Recollection~SとМを間違えたら~

石ノ森 槐

離れる理由

バタバタバタ…………

「はぁ…ヒック…はぁ……。」

息が苦しい…。


ガチャッ…バタンッ!!!!

「うっ…うぅ……ヒック…。」

胸が…苦しい…。
理由なんて分かってる…アイツと坂井を重ねて…でもあまりに重なりすぎて…頭の中で1つになろうとする…。

そんなの…卑怯な方法で…なのにそれを選んで……苦しくなるのは、自業自得なのに…なのにッ…!!!!!!


「なんでッ…、なんで俺なんだよ…。どうしてお前まで…俺を選ぶんだよッ!!!!」

俺なんかよりもっといい奴なんて…沢山いるのに…ッ。


これ以上、坂井のそばにいちゃダメだ…。また…また、同じ事をしてしまうかもしれない…。また…、あの時みたいに…相手を傷つけるかもしれない…!!!!

でも…別れを告げたら…せっかくの坂井の好意すら…無にするんじゃ…ッ




…ああ!!もう…どうしたらいいんだよ…。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

ッジリリリッ!!ジリリリッ!!

「…ンガッ。」

今日は…よく寝れたみたいで、体が軽い…。…なんと、まぁ危機感も何もゼロだな…俺。

でも、寝起きは珍しく悪い…目の奥がジンジンする…。

歯磨きのために洗面所に行くと、鏡には…特に目をむくませた俺の顔があった。
うわぁ、ブサイク…。

泣きすぎたせいで頭がガンガンしてきた…。

…ハッ、ダメダメ!元気な俺でいなきゃ!!
坂井とは…今まで通りに接しよう…うん。



ガチャンッ
よしっ、鍵も閉めたし時間も…少し早いけど間に合わないよりはいいよな…!

俺はマンションの階段を下りた…ッ!?

「おはようございます!」
「…何で、ここに…?」

もう来ないかと思ったのに…。

「え?だって、僕たちは"恋人"なんですよ?迎えに来るのは、彼氏としての務め…って聞いてますかぁ!?」

俺はこれ以上声を聞くだけでも苦しくて、スタスタと先を急いだ。
坂井も後をトコトコと付いてきた。

仕事の時間になって、俺たちは各々に目の前の業務を睨みつけている。
「遥さん、コーヒーどうぞ。」
「…ん。」

「遥さん、資料できました。」
「あぁ。…うん、コピーに回していいよ。」

会社に着いて…もうすぐお昼になるのだが。坂井が…仕事の話しかしないッ!!!!

いや、いいんだけど!!別に寂しいとかじゃないんだけど!!

…やっぱり調子狂う…。

「そろそろお昼だぞぉ!!!」

キーンッ!!
社長のでかい声すら気になり始める始末だ。

あ…まだ坂井がデスクにいる…。
俺は恐る恐る近づいた。

「…坂井…?」
「…フフッ、なんでしょ。」

いつも通りの優しい笑顔に…心が和んだ。…そして…雅樹と顔が重なった。




「…雅樹。」





「…はい?」

呼んだ直後に俺は慌てて口を押さえた。でも口から離れた言葉は戻るわけなくて…。

「今…名前…「いや、違うッ!…その…」

こんな時に限って次の言葉が出てこないッ。

「その…「なぁ~んだ!!!!ずっと下の名前で呼びたくてモジモジしてたんですねぇえ!!!!??」

キーンッ
うるせッ!!!!!!
あまりの雅樹の声で周りが一斉にこっちを向いた。

「おま…声でか「僕、遥さんと仲良くできるんですねぇ!?良かったァ、嬉しいですよ!!!!ささっ、外でお弁当でも食べましょ!!」は?…ちょッ…!!!!」

俺の抵抗も虚しく、坂井の手に引かれ、オフィスから飛び出す形になった。




「お前…何すんッ」 ドンッ!!

雅樹の顔は…いつもの優しい顔じゃなくて…ひどく怒っている顔だった。

「…なッ、なn「今のって、誰?」…え?」

「だぁかぁらぁあ…、今の『雅樹』って俺じゃないよねぇ……。誰?」
「お前…敬語なくなっ「はぁ?俺らタメっスヨネェ?別に二人の時はいいじゃナイッスカ。」…。」

坂井が…俺から目をはなさないから…俺も目を離せない…。
今離したら…本気で殴られるのかもしれない…。

そんなことしないってわかってるけど、それくらい、坂井の圧は凄まじかった。




「…で?」
「……。」

「へぇ、言えないんだァ。」

息と一緒に言葉を吐き出す坂井に…自然と体が震え始めていた。




「過去の人?」

ドキンッ
「え…?」
「そうなんだね。」

図星なせいで上手く声が出せなくて、コクリと首だけで頷いた。

「…チッ。はぁ…何?俺、その"雅樹"ってやつに負けてんの?…ありえないんだけど。」

…坂井にギロリと睨み付けられて、体がみるみる冷たくなっていくのを感じた。
「…で、そいつとやった?」

「は…?」
声からして、坂井は嘲笑っている様子だった。

何言ってくれてんだよぉ~!!
俺の顔は次は真っ赤に染まる番だ。


「へぇ…、良かったんだァ~。」
「なッ…、良くなかったし!!!!」

「…したんだ。」
坂井の声は、少し低くなった。
俺が顔を上げると、さっきのにやけた顔はなくなっていた。

…ゆ、誘導尋問でしたか…!

「…すみません…。」
俺は首だけで謝った。
すると、坂井は俺の顔の横にある手を下ろした。

「…ならそっちに行ったら?」
「…え?」

いや、もうどこにいるかも分からないっつーの!

「その方が、あんたも俺とそいつを重ねなくていいじゃん?」

ズキッ

あぁ…、坂井に気づかれてたんだ…。俺が卑怯な人間だって…。
俺は結局、坂井を傷つけてたんだ…

もしかしたら…付き合う…ずっと…ずっと前から…。


早くッ...早く…坂井の前から去らなきゃ…俺は逃げようと震えが残る脚を動かした。

でもその行く手は…坂井の足が塞いだ。

「あんたは幸せ者だな…"愛する人から愛されて"。」
「…え?」

塞いでた足はなくなって、前に転びそうになった。








その次の日、坂井の異動が知らされた。

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