イレンディア・オデッセイ

サイキハヤト

プロローグ

イレンディア。

かつて全土にたくさんの人間が暮らしていたこの場所は、人間が怪物を数で圧倒し、人間主導の世界を形成していた。


しかし、人間はその数が増える毎に、愚かにも互いに殺し合い、その数を減らしていく生き物であった。

イレンディアでも人間の本質は変わらず、多分に漏れず戦乱が起きた。一度ならず、何度もだ。人間の愚かさは、いつの世も変わらない。

過去に起こった何度かの戦乱において、人間は殺戮し、疲弊し、その数を減らしていった。

価値観の合わない者たちが、自らの主張を通すためだけに血で血を洗う戦いに明け暮れた。それは結局、結果として誰かの気分が良くなっただけで、何も生み出さない。


この地で悠久の時を生きるエルフと呼ばれる長命の者たちは、人間たちに争いをやめるように警告したが、人間たちは聞く耳を持たず、挙げ句の果てにエルフたちを迫害し、地の果てへと追いやった。

戦いを好まないエルフたちは、もはや人間たちには関わらないと決め、戦乱に巻き込まれないよう、自らの土地だけを守るようになった。


愚かな者どもの争いの結果、エルフたちが危惧していたように人間と怪物のバランスに変化が起きた。

怪物どもは人間たちが少なくなると徐々にその数を増やし、気づけば人間が怪物を制圧することはできなくなっていた。

様々な場所で人間が怪物に殺される事件が相次ぎ、漸く人間たちは互いに争っている場合ではない事に気づいたのだ。


人間はエルフに助力を求めたが、エルフはもう人間に手を差し伸べることはなかった。

もはや怪物との勢力差は圧倒的になっており、個々のチカラが怪物に劣る人間たちは、城壁を築いて街を形成し、その中に閉じこもって生活するほかに、彼らにとって安全な状態を維持できなくなっていた。


◆◆


多くの人々は、街で生まれ、同じ街で死んでいく。チカラ無き者に選択肢は無い。

しかし時折、世界の広さを感じようとする者が現れる。彼らは街を出て怪物どもと戦い、他の街へ行き、また街の外へと出て行く。人々は彼らを冒険者と呼んだ。

また、商人となる者があり、街から街へと商売の旅をする。商人は、街の特産品を他の街へ供給する事で、大きな利益を得ることができる。ただし、街を安全に移動できれば、の話だ。

それ故、商人は傭兵を雇う。傭兵は街の衛兵から志願する者もあれば、日銭を稼ぐために冒険者が雇われることもある。

そんな彼らが必ず通るのが、イレンディア街道である。街道は、人々が城壁に閉じこもる前に造られたものだ。その道は偉大なる魔法使いたちによって恒常的な魔法がかけられ、弱い怪物はその魔法を嫌って寄り付かないとされる。

この街道は、エルフの街を除く全ての街へと繋がっており、この道を進めば、比較的安全に街へ移動できる。

街道沿いには時折、衛兵が詰めている守衛所や砦がある。これらの場所は、怪物たちの勢力を削ぐ役割がある。近くを通りがかる怪物があれば即座に攻撃し、撃退する。

守衛所や砦は、時に商人や冒険者たちの宿代わりになる。誰かが夜を見守ってくれる場所は、とても有難いものだ。


◆◆


イレンディアにおいて最も普及している武器は剣と弓だ。その中には両手で持つほど大きな長剣や、弾力のある素材を組み込んで作られ、矢を射出するクロスボウがある。


男子となれば、幼い頃から武器の使い方を教えられる。それは街の防衛のためだ。衛兵のなり手が居なくなれば、街は怪物によって蹂躙されてしまうかも知れない。農家や酪農家の子供だとしても、武器を使えなくてはいざという時に役に立たない事になる。

一方、女子に教えられるのは家事だけではなく、魔法の伝承がある。家事に使うものから、戦いに使えるものまで、その種類は多種多様に存在する。

とは言え、男子は必ず剣、女子は必ず魔法かというと、実際そうではなく、逆もあり得る。どうしても剣が得意でない男子、魔法が得意でない女子、どちらかを覚えたいと『本人が望む』ならば、相応の教育が為される事になる。本人の意思こそが尊重されているのだ。

ごく稀に、剣も魔法も教えないという家庭がある。だが、そのような家庭は必ずしも歓迎されない。それは街を守る事を、つまり共同体として生きることを放棄していることに他ならないと見なされるからだ。そのため、この思いを隠してひっそり暮らしている家庭もある。


このような伝承を幼い頃から決定づけるための仕組みとして、八歳、つまり成人と認められる十五歳の半分を超えた時点で、将来どんな大人になりたいか、を紙にしたためる風習が作られた。

その紙は、地面に埋めることになっている。地面に埋めた紙は、いつか地に還る。願いは草木に吸収され、草木はその願いを乗せて育っていく、と言うわけだ。草木はいずれ枯れ、朽ちていくのではないか……それはもっともな指摘だ。人々もいずれは、次世代に思いを繋ぎ、かつて願った思いとともに枯れ、朽ちていく。それはごく自然なことだ。


◆◆


レムリスは、レムランドと呼ばれる地域にある、それほど規模の大きくない街だ。

それほど大きくない、と言っても、人々が街の中だけで自活できるだけの広さはある。農耕し、家畜を育て、一生を終えていくだけの広さが。

レムリスには、街の中心部に幾つかの水源があり、人々の生活に使われている。水は川となって流れ行き、レムリスの西のほど近いところにあるサイザル湖へと流れ込んでいる。

サイザル湖の南側から、レムリスを挟んで東側へは、トゥール森林地帯と呼ばれる広大な森林がある。レムリス付近に出没する怪物は、トゥール森林地帯周辺に棲んでいるものが多数であると考えられている。

トゥール森林地帯の南西端から、一気に聳え立つ岩山がある。これはトポール山と呼ばれている巨大な岩山だ。イレンディアで最も高いと言われている山はレンドール山だと言われているが、トポール山の方が高く巨大であるという説もある。

レムリスから東西へ、街道沿いには平原があり、その北側には森林が広がっている。森林を抜ければ海で、そこにある岬には、怪物が台頭する前に建てられた高台があるらしい。



そんなレムリスに生まれた少年がいた。少年は元冒険者で剣士の父と、同じように元冒険者で魔術師の母を持つ。父は今や街の衛兵となり、日々の職務に勤しんでいる。この家庭では、少年に小さな頃から剣を仕込み、将来役に立つ人物になって欲しいと願っていた。

そして少年は今年、節目の八歳を迎えた。


この物語は、そんな少年の成長記である。

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