イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第105話 燃えるような目

「はぁ、何でゲートがあるのに、こんな所を旅しなきゃいけないんだ?」
革の鎧に身を包んだ、細身の背の高い男が愚痴を吐いていた。

「それはだな、おれたちの目指すものが、この辺りに棲んでいるからさ」
その隣にいる、ガタイが良く背の低い、ひげ面の男が答えた。

「で、なんだっけ。目指すもの」
その後ろを怠そうに歩くでっぷりした女が、汗ばんで首筋に張り付いた金髪を掻き上げた。

「おれたちの目標は、『ワルドガイスト』だ!」
ひげ面の男が、片腕を上げつつ少し大きな声を上げた。

「ああ、それそれ。何とかガイスト」
でっぷり女が言う。

「それ倒してどうすんだ?」
背の高い男が言う。

「名声を得る!」
ひげ面の男が、両手を腰に当てつつ言った。

「で?」
でっぷりした女が、面倒臭そうに言う。

「名声を得れば、もっと良い仕事を貰えるだろ。良い仕事をして、がっぽり稼いで、のんびり暮らすんだよ!」
「そう上手く行くのかね……」
背の高い男が、空を見上げつつ言った。

「ところで、どこに何とかガイストがいるのよ」
でっぷりした女は、イライラした様子だ。

「だから今探してんだろ」
「街道から外れないと見つからないんじゃないの?」
でっぷりした女は、ひげ面に言った。

「だから探して……お、あの人に聞いてみるか。おーい!」
ひげ面の男は、草原の方から街道の方へ歩いてくる人物に気がついて、その男に近づいていった。

「なあ、あんた。ワルドガイストって、知ってるか?」
ひげ面の男は、外套がいとうを纏いフードを被った人物に話しかけた。その身なりは、どこからどう見ても冒険者といった風情だ。

「なあ、知ってるかい? ワルドガイストだよぉ」
ひげ面の男は、無反応な男に話しかける。

「おい、聞いてんの?」
背の高い男がそう言って、その人物のフードを捲り上げた。

「うっ……」
男二人は、フードの中にあった顔を見て息を飲んだ。フードの中にあった顔は、燃えるような赤い目を輝かせ、男達を睨み付けた。

「ひっ!」
背の高い男が後ずさりする。

「や、し、知らないなら……いいんだ。知らないなら……な?」
ひげ面の男が、背の高い男の腕を掴んで、何とか声を絞り出した。

「も、むむむむもも、もちろんだ」
背の高い男は漸くそれだけ言って、ひげ面の男を引っ張りながら、燃えるような赤い目の人物から距離を取った。

「さささ、さあどうぞ、お邪魔しましたぁぁぁ……」
でっぷりした女は、足が竦みかけている男二人を引っ張りながら、素早く道をあけた。

燃えるような赤い目の人物は、三人をそれ以上全く気にかけることなく、南の方角へ歩き始めた。

「な、何なんだ……何だったんだ……」
「と、とんでもない、とんでもない、恐ろしいものを見た……」
「ねえ、ワルドガイスト、やめない?」
でっぷりした女は、男二人に聞く。

「あ、ああ……や、やめよう。他の、怪物だって、いるしな」
「そ、そうだね」
「そうよ、そうよ。ワルドガイストだけが、怪物じゃあないのよ」
三人は、まだ震えが止まらない足に鞭打って、街道にぴったり沿って北の方へ歩いて行った。

◆◆

アイメ山地は、幾つもの小さな山々が集合しているような、特異な場所だ。上っては下り、下っては上り、谷かと思えば再び山となる。
ヒートヘイズ一行は、登山を避けるように、この山間の谷に沿って南東方向へ進んでいる。

イレンディアには、それぞれの土地によく似合った怪物たちが生息している。アイメ山地にも同じように、この土地に合った怪物が棲んでいる。

「ちょい待って……!」
「どうしたの、スネイル」
「スネイルも感づいたか。なんか居るな」
「うん、なんかいるよ。アニキ」
「どこにいるのよ?」
マーシャはキョロキョロしてみたが、小高い山がたくさんあるだけで、他に何も見当たらなかった。

「どうした?」
荷台があるために少し遅れていたバラルが、前で止まっている四人に追いついた。

「何かいるって言うんだけど、何もいないのよねぇ」
「いる方向はどっちか分かるか?」
「あっち」
スネイルは、南東の方向を指さした。南東は、まさに今、向かおうとしている方向だ。アイネ山地は東西に広がっているが、目的地に向かうには、南東が最適な方向となる。

「分かった。一旦西に向かおう」
バラルは、馬を西の方角へ向けて進み出した。ジャシードとガンドも、とりあえずバラルの後ろへ馬を向けた。

「なんで遠回りするの?」
マーシャが抗議の声を上げる。

「少し後ろを見ててみろ。馬は止めるなよ」
バラルが指さして言った。

その指先の示す方向へと視線を走らせたマーシャは、その方向で起こり始めた事を見て息を飲んだ。

山の一つが徐々に盛り上がりはじめ、脇から巨大な手のようなものが出てきた。その手には指がなく、まるでスコップのようだ。その山は更に盛り上がると、轟音を立てながら北へ移動しはじめた。

「や、山が動いてる……」
マーシャだけでなく、ヒートヘイズの若者たちは皆、驚愕している。

北へ移動していく途中、スコップのような手で、前にある山を掘り始める。掘った土は、元々自分が居た場所へと積み上げられ、再び山ができはじめた。
山があった場所には何もなくなり、山のようなそいつがズシンと収まると、スコップのような手は山の内側へと消えていった。

「あれは、『グランクロッド』と呼ばれている」
「あ、あんなのアリ?」
ガンドは何とか声を絞り出した。

「ここの山は、あの巨大な怪物が作ったのか……!」
「そうだ。グランクロッドは、ここの他に、アーマナクルに向かう街道付近にある、ラグラン山地にも生息しているが、あちらは休眠しているようで、人の目に触れることはない。もっとも、ここのグランクロッドも、ここに来なければ誰の目にも触れないがな」

「なんで移動していくのかしらね?」
今や、単なる山にしか見えなくなったグランドを見ながら、マーシャは首を傾げた。

「さあな。理由までは分かっていない。大方、通りがかった奴を捕食するためだろう。いつか、頭数あたまかずを揃えて戦ってみるか」
「それ、面白そうだね。どんな素材が手に入るか……」
ジャシードは目をキラキラさせながら、グランクロッドを眺めた。

「ちょっとジャッシュ、あんなの頭数いたって、どう戦うんだよ……」
「それはその時に考えれば良いことさ」
「ま、まあそうなんだけど」
「ガンドは、腰抜け」
「何だと、スネイル!」
「後衛なのに心配しすぎ」
「後衛だからこそ、心配するんだよ!」
「ガンドの言うことも分かるわ。私もハラハラしっぱなしよ。腰抜けなのかしら、私」
「アネキは違う」
「僕とマーシャの対応の差は何なの……」
ガンドはふくれっ面だ。

「アニキにアネキに、おっちゃんもいるのに、ビクビクしてたら足引っ張るぞ。行きたいところに行けなくなったりするぞ」
「むぐう……」
ガンドはふくれっ面のまま、声を絞り出した。

「ガンドの治癒魔法がないと、死んじゃうかも知れないんだから、そんなに言っちゃだめよ。スネイルだって、良く治療してもらってるじゃないの。しかも怪物たちが居るところまで、急いで迎えに行ったりしてるのよ。スネイルって、無茶しすぎて気絶したりしてるから、ガンドの有り難みが分かってないんじゃない?」
「あ……あぁぁ……ね」
スネイルは、ばつが悪そうにしている。

「ふふん! もう治療してやらなくてもいいんだぞ!」
「ごめんごめん、ちょっとからかっただけだって」
「次に治療する時は、ゆーっくり、痛みを感じながら治ると良いよ! 大人には容赦しないぞ!」
立場逆転とみて、顎を上げながらガンドは言う。

「ぎゃー、許して」
スネイルはガンドの肩を揉みはじめた。

「ふふん! まあ僕も大人だから、許してやらないでもない。もっとやりたまえ」
元々、少しも怒っていなかったガンドは、儲けた気分になった。

グランクロッドを回避して進んだヒートヘイズ一行は、アイメ山地を抜け、広くない平原に出た。ネヴィエル山脈を南に眺めつつ、東の方向へ進路を取る。

「たくさんいる。虫かな」
スネイルが付近の気配を読んで皆に警告した。

「この辺りの怪物共は、主に虫だな。山脈の南側には、先ほどはフォラーグルがいた。空にも気を付けるのだぞ、スネイル」
「りょうかい!」

一行がしばらく進んでいくと、甲虫の群れを発見した。その甲虫は二足歩行しており、人間並みの大きさがある。太い腕は四本あり、それぞれがトゲトゲしい感じになっている。更にその集団の中には、大型の黒光りする蜘蛛が何匹か歩いているのが見える。

「二足歩行の奴はクリンガンと呼ばれる。見たままの堅さと、四本の腕から繰り出す攻撃は力強い。あの棘にも注意だな。蜘蛛はブラックスパイダー。まあ蜘蛛だから、糸で巻き付けようとする。噛まれると毒を注入されるから気をつけろ」
バラルが怪物の説明をする。

「いつも思うけど、バラルさんは、さすがに詳しいわねえ」
マーシャは今言われた名前を、ブラックスパイダーはともかくとしても、クリンガンは覚えていられそうになかった。

「なるほど。見た感じ、あの虫たちは避けられそうにないな……。マーシャ、馬を頼むね」
「うん、任せて」
ジャシードは馬から飛び降りると、背中の鞘から、虹色に輝く剣を抜き放った。

「アニキ、その剣、名前なんての?」
「名前……? 考えてなかったな」
「虹ぴっかりん」
「ぶっ! やめて……えーと……分かれるからディバイダーにするよ」
「分かれんの?」
「まあ見ててよ。戦闘開始だ! 援護頼むよ!」
ジャシードはそう言うと、虫の群れに走り出した。

「えっ、ちょっと! まだ相手の強さも分からないのに!」
ガンドはいつも通りに、腰が引けたところを見せる。

「援護ヨロシクぅぅぅ!」
ジャシードの背中を追って、スネイルも揺らめく短剣を引き抜いて走り出した。

「全く手が焼けるんだから……」
ガンドは独り言ちた。

「手が掛かるの、わりと好きなんじゃないの?」
マーシャはそう言いながら、馬をガンドの横に付けた。

「わしにも、喜んでいるようにしか見えんわい」
バラルも並んでそう言った。

「あはは……うん、嫌いじゃないよ。子供の頃から一緒の、僕の兄弟たちだからね」
「ふふ。いつもありがと、ガンド」
「改めて言われると、照れるからよしてよ……ほら、ジャッシュが飛び込んでいくよ」
ガンドは視線を無理矢理前に向けた。

「よおっし、行くぞ! 『分かて!』」
ジャシードが剣に命令すると、ディバイダーはふた振りの剣になった。

「うおお! かっこいい!」
後ろから見ていたスネイルが叫ぶ。

クリンガンたちは、敵の強襲に驚くこともなく、ジャシードに突撃していく。

ジャシードがふた振りの剣に、それぞれチカラを送り込む。するとふた振りの剣は紅く、力強い輝きをその刀身に閃かせた。

「っらあっ!」
ジャシードはクリンガンの初撃を躱すと、舞い踊るように剣を振り、剣に蓄えたチカラを解き放った。剣から放たれた紅く力強い光は、クリンガンたちを次々と切り裂いていった。

「まるでオーリスが戦っているみたいね」
「すご……僕たちの出番、ないかも」
ガンドはそう言いつつも、傷の再生速度を増す魔法を二人に放った。

「ガンド、ジャシードがあの武器で戦うのは、今が初めてだったか?」
「作りたてだし、そうだと思うけど……」
「ふむ……それでいて、あれほど使い熟すのか」
ジャシードを見ていると、時折こういったことを感じる。これを単に『凄い』と表現するべきなのか、バラルは計りかねていた。

「ジャッシュは、きっと頭の中で練習していたのよ。昔からそうだもの」
マーシャは、幼い頃のジャシードの『特訓』を思い出していた。ジャシードはいつも、誰よりも武器を上手く扱っていたし、身の熟しも上手だった。

「いや、武器の扱いというのは……魔法だってそうだが、頭で考えたからと言って……」
「上手く行くわけじゃない……。うん。分かるんだけど、ジャッシュは昔からああなの」
マーシャにはそれしか説明のしようがない。ジャシードはいつの間にか上手になっていたし、上手くなる『途中』を見たのは、力場の扱い方ぐらいなものだ。

「飛び抜けた才能がある、と言うことか」
「今更言うことなの? みんな知ってると思っていたわ」
「ううむ……」
バラルは呻るばかりだ。

そうこうしているうちに、クリンガンはほぼ倒され、ジャシードとスネイルはブラックスパイダーに取りかかっていた。

ブラックスパイダーは下手に図体が大きいため、ジャシードとスネイルの素早い動きに翻弄されていた。糸を吐き出しては、スネイルの炎熱剣に断ち切られ、ジャシードのディバイダーで足を切り取られた。

彼らはドゴールの南で、虫嫌いのガンドが虫に慣れるほどに、日々虫たちと戦ってきた。言わば、対昆虫のエキスパートだ。確かにクリンガンやブラックスパイダーは、彼らが戦ってきたウーリスー半島の虫たちよりは強いだろう。しかしその動きはやはり虫であり、より成長した彼らの敵ではなかったのだ。

こうして、彼らの前にたくさんいたはずの虫たちは、ジャシードとスネイルの活躍で殲滅された。

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