Recollection~SとМを間違えたら~

石ノ森 槐

許されない罪

モヤついた気持ちを抱えたまま数日がたった。
俺らの関係は何も変わらない。

そんな時に起きた事件…(俺としては事件)。

『間接キス事件』

だ。


「はい…。」

え…。
いや、確かに喉は渇いてるけど!!紅茶飲みたいって言ったけど!!!!

コイツ…間接キス気にならないのかな…。



「…どうかしました?」

昼飯になる前に一口ゴクリと水筒を傾けていたのを見ていた俺にとっては、動く唇ですら色気を感じてしまった。

「な、なんでもねぇよ…み、見んな!!」
この時からだろう…本気で雅樹に触れたいと思い始めたのは。


間接キス事件から1ヶ月経った頃、俺は家に居た。
熱風邪にかかっている。
はぁ、昨日雨に降られるんじゃなかったな…

―――――――――――――――

ザアア…

うわ、だいぶ降ってきたな…。
いかにも梅雨の時期だから仕方ないのだが…。

よりによって、帰り際に降るなんてな…誰だよ雨男だか雨女!
空気読めよ。雨!

まぁ、折りたたみ持ってきたからいいけど。
ん…?


下駄箱で折りたたみのテープを外しながら昇降口に出ると、情けなさそうな…雅樹の背中がいた。


「お前、傘は?」
後ろからボソッと話しかけると、雅樹はびくっとしてこちらに振り返った。
「あ、無いです…。」

チッ
降られたら、コイツすぐ風邪ひきそうだな。

「…ん。」
「え?」

「だから…やる、これ。」

俺は、自分のキャラより、雅樹の心配が勝っていたのだろう。

俺は無理やり傘を押し付けて、土砂降りの中を家まで走り抜け…れず、よりによっていつも通る所の信号はすべて赤だった。

―――――――――――――――

「げほっげほっ…はぁ。」

ピピッ

あ、体温計…。
38,5℃…まだ下がんねえか。

ピンポーン

…誰だ?
「中田雅樹です。プリント持ってきました…。」

なんだ…雅樹か。
…雅樹!?

俺は自分の体をグイッと起こした…ら頭痛でまた倒れた。
そういや、今日何も食ってなかったっけ…?

「…ポストに入れときますね…。」

やばい、このまま帰られたら俺が熱で死ぬ…。
どうせ普段から使ってるんだ…今日もいいよな…。

俺は思いっきり声を張り上げた。

「おい、待てバカぁ!!!!!!」
ゲッ、俺こんなに声ガラガラだったんだ。

ガチャッ、バタバタ…

…は?

俺が叫んだのが届いたのか、雅樹は慌てて部屋に飛び込んできた。
「遥くん、顔真っ青じゃないか…。」
バタバタと飛び込んできた割には、俺の顔を見て、声を抑えていた。

「…熱のせいだよ。」
「…食べたいモノある?」
「ヨーグルトっ。」

俺は即答で答えた。
何と言うか…甘酸っぱい飲み込みやすいものが食べたかった。
叫んだせいで喉がヒリヒリする…それは熱が出始めたことからだな…。

「わかった。…なにか食べた?」
そう言えば、今日は敬語にしないんだな…。学校では常に敬語だから…なんか新鮮…。

俺、熱上がってんのかな…こんなことしみじみ考えちゃうなんて…。

「…ん、…遥くん?」
「…んあ?」

「…食べれてないんだね…?」
…気づかれた…。

「…お粥、食べれる?」
俺はゆっくり頷いた。

「うん、わかった。」

そう言うと、雅樹は台所に歩いていった。

…初めて『遥くん』と呼んでくれた時と同じ顔で微笑んで。

俺は、台所に立つ雅樹の姿を…ボーッと見つめてしまっていた。


……………。


「出来たよ、食べよ…。」

「…ん。」

俺はいつの間にか眠りについていたみたいで、雅樹に肩を揺すられて目を開けた。

「あ…悪いな…ッ」
俺は自力で起きようと思ったんだけど、うまく力が入らない…。

腕がプルプルと子鹿になっていた。

すると肩を支えるように骨がちな指がかけられた。
「え…?」
「…体、起こすよ…。」

俺の背中に触れた腕は、すごく心強くて、俺は雅樹に体を預けてやっと上体を起こした。

雅樹の足元には、お粥があった。
…玉子粥か…いいな。

「…玉子にしちゃったけど、食べれそう?」

雅樹の不安そうな顔に…俺の心はまた黒い熱を帯び始める。
「熱そうだな…。」
『冷まして食わせろ。』と言おうと思った矢先…

「…ッ!?」
雅樹はレンゲですくった粥を…フウフウと冷まし始めた。
ちょ…レンゲと口が近い…ッ!!

ある程度冷ましたかと思うと、ツンツンと粥の先に口を当てた…ッ
「…はい、冷めたよ。」

「…ッ。」

コイツは…雅樹はいつもどうしてここまで優しいんだ?どうしてこんなに…俺の息を止めるんだよ…ッ。

「…お前さ、誰にでもそうやって色目使ってんの?」

「…え?」
バサッ

俺は雅樹を押し倒していた。
違う…そんなことしたいんじゃない…ッ。

「そうやって、誰にでも変態臭い顔してんのかって聞いてんだよ!!」
違う!!そんなこと言いたいんじゃないッ!!

「…そん…な…。」

雅樹の声は少し震えていた。だよな、怖いよな…。




やめなきゃ…早く離れなきゃ…。




「だったらッ…人を甘く見るとどうなるか、教えてやるよ…ッ!!」


ダメだ…ッ!!

・・・・・・


その日、俺は雅樹を抱いた。無理やり。

雅樹は『やめて』『お願い』と何度も…何度も…泣いて頼んだ。

けど、俺はやめなかった…いや、やめられなかった。
いっそ、雅樹の優しさを逆手にとってしまおうと思った。


それは、卑怯だなんてとっくに分かってた…。
我に返って、雅樹を見ると…疲れ果てたのか、眠ってしまっていた。
Yシャツは、俺のせいでズタズタになっていた。
俺はぐったりと眠る雅樹をただ見つめることしか出来なかった。


…雅樹は何度見ても…やっぱり綺麗で…。
あれだけの事をしたのに、汚れが見えない姿に…見惚れてしまう。

「…ん…。」

あ、起きた…。
「…おはようございます、西島くん。」

…え?
「なんで呼び方「色目使っててごめんなさい。」

…は?
「もう馴れ馴れしくしたりしませんから。」


「お粥まだ残ってるので、良かったらどうぞ。」
雅樹はベッドから降りながら、ゆっくり自分の服を集めた。

「…Yシャツ…一日だけ借りてもいいですか?」
「え?」
「明日には洗って返すので。」
「あ、あぁ。」

雅樹が遠い…すごく…すごく厚い壁で塞がれたように…もう届かない。
「有り難うございます…。」

気がつくと、雅樹はもう玄関にいた。
「…風邪、お大事にしてください。…では。」

ガチャッ






「待って…」バタンッ
俺の心の叫びは…ドアの音で簡単にかき消された。

・・・・・・


「…な、…行くなッ!!!!!!」

昔のことを思い出すうちに、眠りについていたようだった。
額には汗がにじみ、あの時の呆然と経ちつくした分の焦りが一緒に滲んでいた。


…この夢を見るのは何回目なんだろう。


部屋の時計は5:30をさしていた。
…今から寝たら寝坊するな、これ。


起きよ…。

          

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