イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第42話 それぞれの一日

激戦を越えた翌日――。

その日は何もしないことになった。訓練も無し、ハンフォードのぼろ家をを訪ねることも無し。

訓練生三人は、全員が昼過ぎまで寝ていた。たまたまの曇り空、北からの風が吹いていたせいもあって、ドゴールにしては心地よい気候だったことも一役買っていたのだろう。
ガンドは魔法の使いすぎ、スネイルは索敵能力の使いすぎ、ジャシードは力場の行使で、それぞれ疲れ切っていた。

オンテミオンは、訓練生たちの部屋を覗き込むと、満足げに笑みを浮かべた。彼自身が自らの足で探し当てた、素質のある者達は順調に成長していた。
こと、ウーリスー半島への冒険から、彼らは急激に成長し始めている実感があった。サンドワームがいたのは誤算だったが、全体的に見て成功と言えるだろう。

素質がある者達を集めたのには、彼なりの理由があった。

一つは、子供がいないオンテミオン自身の、技術や思いの継承をするため。もう一つは、ハンフォードの研究を手伝うため。
最後に……これが最も重要なことだが、イレンディアを広範に冒険できる人材の育成だ。このためにハンフォードの研究を手伝っているし、戦闘を始めとする、生き抜く技術の継承も行っている。

バラルはこれを聞いて鼻で笑っていたが、彼自身がイレンディアの全土を詳細に調べてみたいという欲求があるために、オンテミオンに協力していた。
バラルは風の魔法で飛行できるため、ざっくりとイレンディアの全貌は掴んでいる。しかし、飛べるからと言って到達できない場所がやはりあった。各地を細かく知ることができるかというと、怪物に阻まれたりするため捗らない。彼の魔法力もまた、無限ではない。

バラルが到達できない場所はいくつもあるが、その一つは高地だ。エレンディアに存在する、バラルが到達できない高地は二ヶ所ある。
一つはレンドール山、もう一つはトポール山だ。どちらも頂上が高すぎ、かつ切り立った岩で、登山が全くできない地形をしている。そのため現段階の魔法では、その頂に到達することができないと言っていた。

もう一つは、洞窟だ。こればかりは空が飛べたとてどうしようも無い。更に、バラルが手助けしたいと思えるほどの冒険者が存在しないこともあって、少しも調査できていない。これはバラルの性格的なところもあるだろう。

最後に、結界のある地域だ。その代表格として、エルフの島、カランドがある。エルフたちが住まう場所は、イレンディアに三ヶ所しかないが、結界で護られているのはカランドだけだ。

カランドは海に浮かぶ大きな島だが、強力な結界が張ってあり、空からの到達は不可能になっている。
カランドへ到達したいと思う者は、必ず海底にある塔『フォーライル』を通過しなければならないという。この話は、ケルウィムのグラウドゥーサが言っていたらしく、信憑性は高い。

だが、バラルが聞き及ぶ限り、フォーライルに到達できた冒険者がそもそも一人も居ないそうだ。

バラルはそれが分かったとき、とんでもない興味をそそられたらしい。そこまでして意思のない人間を忌避する場所とは、一体どんな場所なのだろうと。
何があるのか、誰がいるのか、護ろうとしているものは何なのか。その興味は尽きないと言っていた。バラルは根っからの冒険者なのだ。

オンテミオンは、そんな事を思い出しながら階段を降りた。訓練生たちは、すぐにここを『卒業』していきそうな気がしていた。
訓練生たちはそれぞれ、個人から仲間になった。仲間になれば、行ける範囲が変わってくる。それは彼らも、ウーリスー半島やタンネッタ池で体験したことだろう。
今やっているのは、世界へ飛び出すための訓練、鳥が巣立つ前に羽ばたく練習だ。

「んん。久しぶりに食べたら美味いな」
オンテミオンは食堂に行くと、明くる日にハンフォードにくれてやる予定のブドウを一粒、つまみ食いして独り言ち、もう一粒もぎ取っていった。

◆◆

カァカァ、と鳴く声が聞こえ、マーシャはドアを開けた。ドアが急に開いたことに少しビックリしたピックは羽ばたいて避けたが、いつものようにピョンピョン跳ねながら家の中に入って行き、止まり木に陣取った。

「ジャッシュからのお手紙ね?」
マーシャは手紙を足から外してやると、まずはジャシードがやっていたように、トウモロコシを食べさせてやった。
アァとピックは鳴き、口を開けてトウモロコシをせがむ。マーシャはジャシードがやっていたように、またトウモロコシを食べさせる。
マーシャは、こんな小さな事にジャシードとの繋がりを感じていた。ジャシードも同じように、ピックにトウモロコシを食べさせているはずだ。

ピックが満腹になったのを確認して、マーシャは手紙を開いてみた。ジャシードには、あっという間に仲間ができて、何だか楽しそうだ。
マーシャは手紙を見て微笑み、安心しながらも、寂しい気分になっていた。それはジャシードが日を追う毎に、遠い存在になっていってしまうような気がしていたからだ。
もちろんマーシャもサボってなどいない。毎日特訓をして、昨日より今日、今日より明日、日々成長できるように頑張っている。
でも、それでも……本当に追いつけるのだろうかと、やはり心配になってくる。

「あら、ジャッシュから手紙が来たの?」
ソルンがキッチンから顔を出した。

「うん。元気にしてるみたい。仲間もできたって」
マーシャはソルンに手紙を手渡した。

「ふふ。心配なんて要らないみたいね」
「ちょっとぐらい、心配になるようなことがあっても良いのに」
「あらやだ。マーシャったら!」
ソルンは口に手を当てて、わざと驚いて見せた。

「わ、あ、えっと、変な意味じゃなくて……ごめんなさい」
「ふふふ、いいのよ。……巣で羽ばたく練習をしていると思ったら、いつの間にか飛んでいってしまうものなのかもね、子供って」
「私も羽ばたく練習しなきゃ!」
マーシャは、拳を握りしめた。

「飛んでいったら、フォリスが泣くわよ」
「……そうかなあ?」
「飛んで行ってから、見えないところでね」
「あ……あるかも」
二人は笑った。

◆◆

「ん……ぐう」
ガンドはお腹が空いて目覚めた。まさか三人とも昼過ぎまで寝ているとは思わなかった。誰かが起こしてくれると高をくくっていたら、この体たらくだ。

ジャシードもスネイルも、ぐっすり寝ているようだったので、ガンドはさっと着替えて静かに部屋を出た。

「んん、ようやっと起きたか」
大広間で素振りをしていたオンテミオンは、ガンドに気づいて言った。

「あ、おは……こんにちは、オンテミオンさん」
「今日はおはようで良いだろう。二人はまだ寝ているのか?」
「うん、なんか凄く疲れていたみたい」
「んん……そうだろうな。二人とも特技を惜しげも無く使ったのだから」
オンテミオンは、顎髭を引っ張った。

「特技? ジャッシュが力場を使ったのはビックリしたけど、スネイルも?」
「スネイルは、『生命探知』と呼ばれている特技を使ったとみている。だから、わしの側に不可視であるはずの、あの怪物がいるのが分かったのだろう。誰からも教わっていないのに、よくできたものだ」
「それを言うなら、ジャッシュも見えてたから、バラルさんへの攻撃を防げたんだよね」
「んん……。それは良く分からないことだ。わしはジャシードが不可視の敵を捉えるのを二度見ている。前回は、彼がまだ八歳の頃だ。スネイルと同じ年齢だな」
オンテミオンは、傍らに置いてあった水筒から水を飲んだ。

「そんな事が……」
「世の中には、様々な得意不得意があり、その方向性がある。戦士と言われるような者には、アサシンと言われるような者の特技を使いこなすことはできない、と言われている。わしらは、ジャシードがその常識を破るのを目の当たりにしているのだ」
「う……うーん。なんだか、良く分かんないや……」
「んん……ガンドよ。君はジャシードを守ってやってくれ。それだけで、君は世界中に行けるようになるかも知れん」
「言われなくても、やるよ。仲間だからね」
ガンドが即答するのを見て、オンテミオンは微笑んだ。

◆◆

「さすがはオーリス。目にも止まらぬ早業!」
セグムは、オーリスのレイピアさばきを見て、からかうように言った。

「や、やめてくださいよ、セグムさん」
オーリスは照れ隠しに手を振った。

「本当に冒険者になるのか?」
セグムはオーリスがレイピアを鞘に収めている姿を眺めつつ、小声で言った。

「なりますよ」
オーリスはきっぱりと言った。

「衛兵は?」
「……すみません……。僕も世界を見たいんです。ジャッシュのように」
オーリスは、セグムの目をまっすぐに見つめながら答えた。その目からは、不退転の決意が読み取れた。

「君みたいなのが衛兵に居てくれりゃ、おれみたいなオッサンも剣を置けるのによお」
「あはは、セグムさん。そう言うのは剣を置く気になってから言ってくださいよ。それに、まだまだ、僕は教わりたいこともあるんですから」
「授業料取るぞ、オーリス」
「……必要ならお支払いしますが?」
「くそ、なかなかに生意気だ!」
セグムはオーリスの肩をバシンと叩き、懐から投げナイフを取り出すと、門の傍らに最近設置された的に向かって投げた。
投げナイフはど真ん中に突き刺さった。

「それも教わりたいですね」
「おれの全てを持っていくつもりか?」
「はい。盗める技術は全て頂いていきますよ」
「まさか、女の落とし方もか?」
「それ、授業料要るやつですよね?」
「もちろん、そうだ。酒の一杯も無けりゃ話せねえ」
「一回につき、二杯でどうです?」
「オーリスおめえ、話が分かるな!」
「もちろんですとも」
オーリスとセグムは、お互い拳に親指を立てて突き出した。

「二人とも、ちゃんと見張りをしてくれないか。レンジャーが二人いても、これじゃあ意味が無い」
二人の様子を見ていたフォリスは、ため息交じりに言った。

「索敵ならやってるぞ」
「索敵ならやってますよ」
セグムとオーリスは、二人で同じ事を言った。

「ダメなところは学習しなくても良いんだが……」
フォリスはもう一度、今度は深いため息をついた。

◆◆

「おはよう」
目をこすりながら、ジャシードとスネイルが大広間に入ってきた。

「さあて、もう昼もだいぶん過ぎたが食事にしようか」
訓練生たちは、まるで鳥の巣の雛のような、良い返事をした。

食事を終えた訓練生たちは、三人で街に繰り出した。

オンテミオンが、ワイバーンの皮などを持ち帰ってきて売り飛ばしたため、街ではオンテミオンやバラルだけで無く、その訓練生たちまで有名になっていた。

あちこちで声をかけられては、ワイバーンがどんなに強かったかを話す羽目になった。大人たちが聞いても驚くワイバーンとの戦いの記憶を聞いて、子供たちは目をキラキラさせていた。

訓練生たちは、オンテミオンから貰った小遣いを少し使って、ブドウジュースを飲みながら休憩していた。
休憩している間にも、ワイバーンの話を聞いた人々が次々と挨拶をしてくる始末だ。

「休みなのに疲れちゃったね」
「ほんと。疲れた」
ジャシードにスネイルが続いて言った。

「僕、もうお腹空いてきちゃった」
「ガンドは食べ過ぎなんじゃない?」
「太るよ」
スネイルが、ガンドの腹をツンツンした。

「……も、もう太ってるから。つっつかないで」
ガンドはより一層、お腹が空いた気がした。

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