おまえら幾らなんでも喚びすぎだ! ~何でもかんでも願いが叶うと思うなよ~

テムジン

1話 1


朝だ、朝がきたらしい。まだ辺りは暗い。

女中の人に早朝からたたき起こされた。ハプニングなんてもんはもちろんない。事務的に淡々とこなす、そんな感じ。


水桶を置いていったってことは、これで顔を洗えばいいんだよな?

勝手がわからないから適当に済まし、用意された衣服に袖を通す。


ゴワゴワだ。

固い、何て言うか固い。

脱ぎ捨てると学生服に着替え直す。うん、滑らか、まるで違うな。このゴワゴワは服じゃないよ。

身支度を整えると、また女中の人が入ってきて別室へと連れていかれる。


そして、今度は真っ白い髭をたくわえた老人に椅子へ座るように指示される。

座学だ。勇者としての在り方を朗々と説かれる。

やれ、勇者とは崇高なる存在だの、尊き者であるべきだの、と聖人君子としての振る舞いが求められるだのと高説をたれる。


できるわけねぇだろ。

一学生がいきなり悟りを開いてブッダになれるわけがない。



だいたいこの爺さん、偉そうなこと言っているが爺さん自身できてるのかね?

できもしねぇことを滔々と言われても刺さらない。

座学意味ないな。

聞き逃そう。


どれくらい経ったか、ようやく終わりを迎える。

「勇者殿、何よりも邪悪な存在を討つことこそが肝要。そのことは努々忘れることがないよう頼みます」

邪悪な存在か、それは魔王のことか。

聖人君子を謳いながら、魔王は殺せと言う。矛盾していることに気付いているのかね?

種族が違えばノーカンなんだろうな。

深く考えても意味はないか。


女中の人が朝食の用意ができたと告げることで爺さんから解放された。飯までこの爺さんと一緒とか拷問だからな。別々なのでホッとした。


出された朝食は実に質素。西洋風坊さん飯、といったところだ。白粥の中に干したフルーツのようなものが二、三個ある感じ。味はほぼない。黒くて固い四角のパンみたいな物体もあったが、歯が立たなかった。そっとパンらしきものを置く。

うん、もう飯は不味いな。

王城でだされる飯とは思えない。これでも豪華なほうなのだろか?

だとしたらますますここから離れたほうがいいな。

現代の調味料に慣れきった舌ではこの世界では絶望でしかない。

飯が不味いとかホントムリだと痛感した。


城内に併設されている訓練所へ、女中の人の案内でたどり着く。

騎士団を纏める壮年の男性が迎えてくれた。

軽装鎧をつけているのだが、それ越しでも伝わってくる鍛え上げられた肉体。背もでかいから威圧感はハンパではない。ただ、不思議と怖い印象がない。何となくだが、信頼できそうな感じだ。


挨拶もそこそこに基本能力のテストが行われた。学校でやってる体力テストみたいなもんだった。

やってみてわかったのだが、異常なほど体が軽い。軽く駆けただけで、壁が目前まで迫っていた。

筋力や瞬発力何かも自分の体とは思えないほどの高性能だった。


「勇者殿、戦闘の経験はおありか?」

「いや、ありません」

現代日本で、しかも学生の身で戦闘経験しているのはごく限られた人だけだろう。無論、自分は普通の学生だ。あるわけがない。

「では、武道、騎士道、柔道、数多ある戦う術を学んだことは?」

騎士道はわかるとして、武道とか柔道なんて知ってるのか。

ああ、そういえば、前任がいたんだった。そりゃ知識ぐらいあるか。

「いや、ないです」

体育の授業のカリキュラムとしてなら柔道や剣道は経験したことがある。遊びみたいなもんだ。

「私と一つ打ち合いしてみませんか?」

「何もやったことないんで、打ち合いにすらならないと思いますよ」

軍属の人間相手に、いきなり打ち合いとか正気か?

学んだことないって否定してんのに、何言ってんだよ。

「実際やってみたほうが理解しやすいので、これを持って頂きたい」

そう言うと木刀を手渡される。

ん? 何だかしっくりくる。まるで手の延長みたいで、神経が通っているようだ。

体が自然に動き一振りしてみせた。


スンッ、ブワッ


空気を切り裂く風圧と音が拡散していく。

スゲー。木刀振ってこんな音と風が発生した。

なにこれ、漫画とかでよくあるやつだ。


「どうですか? 理解していただけましたかな」

壮年のおっちゃんも構えた。えらくカッコいい。

剣道の構えで例えると、正眼の構えってやつか。

隙がないな。

いや、一回言ってみたかっただけだ。

実際隙がないなとかよくわからない。何せ素人だ。

その証拠にめちゃくちゃ心臓が早く動いている。喉もカラカラになっていることに気付く。

「勇者殿のタイミングでどうぞ」

結果は見えている。当然自分がいいようにされてしまうだろう。なら、出来るだけ痛くないように終わらせるだけか。

━━━

言われるままに動く。速い、この身体、めちゃくちゃ速い。自分が思考する間もなく、腕が動いていた。

まるで、予めそこに打つのが決まったいたかのように。


ガンッ


認識できたのは自分の木刀が反動で押し戻された後。ぶつかったのは音で気付いた。

それでも身体は動く。反動を利用した回し斬りのような形。

「ふっ!」

壮年のおっちゃんの短い呼気。やけに大きく聞こえる。回し斬りが防がれて、お互い密着するように対峙していたのだ。

何が行われたのか、ここでようやく思考することができる。

一瞬の間。おそらく攻撃したのだろう、二回程。

これ、自分がやったのか?

信じられない。

「心情が顔にでてますよ」

いうやいなや、力負けして吹き飛ばされる。筋力もめちゃくちゃ高かったはずなのに。これが地力ってやつか。おっちゃんの有能さが垣間見れる。


心臓がどんどんヒートアップしていく。緊張の極地であるはずなのに、パニックには至らない。

ふいに身体が勝手に動く。


カンッガンッ


理解できないが、二連擊したらしい。どちらもおっちゃんが防ぐ。動体視力ハンパないな、おっちゃん。


カッ


自分の木刀が宙を舞っていた。

どこをどうやったのか、まるで見えなかった。

反応できないまま、木刀を持っていた姿勢で佇む。

「勇者殿、お見事でした」

いや、おっちゃんがな。眩しい笑顔だぜ。

「これ、自分の体じゃないですよ。木刀なんてもったことすらないのに」

「そうですね、体験してもらったことですし場所を移しましょう。そこで説明いたします」

案内されたのはおっちゃんの事務室。質素で事務机と王城旗が掲げられているだけ。

「あらためて、へイシスソロクロトス国騎士団団長のアスクレーと申します」

アスクレーのおっちゃんか、うん、アスのおっちゃんだな。短いほうが呼びやすいでしょ。

お好きなように、とのことだったので決定した。

「さて、本題に入りましょう。あなたの力について」

真剣な表情がまた似合うアスのおっちゃんの説明が始まった。簡潔にいってくれたのですんなり頭にはいった。

要約すると、

勇者という称号には力が継承される。

召還すると自動的に付与される術式になっている。

木刀を達人級に扱えたのは、そうした勇者たちの経験の蓄積によるもの。

なるほど、道理で凄まじい木刀裁きだったのか。

「ただ、この力を十全に使うには修練が必要です。いかに優秀な軍馬を持っていようと、乗り手が素人では駄馬と競っても負けてしまいます」

アスのおっちゃんが燻銀に言う。異世界に来て初めてマトモなこと言われた気がする。

さすが命を張っているだけあるな。言葉に説得力がある。


そんなわけで現時点の目標が決まった。

ありとあらゆる武器を試し、自分に一番しっくりくるものを選ぶ。それをアスのおっちゃんが師事してくれる。

「騎士団の仕事はいいの? 忙しいんじゃない」

「団長は私一人ではおりません。騎士団を率いている者が後二人おります。分担して仕事を引き継いでおりますので心配なさぬとも大丈夫ですよ」

戦争してるのだから忙しいと思ったのだが、そうでもないらしい。後方だからなのか、まだ一日も経っていないが城の中は静かなものである。


そしてあれやこれやで散々試した結果、剣が一番しっくりきた。アスのおっちゃんも剣との親和性が高いと太鼓判を押してくれたので、早々に決めた。

決めたからには習熟訓練だ。騎士団員と共に励むこととなる。

ひたすら体を動かし、負荷をかけ続けた。

初日からハードモードだ。

めちゃくちゃ疲れた。

倒れこむように眠りについた。


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