イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第100話 必殺の炎

「ジャシード!」
「アニキ!」
「ジャッシュ!」
仲間たちの声が、スライムで塞がれた兜の向こうから聞こえる。兜の中に充満するガスは、追加はされど抜ける気配はない。

(諦め……ないぞ……!)
ジャシードは兜を塞がれる前に、息を一杯に吸っていた。最後の力を振り絞って、オーラフィールドを発動させる。ジャシードに残された、最後の一手だ。

「ジャッシュ……!!」
マーシャは目の前の信じられない光景を見て、無我夢中で魔法を絞りだそうとしていた。

(絶対、死なせたり、しない!)
マーシャは無我夢中の間隙に、懐かしい記憶を思い起こしていた。

――小さな、怯えた、何もできない子供。

命に代えても、大好きな人を守りたい。
そんな衝動に突き動かされていた。

何をしたらいいか、分からなかった。

でも、何かをしないと、何かをしないと、
一番大切なものを失ってしまう――

マーシャは今、あの時と同じだった。

軽い地鳴りのような音が、洞窟内に響き始める。

「なんだ……?」
バラルが辺りを眺めると、マーシャの身体が、青白い炎に包まれていくところだった。
老練なバラルをして、そのような魔法は見たことがない。バラルは息をのんだ。

本来なら、バラルはマーシャを止めなければならない。生命力を大きく注ぎ込んだ魔法の行使は、命に関わることがある。
しかし、バラルは動けなかった。何が始まるのか分からない事から来る好奇心もあったが、何より今ジャシードを助ける手立てのない中、少しでも可能性のある何かが必要だった。

マーシャは蒼白い炎にすっぽりと包まれ、まるでマーシャそのものが燃えているようにも見える。

「ジャッシュは、ジャッシュは……死なせたり、しない!!」
蒼白く燃える炎の中で、マーシャは両手を高く掲げ、スライムたちの方へ振り下ろした。

轟音と共に、蒼白い炎がマーシャから放たれる。マーシャそのものから放たれたようにも見える炎は、幾つもの炎に分かれ、全てのスライムたちに襲いかかる。

炎がスライムに触れると、スライムは一気に干からびて、砂のようになった。ジャシードをがんじがらめにしていたスライムも、干からびて消えていく。ベタつく粘液も、砂のようになってハラリと落ちた。

アブルスクルにも、蒼白い炎が襲いかかった。アブルスクルの表面が、他のスライムたちと同じように干からびて、サラサラと地面に落ちていく。

『ビブゥゥ……!』
苦しんでいるのか、伸びたり縮んだりしながら、アブルスクルは変な音を立てている。黄色いガスが所々から漏れ、それが音を立てているようだった。
大きなスライムの塊アブルスクルは、やがて干からびて、一回りほど小さくなってきた。

しかし、蒼白い炎は突然消え去った。両手を高く掲げていたマーシャは、ひと呼吸の後に、地面に崩れ落ちた。

「マーシャ!」
ガンドはハンマーを放り出し、マーシャの元へと走る。

「ジ…………ジャッ……シュ……は…………」
ガンドに上半身を抱えられた顔面蒼白のマーシャは、息も絶え絶えに声を絞り出した。

「ジャッシュは……」
ガンドは顔を上げ、ジャシードの方を見やると、アブルスクルの向こうに動きがあった。

深紅に染まったオーラを纏い、兜を脱ぎ捨てたジャシードが、ゆらりと立ち上がるのが見える。

「ジャッシュは大丈夫! マーシャのおかげだよ!」
「そ…………そう……。よかっ…………」
マーシャは言い切る前に、微かな、微かな笑みを浮かべて気を失った。

「ガンド、マーシャを保たせてくれ! わしらはアブルスクルをやる!」
「分かってますよ!」
ガンドは出来うる目いっぱいのチカラで、マーシャに治癒魔法をかけ始めた。

「アニキ!」
立ち上がったジャシードに、スネイルが駆け寄る。

「ふう……今回ばかりは、もうダメかと思ったよ」
「助けに行けなくてごめん、アニキ」
「気にするな、まずはアブルスクルを始末するぞ!」
「がってんだ!」
二人はアブルスクルに向かっていった。

干からびたアブルスクルは暫くの間動かなかったが、干からびた部分をふるい落とすように身体を震わせると、再びうねうねと動き出した。向かう先は、マーシャとガンドの方向だ。

しかし、アブルスクルの前に、深紅のオーラに包まれたジャシードが立ち塞がる。

「マーシャのところへは、行かせない!」
ジャシードは、長剣ファングにチカラを注ぎ込み、アブルスクルに斬り掛かった。轟音と共に、深紅のファングが襲いかかる……!

アブルスクルは身体を割って避けようとしたが、干からびた状態では上手くいかず、遂にジャシードの剣がその本体を捉えた。ジャシードのオーラが、アブルスクルの身体を焼き焦がす。

『ビィィィ!』
アブルスクルは謎の音を上げつつ、干からびた部分の下から液体をまき散らしながら、ファングに引き裂かれた。引き裂かれ切り離された部分は、少しの間ビチビチと跳ねていたが、すぐに動かなくなった。

「もっと小っこくしてやろう!」
スネイルも揺らめく剣を翻し、アブルスクルに襲いかかる。揺らめく剣も、アブルスクルから一部を切り離した。

「もうガスも出ないかな?」
スネイルは、アブルスクルに近づいても、ガス攻撃してこない事に気づいた。マーシャの魔法を食らった時に、全て漏れたのかも知れない。

「それなら……ほれっ!」
ガス攻撃がないならと、どさくさに紛れて、バラルがアブルスクルに杖を差し込む。

アブルスクルが身体の一部を伸ばし、バラルを打とうとしたが、スネイルが伸びてきた場所を切り裂いた。伸びていた部分が床に落ちて動かなくなる。

『ビィィ……』
アブルスクルは再び謎の音を立てた。

「おっちゃん、危ないぞ!」
スネイルがバラルに言う。

「実験だ! ちょっと離れておれ」
バラルは自分も距離を取りつつ、ジャシードとスネイルが離れたのを見て、杖で植え込んだ魔法を炸裂させた。

バフュッ!
そんな音がアブルスクルから聞こえ、アブルスクルが膨らみ始めた。

『ビュィィ……!』
アブルスクルが内側から破壊され、あちらこちらへ飛び散る。アブルスクルのスライム状の本体に、破裂によって一瞬穴が空いた。

「やはりそうか。アブルスクルは、外側からの魔法は効かないが、内側からならば効く!」
バラルは満足げに、次の魔法を準備し始めた。

そしてスネイルは、アブルスクルが破裂したことで、アブルスクルが隠していた『核』を察知した。

「『核』みっけ! 地面の側!」
アブルスクルの『核』は、地面の側に存在している。毒ガスと射出可能なスライム、そして自由自在に着いたり離れたりできる能力で、その『核』は極限まで近づけない場所にあった。
しかし今は、毒ガスを失い、干からびてスライムを出せなくなった。アブルスクルは、もはや『単なる大きなスライム』だ。それでも、そこいらのスライムよりもタフで、比べものにならないほど強い。

「アニキかおっちゃん、こいつ裏返せない? 『核』を切り取ってやる!」
「なら、おれが引きつけるから、バラルさんは爆発の魔法を!」
「よし分かった!」
三人は一斉に動き出した。

ジャシードは攻撃の速度を上げ、アブルスクルへ襲いかかった。
アブルスクルは、身体を縮めたり伸ばしたりして、ジャシードの攻撃を一部躱している。この期に及んで、空恐ろしい相手だ。

「ジャシード、ここに誘導だ!」
準備を終えたバラルは、杖で地面に円を描き、そこを指し示した。

「わかった!」
ジャシードは巧みに押し引きを繰り返し、アブルスクルを円の場所まで誘導した。スネイルはそれを見て、攻撃の機会を窺っている。

「行くぞ!」
バラルの掛け声で、ジャシードはアブルスクルから距離を離す。オーラフィールドがあるが、避けるのは念のためだ。

刹那、バラルの爆発魔法が炸裂し、アブルスクルは爆風で宙を舞った。

「いただきィ!」
スネイルはアブルスクルの『底面』目がけて走り込み、流れるような剣技で、アブルスクルの『核』を今や顕わになった底面から切り取って走り抜けた。

『ビヒュルルルル……』
核を切り離されたアブルスクルは、身体が維持できなくなり、溶けるように地面に広がって動かなくなった。

「やったい!」
スネイルは、アブルスクルの核を握り締め、高く掲げた。

「ふう。やっと倒したか……」
オーラフィールドを解除したジャシードは、オーラフィールドの疲労感で片膝をついた。しかしそれでもすぐに立ち上がり、マーシャの元へと急ぐ。

「マーシャの具合はどう?」
ジャシードは、マーシャに治癒魔法をかけ続けているガンドの傍らにしゃがみ込む。

「そんなに悪くないよ。血色もいいし、何だか拍子抜けだよ」
ガンドは微笑みながら顔を上げた。

「そっか、良かった……。マーシャにまた、救われたよ」
ジャシードはマーシャの顔に触れ、少し乱れている髪の毛を直してやった。

「あれだけの魔法を使ってなお、何の問題も無いというのか……」
心配そうな顔をして近付いてきたバラルだったが、マーシャの様子を見て驚きの表情に変わった。

「アネキの魔法すごかったな!」
スネイルは、アブルスクルの核を弄びながら戻ってきた。

「ああ。わしも見たことがない魔法だった。気がついたら聞き出したいところだ」
「おっちゃんでも、そう言うのあるんだな。何でも知ってると思ってた」
「そこいらの魔法使いよりは、確かに知識は多い。が、魔法の広がりは無限だからな。人間、死ぬまで学習と修練だ。お前も、わしもな」
「だな! わはは!」
スネイルは両手の親指を立てて突き出した。

「分かっているんだか、分かっていないんだか……」
バラルは渋い表情を浮かべている。

「よし、アブルスクルの部品も取れたし、帰ろうか。マーシャはおれが……」
ジャシードは、マーシャを抱えて立ち上がった。

「……もう……私…………この鎧、嫌いよ……」
マーシャはうっすら目を開けた。

「あ……気がついた? 平気?」
「うん……大丈夫よ……」
マーシャは疲れた笑顔をみせる。

「下りるかい?」
「んーん……今は、冷たくて……気持ちぃ……」
マーシャは鎧にそっと、頬を寄せた。

二人の様子を見て軽く微笑んだバラルは、レムリス行きのゲートを開いた。

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