イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第115話 赤い目

ヒートヘイズの一行は、アーマナクルへと戻ってきた。ゲートのおかげで、帰りは一瞬だ。
バラルはしっかりと、要所要所で記録石に位置を記録させて集めており、再度サファールへ行くことになってもゲートで行くことができる。後でザンリイクのいた場所を、再調査するつもりだ。

「おや、ヒートヘイズの皆さん、お帰りなさい!」
レグラントの門番が、笑顔で声を掛けてきた。

「ただい……んん?」
「……アニキ!?」
返事をしようとしたジャシードだったが、スネイルとほぼ同時に、異様な気配に気づいた。

「門番さん、中に怪しい者が入り込んでいませんか?」
「なんかいるぞ! 怪物か!?」
「いや、そんな事は……確かに、お客様はいらっしゃってますが……」
門番の返答を聞いて、ヒートヘイズたちはお互いに視線を交わし、頷いた。

――ザンリイクのシモベかも知れない!

「通して貰うよ!」
ジャシードは門番を押しのけて、レグラントの館へと走り込んでいった。ヒートヘイズの仲間たちも、すぐに後を追いかける。

「え!? ちょっと!」
門番はあっけにとられていた。事態を飲み込めていない。

「赤い目をした、何者かが来なかったか?」
バラルは、気になっていることを確認しようとしていた。

「目の色はよく分かりません。フードを被られていたので……」
「何故、ここを通した!」
「と、通さない方が、おかしいからです」
門番は、バラルに気圧されていた。怖ず怖ずと答えるその姿は、一つの事を示唆していた。

「……マズいことになっているかも知れん。お前たちは、街の住民を一旦何処か別の街へ避難させろ。今すぐだ、いいな!」
バラルは、心に決意を固めた。これから、何が起きても良いように……。

「避難!? 何故です!?」
「いいから従え! 死にたいのか!」
「レグラント様のご命令でないと……」
「その、レグラントがどうにかなっているかも知れんと言っている! 責任はわしが取る、早く動け!」
「は、はい!」
バラルは仲間の後を追いかけ、門番たちは、街へと散っていった。

◆◆

ジャシードたちは、レグラントの館……と言うより、レグラントの対異国迎撃用の砦の中を走っていた。遠くから感じられる戦いの気配は、ますます強く近付いてくる。疑念は確信に変わり、新たなる疑念を生み出した。

――ザンリイクのシモベとは、いったい誰なのか。

「あ、アニキ……シモベ……って……」
走っている間に、スネイルは敵が、ザンリイクのシモベが誰なのか気づいた。スネイルは、アサシンの能力を用いて、気配を探ることができる。

「この目で見ない限り……信じられない」
ジャシードは戦士でありながら、スネイルと同じように、気配を探ることができる。これは希有なことであり、前例がないことだ。ともかく、ジャシードはスネイルと同じ気配を感じていた。

「二人とも、何か、分かったの……?」
マーシャが少し息を切らせながら、不思議そうに言う。

「…………」
ジャシードたちは、ただ走るのみだ。

「どうしたんだろ、あの二人」
ガンドも、二人の空気感が分からずに戸惑っていた。

「こら、二人とも、もっと急がんか! 若いのに、老いぼれに追いつかれるとは!」
後ろからバラルが追いついてきた。

「飛んできたくせに!」
マーシャは、バラルの足が地に着いていないことに気づいた。

「バレたか」
バラルは真顔で言う。

「そんな事より、ジャッシュとスネイル、何か変なの」
「うん、何だか……この先にいるのが誰か、分かっているみたいなんだ」
マーシャとガンドが言うと、バラルは眉をひそめた。

「気づいたか……いや、わしが分かっているのは、門番が対した警戒もせずに通している事から、敵がレグラントの知り合いである可能性が高い事だ……そして、ジャシードとスネイルがその様子だと、わしらにとっても、知り合いである可能性が出てきた」
「それって……」
マーシャは、走る速度が遅くなった。

「もし、赤い目の状態が解除できない場合は、戦うしかない」
「シモベは、人間って事なのか……戦う……の?」
バラルの言葉に、ガンドはそれ以上、言葉を発することができなかった。
今や『歴戦の』と言う枕言葉が似合うヒートヘイズだったが、人間と殺し合いに近い戦いをしたことがあるのは、ヒートヘイズ結成後ではジャシードがラグリフと戦ったことがあるのみだった。

「シモベとはどのような状態か分からんが、結果として今後、人間われわれに害を為すならば、当然戦わねばなるまい」
バラルはキッパリと言い切った。

◆◆

「レグラント様!」
戦いの音を聞きつけて、二十人近い兵士たちが広間に走り込んできた。その幾人もが、赤い目の者を見て目を見開いたが、すぐに気を取り直す。誰が敵でも、敵は敵であった。

「来るな! 殺されるぞ!」
「しかし……!」
チカラを剣に注ぎながら、大剣の攻撃を避け続けているレグラントは、明らかに押されているように見える。

一点突破を狙っているレグラントは、チカラを蓄えきるまでの間、他の攻撃行動を取ることができない。そのため、防戦一方になっているのだった。
中途半端な攻撃行動は、生命力チカラを無駄に使うことになる。それが故、ここぞと言う時に最大の攻撃を行う必要があった。勝つために、守る時が今であった。

「ここで助太刀するなと言われて引き下がるようなら、アーマナクルの兵士にはなっていない! 行くぞ!」
「おう!」
兵士たちは、瞬時に散開して陣形を作り、赤い目の者を取り囲みつつ波状攻撃を仕掛ける。これはまさに、練度の高さを暗に示していた。

しかし赤い目の者の大剣は、おおよそ信じられないが、まるで片手剣のように軽々と振り回され、次々と兵士たちを傷つけていった。
兵士の中には治療術士もいたが、あっという間に多数の兵士たちが傷ついて行く中、治療など間に合う状況ではなかった。

しかし結果として、レグラントには兵士たちの行動は、これ以上無い助けとなった。それは、自らへ向く攻撃の手が弱まったからだ。兵士たちが傷つき倒れて行く中、レグラントは自らの剣へと十分にチカラを集めることができた。

レグラントは、兵士たちに離れるようハンドサインを送ると、自らは赤い目の者へと走り込んだ。素早く距離を詰めると、剣を赤い目の者の胸に定め、溜め込んだチカラを一気に解放する。

「食らえ!」
レグラントの剣から、一筋の光が放たれた。強烈な光は、赤目の者の力場に突き刺さり、激しく輝いて散らばる。

「ぬっ……」
しかし赤目の者は、力場を貫こうとする光に対して、力場のチカラを更に強めて耐えようとしていた。

「ぬおお!」
レグラントは、更にチカラを注ぐ。光が強くなり、赤目の者を徐々に持ち上げようとしていた。

「支援だ! 動ける者、撃てる物は全て撃ちこめ!」
兵士たちは、近くの武器庫から弓矢を持ち出し、赤い目の者へと放ち始める。魔法使いは、放てる限りの魔法を撃ち込んでいく。全て赤い目の者の力場で食い止められるが、兵士たちはそれで目的を達成していた。
この行動には、赤目の力場を分散させ、無駄にチカラを使わせることにその大目的がある。期待される結果としては、赤い目の者の力場が、その消耗によって弱体化することだ――もし可能であれば、だが。

レグラントと赤い目の者の勝負は、高度な力比べだ。

普通の戦士ならば、力場を破る攻撃を放つこともままならないし、ましてやそれを力場で防ぐこともできない。このような勝負ができる者は、イレンディア広しと言えど、数えるほどしかいないだろう。

少しの間、貫こうとする光と、守ろうとする力場の衝突が続いた。しかし兵士たちが固唾を呑んで、支援と治療を続けながら見守る中、勝負は動き出した。

赤い目の者は、レグラントのペネトレイト・ショットを力場で受け止めながら、あろう事か前進し始めた。

「な、んだ、と……!」
レグラントは、更なるチカラを放出する。この時点で、レグラントは覚悟を決めていた。最早この戦いで生を拾うのは難しい、生を拾えなくとも、勝つことを優先すると。全てのチカラをぶつけてやると……。

「ぐおおおお!」
レグラントの雄叫びが、広間に響き渡った。レグラントが放つ光は、一段と強くなった。戦いに身を置く者であれば、誰が見ても全力を『出し切る』覚悟が見て取れた。

そこに居る兵士たちのいずれも、レグラントが本気で戦う姿を見たことがなかった。演習では幾らかあったが、演習ゆえに本気ではない。兵士たちが初めて見るその戦いぶりは、レグラントが本物の強者であることを示していた。
しかしそうであったとしても、赤い目の者は、それを更に上回っているようであった。しかも、その差は僅差では無いと思われる。
それでも、その戦いに支援以外で手を出すことができる者は、兵士たちにはいなかった。近接戦闘ができる者たちは傷付き、魔法使いたちはチカラを使い果たしてしまっている。
戦士も、魔法使いも、『命がけ』以外に戦うことができない状況であった。

◆◆

下の階から轟音が響き渡る。それはジャシードたちの耳にもしっかり入り、明らかに戦闘が行われていることを示していた。ヒートヘイズたちも、長い通路を抜け、広間へと続く最後の階段に近付いている。

ジャシードの心の中には、信じたくない事が渦巻いていた。ジャシードがチラと見たスネイルも、今まで見たこともないような、複雑な表情をしている。

最後の階段を降りている途中、男の苦しそうな呻き声と、兵士たちの絶望の声が聞こえてきた。

階段を降り、広間へと走り込む。そこには、床をのたうち回るレグラントの姿が、そしてレグラントの前に立ち止めを刺そうとする者の姿があった。男は大剣を振りかざし、レグラントに狙いを定めていた。

「させるか!」
ジャシードは広間に入るなり力場を展開し、大剣を振りかざす男に体当たりを食らわせた。男はバランスを崩し、床に倒れる。

レグラントは左腕を切断されており、鎧に深々と大剣が食い込んだであろう溝が刻まれていた。腕の付け根と鎧の溝からは、夥しい量の血液が流れている。

ジャシードがレグラントと倒れた男の間に入ると、風の魔法で浮いているバラルが、レグラントとその腕を広間の端へと移動させた。

「ガンド、頼んだぞ」
「分かった!」
バラルは、レグラントをガンドに託し、自らはジャシードの方へと飛んでいく。

マーシャは、レグラントの姿を見て息を呑んだ。レグラントは、とても助かりそうにもない大怪我を負って、血まみれの状態で呻き声を上げていた。

ガンドが痛みを軽減する、治癒魔法の一つをレグラントに掛けてやると、レグラントは少しだけ落ち着いた様子になった。

「奴を……倒した……んだな。よく……やった」
レグラントは、苦しみながら言葉を紡ぐ。よく見れば、レグラントの顔は生気を失っていた。ガンドは何度となく見たことのある、生命力チカラを使い果たした者の顔だった。

「喋らない方が……」
「赤い……レンズは……無かった、だろう……。あれに……填まっ……て……いる、からだ」
レグラントは震える右手で、立ち上がろうとしている男を指さした。

「あ、レンズ……」
その時にガンドは、レンズの事をすっかり忘れていたことに気がついた。ザンリイクは仕留めたが、レンズは探そうともしていなかった。

「あの……レンズ……は、着けた……者を、き、強化し、支配、する……」
「無理しないで、今は治療を……!」
ガンドは治癒魔法を掛けながら、レグラントが話すのを止めようとする。

「わ……私は……もう、た、助か、らん……だろう……。な、仲間の、ために……チカ、ラを、使え……」
レグラントは、何とか言葉を絞り出し、気を失った。

「ガ、ガンド……あ、あ……」
マーシャはジャシードの方を見て、言葉を失っていた。

「ん……えぇっ……!?」
ガンドは、まだ息のあるレグラントに治癒魔法を掛けながら、ジャシードの方へと目を向けて絶句した。

「あなたが……ザンリイクのシモベだなんて……」
ジャシードは剣を構えたまま、立ち上がってきた男を睨み付けていた。

「嘘だと……言ってくださいよ……! 『オンテミオン』さん!!」
ジャシードは大声を上げる。

「おっちゃん! シモベなんかやめろよ!」
スネイルもオンテミオンに叫んだ。

「気でも狂ったか、オンテミオン……」
バラルは知り合いと戦う覚悟を決めてはいたが、まさかその相手がオンテミオンだとは思っていなかった。

ジャシード、スネイル、ガンドの恩師、『剣聖』オンテミオンは、不気味な赤い輝きを放つ冷たい目で、三人を見ていた。

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