イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第91話 再会のレムリス

暗い部屋の中、ぼんやりと光を放つものがあった。それは新たな宿主を呼び寄せるように、ゆっくりと明滅していた。誰にも気づかれることなく、静かに活動を始めていた。

暗い洞窟の中、魔法を使う者があった。それは新たな宿主を探すように、まじないをかけていた。誰にも気づかれることのない洞窟の奥深くで、まじないは長い年月をかけてゆっくりと、だが確実にその効力を高めていた。

何となく、明滅していた物を手に取った者があった。わざわざ取りに来たつもりもなく、何となく手に取っただけだが、それは紛れもなくまじないによるものであった。
かつて一度手に取った者だからこそ、そこへ引き寄せられた。その手への馴染み方は、他のどれよりも優れているように感じられた。それもまた、まじないによるものであった。

◆◆

グランメリスの件があってから、そして人間の街々にヘンラーとバラルが作り出したゲートが張り巡らされてから、二年の月日が経った。

人々は初めこそゲートに飛び込むのに勇気が必要だったが、安全に移動できると分かるとすぐに慣れ、ゲートを通じた人の往来が発生するようになった。商業は爆発的な発展を遂げ、たくさんの人々と多種多様な物品がイレンディアを巡っていった。

ジャシードとマーシャは十七歳になった。ヒートヘイズ達は見た目に成長して、誰かが大人と決めたその頃よりも、誰の目にも大人として映るようになった。

そしてこの日は、レムランド開拓記念日だ。街はやや慌ただしくなり、今日成人を迎えた新人衛兵たちが、いつもと同じように先輩衛兵たちから歓迎を受けている。

全ての人間が住む街に対してゲートが張り巡らされたために、レムリスのような小さな街では衛兵のなり手が少なくなるのではないか、と二年前のレムランド開拓記念日直前までは言われていた。しかし、結果はその逆だった。

街が繋がったことで、『どの町で衛兵をするか』と言う選択が出来るようになった。住居をオフィリアに構えつつも、エルウィンで衛兵の職に就き、ゲートを通じて『通勤』すると言うことも可能になった。
また、幼い頃からのしがらみなどで衛兵になりたくなかった者達も、別の街へと移住して衛兵になる、と言う選択肢を採れるようになった。

そんな中、レムリスは三つの理由を以て、かなり人気のある街だ。一つは街の気候が落ち着いていること、一つは街の周囲にいる怪物が強力すぎないこと、最後に名うての元冒険者——もちろんセグムのことだ——が所属している街であると言うことだ。
この人気の有り様について、初めのうち、セグムは当然のことながら首を傾げた。いくら元冒険者だからと言って、衛兵志願者が多く訪れる理由だとは思えないからだ。

実はこの人気は、他の理由によって支えられていたことを、セグムは暫くの間知らなかった。

——ヒートヘイズのリーダー、ジャシードを冒険者に仕立て上げた、実の父親である元冒険者が衛兵を纏めている街。冒険者になりたいなら、レムリスで元冒険者を間近に見ながら、経験を積むべき!

悪政が蔓延っていたメリザスへ攻め込み、メリザスの支配者であったラグリフを打ち倒し、グランメリスとロウメリスを悪政から解放した。それだけに留まらず、伝説の怪物アズルギースを打ち倒し、メンバーの一人であるバラルがイレンディアを一つに繋ぐゲートを造り上げた。

この話はゲートが存在していたこともあり、瞬く間にイレンディア中を駆け巡り、レムリスの人気を強く支えていたのだ。

そして今や、ヒートヘイズを知らない冒険者は、ほぼ存在しない。多くの冒険者候補生は、ヒートヘイズを目標にし、訓練に精を出している。そして実戦の場を経験し、厳しさに挫折する者もあれば、ジャシードを目標として踏みとどまる者もあった。

いずれにしても、ヒートヘイズは冒険者のイメージに変革をもたらした、偉大な冒険者となった。

しかし当の本人たちには、全くと言っていいほど実感が伴っていないまま、レムランド開拓記念日の朝を迎えていた。

◆◆

鳥がさえずる、少し肌寒くも気持ちの良い一日の始まり。レムリスでは一年の殆どがこのような、とても過ごしやすい気候だ。
朝だけは、メリザスからの冷たい空気が少しだけ流れ込んでくるが、昼間はとても温暖である。

ヒートヘイズたちは、普段生活しているエルウィンから、レムランド開拓記念日に合わせてレムリスを訪れていた。

この日は、スネイルの成人を祝う日だ。

スネイルはネクテイルに居た孤児だが、ジャシードの弟になった今、レムリスの民としてレムリスの風習に倣う事になっている。

朝早くレムリスに辿り着いたヒートヘイズたちは、激しく眠そうなスネイルとガンド、そして老体だと主張するバラルを先に自宅へと向かわせた。
三人を自宅で休ませておくことにし、ジャシードとマーシャは二人で買い物に出掛けることにした。

彼らの買い物は、成人する日の必需品、酒である。もはや全員が成人であるセグム家は、酒の消費量もなかなかのものだと想定される。

ジャシードとマーシャは、買い物のついでに、開拓記念日の街を散歩していた。二人とも、レムリスのノンビリしつつも慌ただしいこの日が大好きだ。

レムリスの新十五歳たちは、今日を境に子供から大人に扱いが変わる。新たなる気持ちと取り扱いの中での、まさに新生活が始まるのだ。
ある者は農業の、ある者は商業の、ある者は花形である衛兵の第一歩を踏み出す。これから一週間か二週間は、この新しい空気に包まれることになるだろう。

「おい見ろよ! ジャシードさんに、マーシャさんだ!」
「おお、すげー! 本物だ!」
「挨拶しようぜ!」
前方から近づいてくる若い衛兵たちは、ジャシードたちの姿を見つけて少しはしゃいだ後、背筋を伸ばして近づいてきた。

「ジャシードさん、マーシャさん、こんにちは! お会いできて、光栄です!」
三人の新人衛兵たちが、今さっき覚えたばかりの初々しい敬礼で、見かけた偉大なる先輩たちに挨拶をした。

「やあ、こんにちは。今日から衛兵かい?」
ジャシードも、使い慣れた敬礼を返す。

「はい、そうです!」
「うん、ご苦労さま。怪我しないように頑張って」
「この辺りの怪物なんか、余裕ですよ! たくさん訓練して……」
衛兵の一人がそう言った瞬間、目の前が暗くなり、顔に強い風を感じた。

「う、わ……」
その衛兵の目の前に、ジャシードの拳が迫っていた。少し風に吹かれれば当たってしまう距離に、一瞬で冷や汗を掻かされた若い衛兵は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「油断は、怪我の元だよ。どんな怪物にも、気を抜かずに本気でやらないと、命に関わることもある。おれが衛兵になった頃には、ゴブリンやコボルドやオークなんかが、何百と攻めてきたことだってあるんだ」
ジャシードは真剣な表情で言いながら、拳を引っ込めた。

「は……はい。す、すみませんでした……!」
「ん。分かれば、よし! 街の安全は、君たちの手にかかっているんだから、油断しないように!」
ジャシードは、新米衛兵たちに向かって、微笑みながら改めて敬礼をした。

「は、はい、ジャシードさん! 肝に銘じます! それでは失礼します!」
三人は再び敬礼すると、拳が見えなかったとか凄い迫力だとか言いながら、足早に去って行った。

「ふふ。今年の新人たちも、頑張ってくれそうね」
「そうだな、衛兵のなり手も増えたし、レムリスは安泰だよ」
ジャシードはマーシャに微笑みかけた。

「ジャッシュ!」
今度はジャシードたちの後ろから、大きな声が聞こえた。それはとても懐かしい声だった。
ジャシードが後ろを振り向くと、ラマに荷台を引かせながら、金髪の青年が手を振って近づいてきていた。

「オーリス!」
ジャシードとマーシャは凄く懐かしい気持ちになって、オーリスに駆け寄った。二人はオーリスと軽く抱き合って、再会を喜んだ。

「随分成長したね、ジャッシュ。マーシャもまた、一段と美人になった。みんなの活躍は聞いているよ。今やイレンディアの超有名人だ! 僕が参加していないのが、ちょっと残念だけどね」
「超有名人かぁ……、なんか実感なくてさ。オーリスもまた立派になったね。怪我の方はどう? 見たところ平気に見えるけど」
「最近ようやく、武器を持って戦えるようになってきたところだけどね、昔のようにはいかないよ。……ところで、お邪魔だったかな?」
オーリスは、ジャシードとマーシャを見て言った。

「気にしないわ、オーリス。……何かこのやりとり、とっても懐かしい気がする」
「実はおれも、同じ事を思ってたんだ」
「二人もそう思う? 僕もそう思っていたところさ」
オーリスは、ジャシードとマーシャを交互に見て、三人で笑った。

「ところでジャッシュ。いつの間にか『僕』じゃなくて『おれ』になったんだね」
「ああ……。父さんが『ぼく、じゃ迫力が出ないから、おれ、にしろ』って煩いんだ」
「あっはは。セグムさんは変なところに拘るんだよね」
「もう慣れたから、いいんだけどさ……」

「あ、いた! ジャッシュ!」
路地の向こうから、ガンドが足取りも軽く走ってきた。ガンドはいつぞや誓ったように、ジャシードと共に二年間みっちり訓練を重ねてきた。今や昔のぽっちゃりした感じはなりを潜め、幅広のガッシリとした体躯になっている。

「遅いから探しに来たんだ。って、オーリスじゃないか! 久しぶりだなあ!」
「ガンド……!? いやあ、見違えたよ! 凄くガタイが良くなってる!」
「ジャッシュにしごかれてさ」
「あっはは、そうか。厳しいリーダーだね」
「全くだよ! オーリスも元気そうで何よりだ」
「君のおかげだよ。懸命な治療には今も感謝してる」
「仲間だろ、当たり前だよ」
ガンドとオーリスは固く握手を交わした。

「さあ、ジャッシュ、早く行こう。スネイルが待ってる」
「うん、そうしよう。もう少し寝てるかと思っていたんだけど、読みが外れたな。待たせてゴメン」
「それはスネイルに言ってよ」
「そりゃあそうか。今日の主役は、もうお待ちかねかな」
四人は家に向かって歩き出した。

「オーリスは凄い荷物だけど、何を持ってきたの?」
マーシャは、ラマが引いている荷台にかかっている布を取ろうとした。

「おっと、マーシャ。これは後のお楽しみだよ」
オーリスは素早く布を押さえつけて、マーシャに中身を見られないようにした。

「えぇぇ。何かしら」
「お楽しみさ」
「気になるわ……」
マーシャはチラチラと荷台に目をやりながら、我慢している様子だ。

「ワイバーンの肉かも」
ジャシードがふざけて言った。

「美味しく無さそうね……」
マーシャは渋い顔をしている。

「意外に美味しかったよ」
「え、ガンド食べたの?」
「折角苦労して倒したからね。ドゴールのみんなにも好評だった。あれは、いい小遣い稼ぎになったな、懐かしい」
ガンドは思い出しながら言った。

「ガンドはすぐおやつを買っちゃって、見る見るうちに太ってた」
ジャシードが口を挟んだ。

「ふっ……過ぎたことさ」
「格好付けるところじゃあないぞ。それに油断してると、また太ってしまうよ」
ジャシードがガンドの背中をバシンと叩く。

「その時は、甘んじて特訓を受けよう!」
「それじゃあ、太る前提じゃないか!」
オーリスもガンドの背中をバシンと叩いた。

「手厳しいなぁ、二人とも」
ガンドは天を仰いだ。

「ふふ、ホント、仲がいいわね」
マーシャは、オーリスのラマの首を撫でながら微笑んだ。

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