千夏さんは友達ごっこを極めてる!

関枚

その人だけ

 俺は美術部室で絵を描いている。千夏に誘われる形でやってきたこの部活は実に癖の強い部員が存在する少人数過疎クラブだった。しかし金賞を受賞したり精密な模型を作れる人物がいたりと実力は確からしい。この目の前で糸で極小サイズの丸太をくくりつけている上北先輩もそうだった。


 糸切りバサミでちょうどいいぐらいにピチンと切って時折ピンセットを使いながら橋を作っていく先輩の作業は無駄がなかった。俺が見ていると先輩はフフっと微笑んで作業に没頭する。見られることが嬉しいらしい。


「松下、これどう思う?」


 先輩は唐突に聞いてきた。俺は一瞬ビクゥっとしたが間髪入れずに


「俺には到底できない代物ですよ。こんな細かい作業はできません」


「ハハ、まぁ俺は工作専門だから絵はかけないんだけど」


 先輩は微笑んでキュッと糸を結んだ。一斉に絡められていた糸がキツく締まる。俺もシャッと鉛筆でなぞって影をつけた。隣は千夏で八城先輩と楽しそうにアニメの話をしながらイラストを書いていた。八城先輩は缶詰の模写だが千夏はイラスト。俺はあんまりアニメを見ないので話にはついていけないが楽しそうだなということはわかる。


 朝比奈先輩は絵を描くのではなく今日の宿題を進めていた。流石に三年となると忙しいのか山のように積み上げられた教科書や図説、参考書がたくさんあった。美術部ともあるが何をしてもいいんだなぁ。緩い空気感なので俺ピッタリ。俺はスケッチブックに目線を合わせてガリリと鉛筆削りで先を尖らせた。


 その時にガララと扉が開かれて三十代言ったか行かないかぐらいのまだ若いと言える男性が入ってきた。髪は綺麗に切り揃えていていかにも学校の先生とも言えるスーツ姿。顧問か……?朝比奈先輩は「あ……」と声を漏らして挨拶する。


「先生こんにちわ。えっと、弟が入部希望者を連れてきてくれました」


「あぁ、君が弟君かい?」


「え……!?あ、はい」


「はじめましてだね。ここの顧問の神崎だ。一年生は馴染みがないかもしれないが主に三年の担任をしてるよ。担当は情報科」


美術じゃあないのかよ!!俺はこころのなかで先生にツッコミした。細かいことかもしれないが俺はこういうことに気が気でない性格なのです。神崎先生と呼ばれる人物は椅子に座って腕を組んで話しはじめた。


「入部希望?」


俺と千夏と朝比奈君に向けてだ。俺は「あ、はい」みたいに少しドギマギしながら頷いた。先生は棚から3枚紙を取って俺たちに一枚ずつ渡す。それは入部希望用紙だった。


「考え直してもいい、けど一応渡しておくよ」


歓迎するようなことはしなかった。あくまでも俺自身に全てを委ねるような物言いだった。俺が「え?」と声を出すとその表情を見て先生は何かを察したのか淡々と、


「美術は君たちが創るものだからね。君達が入りたいという意思があれば、我々は君たちを歓迎するよ」


俺は入部希望用紙を見て一言、


「考えてきます」


それを見て千夏は「え?」と声を上げた。


「絵、描きたくないの?」


「いや、そんなわけじゃあないけど……」


「じゃあ入ろうよ」


「ちょっと考えたいことがある」


「何を考えるのよ」


千夏と朝比奈君はもう名前を書いて先生に出していたけど俺はどうも決めづらかった。俺は……千夏に誘われただけだし、自分の意思で行きたいと思ってきたんじゃあないし……。俺は……なんの絵を描きたいんだろう?何を創りたいからこのクラブに除いたんだろう?意思というものがまるでなかった。


「君、名前は?」


 神崎先生は俺の目を見て口を開く。俺は一瞬その気迫にビビったが何とかして喉から名前を引き出した。


「松下……隆也です」


「松下君、気負うことはない。君はなんの絵を描いているんだい?まずはそれを教えてくれ」


「家で飼ってる文鳥とかネットで探した動物を絵に起こしてます」


「見せてくれ」


 俺は手帳大のスケッチブックを先生に見せた。制作途中の蜥蜴や何枚もののムゥの絵や猫や鳩や犬の絵など俺がこの目で見てきた動物をたくさん描いている。先生はその絵をパラリとめくりながらじっくり見る。その時間は果てしなく引き延ばされて俺は長い時間の流れの中でもがいていた。


「俺は好きだよ、君の絵」


先生はパパッとコメントする。あまりにもあっさりしすぎて俺は聞き取れなかったほどだ。


「え?」


「君、感じてないだけだよ」


「はぁ……」


「見えないだけなんだ、本質的に大事なものって。君の絵には生き生きと動いている動物の姿が忠実に再現できてる。俺は君の絵に動きを感じた、命を感じたよ」


 先生は俺の絵を肯定してくれている?俺の絵には命がある?少々抽象的なことなので俺にはよくわからないところがあるが一つだけ言えるのがそれが俺の持ち味だということであろう。


「俺の絵に……命が?」


「これは君にしか描けない、君の絵には命を創る力がある。君自身が見えてないだけだ、本当に望むことは近くにあっても薄れて見えないんだ。心が落ち着いてないからね」


 落ち着いて考えよう。俺が本当に描きたいものはなんだろうか?俺はハッとした。千夏に言われたあの言葉、


「こんな細かい絵描けないよ」


朝比奈君の言葉、


「僕は綺麗なままで書き留めたいんだ」


みんな描けるものと描く意思がまるで違う。それに誘われたのは誘われたけどここまで足を踏んだのは紛れもなく俺じゃあないか。俺が行こうと思ったからここまで歩いてきたんじゃあないか!


「先生、俺……ここで絵が描きたいです。もっとスケッチブック上に先生の言う命を作っていきたいです。この場で絵が好きな人に囲まれて」


「じゃあ、入部だね?」


俺は希望書に自分の名前を書いた。そして先生に渡す。先生はニコッと笑ってその紙を受け取った。


「ようこそ、美術部へ。今日から君たちはここの仲間なんだ。この環境で君たちが描きたい絵を自由に描いていい。さ、わかったら作業開始だ」


 俺は早速席についてスケッチブックに絵を描き始める。さっきと比べて鉛筆の動きが早い。これは俺にしか描けない絵と思うと俺の腕は急速で動き出す。こんなに楽しく描けたのは久しぶりだな。蜥蜴の鱗が完全に出来上がって岩に佇む蜥蜴が出来上がった。自分で言うのもアレだがカッコいい……。


「うぉ!?スゲェな」


 上北先輩が俺の絵を除いた。結構日数をかけて作ったからそれなりの絵になっている。我ながら上手な鉛筆画になった。先輩もちょうど橋を作り終わったらしくそっと机の上に置いてある。丸太橋をイメージして作ったその橋は渡るのが怖そうな吊り橋仕様で赤色の糸がピンと丸太を張っていた。


「先輩……本当に手先が器用ですね」


「まぁな」


嬉しそうに糸をプチンと切った先輩は最後の補強に移った。隣では八城先輩がカリカリと缶詰を描いている。


「で、で、で、できた」


 先輩は「ホァ~」と声を上げながら出来上がった絵を見ていた。キラキラと目が輝き誇りにこもり切った顔で絵を眺めていた。千夏がめちゃくちゃ構う。


「先輩、缶詰かけたんですね!」


「あ…… …… …… うん」


「私もできましたーっと」


千夏もイラストを先輩に見せていた。先輩は千夏の絵を見て「お」と声を漏らしてまじまじと見る。そして一言、


「この絵、好き」


「本当ですかぁ!」


 どこまでも元気で子供のやつだ。俺が呆れと憧れを抱いていると先生が


「もう今日はお開きにしよう。松下君たちは明日は空いてるかい?」


「あ、はい」


「じゃあ放課後にここだ。部屋はいつでも空いてるから自由に入ってね」


「ありがとうございます」


「じゃあ朝比奈さん、締めて」


「はい、じゃあ今日はここまで。ありがとうございました」


「「「ありがとうございました」」」


 朝比奈君だけ「しゃした」だったな。1人だけかなり簡略化されてた。この調子だと「サンシャイン~」とか言っても挨拶に聞こえてしまうぞ?俺は帰りの荷物をまとめていた。千夏は八城先輩と帰ると言ってたので俺は1人で帰るか。そう思って鞄を持つと上北先輩が近づいてきた。


「松下、ちょっと時間いいか?」


「……?いいっすよ」


俺と先輩は部屋を出る。そして階段を降りて演習棟を出て先輩は自販機まで近づいた。そしてピピッと二本分買って一本を俺にホイッと投げてきた。俺は受け取って急いでお金を出そうとすると先輩は「いいから」と止める。


「入部決定のお祝いさ」


「えー……、ここまでしてくれるなんて」


「男子が俺だけだったからな。朝比奈よりもお前の方が喋りやすいと思って」


「そうですか」


俺はキュポッと外したキャップを持って買ってくれたジュースを半分まで飲み干した。先輩も同じくらい飲み干す。そして話始めた。


「お前、あの先生に認められるって相当だな」


「神崎先生のことですか?」


「ああ、あんな短期間でこれだけ話してくれることはない。俺なんて二学期に入ってやっと構ってくれたりしたのに」


「そうなんですか?何か変わったこととか僕にあるんですかね?」


「そう言うわけじゃあないな。ま、昔は俺もよく生徒指導のお世話だしあんまりいい目で見られてなかったのかな?ま、今は気にしないでくれ。これからよろしくな」


 半分のペットボトルで俺たちは乾杯した。ボトッと思い音が聞こえてペットボトル同士がぶつかり合う。先輩はふふふっと笑った。そしてピリリリとポケットの電話が鳴って先輩は電話をとる。


「どうした?……あぁもうすぐご飯か。今から帰るよ、今どこか?学校だよ。すぐ帰るから待ってな」


 プッと電話を切った。


「妹だよ、親は母さんが働きに出てるから家に誰もいなくてな。俺が世話してる」


 それってお父さんがいないってことじゃあないか?俺はなんと声をかけたらいいのかが分からなくなった。ただ、
「たいへんですねぇ……」としかかけれない。先輩はまたもやフフフと笑って背を向けた。


「しょうもないとこで止めて悪かったな。また明日な」


 鞄を背中に背負って先輩は走って行った。俺はその先輩の背中をずっと見ていた。体格は先輩の方がいいはずなのに、なんだか大変小さな背中だった。





















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