イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第109話 半牛半人

サファールの入口は、とても広い広場になっている。滝の音を背後に感じながら、ヒートヘイズ一行は進む。広場の奥には、ウォータークロッドが生息していた。

ウォータークロッドは、水の魔法を得意とする怪物だ。クロッドは概ねどれも同じだが、体内の『核』を中心に、その外側がそれぞれの特性によって構成されている。この核を破壊することで退治できるのだが、クロッドたちは当然、わざわざ弱点を晒すことはしない。
水の魔法で攻撃してくるウォータークロッドは、マーシャとバラルが炎の魔法をぶつけてその魔法を無効化した。氷のようになる腕は、炎熱剣を振るうスネイルが、あっという間に切り落とす。ウォータークロッドは、腕を再生しようとするが、ジャシードはその隙を与えなかった。長剣のままのディバイダーは、風切り音を立てながらウォータークロッドの核を捉えると、桶の水をぶちまけるように弾け飛んで消えていった。

「よし、ひとまず、飯だ。滝の裏では狭くて落ち着かなかったからな」
「はーい!」
「アァ!」
バラルの言に続いて、マーシャとピックが良い返事をした。

◆◆

軽食を済ませた一行は、更に奥へと進んでいく。

「なんで明かりがあんの?」
先頭を行くスネイルは、比較的明るい洞窟に気が付いた。

洞窟の壁には所々に光るものがあり、洞窟の中をぼんやり照らしていた。その光は壁の窪みに設置された小さな石から発せられており、明るいとは言えないものの、洞窟の構造がぼんやりとはわかる明るさであった。

「高度な知能を持った奴がいる、と言うことだな。罠があるらしい、と言う段階でもわしらは分かってはいたが、人間の言葉を喋るというのもあながち間違ってはいないようだ」
バラルは、光を放つ石を慎重に眺めながら言った。

「僕はもう少し明るい方が好きなんだけどな」
「いいぞ、照らしてくれ。ただし明るすぎないようにな」
「よしきた!」
ガンドは光る玉を作り出し、洞窟の天井すれすれに配置した。

サファールが明るく照らされる。サファールは概ね五メートルほどの幅がある通路が続いていた。高さも三メートルほどはありそうだ。所々、高くなったり、低くなったりしながら奥へと続いている。壁は岩の部分や、土の部分があり、過去のいつの時代か、何者かの手によって掘られたものであると分かる。

「罠もあるかも知れないが、通路そのものも迷路のようになっていると思った方が良さそうだな」
バラルは、この先の様子を確認して言った。何者かの手によって掘られたのであれば、その者の都合の良いように掘られたと考えるのが妥当だ。

「気をつけて進もう」
ジャシードはスネイルの肩に手を当てる。

「がってん、アニキ!」
恐らく消える事がないであろう、強い憧れと尊敬の念を持っているジャシードに激励されて、スネイルは気分が上がるのを感じた。

一行はスネイルを先頭に、ジャシード、バラル、マーシャ、ガンドが殿しんがりをつとめ、サファールの奥へと進み始める。

「いきなり三叉路だけど」
スネイルは目の前に現れた三叉路に、仲間の方を振り返る。

「正直、テキトウに進むしか無いと思うわ。こんな事なら、レグラントさんに地図でも描いてもらえば良かったわね」
「がってん、アネキ!」
スネイルは感覚の赴くままに、右側の道を選択した。

少し進むと、通路の奥からドタドタと何かが走ってくる音が聞こえた。

「何か来た!」
スネイルは、揺らめく短剣を鞘から引き抜いて構える。

「あれは、ミノタウロスだな」
バラルは目を細め、通路の奥から走ってくるものを見つめた。

「ミノタウロス?」
「ああ、半牛半人だ。二足歩行で顔は牛、牛の筋力を備えている。油断するなよ」
「がってん、おっちゃん!」
スネイルは手近な岩に身を隠し、その気配を感づかれないように隠した。

「サファールの怪物たちがどれほどの強さなのか、体験してみるとしようか!」
ジャシードはディバイダーを抜き放った。

「アァ!」
ピックはマーシャが杖を持ち、身構えたのを見てひと鳴きした。

「あら、応援してくれるの?」
「アァ!」
「ま。嬉しいわね」
マーシャがひと鳴きしたピックの頭を撫でると、ピックはマーシャの耳たぶを甘噛みした。

ドタドタと走ってくる怪物は、バラルの見立て通りミノタウロスだった。ミノタウロスは二体。立派な両角を持つ方は巨大な斧を持ち、片側の角が折れている方は弓を持っている。

走り込んでくるミノタウロスたち。弓を番える片角のミノタウロスを後ろに置いて、両角のミノタウロスは巨大な斧を真横に引いた。

「後ろは任せて!」
マーシャは、弓を番えているミノタウロスに向かって、炎の玉を放った。
片角のミノタウロスに寄って放たれた矢は、炎の玉に包まれて燃え落ち、炎の玉はそのまま片角のミノタウロスを燃え上がらせた。

「グモオオオ!」
片角のミノタウロスは、悶絶しながらのたうち回った。その間も魔法の炎は、無慈悲にミノタウロスを焼いていく。

両角のミノタウロスは、振りかぶった斧をジャシードに向かって振るった。その斧は、空気を切り裂き轟音を立てながらジャシードに迫る。

「よっ!」
ジャシードは左手に力場を作り出し、ミノタウロスの斧を受け止めようとする。しかしミノタウロスのチカラに押され、ジャシードは地面の擦れる音を立てつつ、数十センチほど身体を持って行かれた。

「グモアアア!」
両角のミノタウロスは、筋肉をプルプルさせながらジャシードが止めている斧を振り抜こうとしている。

「アグアアアア!!」
ジャシードへ斧を押し込む事に集中していたミノタウロスが、急に身体を弓なりにして苦しみだした。

「うりうりうりうり!」
いつの間にか、ミノタウロスの背中に取り付いたスネイルは、霧氷剣と炎熱剣をミノタウロスの背中に深々と刺し込んでいた。そして深く刺し込んだ二本の剣を、刺したり抜いたりを繰り返している。

ミノタウロスはたまらず身体をよじる。そうすると、当然ジャシードを押していたチカラが弱まり、ジャシードは斧から手を離す事ができるようになった。

「スネイル、ナイスフォロー!」
ジャシードはディバイダーを握り直し、両角ミノタウロスの首へ向かって剣を振り上げた。ミノタウロスの首はジャシードによって切断され、地面にごろりと転がり、逞しい身体が砂煙を上げながら地面に倒れ込む。

「やった」
スネイルは、片角ミノタウロスが焼け焦げて死んでいるのを確認した。

「なんて事無いわね」
マーシャは自分の杖を片手にペチペチ打ち付けて、物足りないと言わんばかりだ。

「なんかさ……」
突然、ガンドが声を上げた。

「ん?」
「どうしたの、ガンド」
ジャシードとマーシャはほぼ同時に返事をする。

「いや……」
「もったいぶり」
なかなか言葉にしないガンドに、早くもスネイルが痺れを切らした。

「ミノタウロス……さ、なんて言うか……」
三度ガンドが口籠もる。

「なに?」
「なによ?」
「なんだよう」
三人とも、焦れったくなって少し大きな声を上げた。

「ミノタウロス……焼くと美味そうな匂いがするな……って」
ガンドが恥ずかしそうに言った。

「すっごい……すっごいどうでもいい!」
マーシャはガンドを指さしながら言う。

「さ、行こう」
「うん、行こう」
ジャシードとスネイルは、洞窟を歩き始め、マーシャも無言でついていった。

「無視しないで!」
ガンドは慌てて、二人を追いかける。

「まったく、何かと思えば……ま、匂いに関しては、否定はせんがな。半牛半人だ、仕方あるまい」
黙って聞いていたバラルは、浅い溜息をついて若者達の後を追いかけた。

◆◆

燃えるような赤い目の男は、西レンドール地方からウェリント地方へ街道を繋ぐウェーリド橋に辿り着いた。
時折すれ違う者たちは、その男が発する異様な雰囲気を敏感に察知し、誰一人として近づこうとはしなかった。

その男はゆったりと、そして悠々とウェーリド橋を渡っていく。

「おい! お前! そこのお前だ! お前!」
ウェーリド橋を越えた辺り、ウェリント側には、それほど大きくない砦がある。宿泊施設すらない、衛兵が狭苦しく数人過ごせる程度の砦だ。
その砦で見張りをしている衛兵が、かの男の異様な雰囲気を感じ取り、大きな声を上げて呼び止めようとしている。

「聞いてんのか、お前!」
衛兵は、仲間と三人でかの男を取り囲む。

「どこから来た!?」
「見るからに怪しい奴だな」
「フードを取れよ!」
衛兵の一人が、かの男のフードをまくり上げる。

「お、お前、人間じゃねえな!!」
「こいつ、怪物だ!」
衛兵たちは、次々と武器を構えて距離を取った。

「休んでる三人も呼んでこい!」
「分かった!」
衛兵の一人が武器を構えたまま、じりじりと後退し、小振りの砦に走って行った。

「人間に化けやがって、バレないとでも思っているのか!?」

二人の衛兵は、少しずつ距離を縮めていく。前後挟み撃ちできる状態になっていたが、異様な雰囲気に圧されて身動きが取れずにいた。
しかし手練れであればあるほど、下手に踏み込めば、やられる未来が見えていた。それだけに、迂闊に攻撃を仕掛けられない。

そうして二人の衛兵たちが時間稼ぎをしているうちに、休んでいた三人を連れて、仲間が戻ってきた。

「さあ、観念しろ。六対一で勝てると思うなよ!」

衛兵たちは、四人で距離を詰めていく。残りの二人は魔法使いゆえに、少し離れた場所に陣取り、魔法を練り始めた。

魔法使いの一人が、鎧の戦士を召喚した。鎧の戦士は、剣を構え、かの男に向かっていく。
鎧の戦士に合わせ、四人の衛兵たちが、かの男に躍りかかった。
もう一人の魔法使いは、仲間たち全員に対して魔法の防護壁を作り出し、攻撃に耐えられるように備えた。

衛兵たちは次々と武器の攻撃を繰り出す。かの男は完全に取り囲まれ、逃げることも避けることもできなくなっていた。

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