イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第106話 一撃に賭けて

クリンガンやブラックスパイダーのいた、ネヴィエル山脈の北側の平原は、虫たちがいなくなったことにより一度ひとたびの静寂が訪れた。
もちろん、この辺りに怪物がいなくなっただけで、暫く進めばまた新たなる怪物がうろついているだろう。

「『合わせ』」
ジャシードが剣に命じると、剣は再び一本の剣になった。

「良い武器を得たな、ジャシード」
バラルは、一本になった剣をしげしげと眺めているジャシードに近づいてきた。

「オーリスの最高傑作だと思う。それに、おれの戦い方に合ってる」
ジャシードは、クリンガンの部品を幾つか剥ぎ取って、バラルが引いている荷台に乗せている。

「双剣を扱う練習はしておったのか?」
「少しだけ。頭の中で考えて、あとはそれを動いて再現すれば良いから、そんなに難しくはないよ」
ジャシードは素っ気ない。

「まるで、オーリスが戦っているみたいだったわ」
マーシャは、ジャシードが馬に乗るのを助ける。

「オーリスの動きを思い出しながら戦っていたからね。レイピアみたいにしなったりしないけど、この剣を二本にしたときは、そんな風に戦うのが良い気がしてた」
ジャシードが再び馬に跨がると、マーシャはジャシードの皮鎧に付いている汚れを拭き取ってやった。

「おいらも、もっと頑張らないと。全部アニキに倒されそう」
スネイルも、ガンドの手助けで馬に跨がった。

「二人とも強くなって、安心して見ていられたよ」
「ガンドが見ててくれるからね」
「……な、なんだい急に。むず痒いな」
不意打ちの褒め言葉を聞いて、ガンドは嬉しくなってしまった。

「なんかあの二人、面白いことになってるわね」
「スネイルは素直だからな」
「ふふ、ホントね」
「さあ行こう、日が暮れる前に野営地を見つけないと」

ヒートヘイズたちは、平原を東へ向けて進み出した。この辺りの平原に生えている草は、総じて背が低い。背の低い草ばかりが生えている平原は、怪物にも見つかりやすい。もし、フォラーグルが飛んでいれば、一瞬で発見されてしまうだろう。

フォラーグルに関しては、その捕食を間近に見たバラルが最も警戒していた。
もちろん、バラルはスネイルの能力を信頼していないわけではなく、むしろ信頼しきっている。しかし、アサシンやレンジャーの探知能力は、自らが知っている怪物に最も効果が高い。
それ故に、捉え損ねる可能性も考慮に入れておかなければならない。スネイルはグランクロッドを見つけたが、『何かがいる』程度であり、フォラーグルを素早く発見できるかどうかは分からない。
もう一つの観点がある。スネイルがよしんば気付いたとしても、フォラーグルであることが分からなかったら、退避する時間がなくなるかも知れないのだ。フォラーグルはそれほどに、危険な怪物であった。

クリンガンが大量にいた場所から先には、トロールやオーガが生息していた。当然ヒートヘイズたち――つまり餌だ――を見つけて、我先にと向かってきた。しかし、彼らは動きが緩慢なため、ヒートヘイズに到達する前にマーシャの魔法で各個撃破された。

そうして一行は、陽が沈む少し前に、北へ延びる名も無き半島に辿り着くことができた。この半島は北へ向かって高くなり、その突端は断崖絶壁となっている。

「ここにテントを張るの?」
マーシャは馬を下りながら、周囲を見渡した。

「こんな所に寝ていたら、寝ている間にフォラーグルの餌になってしまう。少し待ってろ。空に警戒しておけよ」
バラルはそう言って風の魔法で浮き上がると、崖の下へと下りていった。

「行ってらっしゃーい。わあ、見て見て!」
マーシャは陽が沈む空を指さした。空は上空の濃紺から、下がって行くに従って茜色に染まっている。

陽は大きくなりながらゆっくりと、揺らめきながらアイメ半島の辺りに沈んでいった。
地を照らす光が、明るい陽から二つの月に入れ替わる。この日の月は、片方は上半分、片方は下半分が静かに輝いている。

「ん……」
「スネイル、どうした?」
ガンドは、スネイルの僅かな異変を感じ取った。

「まずい」
「ぅえ?」
わけが分かっていないガンドは、素っ頓狂な声を上げた。

「空だ、空から何か近づいてきてる! 見つかってる!」
スネイルは叫んで、馬から飛び降りた。

「フォラーグルか!?」
「わからん! ワイバーンでも、ロック鳥でもない!」
「バラルさんの話だと、戦えそうな相手ではないよな……だが、隠れるところも無い。スネイル、バラルさんの馬を頼む。荷台は切り離せ」

「わかった!」
スネイルは素早く走って、荷台を結んでいるロープを切り裂くと、バラルの馬へ乱暴に飛び乗った。馬がいななき、スネイルは落ち着かせようと踏ん張る。

「あれだ!」
ジャシードが、上空にいる黒い影を指さして叫ぶ。

それは大きな、非常に大きな鳥だった。平べったい嘴を大きく開けて、ジャシードたちのいる方へ一直線に降下してくる。

「な、ななな……!」
「おれが注意を引く。こっちに来るなよ! 馬で走れ」
狼狽えるガンドが乗る馬の尻を押して、ジャシードは何もいなくなった平原の中央へ向けて走って行く。

「ジャッシュ!」
「マーシャ! こっちに来るな!」
自分を追おうとしたマーシャに、ジャシードは強く言った。

馬も異変に気付き、嘶き、怖がっているのがよく分かった。三人の乗り手は、何とか抑えつつ、ジャシードから遠ざかって行く。

「ああ……ジャッシュ……!」
マーシャは馬を振り返らせて、ジャシードを見やる。

「アネキ、早く!」
「でも、ジャッシュが……」
「今はアニキを信じるしかない! 離れないとアニキの行動を無駄にする!」
スネイルは、マーシャの馬に近づき、手綱を引っ張った。

「さあ、こっちだ! でかぶつ!!」
ジャシードが強くウォークライを放つと、巨大な鳥は少し角度を変えて、ジャシードに向かってきた。もはや、引き返せない。

「全力で、やってみるしかない」
ジャシードは片足ずつ地面を蹴り、踏ん張るための小さな窪みを作った。窪みにしっかりと踏ん張り、すらりとディバイダーを抜き放つ。二つの月光が、ディバイダーの刀身に反射して煌めいた。

「はあああ!」
ジャシードが気合いを込めると、その身体から強く紅いオーラが出現する。

ジャシードは下段右後方へディバイダーを両手に構え、刀身にもチカラを注ぎ込み始めた。

「ありったけ、食らわせてやる……!」
ディバイダーが紅く、強く輝きを増していく。

「ジャッシュ……頑張って……!」
ジャシードからかなり離れたマーシャは、泣きそうになりながらジャシードを眺める。自分にも何かできることが無いか、一所懸命考えてみたが、失敗した場合のリスクを考えると行動に移せなかった。失敗すれば、折角逃げてきたことも無駄になってしまう。

「ジャッシュ……いつもと違う気がする」
「アニキの、今の全力を出すつもりなんだ……」
二人にも、これの意味することがよく分かる。最近そんな事は無かったが、もしかすると、気を失うだけでは済まないかも知れない。危険な賭けだが、やらざるを得ない状況になっていた。

超大型の鳥型の怪物は、大きく嘴を開いたまま、一直線にジャシードに向かっていく。もう三十秒もすれば、嘴がジャシードを捉えるだろう。

ディバイダーは今や、ジャシードと共に凄まじいまでの紅い光を放ち、燃え上がるようなオーラに満ちあふれていた。

怪物とジャシードの距離が狭まってきた――残り五十メートルあるかどうかだ――その時、遂にジャシードが動きだした。

「切り……裂けぇぇぇっ!」
ジャシードがディバイダーを下段から上へと、地面を削りながら振り抜くと、その刀身から半月状となった凄まじい紅の光が放たれる!

「うおお! すげええ!」
「いけえええ!」
ガンドたちは声を上げた。

ディバイダーから放たれた光は、巨大な嘴の右側に命中した。半月状の光は、嘴を切り裂きながら進んでいったが、怪物の顔の辺りで消滅した。

「ギャァァァァァオ!」
超大型の怪物は嘴を根元まで切れ目を入れられて苦しみ、バランスを崩しながらも、そのままの勢いでジャシードに突撃しようとしていた。

「だ……だめ……か……」
ジャシードは、朦朧とする意識に抗えず、前のめりに倒れていった。先ほどまで強烈な輝きを誇っていたオーラフィールドは、風に吹き消されたかの如くに消えていった。

「ジャッシュ!!」
マーシャは、いつの間にかチカラ一杯叫んでいた。だが、叫んだとて現実は変わりようもない。

ジャシードのいる辺りを巨大な鳥が土煙を上げつつ、嘴から墜落するような態勢で、平原を削り取ってから無様に転がった。
土埃が大量に舞い、巨大な鳥がどうなっているのかも分からない。

「ジャッシュが! ジャッシュが!」
その土埃を目にして、マーシャが取り乱していた。

「行っちゃダメだ!」
スネイルとガンドは、馬を寄せてマーシャを押さえる。

「ジャッシュを早く助けないと!」
「あんなのに敵うはず無い! 僕たちも食べられてしまうよ!」
「見過ごせというの!! 嫌よ!!」
「アニキでも勝てない相手に、おいらたちじゃ勝てないよ! おいらも助けに行きたい! けど、けど、できないんだ!」
「そんなの、嫌よぉ……嫌よぉ……」
マーシャは泣き崩れてしまった。

土埃は朦々と立ち上り、海風に吹かれて陸側へ流れ込んでいく。辺りは静寂に包まれ、マーシャが叫ぶ声だけが、発せられては広い岬の草原に吸収されていった。

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