イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第29話 魔法使いのチカラ

バラルは森へと突撃し、素早くジャシードを地面に下ろした。

「ジャシード、絶対にそこを動くな。何があっても動くなよ。今から姿を隠す魔法を使う。動くと察知されるから気をつけろ」
バラルは、ジャシードが頷くのを見届けると、杖を小さめにクルクルと回して小さく振った。ジャシードは不思議な揺らめくものに取り囲まれる感覚を覚えた。バラルはもう一度同じ動作をして、ジャシードの視界から消えた。

「キッシャアアアアアア!」
その直後、ワイバーンが近くに飛来し、周囲の木々が羽の風圧でざわざわと音を立てた。

静かな森に、ワイバーンの羽音だけが響き渡り、周囲を少しずつ移動しているのが分かる。折角見つけた餌を逃すまいとする執念か。羽音が何度も上空を移動し、旋回しているであろうのが感じられた。

十分ほど、ジッとしていただろうか……。ようやく羽音が遠ざかっていった。

「ふう、何とかなったな……。ジャシード、もういいぞ」
バラルの姿が見えるようになったのを確認して、ジャシードはバラルに近寄っていった。

「バラルさんは、本当に色んな魔法が使えるんだね!」
「わしはかなりの属性を使いこなせるが、わしにもできん事はある」
「そうなの?」
「治癒魔法と召喚魔法と精神魔法は、わしには使えん」
「召喚魔法?」
「うむ、召喚魔法とは、何かを呼び出す種類の魔法だ。召喚魔法で一番簡単なのは、小さなものを呼び出すものだ。良く遊びでやったりするのは、食べ物を召喚するものだな」
「それ、美味しいの……?」
「何度も食ったが、術者によって味が違うな。何故か料理が美味い奴の方が、美味いものを召喚する。魔法は本人の想像力が実力として影響しやすいとわしは考えている」
色々な魔法が世の中にはあるんだな、とジャシードは感心した。そして今まで見て来た魔法は、魔法の中でほんの一部分だった事を思い知らされた。まさか、空を飛ぶことになるとは思ってもみなかったのだ。

「さっきの、見えなくなる魔法もすごいね」
「あれは、見えなくなっているのではなく、身体全体を薄い水の膜で覆い、周囲の風景を映し出せるように、反射を工夫しているのだ。よく見れば、周囲と違うから違和感を感じる。精神魔法で相手に幻覚を見せる者もいるらしいが、わしには使えんのでな……。さて、そろそろいいだろう。行こうか」

バラルがそう言って、ジャシードを乗せようとしゃがみ込んだとき、森の草がガサガサと音を立て、コボルドが二体飛び出てきた。

ジャシードは背中に背負っている鞘から素早く剣を抜き、コボルド目掛けてひとっ飛びすると、あっという間にコボルドの首が二つ、宙に舞った。

「ほう、やるな。だが、ちとややこしいことになりそうだ。下がっていてくれ」
ジャシードがバラルの指さす方向を見てみると、コボルドが十体ほど、ゴブリンが数体、オークが数体、トロールが二体、二人を取り囲むように現れた。
二人はトポール山の切り立った岩を背に、怪物たちに囲まれる格好になってしまった。

「まあ見ておれ。こいつらには負けん。わしの側にいろ」
ジャシードが何処から攻めるかを考えつつ、周囲の怪物たちの突破口を探っていた時、バラルはジャシードが背負っている荷物を掴んで、自らの側へと引き寄せた。

「わしらを襲いに来たことを、後悔させてくれる」
バラルが杖を周囲一帯にぐるりと回すと、周囲の地面がいきなり壁のように盛り上がった。壁の向こうからは、ギャアだのグオオだの、威嚇する唸り声が聞こえてくる。

「ここからが本番だ」
バラルは右手に持った杖の高さを維持したまま、左手を下から上へと移動させた。
すると、壁の上の方から強力な光が漏れてくるのが見え、壁の向こうから悲鳴のように変わった、ギャアだのグオオだのが聞こえてきた。
同時に何かが燃え上がるような音と、壁より少し上まで上がった火柱の先端が見えた。

「ふう、ちと疲れた」
バラルがそう言って、座り込みながら右手の杖を下げると、壁になっていた周囲の地面が下がり、その向こう側の景色が露わになった。

「う、わ……」
ジャシードは思わず声を上げた。そこには真っ黒焦げになった怪物たちが、まるで何かの像のように存在していた。地面の動きに合わせて、何体かが地面に倒れた。

「この魔法、見たことある。マーシャが使った魔法だ」
「ほう、業火の魔法を使える者がレムリスにいるのか?」
「僕を見送ってた、幼馴染みのマーシャが使ったんだ」
「あの娘がか?」
「うん、ぼくを助けるために……。その後、すごく弱ってしまって……」
「なるほど、それでオンテミオンはトゥープコイアを届ける手伝いをしたというわけだ」
ジャシードは大きく頷いた。バラルはその辺の事情もオンテミオンから聞いているらしい。

「業火の魔法を、例え意識せずとも二年も前に使ったという、そのマーシャ。なかなかの逸材かも知れんな」
「でも、ずっと魔法が上手くならなくて悩んでたんだ。最近少し魔法が出るようになったって喜んでた」
「魔法というのは……いや、魔法に限らず剣もそうだが、心の状態が出来不出来に関わってくる。生命力が強く、心が整っていて、コツを掴んだ者たちが、後に剣聖だの大魔法使いだのと呼ばれるようになる」
「バラルさんは、大魔法使いだね」
「ふん、わしはまだまだだ。もっとも、わしより上手く魔法を扱えぬ者は大勢いる。だが、わしより強大な魔法使いもまた存在するだろうよ。オンテミオンはうっかり剣聖などと呼ばれておるが、本人は剣聖などとは少しも思っておらん。人間、ここまでと思ったら、それを越える存在になどなれはしない。奴もわしも、更なる高みを目指している」
「僕もそんな事を言えるぐらい、強くなりたいな」
「お前次第だ。常に上を向き、常に上を目指せ。そこにどんな障害があろうともな……。さてジャシード、すまんがわしは疲れた。三十分ほど寝かせてくれ。護衛を頼む。何かあったら起こしてくれ」
バラルはそう言うと、一瞬で寝息を立て始めた。

「あれ、もう寝ちゃった……」

ジャシードは剣を握って、炭化した怪物たちの死体を観察し始めた。マーシャが使った魔法より、かなり威力が大きく、かなり広範囲に、近づいてきた怪物を全部焼き尽くした感じだ。

そして怪物たちは、コの字型に並んで焼けていた。バラルは、目の前に壁を作っただけでなく、怪物たちの後ろ側にも壁を作り、完全に閉じ込めてから業火の魔法を使ったのだ、と言うことが分かった。

バラルの魔法を見ていると、ソルンや、レムリスの衛兵の中で魔法を使っていた人達が可愛らしく見える。魔法が生命力を使うというなら、バラルの生命力というのはどれほどのものなのか。ジャシードには全く想像の付かない領域だった。

◆◆

「ふわああ、よく寝た。護衛、感謝するぞ。長く飛んだ後の戦闘で疲れてしまってな」
バラルは立ち上がり、軽く身体を動かした。

「よし、それでは改めてドゴールへ向かうとするか」
「はい!」

ジャシードは再びバラルの背中に張り付けられ、二人は地面を離れて飛び立った。

バダーフォール湖を左側に見ながら、少し高い山を迂回しつつ、バラルは南西方向へと飛んだ。山を迂回したところで、南から西へと走る街道が見える。街道を越えると、余り大きくない森があり、その先に砂漠のような場所が見えてきた。

よく見ると、砂漠のような場所には高い城壁があり、そこが街だと言うことが分かった。

「バラルさん、あれは……」
「うむ、あれが目的地のドゴールだ」

見る見るうちに、ドゴールが近づいてきて、そこがレムリスよりも大きな街であることが分かった。

城壁はレムリスの二倍ほどの高さがあり、たくさんの衛兵たちがその上で警戒に当たっている。城壁の外は砂の世界だ。レムリスでジャシードが城壁から落ちたとき、運良く深い木々の茂みによって助かったが、ここにはそんなものは無い。

街の城壁の上を越えると、果樹園と畑が広がっていた。街の中心部に、きちんと整備されている円形の池があり、そこから水を運ぶ水路が張り巡らされていて、果樹園と畑に効率よく水を回せる造りになっている。

レムリスの建造物は石造りか木造が多いが、ここの建造物は全てが砂と同じ色をした石で作られているようだ。門は一ヶ所だけあり、そこから街道が南東方向へと伸びている。

バラルは高度を下げながら、街の中心部にある、円形の池にほど近い場所へと移動していった。

「綺麗な池だね」
「あれはこの街の命綱、湧き水が出ているカナン池だ。見ての通り、ドゴールの周辺は木が無い。水は大切な資源というわけだ。この街で水を大切にしない者は、すぐさま叩き出されることになるから注意しておけ」
「うん、気をつけるよ」
「では、オンテミオンの所に案内しよう。ついてこい」

バラルは、カナン池の近くに着地してジャシードを下ろすと、周囲の人々に軽く挨拶しながら、果樹園があった北西方向へと歩き始めた。

ドゴールは整然としており、緑こそ少ないものの、とても美しい砂色に染められた街だ。人々は頭の上に果樹を満載した籠を載せ、何処へやら向かっている。

「バラルさん、お帰りなさい!」
二人は声のする方へ顔を向けると、そこには頭に籠を載せた、ずんぐり小太りの少年がいた。

「うむ、ガンドか。ただいま戻ったぞ」
「その子が?」
「うむ、彼がジャシードだ……こちらはガンド。オンテミオンの元で訓練をしておる。お前の先輩と言うわけだ」
ガンドと呼ばれた少年は、ジャシードに駆け寄ると和やかに握手を求めてきた。

「よろしく、ジャシード」
「はじめまして、ガンドさん」
「ガンドでいいよ」
「なら、僕はジャッシュで」
二人はガッシリと握手を交わした後、再び歩き始めた。

ガンドは幼い見た目のため、ジャシードと同い年ぐらいに見えたが、実際は十三歳らしい。ドゴールの生まれで、治癒魔法と光の魔法を得意としているらしい。

「光の魔法って、どんなの?」
「こんな感じさ……」
ガンドは、左手で頭の上の籠を押さえながら、右手を伸ばして手のひらを上に向けた。すると、手のひらの上にまるで輝く星々のような光がチラチラと現れた。

「わあ、奇麗だね」
「でしょ?」
ジャシードは正直、その光の使い道が分からなかったが、ガンドが得意そうにしていたのを見て、今それを聞くのはやめた。一緒にいれば、後で分かるだろう。

三人は、町外れの果樹園にほど近く、大きめの建物についた。ジャシードは、オーリスの家を思い出して、入り口のそばで全体を眺めた。

「ジャシード、何をしておる。早く入れ」
バラルが奥から手招きし、ジャシードは小走りで建物に入っていった。

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