるなって……」
ガンドは、バラルの顔色を覗っている。

「あの人には、色々と聞きたいことがあるから、話せる程度に回復して貰わないと困る。いいよね、バラルさん」
「……ヒートヘイズのリーダーはお前だ、ジャシード」
バラルは少しムスッとしたように見えたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。

「ありがとう、バラルさん。じゃ、ガンド。よろしく頼むよ」
「分かった」
ガンドは、再び全力で治癒魔法を使い始めた。

「さて、次は頑張り屋のマーシャだね」
マーシャの頭を膝に乗せ、喉の上辺りに手を添えたジャシードは、再びふぅっと息を吐いた。黄金色の輝きが、マーシャを包み込んだ。

「あ、う……ジャッシュ……。ごめん、私、ジャッシュを助けられなかった」
意識を取り戻したマーシャは、ジャシードの顔を見た瞬間に抱きついてきた。

「みんな死んじゃったのね……。同じ所にいるなんて」
マーシャは辺りを見渡している。

「あっはは! 違うよ。みんな、生きているんだ。みんな」
ジャシードは、残念そうにしている顔に微笑みかけた。

「えっ!?」
半身を起こし、再び辺りを見回すマーシャ。バラルが疲れた様子で座っている。ガンドは、レグラントとスネイルを治療している。その隣には……。

「オンテミオンさん!」
マーシャはガバッと身を起こして、自分の杖を探した。

「待って、マーシャ。もう、いいんだ。戦いは終わりだよ」
ジャシードは片手を上げ、マーシャを止める。

「そ、そう……」
「ソウダ! マーシャ。タタカイ、ジャシードカッタ!」
黒い言葉を喋る何かがバタバタと飛んできて、マーシャの肩に止まった。

「え……えぇぇぇぇっ!? な、なになにこれ、なに?」
「ウルサイ!」
「ごめんなさい……ってえぇぇ……!?」
マーシャは恐らく、生まれてこの方、これほど混乱したことはない。動物が喋るなどと言うことは、どの本にも書いていなかった。

「ピックが……喋ってる! どう言う事?」
さしものジャシードも、口をあんぐり開けている。

「ザンリイクノ、トコロカラ、モッテキタマルイノ、メニハマッタ。ニンゲンコトバ、ワカルナッタ」
ピックは首を回して、レンズが嵌まった片目を強調した。

「え!? 外さないと!」
ジャシードは、ピックのレンズを外そうと手を伸ばしたが、ピックは羽ばたいて逃げる。

「サワルナ! イタイ!」
ピックは喚きながら、離れたところに着地した。

「オンテミオンさんみたいには、なってないんだね?」
「ナッテナイ! アァ!」
ピックは、羽根を広げてバタバタしている。

「ピックが、オンテミオンさんの目を攻撃するように教えてくれたんだ」
オンテミオンに治癒魔法をかけながら、ガンドが言った。

「そっか。ありがとう、ピック。ザンリイクの時も助けてくれたね。お前はおれたちの英雄だ」
寄ってきたピックの頭を撫でながら、ジャシードは目を細めた。

「レイハ、トウモロコシデイイゾ! アァ!」
ピックは羽根を広げる。

「ぷっ、中身は変わってないのね」
「なんだか安心したよ」
マーシャとジャシードは、二人でクスクス笑い合った。

◆◆

ガンドは懸命に治療したものの、レグラントの腕も、オンテミオンの腕も着かず、オンテミオンの目も元に戻せなかった。

「ごめんなさい、オンテミオンさん。これ以上は無理みたいだ……」
「いや、いいんだ。生かされているだけでも、幸せだと思わねばならん。ありがとう、ガンド」
ガンドは申し訳なさそうにしていたが、オンテミオンは左腕でガンドの肩に手を回し、その腕にチカラを込めた。

「さて、街に人を呼び戻す前に、お前と話しておかねばなるまい。内容によっては、オンテミオンに殺されたことにさせてもらう」
バラルが厳しい口調で、座り込んでいるレグラントに詰め寄る。

「好きにすれば良い。話すべき事は話す」
左膝を立て、左腕で抱え込むようにして座っていたレグラントは、軽く溜息をついてから言った。

「どうして、怪物を従わせようなんて思ったんです?」
ジャシードは、ピックにトウモロコシをやりながら言う。

「私が海の向こうを向いて軍備していたのは、既に言った通りだ。この考えに至ったのは、もう二十年ほども前になるか……。だが軍備をするに当たり、私は問題を抱えることになった。それは、人間が少ない事だ。怪物共によって、壁に囲われた場所に追い込まれている我々は、圧倒的に数で劣っている。先般ジャシードが指摘していたように、アーマナクルだけ防備を固めても意味は無い。だが、私の考えを受け容れる街は無かった」
「あるわけが無い! 攻め込まれた事があればまだしも、お前の妄想ではないか!」
バラルが苛々しているのは、傍目にも分かる。

「備えとは、未来を予測し、最大限の仮定に対してするものだ。私は、私の経験から可能性のある未来を予測している。調査の結果として、これが妄想と断定される日も、あるやも知れない。だが、可能性があるうちは備える。これは、アーマナクルや、イレンディアを守るためだ。誰が何と言おうと、これに関して、私は考えを譲ることはない。災厄に備えると言うことは、そう言う事だ」
レグラントは、バラルを真っ直ぐ睨み付けるようにして言った。

「他の手立ても用意してるって……あれは、怪物と手を組むと言うことだったんですね」
上を向いて思い出しながら、ジャシードが言った。

「その通りだ。正確には『手を組む』のではなく、『使役する』だ。我々が優位に立ち、怪物共を駒として使う」
「バカか! 正気の沙汰とは思えん! 奴らは、人間絶滅しか考えておらんのだぞ! これは、怪物どもの生来の価値観だ。食べて寝る事に極めて近い」
「まあまあ、バラルさん。もう少し聞きましょう」
ガンドがバラルを宥める。

「それで私は、洞窟にいる怪物共の調査に出た。洞窟は知っての通り、怪物共の巣窟だ。しかし洞窟を見れば、怪物共の共食いは確かにあるが、概ね安定している事が分かった。ひたすらに世界を回っていた若かりし頃には、気付いていなかった」
「それは……怪物に支配構造があると言うこと?」
マーシャが口を挟んだ。

「間違いない。怪物共の中には、明らかなる上位と下位がいる――後に分かったことだが、上下関係は単純で、強さと知性から決まっている――その調査の中、私はザンリイクを見つけた。以前の探査では、見つけていなかった怪物だった。上手く隠れていたのかも知れない。見つけた当時はまだ片言であったが、今まで殺してきた人間から、人間の言葉を学習していた……私は震えたよ。こいつを支配すれば、その下全てが手に入ると……」
レグラントは、左手の拳を握り締めた。

「それで、勝って支配したのね」
マーシャは口を尖らせている。

「そうだ。奴を生かす代わりに、奴の大切な物を破壊しない代わりに、魔法研究をさせた。今思えば、あの玉を私に預けたのは、いつか逆襲するつもりだったのかも知れない。そうして完成したのが、『赤き開放の目』だ」
レグラントは、ほんの少しニヤリとする。

「さて、おれが聞きたかったことに辿り着いた。レグラントさん、あなたは……あなたが命令して、レムリスを襲わせたんですか?」
ジャシードは語調を強めた。

「レムリスか……。あれは、赤き開放の目の能力を試すために必要な事だった。怪物どもが、一つの指揮系統に収まり、異図した通りに動くのかを確かめる必要があった。ザンリイクは、何故か知能が高かったフグードと言う名の怪物に、赤き開放の目を与え……」
「レグラントさん。おれが聞いてるのはそこじゃあない。レムリスを襲う事を、あなたが命令したんですかと、聞いているんです」
ジャシードは、レグラントの話を遮って、聞きたいことの答えを求めた。何かを察し、ピックはそっと、ジャシードから離れてマーシャの近くへと移動する。

「命令はしていないが、許可はした。赤き開放の目を、怪物どもの動きを、確認する必要が……っぶ!」
レグラントがそこまで言ったところで、ジャシードの拳が炸裂した。レグラントは腕のない右側へ倒れ、勢いで顔を石の床へ強かに打ち付けた。

「あなたは、自分の目的を達成するためなら、みんながどうなろうと構わないと言うのか! あの時レムリスは、衛兵のみんなと、オンテミオンさんが身体を張って戦ってくれたから何とかなった。もしオンテミオンさんが居なかったら、レムリスは、滅んでいたかも知れないんだぞ!」
ジャシードは、仲間の誰もが――マーシャすらも――見たことのない、凄まじい怒りをレグラントにぶつけた。

「私が救いたいのは、イレンディア全体だ。その為に必要な犠牲もあ……ごぶっ!」
半分未満になった右腕で何とか起き上がろうとしていたレグラントを、ジャシードは再び殴りつけた。

「ジ……ジャッシュ……」
マーシャは止めようと手を伸ばしたが、その手はジャシードの手前で止まった。ジャシードは、目の前でセグムを殺され掛けており、その思いも強い。マーシャは話にしか聞いていないが、母を怪物に殺されているマーシャには、その気持ちが痛いほど分かった。

「は……はは……。やるなら、やれ……。もはや、私の計画は達成できない」
再び血塗れになったレグラントは、不敵な笑みを浮かべた。

「……エルウィンのリザードマンは、何だったのかな」
ガンドは、ジャシードの顔色を窺いつつ聞いた。

「あれは……赤き開放の目から、怪物に直接知能を与えられるかどうかの実験だった。フグードは自らの知性を分け与えたが、スィシスシャスへは直接知能を向上させることが課題だった。目論見通り、奴は何とか人間の言葉を覚え、お前たちと話すことができた……。その後、私はザンリイクに、赤き開放の目の機能を分けるように指示した。生命力と肉体を強化するもの、再生能力を与えるもの、知能を向上させるもの……。それは怪物どもを適材適所使うための布石だった。……そこのカラスが喋っているのを見ると、ザンリイクはその部分だけ完成させていたのだな」
レグラントはピックを眺めつつ言う。

「アァ! モトモト、カシコイカラ、シャベレラレラ!」
「言えてないし!」
ガンドは直ぐさま指摘した。

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