イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

第8話 戦士の役割

「暗くてよく見えないからだよ」
ジャシードは、大声になってしまいそうになるのを我慢しつつ、父親へ不満を漏らした。
「我慢しろ。明かりを付けるとすぐ見つかってしまう。何度言えば分かるんだ。大声も出すなと言ったはずだ」
セグムはややイライラしながら、息子の不満を親の威厳で一蹴した。

とは言え、今回はジャシードが不満を言うのも無理はない。四人はまさに今食事中で、ジャシードが干し肉だと思って掴んだものは、迷い込んだ蜥蜴の尻尾だった。
蜥蜴は尻尾を自ら切断して逃げていったが、不意を突かれたジャシードは、うわあっと少し大きな声を出してしまって、セグムに叱られたところだ。
「今回の旅で一番辛いよ」
ジャシードは不満をぶつける先に、まさに蜥蜴の尻尾切りで逃げられてしまい、モヤモヤしたものを抱えていた。

「何言ってんだ、本番はこれからだって言ってるだろう」
セグムはジャシードの気分を無視して、今の状態と関係のないことを言い放った。

「本番になったって、ぼくは後ろで見ているだけだよ」
ジャシードは、口を尖らせていじけている様子だ。
「否定はしない。だが、全員が危険になることはして良いわけがない」
「そこだけは分かってる」
ジャシードは口を尖らせたまま言った。
「だが……」
セグムは次の言葉を言いかけた。

「セグム、それぐらいにしてあげて。ジャッシュはこう言うの、初体験なのよ」
二人の不毛な言い合いに、ソルンは割って入った。下らないことにエネルギーを使うのは無駄以外の何物でもない。何よりたった四人の旅で、足並みを乱されるのは迷惑この上ない。

「はっは、親はどうしても気になってしまうものだな。こと、自分が子供の頃に犯した、同じような過ちに関しては」
オンテミオンは皮の敷物にごろりと横たわりながら言った。

「……いつも痛いところを突くな」
セグムは困った顔になりつつ言った。

「痛いならば、息子に同じようにするな。息子にお前のくだらない痛みを伝承するつもりなのか」
オンテミオンは鋭くセグムへ視線を送りながら言った。月明かりのぼんやりした夜であったが、オンテミオンの視線はセグムの強情な心を射貫いた。

「……ジャッシュ、すまない。言い過ぎた」
セグムは少し考えた後、詫びることを選択した。
「もういいよ」
ジャシードは気分が収まらない様子だが、謝られたことで我慢したように見えた。

「こんな大人になるんじゃないぞ、ジャシード」
オンテミオンはセグムを指さして言った。

「オンテミオンさん、父さんがぼくにとって納得いかないことを言ったからって、そこまで言うのは違うと思う」
ジャシードは再び、オンテミオンに食ってかかった。

「セグム。お前はこんなにお前を尊敬している子供に対して、もう少し言葉を選ぶことを覚える必要があるとわしは思う」
オンテミオンはジャシードの発言を受けてセグムに言った。彼はセグムに言いたいことがあったがために、ジャシードを焚きつけて自分が主張したい事の元を作ったのだ。

「おれは情けなくなってきたよ。本当に済まなかった」
セグムは素直に自分の気持ちを息子に伝えた。

「父さんはぼくの憧れだし、目標だよ」
「ああ、ああ。よく……よく、分かったよ」
あれほど理不尽な怒り方をしたにもかかわらず、ジャシードは一貫して父親を尊敬していると言い切った。その姿を見てセグムは恥ずかしい感情と嬉しい感情が交錯し、言葉を失ってしまった。

オンテミオンが、二人のやりとりを見て微笑んでいるのを、ジャシードは視界の端に感じていた。

「ところでジャシード。君は大人になったら何になるんだ」
オンテミオンは、ジャシードの気分を他の方向へ向けてやりたくなって、今までの話題と関連のない質問をした。

「ぼくは、冒険者になるよ」
ジャシードはそう言いきった。
「今回の旅は、ジャッシュにとっての最初の冒険なのよ」
ソルンが付け足した。

「そうか、それでセグムを尊敬しているんだな。先輩の冒険者として、先輩の戦士として」
「うん、そうだね。それに、昨日は命の恩人にもなったんだ」
ジャシードの中のセグム像は、何かある度に幾ばくか美化されて行っているようであった。

「まさにそうだな。それで、きみは冒険者になりたいと言ったな。冒険者にも色々ある。例えば、セグムは今は前に出て戦っているが、本来は奇襲攻撃や索敵……つまり敵の居場所を探ったり、それから弓矢での攻撃を得意としている。これも一つの特技だ。一般的には、セグムのようなのはレンジャーと呼ばれている」

オンテミオンは話しながらジャシードに目をやると、身を乗り出して話に食いついてきている。オンテミオンは気をよくして続けた。

「わしは色々な冒険者を見てきたが、他にも、全身を鎧で固めて、敵の攻撃を一手に引き受ける戦士。鎧は軽い物にして剣や斧などの接近戦専用の破壊力のある武器で大打撃を与える狂戦士。それから、馬などに乗って、長い槍で戦う槍騎士。隠密行動を得意として、意識の外から攻撃を加えるアサシン。魔法と剣術を織り交ぜて敵を翻弄する魔法剣士など、ひと言に冒険者と言っても、その得意とするところから、色々な形がある」

「オンテミオンさんは、物知りだね、やっぱり」
ジャシードは、知らなかった知識を教えられて、感心しているようだった。
「んん、伊達に歳はとっておらんからな」
オンテミオンは子供相手に誇らしげになり、顎髭を弄った。

「うーん、ぼくは……」
オンテミオンの言葉を聞いて、ジャシードは考え込んだ。一体、自分は何になりたいのかを考えたが、幼い心が導き出す結論は、今のところ一つだった。
「ぼくは、父さんみたいになりたいな」
ジャシードはオンテミオンの予想通りの返答をした。

「それが君の得意とするところに合えばな」
「ぼくの得意なところかぁ……何だろう。ちゃんと戦ったことがないから、わかんないよ」
「それもそうだな。そのうち分かるように、見えるようになる」
オンテミオンは、悩めるジャシードを見て微笑んだ。

「そうだ、ジャッシュ」
ようやく立ち直ったセグムが、一つの出来事を思い出して言った。それはどうしても気になっていたことだった。
「お前、昨日の夜、コボルドに短剣を突きつけられていたよな」

「うん、本当はぼくが奪い取って攻撃しようと思ったんだけど、できなかった」
ジャシードは、ちょっと恥ずかしそうに言った。まだまだ、自分のチカラが小さいことを思い知ったからだ。

「おれが見たときは、コボルドが両手で短剣を握って、まさに刺そうとしていたところだったよな」
セグムはその時の状態を自らジェスチャーで表現しながら話を続けた。

「ちょっと違うかな? コボルドは、片手で刺そうとしてたけど、何か上手く行かなかったみたいで、両手で刺そうとしたところだったんだ」
ジャシードは一所懸命思い出しながら、刺されそうになったところを指さして説明した。

「でも上手く行かなかった。そこに父さんが来たんだ」
「んん、上手く行かなかった?」
オンテミオンが眉間に皺を寄せた。怪物は生来、戦闘能力が高い。そんな初歩的な、武器の扱いを間違えるような事はするはずもない。

「うん、上手く刺せないみたいだった、かな?」
オンテミオンとセグムはお互いに顔を向けた。

「そうか。なるほど」セグムは言った。
「どうかしたの?」ジャシードは首をかしげた。

「いや……ちょっと気になってな。ま、無事だったんだ。何よりさ」

「さて、まずはおれが見張りをする。お前たちは寝るといい」
セグムは剣を鞘ごと持ち上げながら立ち上がった。

「お言葉に甘えよう。早朝はわしに任せてくれ。老人は朝が早いからな」
オンテミオンはあくびをしながら言った。

「そこまで老人じゃないだろうが……。わかった。おやすみ」
セグムは街道の辺りに立って、周囲を警戒し始めた。レンジャーは索敵を得意としているため、早期警戒には持って来いだ。無論、起きている間に限るが。

その夜は、セグムからソルン、ソルンからオンテミオンの順に見張りをしたが、特段変わったことは起きなかった。



「みんな、起きろ。朝だぞ」
オンテミオンが声を掛けると、ソルン、セグム、ジャシードが次々とテントから出てきた。

「お陰様でよく眠れたわ。オンテミオンがいてくれて助かった。もしいなかったら、睡眠時間半分よ」
ソルンは胸いっぱいに空気を吸い込んだ。
「なんの。仲間じゃないか」
オンテミオンは当然とばかりに言った。

四人はテントを収納して、南へ進路を取って歩き出したが、すぐにセグムが息子を呼び止めた。
「ジャッシュ。この先には、魔法を使う怪物がいることがある。戦闘になったら、ソルンの傍を離れるなよ」

「わかった」
ジャシードは、素直に返事をした。

「ここからは、わしが活躍するところも、新米冒険者君にご覧に入れよう」
オンテミオンはそう言いながらジャシードに目を向けた。

「オンテミオンさんの得意なのは何なの?」
ジャシードは興味ありげに聞いた。

「わしは昨日の説明で言うと戦士だな。個人的にはこう言った長い武器が得意だ」
オンテミオンは鞘から長剣を抜いて見せた。頑丈そうな長剣が日光に反射して眩く輝いた。

「オンテミオンは、剣聖と呼ばれるほどの使い手だぞ。ジャッシュ、戦闘になったら、よーく見ておけよ」
セグムは人差し指を立てて言った。セグムの剣術を一段階上へと導いたのは、オンテミオンのおかげだ。オンテミオンと会った頃、セグムの剣術は我流で、荒削りで、滅茶苦茶だった。
冒険の最中、オンテミオンは事あるごとにセグムの悪い癖を指摘し、更に手本を見せた。若いセグムは見る見るそれを吸収し、今では前衛を張るほどの実力になったのだった。
セグムの言葉を聞いて、ジャシードがオンテミオンを見る目が変わった。

散々心の準備を整えた一行だったが、サベナ湖やアベナ湖の周囲には、特に怪物はいなかった。オンテミオン曰く、こんな事は珍しいらしい。
怪物も生物であるが故に、必ず、と言うことはないのだろう。

そんなわけで、一行は当初考えていたよりも速いペースで進むことができた。
アベナ湖を越えると。再び広い平原になった。平原のど真ん中を街道が貫いていて、見晴らしが良いところだ。街道はずっと南へと、少し蛇行しながら伸びている。

セグムが右腕を水平に伸ばして、全員制止するように合図を送った。
「気配がする……前方、恐らく、ガーゴイルだ」

ジャシードは素早くソルンの傍へと移動し、短剣に手をかけた。
「お前の息子は素質あるな」
オンテミオンはセグムに囁いた。
「だといいんだけどな」
セグムは軽く肩を竦めた。気に掛かっていることは、実は気のせいなのかも知れないし、思い違いなのかも知れないし、見間違いかも知れない。

「少し前を見てくる」
セグムは少し背を低くして、気配を殺した。レンジャーはそうして気配を消すことで、怪物に見つかりにくいように行動することができる。そろり、そろりと足音を立てずにセグムは前進していった。

「懐かしいな。わしらが一緒に旅をしていたときは、いつもセグムが怪物を察知して、こうして先に行ったものだ」
オンテミオンは、徐々に小さくなるセグムの背中を眺めながら、過去の一幕を思い出しているようだった。

「こう言うのが父さんの……レンジャーの役割なの?」
ジャシードは、父親のこのような行動を見たことが無かった。レムリスでは前衛として戦っているし、こっそり偵察することもないからだ。父親の新しい面を発見して、とても興味を引かれていた。

「これも、大切なことだ。全員が不意を突かれては、実力を発揮する前にやられてしまうかも知れない」
オンテミオンは言った。

ジャシードには、その場にいる大人達が大きく感じられた。自分の知らないことを多く体験し、尚且つ生き延びている。それは彼らの実力が本物であることを示していた。同時に、セグムが敵の気配を察知できなかったことを過剰に気にしているのには、レンジャーとしての責務を果たせなかったと言う思いが強かったのだ、とようやく気づいた。セグムにとっては、屈辱的な出来事であったことだろう。

セグムは、離れたところにある岩を指さし、自分の方に来るように合図した。ガーゴイルは一体のため、このまま攻撃を仕掛けると言うことだ。

「ガーゴイルは、岩とか石像に化けて、近くに寄ってきたものに襲いかかる性質があるんだ」
オンテミオンはセグムの合図を見て行動する前に、ジャシードにそう説明した。

「よし、行くぞ。ジャシードはソルンから離れるなよ」
オンテミオンはジャシードが頷いたのを確認すると、再び長剣を抜き、セグムが居る方向へと走っていった。
「一体で良かったわね」
ソルンはジャシードがいる反対側、左手に魔力を込めた。ソルンの得意な、電撃系統の魔力が手に集約してパチパチと火花を散らし始めた。

オンテミオンはセグムに負けず劣らず、殆ど音を立てず草原を駆けていき、岩を長剣で下から上へ斬り付けた。
「ゴシュアアアアァ!」
岩に見えていたものは、灰色の液体をまき散らしながら、翼を羽ばたいて上昇しようとした。

「はい、そこ!」
ソルンは片手をガーゴイルに向けて上げると電撃が迸り、ガーゴイルの翼に直撃した。

ソルンの魔法を受けて翼が痺れたガーゴイルは錐揉み状態で落下し、不格好に地面へと激突した。
そこへ、落下するのを待っていたセグムが素早く距離を詰め、翼の根元を剣で切り裂いた。
更にオンテミオンが長剣で斬りかかった。切った後にはソルンの魔法が、そして更にセグムの攻撃が……。
それらは声を掛け合うことも無く、流れるように行われた。阿吽の呼吸と言うのは、まさにこう言うことだ。
ガーゴイルと戦闘開始してから、ほぼひと言も発することなく、見事な連携が行われ、ガーゴイルは為す術もなく地面に崩れ落ちた。

「いっちょ上がり」
セグムは剣についたガーゴイルの灰色の体液を振り払い、鞘に収めた。

「すごいや……いつか、ぼくもこんな風に戦えるようになるかな」
ジャシードはただただ、大人達の戦いを見て感心していた。

「なれるとも」
オンテミオンは請け合った。
「うん……。ぼくも特訓を頑張らなきゃ」
ジャシードが短剣を強く握りしめ、決意を新たにした。
「以前にも増して励み給え、冒険者ジャシード」
セグムはジャシードの頭に手を置いて言った。
「ふふ。さすがは私たちの子ね」
ソルンも満更ではなさそうだ。

一行はその後も幾つかガーゴイルとの戦闘があったものの、危なげなく街道を進んでいった。
やがて街道は南東へと方向を変えようとしていた。街道の終わりが、もうすぐ先に迫っていた。

「今日はこの辺にしておきましょう」
ソルンはその日の進行終了を宣言した。再び全員で協力してテントを張り、食事をし、交代で見張りを立てて眠った。

まさに、順調だった。

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