イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第33話 砂地での戦い

三人は、次第に細くなっている岬の先へと進んでいく。進めば進むほど、海の香りが強くなっていくのが分かる。

イレンディアの海は特別な場所だ。

人間の命は海で生まれると考えられている。エルフは森で、人間は海というわけだ。
海で生まれた命は、やがて母親の胎内へと向かう。これはお伽話でもあり、信仰の一つでもある。
そうして産まれた人間は、死ぬと海へと還される。海というのは、そのような偉大なる存在なのだ。と、考えられている。

そのような偉大なる海を風景として捉えつつ、目の前の砂地を見遣ると、ガンドは何やらキラリと光るものを発見した。
その光は、緑のような、黄色のような、陽の光を反射して不思議に輝いていた。

「何か光ってるよ。ちょっと行ってみよう」
ガンドは、かなり興味をそそられたようで、小走りにその光るものへと近づいていった。

「綺麗だなあ、これ」
ガンドは砂から見える、光を反射するものを取り出そうとして、砂を掘り始めた。

「何が出てくるんだろう?」
ジャシードも興味深く見ていた。輝く物は、緩やかな弧を描いていて、その輝きは黄色から赤、赤から緑へと色の変化を見せている。

「見てないで手伝ってよ」
「あ、ごめん。つい見とれちゃって」
二人は一所懸命に掘り、それが一体何であるかが……判った。

「うわあああっ!」
ガンドはそれを認識すると、後ろに飛び退いた。

それとほぼ同時に、とても奇麗な甲をした、大きな顎を持つ虫がガンドの足先にその顎を食い込ませた。ガンドは痛みと、苦手な虫が自分の足に固定されたという二重苦に喘いだ。

「スネイル! やるよ!」
「そんなドジ虫は放っておけば」
「痛い! なんでも、虫を、つけるな!」
「できれば甲を傷つけないように倒そう」
「めんどうくさいなあ」

ジャシードは腰の短剣を抜き、奇麗な甲を傷つけないように、脇から短剣を刺し込んだ。

その虫はどこからかピィーッと音を出して、ガンドの足を更に強く挟み込む。ガンドは痛みに耐えかねて声を上げた。

スネイルもジャシードに倣って、反対柄から短剣を刺し込んで、二人揃って短剣をグイと引っ張った。手に、虫の組織が切れ割れる感触があり、虫は黄色い液体をドロドロさせながら動かなくなった。

「この甲は持って帰ろう。なんか奇麗だし」
ジャシードは甲を根元から二枚、切り離した。

「ジャッシュ、僕も助けて……。色々と耐えられない」
ガンドは、足に虫の顎を食い込ませたまま、動こうともしていない。

「触るのも嫌なの?」
「ここは地獄だよ、ジャッシュ」
「少しは慣れないと」
「やーい、弱い虫!」
「虫じゃない!」
「まあまあ、二人ともやめて……。ほら顎が外れたよ。治療できる?」
ジャシードは、顎も根元から切り取って荷物にしまった。もはや、甲と顎で背負い袋はいっぱいだ。

「それ、持って行くの……」
ガンドは、治療しながら不満そうに言った。

「オンテミオンさんと旅をしたとき、オンテミオンさんはよく怪物の部品を持って行ってたなって、思い出したんだ」
「余計なことを思い出したね」
「あはは。ガンドにとっては、そうかも」

三人は、ガンドの傷が癒えるまで待ってから、再び進み始めた。

結局、その細い岬には虫以外何もいなかった。ジャシードは、怪物がたくさん載っている図鑑が欲しいと思っていた。
巨大アリと甲の奇麗な虫は、名前が分からないため、いまいち知識欲が満たされずスッキリしない。

三人は、先ほどの三つ叉の部分に戻ってきた。陽の光はだんだん高くなってきていた。

「さて次は……」
「あっち」
ジャシードの言葉に被せるように、スネイルは行きたい方向を指差した。

「ま、どんな順番で行ってもいいよ」
ガンドは、暑さと虫に挟まれた記憶にやられて、全てがどうでも良くなってきているようだった。

「うん、そしたら南へ行こう」
ジャシードは決断した。どのみち、どの方向でも行き止まりではある。あとは順序と、サンドワスプに出くわすかどうかの運に掛かっている。

進んでいくと、また巨大アリがご丁寧に彼らを見つけて走り込んできた。

彼らは最初にやったように、ジャシードが攻撃を受けつつ、スネイルが腹に短剣を刺し込む。方向転換しようとする巨大アリの脚をジャシードが切り離したら、腹の下に潜り込んで、胴体を切り離す。という作業を行った。

オンテミオンがウーリスー半島へ行くように言った理由が分かった。ここの怪物たちは、殆ど決まった動きをする。つまり予測しやすく、倒しやすい。

ガンドは距離を置いて、震えながら眺めているだけだった。もはやジャシードは、ウーリスー半島でのガンドは、直接戦闘としては戦力にならないと割り切った。それどころか、守らなければならない対象だ。

ウーリスー半島は、グイと東へ方向転換して延びている。南側は広い海が広がりはじめた。

いつの間にか、スネイルが海の近くを歩いていた。ジャシードとガンドはそれに気づき、海の近くへと移動した。彼を一人にしてはいけない。

その後、幾つか甲の奇麗な虫がいたが、その虫は掘り出さなければ攻撃してこないと知り、それ以降は無視することにした。

「あの虫と弱虫以外、何にもいない」
スネイルがそう言うのをガンドは無視した。いちいち相手にしていては日が暮れてしまう。

遂に三人はウーリスー半島の先端にやった来た。左側には、そう遠くないところにナイザレアの陸地が見える。その他は全方位海だ。

「ここは、イレンディアの端っこなのかな?」
ジャシードは誰に言うでもなく言った。

「イレンディアの向こうには何があるんだろうね」
ガンドは海を見つめながら言った。

「ワクワクするね。前の旅でも、世界は広いなって思ったけど、その時の世界はイレンディアの事だった。今はイレンディアの外の話をしているなんてね」
ジャシードは前の旅のことを思い出していた。セグムもソルンも、十分格好良かったし頼りになったが、ジャシードはオンテミオンの強さに惹かれていた。今や追いかける背中は、剣聖オンテミオンだ。

「何やってんだよ」
スネイルが二人に砂を投げつけた。

「何すんだよ!」
ガンドは腹を立ててスネイルに向かっていこうとしたが、ジャシードに止められた。

「悪かったね。時間は無駄にしたらダメだった。さ、戻ろう」
「んぐぐ……」
スネイルがニヤリとして、あかんべーとしているのを見て、ガンドは更にイライラした。

ジャシードにとって、ガンドの行動は意外だった。普段はノンビリしているようだが、一旦火が付くと怒りを抑えられなくなるようだ。

三人は、三つ叉の分岐点に近づきつつあった。スネイルは何時しか二人と離れ、先頭を一人で歩くようになっていた。

「結局、一人になるんだよな。しかも虫呼ばわりされてむかつくし。もう、あんなのとパーティーにならなくても良いんじゃないかな」
「そんな事言っちゃダメだよ。オンテミオンさんがそうしたんだから、何か意味があるはずだと思うんだ」
ジャシードは、スネイルの後ろ姿を追いかけていた。

「……ジャッシュは、なんだかオトナだよね」
「そうかな? 僕は子供だよ。まだ十歳だし」
「年齢の事じゃないよ……。僕はダメだ。何かがあるとつい怒っちゃうんだ。ジャッシュと会ってまだそんなに経ってないけれど、君はいつも落ち着いてる。羨ましいよ」
「僕は父さんに、『人間一つぐらいは良いところがある。お前がどんなに頑張っても勝てないことがだ。それを見つけるようにしてみろ。人の見方が変わる』って言われて育ってきたから、みんなの良いところを探してるんだ」
「良いところ、ねえ……あるのかな」
ガンドはスネイルの方を見て、考え込んだ。

「スネイルなら、小さいのが一つあるよ」
「何?」
「ガンドも言ってたじゃないか。かわいいところもあるんだなって」
「あんなの、大したことないよ。ほんの少しじゃないか」
「ほんの少し、から始めないと、本当に良いところは見つからないよ。嫌いになったら、良いところは見えないよ。だから、嫌いになる前に、小さな事でも見つけるんだ」
「真似できそうにもないよ……」
ガンドが肩をすくめたのを見て、ジャシードは返答とばかりに微笑んだ。

「何やってんだよ!」
遠くからスネイルが叫びながら走ってきた。

「ハチがいる! ハチ! 早く!」
スネイルが叫んだ。

「凄い。スネイルは敵を見つける能力があるのかも。父さんと同じだ。さあガンド、行こう!」
「蜂は嫌だなあ! ああ嫌だ!」
ガンドは自分を奮い立たせるために、わざと嫌なことを叫んだ。

「弱虫は来んな!」
スネイルが意味を勘違いして叫び返してきた。

「うるさい! 行ってやるからな!」
「いらねえよ! どうせ震えてるだけだろ!」
「くそう、本当すぎて何も言い返せない……」
ガンドは頭をかきむしった。

「もう。ちゃんと倒せば良いんだから、まずは行こうよ」
ジャシードはガンドの肩を叩いて走り始めた。

◆◆

三人が走って行った先には、大人一人分ぐらいの大きさの蜂が、なんとも恐ろしい羽音を立てながら、地面にいる何かを狙うようにゆっくりと飛んでいた。

蜂に見つからないよう、三人は砂の山にしゃがみ、身を隠して様子を窺っている。

「よく見つけたね、スネイル」
「へへん……。よ、余裕だよ、こんなの!」
スネイルは一瞬、自慢げに言ったが、すぐにそんな自分に気づき、いつも通りに戻した。

「でも、飛んで逃げられると困るね」
ガンドは、飛んで行けと言わんばかりに言った。

「うーん、弓とか魔法があれば良いんだけど……」
ジャシードは、そこまで言って、はたと気づいた。

「ねえ、ガンド。光の魔法って、本気だとどんなのを使えるの?」
「今できるのは、眩しい光を出せるぐらいだよ。眩しいだけで役に立たないかなあ」
「それ、やってみよう!」
「えっ……ええええっ!?」
ガンドは、何を要求されているか気づいて、大声を上げてしまった。

「ちょっと静かに……。これはガンドしかできないんだよ。お願い!」
「なんてことだ……。僕は今、光の魔法を使えてしまうのを後悔してる」
ガンドは頭を抱えた。

「弱虫には無理だろ」
スネイルは、攻められるところは確実に攻めてくる。自分を優位に立たせる為になら、彼は何だって言うんだろう。

「……! 行ってやる! くそう! 行ってやるぞ!」
ガンドは、両手にピカピカする光を集めながら立ち上がった。

「目を瞑って手を当てておいて。絶対に見たらダメだ」
「分かった。ほら、スネイルも言うことを聞いて」
「よ、よ、よし! い、行くぞ! 光ったら、すぐ来てよ。頼むよ!」
二人が目を隠したのを確認すると、ガンドは走って行った。

――閃光。目を覆っていたにも関わらず、強烈な光が放たれたのが分かった。

「よし、スネイル行くよ!」
二人とも武器を抜いて、ガンドのいる方向に走った。

「二人とも、ちゃんと来てる? 蜂は逃げてない?」
ガンドは何も見えていない様子で、あらぬ方向を見て言葉だけ発していた。

その向こうを見ると、蜂が羽根をばたつかせて地面に落ち、もがいている。

「ガンド、来てるよ! そこにいて! スネイル、蜂が飛べるようになる前に終わらせよう!」
「いちいち命令すんな!」

二人は、地面でばたついている蜂に躍りかかった。

スネイルは胴体の後ろにしがみつき、羽根の根元に短剣を刺し込んで、羽根の動きを止めに掛かった。
短剣を刺し込んで引く、を繰り返して、一枚の羽根が取れ掛かってきた。
スネイルは、何も指示しなくてもこの辺りの判断が上手い。命令すんなと言うだけのことはある。

ジャシードは、動きが鈍くなった蜂の腹と胴体が繋がっている部分を、お約束とばかりに長剣で叩き切った。

大きな蜂は腹を切断されても、巨大アリのようにすぐには大人しくならなかった。羽根と脚をばたつかせて、辺り構わず顎で噛みつこうとしている。
まだ目眩ましで何も見えないようだが、自らの命が尽きようとしているのは分かるのだろう。

ジャシードは、再び長剣を振りかぶって、今度は頭と胴の繋ぎ目を狙った。振り下ろした長剣のあたりに砂煙が上がり、大きな蜂は脚を絡ませて動かなくなった。

「やった!」
「え……。やった?」
ガンドはまだあらぬ方向を向いてキョロキョロしていた。

「ガンド。まさか自分まで目眩ましになる魔法だなんて思わなかったよ」
「上手く調整できるほど、訓練してないんだ。ちょっと見えるようになるまで待ってて……。あ、できれば、部品は今のうちに取っておいてくれると嬉しいな」
「本当に虫が嫌いなのに、ありがとう。ガンド」

ジャシードは、ガンドが座り込むのを見届けてから、蜂の解体作業に入った。

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