コミックイベント・オブ・ザ・デッド

島倉大大主

 俺は当たり前だがオタクである。オタク仲間、というか共通の話題を持つ友人は、オンライン上の付き合いを含めて結構いる。
 そんな気心の知れた連中とオフ会なんかで酒を飲むと、時々ふらっと出てくる定番のお題がある。 

 オタク界隈にとってゾンビとは、『618』とは何だったのか?

 この深淵かつ心底どうでもいい話題は、誰も彼もが食いつく。何しろ『618』からまだ時間が経っていないし、身内や友人が感染したり、巻き添えになって事故死したり、と直接間接問わずゾンビと関係を持った者が多く、とにかく皆一言言いたいのだ。 

 まずは同人誌界隈。
 
『618』は読んで字のごとく、六月十八日に起きた。
 つまり夏の大型同人誌即売会当落発表の約一週間後だったのである。
『618』収束が七月の中旬。
 公式が即売会中止のお知らせを出したのが、その一週間後。
 同人界隈は『やっぱりな』という諦めと、『ふざけんじゃねえよ!』というゾンビに対する恨み節が荒れ狂った。
 とりわけ、一縷の望みにかけて……というよりは、イベントが開催されたら新刊無しはヤバいという義務感というか責任感というか強迫観念というか、まあそんなもので本を作っていた連中ときたら、もうどう表現していいものか判らない状態であった。
 偶には早めに入稿して、夏を満喫しよう。落ちてたら同人ショップで売ればいいかな――そんなワクワクするような夏の予定を考えて六月十七日に原稿をデジタル入稿した俺の知り合いは、新刊はそのまま塩漬けになり、年末のイベントも勿論のごとく開催されず、ショップの通販再開は年明け月末ということになり、ストレスから全身が痒くなり、更に軽度だが円形脱毛症にまでなってしまった。

 続いて所謂『腐女子』の方々からの諸々。

 彼女達としては『イケゾン』という新しい『ジャンル』が出て来てくれたのが、物凄く嬉しかったらしい。
 『イケゾン』は過去作全てに対して適用できる――つまり、今まで愛でてきたあらゆる男性キャラ、男性カップリング、少年、中年、大統領に暗殺者、少年誌キャラに青年誌キャラ、何でもかんでもが『ゾンビに変換できる』わけである。
 要するに『二倍なんだよ』と、俺の友人である腐女子の方は、サワーグラスの向こうでにやりと笑った。
 とはいえ、彼女曰く、恩恵ばかりではなかったようだ。
 彼女を『中途半端』に知っている面々から、『腐』の部分で散々面倒くさいからかいを受けたとのこと。
 要は、ゾンビの『腐っている』と腐女子の『腐っている』をかけたわけである。
 笑いとしても、中傷としても非常に中途半端で、言った本人は大受けだったが、言われた彼女と周囲は何度もぐったりしてウンザリさせられたらしい。
 それってゾンビじゃなくて、そいつがクソだって話だと思うんだがと言ったら、延々三十分説教されてしまった。
 うん、ゾンビが悪いって事にしとこう。

 次に引きこもり、及び元引きこもりの方々からの色々。

 なんとなく想像できるとは思うが、彼ら彼女らの言い分には『家族』が関係している。様々な理由で引き籠らざるを得ない状況に陥った人達にとって家族との関係は、繊細で重要、そして深刻な問題だ。
 しかしゾンビには、そういった物を考慮する能力は無い。ただひたすらに前に進んで、獲物に齧りつくだけなのだ。
 だからして、部屋を出て家族と団結せざるを得ない状況に陥った人、家族を要塞と化した自分の部屋に避難させた人、家族に置いて行かれた人、家族が全員ゾンビ化して籠城せざるをえなくなった人、それぞれが感謝と怨みを抱き、人によっては今もどういった感情を持っていいか判らない人もいる。
 俺のネット友人である元引きこもりの男性は、家族が失踪した。今に至るも死亡、及び発見通知(ゾンビ化していまだに活動状態にある場合は、地方自治体から『発見通知』が届く。封筒の色から『黄紙』とも呼ばれる)が届いていないという。
 彼は苦笑いしながら――『618』のどさくさにまぎれて、厄介払いをされてしまった――と言っている。

 ちなみにミリオタに足を半分突っ込んでる友人は、ゾンビを『バレットサッカー』と呼び、恨み言ばかり言っている。それはお前がゾンビめがけてモデルガンを撃ち過ぎたからだろう、と真っ当な意見を言ったらキレられたりしたが、これは特殊な事例と言っていいだろう。

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