誘拐記念日

石ノ森 槐

依恃 ⑤

次の日、伝文さんの行動に気がついた悠一に連れられて僕と透は、とあるビルに足を運んでいた。
「おい、こっちだ。」
「はい?」
「これ確実に怒られるやつだよ?」
「仕方ねぇだろ、個々の下が事務所なんだからな。」
悠一の自信にあふれた様子に僕たちはしぶしぶ後をついて階段を降りることにした。
階段のすぐそこには古びた扉があって、悠一は何の躊躇もなく扉を開けた。
しかし中には家具一つないもぬけの殻状態だった。
「遅かったか……。」
「ここが伝文さんの事務所だったの?」
「あぁ……くそッ!」
「振り出しですね。」
踵を返そうとしたとき、僕たちはさっき降りてきた階段の方からの足音に気が付いた。
近づいて来る足音が地下の薄暗い廊下に響く……3人の体に緊張が走った。
足音の主は懐中電灯を僕たちに向けた。
姿からして警備員のようだった。

「君たち。ここは立ち入り禁止だよ。」
声はしゃがれていて、姿からしてもベテランのように見えた。
「あの、ここに探偵事務所ありませんでしたか?」
「さぁ……知らないねぇ。ここは3年前から空っぽさ。」
警備員はそう言って棒型の懐中電灯の紐を指に引っ掛けて回していた。
「瀬戸一の学生さんが秘密基地か?バカしてないで、ほら出てった出てった。」
黙り込んだ僕たちを見て警備員さんは赤い棒を振って僕たちを追う仕草をした。
しかし僕は警備員さんその一言に違和感を感じた。

「僕たち私服なんですけど。」
「」
僕の一言に悠一と透がハッと警備員に目を向けた。
「警備員さん、一つ確認させてください。」
「宗太、俺もだ。」
悠一を見ると、その目は既に確信したようだった。
「「どうして伝文さん[探偵のおっさん]がここにいるんですか?」いるんだよ?」
僕たちの問いに警備員はフッと微かに噴き出して人差し指で帽子のつばを上げた。
透は僕たちの後ろで混乱したように僕たちの耳に口を寄せた。
「彼が2人の探していた……?」
僕たちが無言でうなずくと、伝文さんがにぃっと口角を上げた。

「観察眼が達者になったな、坊主たち。」
「馬鹿にしやがって……」
「悠一……。」
前に出ようとした悠一を後ろ手で制すと、舌打ちが廊下一体に響いた。
「そんなおっかない顔しないでくれよ、おっさん涙出ちゃうぞ?」
「殺す「悠一ッ」……チィッ!!」

改めて中に通されると、端に置かれていたパイプ椅子に伝文さん一人で腰かけた。
「あの……。」
「ここに来るやつの望みはたかが知れてる。情報だろ?」
「はい。影子さんのことを。」
「まぁ待て。お前ら……ひとつ忘れてるぞ。」
「え?」
そう言うと伝文さんは、自身の掌を上に向けてクイクイと手招きをした。

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