イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第102話 アーマナクルの危機感

ヒートヘイズたちは、アーマナクルの門を潜った。ジャシードとマーシャは、久し振りに訪れた、二人の思い出の場所だ。

「久し振りに来たわね」
マーシャは、その時のことを思い出して、心があたたかくなった。

「ここの夕日は、凄く綺麗だったな」
マーシャの方を見ながら、ジャシードもその時のことを思い起こしていた。

「いいなあ。僕もそんなのしてみたいなぁ」
「あーら、ガンドは好きな人いないの?」
マーシャが悪戯っぽく、ガンドの顔を覗き込んだ。

「い、いないよ。どっかにいないかなぁ、ごはんが美味しくてさ、美人でさ、優しくてさ、料理が上手な人」
「飯が二回出てきてるぞ」
「うっさい、スネイル!」
「わはは! 食べまくりで、またぽっちゃりだな!」
「ふん、ちゃんと鍛えるから平気だい!」
ガンドはふくれっ面をして抗議した。

「うん、ガンドは一旦痩せて鍛えてから、食べてても太ってないから大丈夫だよ」
ジャシードはガンドを弁護してやった。

「まあその前に、相手がいないけどねぇぇぇ」
スネイルはガンドのこととなると、素早く割り込んできて冷やかしていく。

「うっさい、スネイル! お前だっていないだろ!」
「わはは!」
スネイルは、笑いながら海の方へと走って行く。なんだかんだと言い合ってはいるが、ガンドとスネイルはとても仲がいいのだ。

ジャシードたちがスネイルの姿を目で追っていくと、その向こうにある輝く海の景色が目に飛び込んでくる。

アーマナクルは、イレンディアの最西端に位置する海岸の街だ。街は海に沿って南北に長く造られ、小規模な砂浜を含む海岸線が美しい街だ。

以前、ジャシードとマーシャが見とれた海は、夕方になると得も言われぬ美しい景観となる。イレンディアの海には怪物が多く生息しているが、そんな事は全く気にならないほど、この街から見る夕日を反射する海は美しい。

美しい海から、視線を右側へと外していくと、レグラントの屋敷が見えてくる。その屋敷は、街の北西部にある二階建ての巨大な建物だ。建物は石を組んで作られた堅固なもので、何者の侵入も阻みそうな、そんな雰囲気を漂わせている。

「レグラントさんって、どんな人かしら?」
レグラントの屋敷を見て、マーシャはその主のことが気になった。

イレンディアにおいては、街の建造物は街の物であって、一般的に個人の物ではない。そんな中、異常な存在感を街に放つ建造物に住む人物とは、どんな人物なのであろうか。

「アーマナクルの領主であり、名うての元冒険者だ。似たような人物としては、ネルニードのような独り者だな。パーティーを嫌い、どこへ行くにもほぼ単独で行動する」
バラルはマーシャの問いに答えたが、バラルも交流のない人物で、詳しい情報は持ち合わせていない。

「ネルニードさんより強いの?」
再びマーシャが聞く。

「さあな。彼らは戦ったことがないはずだ。と言うより、レグラントが戦っている姿を見た者はいない。それでも『イレンディアの隅々までを冒険し、イレンディアを知り尽くしている人物』と噂されている。この屋敷は、レグラントが冒険して集めた個人資産で建てたらしい」

「知り尽くしてるって事は……。例えば、凄く危険だって噂の、セルナクゥォリも行ったのかなあ」
ジャシードは、行ってみたいと思っている場所の名前を挙げた。危険だと言われると、探索に行ってみたくなるのが、ジャシードの性格だ。もし、本当に知り尽くしているのなら、何らかの情報を受けたいと考えていた。

「いや、噂は噂だ」
バラルは、ジャシードの期待をばっさりと切り捨てた。

「例えば『フォーライル』を抜けられる『選ばれた者』しか入れない、『エルフの本国カランド』に到達できたのか? 『龍が棲む』と言われる『洞窟ファング』の最奥にに到達できたのか? ノフォスが棲むという、『人間にもエルフにも隠された場所エンファルトル』へ辿り着けたのか? いいや、わしは信じてはおらん」
バラルは、イレンディアにおいて『到達が極めて困難』と思われている場所を立て続けに出して否定した。ジャシードたち若者が聞いたことのない場所ばかりだ。

「それでも、こんな建物を建てるくらい、財産があるんだな」
ジャシードは、目の前に迫ってきたレグラントの屋敷を見上げた。

「本物かどうか、中に入って、レグラントに会えば分かるだろうよ。さあ行こう」
バラルは、レグラントの屋敷を守る門へ近づいた。

「どちらさんで?」
全身金属製の鎧に身を包み、ハルバードを手に持つ門番が近づいてきた。兜までしっかり被っているため、表情を窺うことができない。
門番は八人おり、他の街から考えても人数が多い。最大の街エルウィンのエルファール城でも、通常は四人だ。街の中ゆえに、それほど防備を固める必要はない、はずだ。

「ヒートヘイズのジャシードです。レグラントさんの依頼を受けに来ました」
ジャシードが言うと、門番の何人かから『おお……』と声が漏れた。今や、ヒートヘイズに憧れる者は少なくない。門番の中に、そんな者がいてもおかしくはないのだ。

「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
門番は恭しく礼をして門を開いた。

「あちらの……者がご案内します」
別の門番が手を向けた先に、門番と同じく全身金属製の鎧に身を包んだ者が立っていた。

「中は広いので、私がご案内係を務めさせていただきます」
全身鎧の者は、そう言って歩き始めた。屋敷の入口にある大きな扉を開け、ヒートヘイズたちを先に招き入れる。

「こちらです」
案内係は、窓もない長い通路を歩き始めた。通路は松明の揺らめく明かりが照らしている。

「ここの人はみんな全身鎧なの」
スネイルが気になったことを口にした。

「いつも、何かが起こっても良いように、武装を解かないのがここの掟なのです」
案内係は、振り返らずに言う。

「街中なのに、何が起こるの」
「例えば、ワイバーンなどから、空からの襲撃があるかも知れません。いつかレムリスであったような陸からの大量襲撃で、街中を突破され、ここに辿り着くかも知れません。また、海からの襲撃があるかも知れません」
案内係は、スネイルの質問に対して間髪を入れずに答えた。

「空と陸は分かるけど、海?」
マーシャは、納得いかないと言わんばかりに質問した。

「確かに海からは、何も来なさそうだけどね」
ガンドもマーシャに合わせて言う。

「『今の所は』そうかも知れません。しかし、イレンディアの向こうに何があるのか、誰も知らないのです」
案内係は、突然誰も考えていなかったことを言い出した。

「イレンディアの……向こう?」
ジャシードは素っ頓狂な声を上げた。

「空を飛んでも、ギリギリまで行っても、何もなかったがな」
バラルは記憶を引っ張り出して言う。

「例えばアーマナクルから西へ行くと、どこへ辿り着くのでしょうか。メリザスへ着くのでしょうか。エルウィンから北へ向かい、レンドール山を越えて北へ行き海を越えると、ドゴールのあるナイザレアに着くのでしょうか」
案内係は、その土地へ思いを馳せた口調で言いながら、通路に貼ってあった大きな地図の前で足を止めた。

「空を飛べる大魔法使いバラル殿は、力尽きるまで飛んだのでしょうか……。いえ、そうではないはずです。あと半分飛べると確信できるチカラを残して、こちらへ戻ってきたのでしょう。ならば、あと半分進むと、どこへ辿り着くのでしょうか。海かも知れませんし、メリザスかも知れませんし、『新たなる土地』かも知れません」
案内係は、地図に指を這わせた。その指は地図の端を越え、石の壁を愛でるように進んで止めた。

ひと呼吸置いて、案内係は再び進み始め、通路を左へ曲がる。通路は階段となり、案内係は階段を上っていく。一階の通路は窓もない真っ直ぐな通路だったが、二階に上がると窓があり、光が差し込んできた。
階段を上がりきった正面には、大きな窓が配置してあった。その窓を通して見ることのできる景色は、
まるで動く絵画がそこにあるかのようだ。波打つ海が光を反射し、時折海鳥が通り過ぎていく。

「良い景色でしょう。このような景色が壊れることがないよう、我々はしっかりと何としても、この場所を守っていく必要があります」
案内係はそう言って、通路を左へと曲がった。西側の壁には、大小様々な窓と、大きく張り出しているバルコニーへ出るための扉が何ヶ所か見える。バルコニーには、物見台と望遠鏡が設置してあるのが見える。

「アーマナクルの連中は、皆そう言う考えを持っているのか?」
バラルが心なしか不機嫌に言う。

「そのように教えられています。『世界とは、我々の知るイレンディアだけであるはずがない。だとすれば、怪物以外の脅威もまた、存在して然るべきだ』と」
案内係は足を止めて振り返った。

「まだ知らないところがあんの?」
「分かりません。しかし『ない』と考えて何も対策を取らなかったら、いざその脅威が間近に迫ったときに、対処できますか?」
「うーん。よくわかんないけど、一人が対処できてもダメかな」
スネイルは頭の後ろで両手を組んで、答えながらジャシードの顔色を窺っている。

「そこまで言うからには、何か決定的な証拠のようなものがあるんですか?」
スネイルの視線に感づいたジャシードは、案内係に質問を投げかけた。

「まず一つ、申し上げるとすれば、我々の文化で継承されていない『船』と言う乗り物についてです。何故、船は無くなってしまったのでしょうか」
「海には怪物が一杯で、船を出しても壊されて食べられちゃうから。そんな危険な乗り物には、誰も乗らなくなる。それで、誰も船に乗らなくなったら、誰も船を造らなくなる。それで、船は伝承されなくなった……」
マーシャは、知っている知識を口に出した。

「では、あなた方は、その怪物を見たのですか?」
「見ては……いないけど……。そもそも、船が無いものね」
マーシャが仲間を見遣ると、皆一様に頷いているのが見える。

「仮に怪物がいたとしても、如何なる船もすぐに破壊されるほど、大量に生息できるものでしょうか。彼らにも食料が必要です。そんなにひしめき合うほど、海というものは狭いのでしょうか? バラル殿は海を渡ったこともあるのでしょう。どう思いますか?」
「巨大な怪物を見たことが無いわけではない……が、ひしめいているかと言えば、それは違う」
バラルは案内係の問いに答えた。

「それじゃあ、船が使えないほど、海は危険な場所ではない……?」
「バラル殿が仰るとおり、海に危険は存在するのでしょう。しかし、『何者かが、意図を持って過剰な危険性を流布』したのだとしたら……?」
ガンドが上げた声を受けて、案内係はゆっくりと言葉を紡ぐ。

「私たちを、ここに閉じ込めておくために?」
マーシャは、驚いた口調で言った。

「その視点から導かれる、二つの考え方があります」
「二つの考え方……?」
ジャシードは、話の先が気になってきた。

「一つは、『我々が出て行ってはまずい、と言う考え方』。もう一つは、『ここ……我々が現在、イレンディアと呼ぶ場所へ誰も辿り着かせたくない、と言う考え方』です」
「辿り着かせたくない? なんで?」
スネイルは難しい表情をしている。恐らく彼の許容量を超えたのだろう。

「イレンディアと我々が呼ぶこの地の遙か向こうに、『侵略を進めている勢力があり』、『この場所を知られると侵略される恐れがある』ため、『人々が出て行かないようにしている』のだとしたら……いつか、侵略を受ける可能性もあるのではないでしょうか」
案内係は、真面目な口調で言った。その言葉は、真に脅威として認識しているようだった。

「ばかばかしい。単なる妄想ではないか。付き合わされている者達は憐れだな」
バラルが言い放つ。

「そう言いきるのは簡単ですが、無いと断定していた場合、本当にあった時に足元を掬われますよ。大魔術師殿」
案内係はそう言って、再び歩き出した。

「実際はどうなんだろうな」
ジャシードも案内係の話に納得は行かなかったが、海を渡っていくと何があるのか、については気になった。

「あらゆる可能性は、排除しない方が良いと私は思います」
案内係はそう言って、屋敷の南端にある階段を降り始めた。階段を降りると通路は左へ折れた。再び窓のない、松明の灯りが揺れる通路だ。

「どこまで行くんだ」
スネイルは、進むのが飽きたと言わんばかりに言った。

「この先が広間です」
案内係は、両開きの扉の前で立ち止まり、扉を開けて中へ入っていった。

広間は柱がある以外は、何も無いだだっ広い場所だった。一番奥に立派な椅子があるが、案内係とヒートヘイズたち以外に、人の気配は無い。

「誰もいない」
スネイルは気配を察知しようとしていたが、案内係の他には誰もいないようだった。

案内係は、そのままツカツカと歩いて行き、奥に据え付けられた立派な椅子に腰掛けた。

「ようこそ我が屋敷へ、ヒートヘイズの諸君。私がレグラントだ」
案内係だと思っていたその男は、この屋敷の主だった。

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