イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第39話 池の怪物

翌日、後片付けを終えたのち、五人は池の畔までやってきた。
昨日倒したおかげで、サンドゴーレムは一体も残っていなかった。恐らく夕方までの間は、カクタラスやサンドビガントさえ来なければ、安全に探索できるだろう。

サンドゴーレムのいないタンネッタ池は、朝の光を浴びて、とても綺麗な砂地のオアシスだった。
池の中心部は奇麗な暗い青で、池の深さを物語っている。恐らくはその中心部から湧いているのだろうが、水が湧いては周囲の砂に吸収され、砂は日中の強い陽光に照らされて乾いていく。
このバランスが整っているため、タンネッタ池はその大きさ、広さをさほど変えることはない。そして川となって流れ出ることもなく、この場所にずっと存在している。

「遥か昔の事だが、元々、ドゴールはここに建造される予定だったと聞く。だが、当時はタンネッタ池の水量は安定しておらず、海へと流れる川があった。海が時化ると、川を水が遡上することがあったらしく、内海側のカナン池側に町を建造することになったそうだ」
オンテミオンは、集まってきた訓練生たちにそんな説明をしながら、池の周囲を歩き始めた。

「池は危ない。早く」
急にスネイルが池から遠ざかった。

全員が退避した頃、池の中心部からボコボコと泡立ち始めた。

「戦闘準備でもしておくか」
バラルは、オンテミオン、ジャシード、スネイルの武器にそれぞれ軽く杖を当てていった。すると、それぞれの武器がバチバチと小さな雷を散らし始めた。

「それは、武器に雷のチカラを与える魔法だ。手数が多ければ多いほど、雷のチカラで痺れさせることができる」
「へええ……」
ジャシードは興味津々で剣を眺めた。
「光るワスプダガーかっこいい!」
スネイルはダガーを振り回して、魔法が作り出す軌跡を楽しんでいた。

「んん、お出ましだぞ」
オンテミオンは、タンネッタ池を指さした。

凄まじい水飛沫を上げながら、青く輝く鱗をたくさん身に纏った大きなワニが跳び上がった。
身体中青い鱗で覆われているものの、目は赤く染まっている。

「ほう、これは美しいワニだ。ボロボロにしてやりたい」
「同じ事思った」
バラルとスネイルは気があったようで、向かい合って親指を立てている。

「これが、ワニかあ……」
ジャシードはのんきに感動していた。レムリスの近所にいるとすれば、サイザル湖だろうか……。そんな事を考えながら、ジャシードはぼんやりと剣を取った。

青鱗のワニはジャシードを見つけると、その短い足を使って突進してきた。大口を開けて、ジャシードの腰辺りに噛み付こうとしている。

「っと、危ない」
ジャシードは、引き付けてから横に跳んで躱し、バチバチと音を立てている長剣を振り下ろした。
しかしジャシードの長剣は、金属音を響かせながら、青い鱗に弾かれた。スッパリ切れると思っていたジャシードは、激しく剣を弾かれて体勢を崩してしまった。
それを狙っていたかのように、ワニの尻尾が右太股に叩きつけられ、ジャシードは痛みで片膝を地に着けた。

オンテミオンは、ジャシードの元へと駆け寄り、ワニへ下段から切り上げの一撃を放った。しかし、その攻撃もワニに有効な傷を与えられなかった。

「わしの出番かな? が、まずは小手調べ」
バラルは何となく嫌な予感がして、小さな炎を作り出し、青鱗のワニへと放った。
炎が青い鱗に触れた途端、炎は跳ね返ってバラルの方へとやってきた。
「やはりか」
バラルは水の球を作り出し、戻ってくる炎に当てて相殺した。

「こやつの鱗は魔法的な盾になっとる。気をつけろよ。あの鱗が有る限り、わしも迂闊に魔法を撃てん。先ほど武器にかけた魔法も恐らく効いとらんだろう。わしは支援に回るぞ」
「んん、分かった。剣も魔法も通用しない相手に有効な手はある」
オンテミオンは、ワニの突撃を躱しながら言った。

「ジャシード、スネイル。一旦離れてくれ。わしの直線上にも入るでないぞ」
「えっ、はい!」
「はーい」
ジャシードとスネイルは、さっと青鱗のワニから離れ、それぞれいつでも動けるように身構えた。

オンテミオンは、度重なるワニの突進を躱しながら、間合いをとった。

「んん……」
オンテミオンは剣を両手に持ち、最上段に構えた。剣から何か力場に似た靄のような物が立ち上るのが見える。
そんな動作など気にすることなく、ワニは方向を変えて突進してきた。

「ふんっ!」
オンテミオンは、構えた剣を凄まじい速度で、砂の地面に叩き付けんばかりの勢いで振るった。剣から立ち上っていた靄が剣から流れ出るように
剣先に触れた砂が、オンテミオンから前方へ、次々と爆発するように弾け飛んでいく。それは爆発する砂の道と言うべきか……爆発する砂の道は、青鱗のワニに襲いかかった。爆裂する砂の道はワニに衝突し、激しく砂を巻き上げた。宙に舞う砂のその中で、ワニが無様に舞っていた。

「ほい」
ワニが地面に近づくのを待っていたバラルは、土の魔法で輪っかを作り出し、着地したワニを地面に固定した。

ひっくり返ったワニは、何もできなくなってバタバタと不格好に暴れている。

「んん。やはり腹には鱗が無いな」
オンテミオンはそう言うと、無慈悲に剣をざっくりと刺した。
その光景を見たスネイルはすっ飛んできて、これでもかとワスプダガーを振るった。スネイルは笑っていた。

ジャシードは、スネイルがちょっと怖くなった。このまま、本当に暗殺者アサシンのようになるのではないか、心配になった。

「それにしても、凄い技だなぁ。レムリスの戦いの時は凄い範囲、今は集中だね」
「んん。生命力の操り方を覚えれば、君にもできるぞ、ジャシード」
「練習するよ!」
オンテミオンの言葉に嬉しくなったジャシードは、ちょっとはしゃいだ。

「特技が決まればすぐだったな。もっと強いかと思ったが、大したことが無くて良かった」
バラルは杖で肩を叩きながら、青鱗のワニの死骸を取り囲む仲間たちに寄ってきた。

「では解体して部品を取り出すとしようか」
オンテミオンは短剣に持ち替え、ワニの腹をザックリと割いた。体内からマナの欠片を数個発見し、満足そうに巾着袋にしまった。

みんなで寄って集って青い鱗を丁寧に外した。牙を取り出し、爪を取る。結果、大きな巾着袋が一つできた。

「さて、目的も達成したし、帰るか」
オンテミオンは、巾着袋を肩の後ろに回した。

「なんか大きいのが来る」
スネイルはキョロキョロしだした。しかし、見通しが良い場所なのに、何もいない。

キシャァァァァァァァァァァ!

「バラルさん!」
ジャシードは、その聞き覚えのある声に戦慄が走った。

「ああ、ややこしいのに見つかってしまったようだ。ここで視覚のまやかしでは、不自然過ぎて逃げ切れん。だが、こちらはオンテミオンと、魔法を余り使っていないわしと、お前達がいる。何とかやれるだろう」
バラルはゆっくりと上を見た。

「なっ!」
ガンドは上空を見て言葉を失った。この界隈の空で最強と名高いワイバーンが、今にも自分たちの誰かを喰らおうと旋回していた。

「んん。まずは、地面に降りて貰わんことには攻撃もできん」
「では降りてきて貰おうか」
バラルは、右手の杖を、空で旋回しているワイバーンに向けた。杖の先に大きな炎の揺らめきが現れ、そこから無数に炎の塊が飛び出していった。
無数の炎は、ワイバーンの羽やら身体に多数命中したようだった。ワイバーンの怒り苦しむ声が聞こえ、一直線に地面へ降りてきた。

「んん。ここからが本番だ。ワイバーンの攻撃は、両手、羽、尻尾、噛みつきだ。それから炎を吐く。息を吸い込んだら気をつけろ。同じ場所に集まらんようにな!」
オンテミオンは長剣を抜くと、ワイバーンに向かってウオオと叫び声をあげた。

◆◆

ここは魔法力の集まる場所、タンネッタ池の奥深く。身体が癒やされた、赤い二つの目を持つ者、フグード。彼は青鱗のワニが倒されたことを感じ、歯軋りした。

「わ、われ、ニンゲン……にくにくい……あう……ころしゅ……殺しゅ」
フグードは、凄まじい再生能力を得、強い肉体と、怪物を操る二つの赤い目を『与えられた』怪物だった。
二つの赤い目は、魔法力と引き替えに、怪物に命令を与えることが出来た。が、その代わりにフグードの知性が、限りなく奪われていった。それは怪物に『知性を与える方式の実験』であったためだ。

「もう、アレはダメだな……再生能力も中途半端だ。次を探すとするか……」
フグードの様子を、与えてやった二つの赤い目から見ていた者は、片手を振って赤い目からの映像を切ると、次の実験に取りかかるのだった。

◆◆

ワイバーンは、オンテミオンに向かって舞い降りて行った。オンテミオンは、自分に注意を向けさせる特技を使って、ワイバーンの気を引いていた。
うっかりにでも、訓練生たちに注意を向けさせるわけには行かない。これまでの怪物がお遊びだと思える程の敵だった。

「んん! ジャシードは、腕と噛みつきに気を付けて側面、スネイルは、尻尾と足蹴りに気を付けて背後、ガンドはできるだけ離れて、怪我人の治療に専念してくれ! 尻尾の攻撃範囲はかなり広い。油断するなよ!」
オンテミオンは力場を展開して、ワイバーンの急降下攻撃を長剣で受け止めた。その衝撃から発生した砂混じりの爆風の中、赤い靄に包まれたオンテミオンの両足が砂地にめり込んだ。

オンテミオンはすぐさま剣を振ってワイバーンの喉元に一撃与えた。赤黒いワイバーンの体液が散ったが、傷は浅い。

ワイバーンは地面に両足を下ろし、周囲に向かって耳をつんざくような咆哮を上げた。

「上手く行くかな?」
バラルは杖を振ると、ワイバーンの脚を砂地に埋もれさせて固定した。

チャンス到来とばかりに、スネイルは走り込んでいき、ワイバーンの脚にワスプダガーを刺し込もうとした瞬間、ワイバーンの脚を固定していた砂がひび割れた。

「ダメだ」
スネイルは攻撃をやめて後ろへ跳んだ。直後、すぐ近くを足蹴りが通過していった。

「尻尾も来るよ!」
ガンドが後ろから声を上げた。

「おわっ!」
スネイルは砂地に転んで、これも間一髪かわした。

「ほおお。スネイル、ありゃ才能だな」
バラルは独り言ちた。

「噛みつき、噛みつき、足蹴り、尻尾……」
オンテミオンが、ワイバーンの首の攻撃を一手に引き受けている間、ジャシードはワイバーンがどんな動きをするのか、一歩引いた見方をしていた。次の行動に移るまでの時間差や、行動開始に至る肉の動き。それらをつぶさに観察し、記憶していった。

ジャシードは、ワイバーンが噛みつきに入るタイミングを狙って地面を蹴った。噛みつきに行くときには、腕が下に下がってくる。そこには、柔らかそうな羽の膜がついている。
降りてきた羽の膜に急速接近したジャシードは、力いっぱい剣を斜めに振り、膜を大きく切り裂くことに成功した。

キィァァァァァァ!

ワイバーンの悲鳴のような咆哮が全員に襲いかかる。
一般の人々が聞けば、逃げたくなる恐ろしさだ。しかしここにいる五人は、強さに差こそあれ、勇敢な戦士たちだった。

オンテミオンは、ワイバーンの頭を執拗に攻撃していた。有効な傷は多く付けることはできないが、顔の前を飛んでいるハエは気になるのと同じようなことだ。いちいち鼻先やら喉やらを狙ってくる存在はとても気になるし、排除したくなるものだ。

バラルは、次なる魔法を練っていた。杖の先にバリバリと音を放つ電撃の塊を作り出すと、杖を振り上げ一気に振り下ろした。
電撃の塊は、弧を描いてワイバーンに着弾し、その全身に凄まじい衝撃を伝搬させる。それはワイバーンの動きを少しの間止めた。

スネイルはその一瞬を見逃さず、尻尾に取り付いてワスプダガーを振るった。尻尾の先が切断され、少し短くなった。
オンテミオンもワイバーンに接近すると、剣に勢いを乗せて最上段から振り切った。ワイバーンの鱗が切り裂かれ、赤黒い体液が噴出する。
ジャシードはワイバーンの脚を攻撃しようと接近していた。

しかし、痺れから立ち直ったワイバーンは、ジャシードを蹴って退けた。避けきれず蹴られたジャシードは、人形が放り出されたように宙を舞い、砂地に叩き付けられた。

「あぐ……!」
ジャシードは、身体の何箇所からか、尋常ならざる痛みを感じて喘いだ。

「ジャッシュ!」
ガンドはジャシードの元へとすっ飛んできて、すぐさま治癒魔法を発動させる。緑色のほのかな光がジャシードの全身を取り囲んでいく。

ワイバーンは、力場が消えかかっているオンテミオンに、噛みつきからの体当たりを喰らわせた。

オンテミオンは何とか防御したものの、彼の赤い靄は薄れていき、力場は完全に消滅してしまった。力場が無くなれば、チカラ押しが出来なくなる。

ギャハァァァァァァアァァァアア!

ワイバーンは、光明見いだしたとばかりに咆哮を上げた。

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